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100年越しの



剣先を向けられた国王は、驚きに目を見張った。

まさか彼が自分に剣先を向けるなど、考えてもいなかったという様子だ。

すぐさま近衛騎士やその他護衛騎士達が動き出すが、その振りかざした剣がレインハルクに届くことはなかった。


「な…っ、体が、動かない……!?」


「ああ、言っていませんでしたが、俺は剣術より魔術の方が得意なんです」


レインハルクが、指先ひとつ動かすことなく、騎士達の動きを止めて見せたからだ。

レインハルクは冷徹な瞳で動けない護衛騎士たちを一瞥した。


そしてついには国王に向けていた剣さえ自ら落としてみせた。

カラン…と乾いた音が会場に響く。


「陛下、俺がどうして王家の近衛騎士になることを承諾したとお思いで?」


「そ、れは…」


「貴方が頼み込んできたんですよね?俺が提示した条件を呑み込んだから、貴方は俺を王女の近衛騎士にしできたんだ。その条件、何だったか忘れたとは言わせない」


怒気をはらんだ声色に国王の顔は青くなっていく。


「いやしかし…!お前はオリビアとの婚約に乗り気だったろう!だからその娘のことはもういいだろうと…」


焦ったように弁明する国王に、レインハルクは長いため息をついた。


「本当に、この国の王族というのは約束を忘れるのが得意なようで」


今も昔も、と付け加えて、レインハルクは国王をさらにきつく睨んだ。

そして、周りに訴えかけるように口を開く。


「せっかくなら証言者が多い方がいい。信じるかはそれぞれ次第だが…」


息を吸いゆっくりと間をあけてからレインハルクは話し始めた。


「俺のかつての名前は『ハルク』だ。100年前、当時の王に裏切られて最愛の妻を失った魔術師の名前…陛下はご存知ですよね?」


問いかけられた国王は俯きながら汗を垂らしていた。頑なに視線を合わせようとしない国王を、レインハルクは大して気にも留めていない様子で続けた。



          ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎



レインハルクが『ハルク』だったとき、彼は孤児院にいた。


ある日、孤児院に魔術師団がきて、子供を1人ずつ立たせた。彼らは魔術のある子供を探すために派遣された人たちだった。

その当時、貴族でも魔力を持つ者と持たない者き分かれるが、さらに使いこなせる魔術師は減っていた。

その問題を解決するため、どこかの貴族の子供がいるかもしれないというたったそれだけの考えで彼らは孤児院に訪れたのだ。


しかし彼らのその考えは決して間違ってはいなかった。


そこでハルクは、莫大な量の魔力持っていることがわかったのだから。


すぐに孤児院から連れ出され、王家に保護されながら、侯爵家の養子になり、王家の影で魔術師として働くことを強制させられた。ハルクにはそれ以外の道は用意されていなかったのだ。


ハルクはすぐに魔術を使いこなせるようになった。存在こそ公表されないものの、ハルクは国と国の結界を張るほどの重要な役割を担うまでになる。


歴代最強の魔術師の誕生だった。


そんな彼は、国王に言われたのだ。

『お前が魔術師を育てろ』と。


彼は、かつて自分がされたことと同じように、孤児院を訪れ、魔力のある子どもを見定めた。


そこで見つけたのだ。


不思議な力を持つ少女に。


彼女は『リリー』と名乗った。


ハルクはすぐさまリリーを連れて国王の元へ報告をしに行った。


『彼女は魔力を持っていますが、俺たち魔術師とは使い方が異なると考えられます』


『ほう…それはどういうことか説明してもらおうか』


『彼女…リリーは、『対象となるものの力を強力にする力』を持っています』


これが間違いだったのだ。

このときのハルクは、孤児院から侯爵家に入るのを後押しし、自分の職場を作った国王に少なからず信頼があった。

家族のようだとまでは思っておらずとも、自分を導いてくれた国王が、『善良な王』であると信じていたのだ。


そしてハルクはリリーの師となり、力の使い方を教え始めた。

このとき、ハルクは17歳、リリーは15歳であった。

 

