第九話 社会のゴミとデリカシーと大リーグボール
SIDE:ジュリア
「はいそこ、消灯時間はとっくに過ぎてるわよ」
暗がりの中、緊張感の欠片も感じさせずに女性のシルエットが近づいてくる
「こっちに来ちゃ駄目!」
「もうおせえ、何処の嬢ちゃんだか知らねえが運がなかったな」
男は少女の首筋に当てていたナイフを言い終わると同時に投擲した
トスッ
ナイフの刺さる音が聞こたが男は警戒を解かなかった
「お前何もんだ…」
「あら、こないだの連中よりは歯ごたえがありそうで良かったわ、正直よわっち過ぎて出番なかったから欲求不満だったのよ」
「こないだの?妨害したのはお前か」
「ビンゴ!カマをかけたのですけれど、やっぱりこないだの一件と繋がってましたのね」
シルエットは一瞬で男の目前まで間合いを詰めて振りかぶった
「こっちには人質が!」
本気だ、殺気を感じ少女の首に食い込ませていた腕を上げて初撃を受け流そうと思った。相手の獲物が何かは判らなかったが腕にはガントレットを嵌めてある、例え刃物だったとしても数撃は凌げる
メキィッ
ガントレットは一撃で粉砕され男の腕を叩き折った
「腕が…くっ」
近づいたことで女の姿が見えた。白のナイトドレスに手に持っている獲物はモップ
「モップだと?木製のモップでなぜガントレットが破棄出来る…」
「社会のゴミを掃除するのに丁度良いと思いませんこと」
男は盾にしていた男爵令嬢を横に突き飛ば、し男爵令嬢はもんどり打って床に倒れ込んでしまう。倒れた拍子に頭を打ってしまったのか彼女は動かないどうやら気を失ってしまったようだ
「乱暴ねぇ、そんなんじゃモテないわよ。まあこれから起きる惨劇を彼女は見ないで済むのだからその点は感謝かしら」
煽り文句にも動じないようだ、男は呼吸を整え構える。一歩踏み込めば捉えられる距離、慎重にタイミングを計り一撃を繰り出す
軽く躱された代わりに左肩に激痛が走る、痛みに耐えて足払いをすれば足を叩かれたったのこちらの動きを最低限の動きだけで躱していく、防御にしろ攻撃にしろスピードが違いすぎるのだ
圧倒的な力量の差に骨も心も折られていく
「今あなた、こんなに強いのになぜ一撃で倒さないのかと思ったでしょう」
男の背中に冷たいものが走る
「悪いことしたのだから、心からの謝罪と反省が必要でしょう?」
男は思った。もっともらしいことを言っているが嘘だ、この女はいたぶるのを楽しんでる
男が人生の最後に考えたのはそんなことだった
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SIDE:ティナレ・ヘレネ フェリシア(アリシアの部屋で待機
足音を忍ばせ五人の男達が目的の四階へたどり着いたが無駄だった
階段と同時に明かりが灯り黒ずくめの装いも意味をなさない
ナイトドレスの女が二人、右の女はショートソードを持ち、左の女は獲物を持っていないようだ
「左からだ」
一人ずつそしてツーマンセル、油断なく行動したはずだった
左の女が一歩踏み込むと同時にドドンという低い音とともに二人の部下が吹っ飛ばされた。何かの魔法か?だが違った、部下たちの装備にはしっかりと拳の跡があった
「見た目に騙されちゃいけないんだぁ~、もうわかったと思うけどこの子、素手ゴロの超近接特化型なのよ防音の魔法も張ってあるからどれだけあなた達が泣きわめいても助けは来ないから」
「余計な情報を話さない」
「は~い」
シュッ 左の女に向けてナイフを投げる、ナイフは正確に女の心臓に突き刺さ…らなかった。カツンと音を立てて床に突き刺さる
「化け物か?」
「服、傷ついた…」
「油断してるからだよ」
左の女は無言で右の女に一瞥くれると男達に向かって歩き始める、女の余りのプレッシャーに負け統率を失った男達はバラバラに攻撃を仕掛ける
地面からスレスレの位置から繰り出された大振りなアッパーカットが男の鳩尾に突き刺さりブチャっと何かが潰れた嫌な音が鳴る。
「一人」
その様子を見て半ばパニックを起こした男は乱暴にナイフを振り回すがら空きになった右の脇腹にフックをお見舞するこれまたボキッと嫌な音を鳴らし倒れる、ヒューヒューと音を立てながら呼吸をしている折れたあばら骨が肺に突き刺さったのだ
「血を流されると迷惑」
そう言って男の首を蹴り絶命させる
「二人」
「あんたで最後」
冷静さを保とうとしても身体が言うことを聞かないとにかく視界から外さない、外したら死ぬ。女の眼と視線が合うまるでドラゴンにでも睨まれた様に身が竦む、駄目だどっちにしろ死ぬ
