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火事です?

作者: 武内ゆり
掲載日:2022/12/11


小学校の廊下の一角。僕らの学級委員長、ひろあきくんは、ニヤニヤしてぼくの肩をつついた。


「見てみ」


ひろあきくんは、赤いランプのついた火災報知器の前に、ぼくを案内した。そしてそっと、黒いボタンに手を伸ばした。


「ちょ、ヤバいって」


心臓にゾワゾワっとするものが通りすぎた。ひろあきくんはボタンに人差し指をくっつけると、ペコっと音をならした。


ペコっ、ペコっ。


「ほら」


これがぼくの発見だぞ、と言わんばかりに、ひろあきくんは顔中ニコニコになる。火災報知器のボタンに小さな隙間が空いていて、へこむのだ。見ているうちに、僕もやってみたくなった。


(もし鳴っちゃったら、とんでもないことになるぞ)


でも、ひろあきくんだけがやっているなんてずるい。ぼくだって、いい気になりたいと思った、


 おそるおそる、ボタンに指をくっつけた。


 ペコっ。


 ぼくと、ひろあきくんの視線が交わった。


「俺もやりたい」


勝気なタケちゃんが声を上げた。火災報知器の前には、団子みたいに人がたくさんくっついてきた。


 ひろあきくんがまた、ペコっと音を鳴らして、得意げに笑った。


「やめておいた方がいいよ」


真面目な小森さんが注意してきた。場が一瞬静かになったけど、小森さんがどこかに行くと、またやり始めた。


「行くぞぉ」


二周目。ぼくの番が回ってきた。自信満々に親指を突き立てて、指の腹を当てる。


 突然、後ろからひろあきくんが背中を押してきた。


 ベコっと大きくへこむ感覚が、親指から伝わってきた。


ジージージー、ジージージー……。


学校中にけたたましいベルが鳴り響く。血の気がサーッと引いていくのを、ぼくは感じた。


「ただいま、二階東側廊下の火災報知器が作動しました」


放送が流れる。消防車の音が近づいてくるのが聞こえる。


「生徒の皆さんは、落ち着いて避難してください」


ぼくらは何食わぬ顔で教室に駆け込み、銀色の防災頭巾をかぶって校庭に出た。


 太陽が力強く照っていた。ぼくは深めに頭巾を押し付ける。背中から滝のように汗が流れるのを感じる。心臓が裏から掴まれたみたいに、爆音を奏でていた。


「え、どうなるんだろ、どうなるんだろ」


ぼくのクラスだけ、妙にざわついている。


 端の方で、先生たちが話し合っているのを見た。ぼくは必死に、聞こえない声を聞き取ろうとした。


「誤報です」


校長先生が朝礼台に立って、マイクを握る。


 教室に戻ると、お通夜のようにシンとしていた。


「誰かが間違えて、ボタンを押した人はいないか」


担任の谷平先生が聞いた。クラスメートの一部が、ぼくとひろあきくんを見た。


 ぼくの心は嵐だった。体は石像だった。ぼくが何も言わなかったから、誰も、何も言わなかった。


「そうか」


と言って、谷平先生は教室を出て行った。これで3限目は潰れた。


 4限が終わり、給食の時間になると、ぼくの心の嵐は通り過ぎ、いい感じにあの出来事も忘れかけていた。


「先生、来ないね」


一人がささやいた。ぼくは反射的にドアを見た。一人がチラッとぼくを見たのがわかると、ぼくは目をそらした。


「ほんとだね」


「やっぱり……」


やけに大きい足音が、廊下から近づいてくる。ダーァンと乱暴にドアが開かれ、


「サカヤマー!!」


谷平先生がライオンみたいにおっかない顔で怒鳴った。


「こっちに来い!」


怖気づいた子犬みたいになってぼくが行くと、熱いビンタが飛んできた。


「なんで言わなかった」


「ごめんなさい」


「ひろあき、お前もだ!」


隣にやって来たひろあきくんにもビンタが来て、赤く腫れた。ぼくはもう怒られ終わったと思って、


(チェ、誰がちくったんだ)


と周りを見た。


「お前ら、何で黙ってた。全員廊下に出ろ!」


クラスメートがずらりと廊下に並び、正座で黙食した。後で、隣のクラスの子が先生に言ったらしいと耳に入った。


 もう二度と火災報知器には近づかない、ぼくは固く決心した。


 家に帰って、両親にも怒られた。二、三日経ってからやっと、迷惑かけたかな、と罪悪感が忍び寄ってきた。


 でも、それを言葉にする手立ては、ぼくにはなかった。「ごめんなさい」って、誰に伝えればいいのかな。


 ぼくは伝える方法を知らなかった。







「ふぅ」


缶コーヒーを机に置き、椅子にもたれる。時計は夜の8時を指していた。


 ふと、視界の隅に、赤いランプが見えた。火災報知器だ。それを見ると、あの頃の自分を思い出してしまった。少年

の日の自分を、自分だったと言うには、だいぶ歳をとり過ぎている。


(だけど、時効にしてもいいか)


隣には同僚の川下が座っている。同じように、作業の手が止まって、少しぼんやりとしている。


「なあ、突然だけどさ」


「どうしたんですか」


「子供の頃の話をしてもいいかな」


「本当に突然ですね」


川下は軽口を叩く。仕事から現実逃避をしたかったのか、興味ありげに腰を運んできた。


 これが数十年来の告白だと思って、ぼくはあの話をした。できれば笑い話になるように。


「火災報知器、あそこにあるだろ。鳴らしたことはあるか?」


「ないです」


と、川下は答えた。


「ぼくはある」


あの時のひろあきくんのように、ぼくはニヤっと笑って見せた。


元ネタと言いますか、元話があります。昔の小学校は怒られた時にビンタが飛んできたらしいです。今だったら、絶対色々な方面から言われそうだなあ……。

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