国王は、ハルクに尋ねた。

『リリーの力は、どのようなことに使えるのか』

ハルクは、リリーの師として、彼女の力の使い方について答えた。


『農業や工業はもちろん、効力を強めたいものなら積極的に取り入れるべきでしょう』


国王が興味深そうに頷いたのを見て、ハルクは真剣な眼差しで訴えた。


『しかし陛下、彼女の力はあくまでできる範囲で国の発展に使うべきです。それに彼女は王家の所有物じゃない』



『王家の都合だけで彼女の力が使われることなどあってはいけません』


それが戦争のことを言っているのだということは、国王には分かっていた。


ハルクやリリーが孤児院にいたのは、戦争で親を亡くしたからであった。


『他国への侵略に彼女の力が使われることがあってはならない』


同じ境遇にある二人は、争い事を何より嫌っていた。


二度と自分たちのような孤独な思いを誰かにさせてはならない。


その言葉を受け入れた国王は、ハルクの指示の元でリリーの力を使っていった。


リリーの力は様々な分野で使われた。

畑に使う肥料の効力を強めたり。

衣服の織り目の強度を強めたり。


それらが広がることは、国の発展につながった。


さらに、リリーの力は物だけでなく魔力にも使うことができた。


何よりも国の発展に繋がったのは、ハルクが張った結界の効力を、リリーの力で強めたことだった。


この国は、ハルクとリリーの力によって守られるようになったのだ。



そのうち、二人の間には恋が芽生えた。

一緒に過ごすうちにお互いの存在に惹かれるようになったのだ。


それを後押しするように、国王は言ったのだ。


『お前たち、結婚したらどうだ』と。


もちろん二人は頷いた。


仕えている国王からの許可が得られたのなら、もう乗り越える壁はなかった。


ないはずだったのだ。


二人の結婚生活は幸せそのものだった。

朝起きたら隣に愛おしい存在があることが、ハルクには夢のように思えた。

自分が作ったご飯を頬張って笑ってくれる人がいることが、リリーにはたまらなく幸せだった。


二人はこれからもこの幸せが続くと信じて疑うことはなかった。


ある日ハルクが魔術師団の編成について話そうと国王の元を訪れると、そこには側近と笑いながら話す国王の姿があった。


『あいつら、私が後押ししなくても勝手にくっついていてくれたようだ。はあ、手間が省けて本当によかった』


『そのようですね。しかしなぜ陛下はお二人に結婚を勧められたので?』


『そんなの、決まっているだろう』


国王は側近の顔を見てにたりと笑った。


『侵略戦争に使うんだよ。まずはあの女に武器の殺傷能力を上げてもらうところからだろうが…』


『しかし…ハルク様は黙っていないのでは?』


『いや、あいつはリリーを人質にとれば言うことを聞くだろう。リリーの人質としての効果を高めるためにも結婚させようと思ったんだが…』


国王の高笑いが部屋に響く。


『あいつはあの女にベタ惚れだったな。自分で孤児院から連れ出した女が愛しくてたまらないんだと。見つけ出されてしまったがために、リリーはあの力を国に搾取され続けるというのに』