女がダッシュしたと思った時には視界は靴の裏が見えていた。男にとっての唯一の救いはコンマ何秒か視界に白い物が見えたことだろうか
廊下の端に向けて一直線に飛ぶ男の襟首をヘレネが掴み間一髪、窓ガラスを突き破って地上に叩きつけられることだけは避けられた
「フェリシアみたいに物壊したりしないんじゃなかったの?あ~あ情報聞き出そうと思ってたのにこいつボロボロボロ雑巾じゃん一応治癒魔法使えるけどメリーナみたいにパッと治せるわけじゃないんだからね、なにか嫌なことでも有ったの?」
「ごめん」
フェリシアは素直に謝った、その様子に
「まじで何か有った?あっ、もしかして今日生理だったりとか?」
「ヘレネにデリカシーが無いからじゃない?」
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SIDE:セレーナ・スザンナ・メリーナ
男爵のタウンハウスに残っていた残党達も片付けセレーナは念話を使う
『ヘレネ、そっちの状況は?』
『うわぁ!びっくりした。いつも思うけどあんたの念話便利だけど心臓に悪いわよね』
『それで?』
セレーナは続きを促す
『こっちも終わった。でもティナレがやりすぎちゃってボロボロボロ雑巾になっちゃったから、一応私も治癒魔法掛けたけどギリギリ息の根が止まってないだけだから後でメリーナに治癒魔法掛けるように言っておいて』
『解ったわ。それにしてもフェリシアじゃなくてティナレがやりすぎるなんて珍しいわね』
『そうなんだよ~、それでそっちは?』
『こっちも終わり。男爵も侍女たちも無事、ただ馭者と馬が一頭居なくなっているらしいから影に探させてる。それから警邏にも侍女から連絡してあるから問題ないと思う。男爵令嬢の子は?』
『本人の自室に寝かせて枕元に全員の無事と解決したことを書き置きしておいたわ、実際に家族の姿を見るまでは安心できないでしょうけど』
『そうね、男爵にも警邏と一緒に学園に行くように伝えておくわ。念のため男爵にはうちの影も付けておく』
翌朝
寮の玄関先には涙ながらに抱擁を交わす父と娘の姿があった
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SIDE:ジルベリオ
バンッ
学園長室の扉が蹴破られジルベリオを筆頭にルーカスとサイファスその後ろには近衛兵たちが整列していた
「で、殿下これは何事ですか!いくら殿下と言えど無礼ですぞ!」
「これはこれは学園長お昼時だというのに失礼した。ところでそのお昼時にも関わらず食事もせずに何をされているのかな?おや、重たそうなカバンですね何が入っているのでしょう?」
「これは…そう、書類…書類が溜まっていてですな家から持ってきた物で、いやはやお恥ずかしい」
学園長は先日と同じ様に額の汗をハンカチで拭きながら作り笑いを浮かべている。扉を蹴破って入ってきている時点で黒認定されているとは思わないのだろうか?
「中身を確認させていただいても?」
「…え、ええ勿論ですとも」
「確認を頼む」
近衛兵の一人が呼ばれ全員の目がカバンに釘付けになった瞬間
フラッシュ!
学園長が閃光魔法を放ちカバンをひったくって逃走した
「待てっ!」
昼休みで生徒で混雑している廊下を寸胴体型の学園長がほどばしる汗を撒き散らしながら生徒を突き飛ばして逃走する
「クソっ見た目に似合わず速い、誰か!学園長を捕まえろ!」
みるみる間に引き離され学園長はグランドを突っ切ろうとしている
「せーのっ!」
何処からかそんな掛け声が聞こえたと思うと
パコーーーーン
学園長が突然真横に吹っ飛びドラム缶のように回転して10m程転がって止まった
近づいてみると学園長は白目を剥いて気を失っていて、近くには生徒たちが遊びで使う大人のこぶし大のボールが落ちていた
学園長の側頭部には同じ大きさの跡がくっきりと付いており
まさかこれで?昼休みも終わりに近づいていてグランドには誰も居なかった一体何処から?
「殿下誰がやったのかは解りませんがひとまず学園長を今のうちに捕縛しましょう」
サイファスに促され、「ああ」とだけ返事を返した
この距離をグラウンド外から正確に走る学園長にヒットさせるなんてどんな人間なんだ…
丁度その頃、校舎に戻ろうとしていたフェリシアは珍しく大きなくしゃみ
「風邪かな?」
「馬鹿は風邪引かないわ」
ティナレからの辛辣な一言にフェリシアは涙するのだった
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