マネージャー
三題噺もどき―さんびゃくさんじゅうに。
煌びやかなライトに照らされて。
笑顔で手を振る彼女。
「――!!」
あまりの暑さと熱気に、頬を、額を、首筋を。
伝う汗が止まらない。
「――!!!!」
それを煩わしそうに拭うこともなく。
自らを飾り立てる装飾の一つだと言わんばかりに。
光を受けて輝く彼女は、美しかった。
「ラストーーー!!!!!!」
マイク越しに、そう叫ぶ。
時間が経つにつれ、上昇し続けていた熱気は、最高潮に到達しようとしていた。
―いや。とうの昔にそんなものは超えていて、更に高みへ行こうとしているのかもしれない。限界を超えたその先に。
「――!!」
いよいよ終わりを迎えるこの宴を。
楽しみつつ、惜しむように上がり続けるボルテージは、感じたこともない一体感をその場に生み出していく。
―彼女は誰よりもそれを感じているのかもしれない。
「……」
ステージの上でマイクを持ち、声を上げ、楽し気に笑っている。
けれど、よく見ればジワリと涙が浮かんでいるような。
―ああ、違う。これは私か。視界の端が歪んでいる。
「……」
煌びやかなステージの裏。
彼女が見える位置に私は居る。
―彼女のマネージャーとして。
「……」
彼女が。私が。
ここに居ると、今になってようやく実感ができた気がする。
ジワリと沸いてきた現実味が、私の涙腺を刺激した。
―まさか、こんな所まで上り詰めることができるなんて。誰が思っただろうか。
「……」
数年前。
私は、彼女に出会ったのだ。
会ったというか……遭遇したと言うか。
その日は、彼女に会うために動いていったわけではない。
たまたま。
偶然。
神様の悪戯。
雪がちらつきだした冬の日に。
彼女を見た。
「……」
電車に揺られて、歩いて家まで帰ろうという時。
所謂路上ライブというのをしていた。
ギターを片手に、弾き語りというものをメインにやっていたようだ。
どれも知っている曲で。彼女なりのアレンジはしていた。
「……」
始め、あの日。
遠くから何かが聞こえるなぁと思った時は。
今でもそんなことをしている人が居るんだなぁと……どこかひねくれた感想を抱いた。
でも案外誰でも思うことのような気がする。
「……」
その音のするあたりに、申し訳程度の人混みが出来上がっており、遠目にそれを見て嫌な気分になった。
何せそこは、私が帰る方向で、その人混みを避けていかないといけないと考えると、億劫で仕方なかった。
ただでさえ疲れ切って、足も体も心も重くって。帰ることもギリギリの状態で行っているのに。
その先で、更に人混みを避けると言う、もともと苦手なことをしないといけないなんて……なんの苦行だ……。
―いつもなら、そう思ったあたりで少し外れた道でも、あの人混みを避けようとしていた。
でも、そうせずに、真っすぐと帰路についた。
「……」
徐々にはっきりと聞こえてくるメロディー。
耳馴染みのある曲だった。
それに混じる声。
うん、まぁ、うまいなぁとか、そんなことをぼうと思っていた。
普段はそんなこと思いもしないのに。
―この時点で、私はもう彼女に惹かれていたのかもしれない。
「……」
その声が。
その響きが。
はっきりと聞こえた瞬間。
足が止まったのだ。
「……」
俯いて歩いていたのに、ゆっくりと頭が上がっていくのが分かった。
音の方向に視線を向けていく。
―視界の中心に、歌う彼女が飛び込む。
「……」
その声に。
その表情に。
その仕草に。
目を奪われ、動けなくなり。
―まるで恋だと思った。
その時、彼女に、彼女の声に、恋をした。惹かれて、魅せされた。
「……」
それから、彼女がいる時は、毎度のように聞きに行くようになった。
そんな日々を重ねて。
いつの間にか、彼女も私に気づく様になった。
歌っている時に、ぱちりと視線合うようになった。
路上ライブが終わって、片づけをしながら。
話をするようにまで、なっていった。
「……」
その時に。
大きなステージに立てるような歌手になるのが夢だと。
そう語っていた彼女の表情は今でも覚えている。
それから、他の人に見せるあの表情や話し方は、完全に余所行きのそれなんだなぁ…。と気づく様にまでなっていった。
「……」
そんな日から。
彼女がここに至るまで。
挫折だってした。何度か諦めようとしたこともあった。
その度に、2人で立って、前を向いて。
「……」
沢山の軌跡と偶然が重なって。
今ここに。
お題:雪・歌手・余所行き