お可哀想だ、という側近の思ってもいなさそうな声色が妙に耳に残った。


『ハルクの魔術をリリーの力でさらに強力なものにできたら、この国に勝る国など存在しないだろうよ』


その言葉に思わずハルクは駆け出していた。


自分を魔術師として雇ってくれた国王がまさかこんな形で自分たちを裏切るとは思ってもいなかった。

ショックも大きかったが、そんなことはどうでもいい。


それよりリリーが危ない。

自分を脅すために人質にされるなら、酷い目に合わされる可能性もある。


そしてその可能性があるのが、自分が彼女を孤児院から連れ出したせいだということに、ハルクは絶望感でいっぱいだった。




『これから君は俺と一緒にこの国の王様のところへ行くんだ』

『どうして…?』

『陛下が君の能力を欲しがるからだよ』

『あなたは…?』


『え…?』

『あなたは、わたしの能力が欲しいと思う?』


『国民のために、なるんじゃないかとは思うよ』


『そっかあ、あなたがそう言うなら、わたし国王さまに会うよ』


『どうして、俺が言うなら…?』


『だってね……』



———こんなに優しく手を引いてくれる人は初めてなの


リリーを孤児院から連れ出した後、彼女が嬉しそうに微笑んだそのときに、ハルクはこの子だけは守ると誓ったのだ。


『くそ、』


リリーの前では絶対にしない悪態をつきながら、ハルクはリリーの元へと急いだ。


ハルクは愚かだった。何も気づけていなかったのだ。


この国王らの会話は、ハルクが盗み聞いたのではなく、聞かされていたのだ。


それは、想定よりハルクがリリーを大切にしてしまっているがために、侵略戦争にリリーの力を簡単に使えなくなることを危惧した国王が、リリーを人質に取ることで2人を配下に置こうと考えた結果によるものだった。


この会話があった頃には、すでにリリーは拉致され、拷問を受けていたのだった。


それからは、もう、ただの悲劇だ。


治癒魔法を使えない無力なハルクは、傷ついた体のリリーを抱きしめることしかできない。


リリーの体温が失われていくのを感じながら、ハルクは絶望した。


そして魔力暴走が起きたのだ。


幸いなことか、それとも皮肉なことか。


彼の魔力暴走がこの国を破壊するまでに至らなかったのは、その場が国境付近だったからである。


2人の力で強力になった結界が、彼の魔力暴走を最小限に留めた。


ハルクは、初めて守りたいと思った人も、幸せになれる未来も守れないまま堕ちていった。


そういう、人生だった。



          ⬛︎ ⬛︎ ⬛︎



ハルクがレインハルクとして再び生を受けて、自分の前世を思い出したのは5歳のときだった。


夢から覚めたら何故か涙が頬を伝っていた。


そこで思い出したのだ。


自分の最愛の存在を。


これまでとは違い、初めから侯爵家に生まれたことをうまく使い、孤児院へ向かったがリリーの姿は見つからなかった。


まだ、時間はある。

幼いながらに考えたのだ。


早く彼女を見つけて、守らなければ。

今度こそこの手で幸せにする。


そして、ある日二人は再会を果たす。


それは、レインハルクの母が開いた茶会での出来事だった。


社交デビューを果たしたものだけでなく、子どもたちまで招かれたこの茶会で、レインハルクは、見覚えのある金髪の少女を見かけた。


思わず声をかけると、夢で見たリリーをそのまま幼くしたような、可憐な少女が振り返った。


声すら出なかった。


ああ、やっと会えた。

今度こそ、絶対に幸せにする。


伸ばされた手は、彼女に触れることはなかった。


『あなたはだあれ…?』


純粋無垢な瞳で、少女がそう呟いたからだ。



『ぼくのこと、覚えて、ない…?』


聞き返したその声はみっともなく震えた。


『んっと、ごめんなさい…わからないわ…』

レインハルクの絶望したような表情に、少女は申し訳なさそうに眉を下げた。


『そ、っか…いや、ごめんね、ぼくの勘違いだったかもしれない』


年下の少女に気を遣わせてしまったことに気づいて、慌てて笑みを浮かべる。


『ひとつ、聞いてもいいかな?』

『もちろん…!』


『きみは今、幸せ…?』


『うん!とっても幸せよ…!だいすきなお父様とお母様がね、いつもぎゅうって抱きしめてくれるの…!』


そのとき、レインハルクは理解してしまった。

前世で彼女を殺したのは誰か?

それは、あのとき孤児院から彼女を連れ出した自分なのだと。


あのとき彼女が望んでも得ることができなかった家族との幸せを、今の彼女は手に入れている。


なら、自分が彼女の隣に立つことは、また前世のように彼女を不幸にすることの繋がってしまうのではないか。


『そっか…それなら、よかった…』


あなたが今幸せであれるなら。


『本当に、よかった……』


それでいい。


彼女はリリーシュアと名乗った。

それから二人は、他愛のない話を、親の茶会が終わるまで続けた。


それがレインハルクにとってどれほどの救いだったか、リリーシュアは知るはずもない。


そうして、レインハルクは騎士団に入って体を鍛え始めた。


魔術が使えることをひた隠しにして、魔術師として王家に仕えることがないようにしたのだ。

あの悲劇を生まないために。


しかし、騎士団でのレインハルクの優秀さが王家の耳に入り、近衛騎士としてのスカウトが入ってしまう。


何度も何度も断った。

彼女との幸せを奪った王家に忠誠など誓えるはずはない。


しかし、そのときある考えが浮かんだ。


王家とのつながりを強くできたなら、それはリリーシュアを守ることにつながるのではないかと。


レインハルクは王家に条件をつけることで近衛騎士になることを承諾した。


『いかなる理由があろうとも、王家はリリーシュアに関わらないこと』


国王はこの条件に驚いたが、レインハルクが近衛騎士になるならとこれを承諾した。


そのはずだったのだ。



          ⬜︎ ⬜︎ ⬜︎


「それなのにあなたは、俺の最愛を奪おうと…?」


レインハルクが怒りを必死に抑えようとするたびに空気がびりびりと震えた。


「わ、私は、お前がオリビアとの結婚を承諾したから、もうそこの娘に未練はないのだろうと…!もう彼女への想いもないなら、別にいいだろうと考えたから、」


ヒュッと音がして、国王のこめかみの横をレインハルクが落としたはずの剣が通り過ぎた。


「つまりあなたは、ただの憶測で俺のリリーに手を出そうとしたと…」


憎悪のこもった瞳が国王を射抜いた。


「あなたは俺が条件を提示した時からリリーシュアについて調べたんだろう?そこで、あの『遺書』を見つけた」


「なんの話だ、私は遺書なんて…」


レインハルクがパチンと指を鳴らすと、その手に一枚の紙が現れた。


『……『リリー』という能力者の力で、国が大きく発展した。うまく制御できれば、大陸すべての国を自分のものにすることだって容易かっただろう……』



「な、なぜそれを…」


「この遺書は、『ハルク』が仕えていた国王の遺書だ。()()陛下と血が繋がっているのだから、大方魔術師に調べさせでもしたんだろう。そしてこの遺書を見つけて、彼女がその『リリー』と同じ力を持っているのではないかと思った」


国王の瞳が忙しなく泳いだ。

さらに追い詰めるようにレインハルクは続ける。


「俺がリリーの力を知っていて、なお手出しできないようにしたのだと思ったあなたは、俺からリリーへの思いを引き離そうと思った。だから王女との結婚を勧めたんだろう?」


「お父様…?だって、私が好きな人なら協力するって……もしかして、自分のためだったの…?」

オリビアが父親を潤んだ瞳で見つめた。


「……」

国王は黙ったまま答えない。


会場のにいる貴族たちは、国王への信頼が完全になくなったようだった。

侵略戦争に貴重な能力者の力を使おうとしていたなんて、誰も想像がつかなかっただろう。


実の娘を利用してリリーシュアを王家のものにしようと企んでいたのだ。


そして、近衛騎士に剣を向けられている国王など、誰も信じられるわけがない。



「はは、あー、やっとだな、」

レインハルクは乾いた声で嗤った。


「100年越しの復讐だよ」

ぽつりと呟いた声は、誰に届くでもなく宙に浮いた。



遅くなって本当にすみません…!


⬜︎黒いリリーの花言葉『復讐』⬜︎

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