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奪われた王女と、かくれんぼ2

途中から他者目線になります。


「うーん、よく寝たわ!」


 仮眠を取って、ひとつ伸びをしてから起き上がる。足元に置いた結界の魔道具を収納にしまった。ギルが魔改造したライラ専用の結界の魔道具は、ライラとゼファとギルバート以外をもれなく感電させたうえで、弾き飛ばす。しかもテストのために貯めたギルの魔力が残っていたので安心して使うことができた。


 薄暗闇の中に勇壮な姿を見せる魔の山はまだ遠い。本当は身体強化で距離を稼ぎたいところだけれど、最初の一日はできる限り魔法を使わないことに決めていた。使うとすれば二日目以降、浄化もあまり使いたくない。そんな状況で魔獣と出会わなかったのは幸運以外の何物でもなかった。

 そして見たことのない魔力排出植物の種や苗を採取して、せっせと収納にしまう。頬が緩んでしまうのは、ギルにお土産ができたから。


「思ったよりも、精神的に余裕があるのは助かるわ」


 とにかく追いつかれなかったのは幸運だ。昨日は時折、後方から武器の音や激しく風を切る音が聞こえていたから追手のほうは魔獣と戦闘になっているらしい。その音も今は聞こえなくなったので少しだけ距離が開いているのかなと思う。前回と違って私のことを魔獣が避けてくれるのか、魔獣と遭遇することもなく安全確実に前へと進んでいる。

 さて、そろそろ先に進もうか。水を撒き、火を消して砂をかけておく。うん、これで火の始末も大丈夫ね。

 今日一日、ただひたすらに歩いて前に進み距離を稼ぐ。心石を使うかはそれから考えよう。そう思ったところで収納にしまってある手紙のことを思い出した。ギルが開発したもので、紙に宛先の魔力を登録しておくと鳥になって届くという魔道具の一種だ。


 そうだ、現在地を知らせておこう。手紙に周辺の木や植物を模写して色や香り、特徴なども記しておく。ギルならきっと植物の特徴や繁殖地から私の場所を特定できるはずだ。ほんの少しだけ魔力を添えて鳥となった手紙を風に乗せて天高く飛ばした。この周囲には魔法を使った痕跡が残ってしまうが、しょうがない。それに魔の森は広大だ。装置は一台しかないそうだから距離が離れているのなら上手く誤魔化してくれるかもしれない。


「このまま真っ直ぐ進んだ先に水場があるといいのだけれど」


 女性としては、こういうところがどうしても気になる。作業着も魔法できれいにすることができるけれど、今は使えない。……さてと、まだまだ先は長いわ。気を取り直したライラは真っ直ぐ山の麓を目指して歩き出した。


 一方、追いかける側は――――。


「ここに、わずかながら人の歩いた痕跡が残っています」


 魔法師の一人が、ようやく気がついた。彼女はあえて魔法を使っていないのではないか。だったら魔法の行使された痕跡を探しても見つかるわけがない。自分達が散々踏み荒らした後だったので、自分達以外の人間が森を歩いた小さな足跡を探すのに手間取った。機材を向けると微量ではあったが漏れ出た魔力の痕跡が残っていたようで一致したことを知らせるランプが点滅する。途端に安堵するような空気が流れた。


 よかった、少し前まで彼女はここにいたのだ。


 鬱蒼と生い茂る草木をかき分けながらでは容易に遠くへは行けないだろうし、すぐに見つかるだろう。そう安堵したのも束の間のことだった。とにかく異様に魔獣との遭遇率が高い。まるで何かから逃げるように次から次へと魔獣がこちらへと押し寄せてくるのだ。しかもどういうわけか変異種のような力の強いものも含まれていた。ようやく退けたときには誰もが疲れ果てて、自然と歩くペースも落ちてしまう。大人の男の脚力ならば追いつくはずなのに、追いついているというよりもむしろ引き離されているようだ。


 まるで、あのときのみたいだ。捜索に加わる魔法師の一人がため息をついた。忌み子と呼ばれていた彼女を探したときの状況が脳裏によみがえる。だが今回は、あのときとは真逆の愛し子として彼女を保護しなければならなかった。


 長い年月をかけて事実が捻じ曲げられた結果、夜の国は愛し子を貶めてきたのだ。そう思うと、あまりの罪深さに身が震える。今回のことだって、月の神は本当に許してくださるのだろうか。神殿は彼女を取り戻せば全てが元に戻るというが本人の意思は全く確認していない。まるで拐うようにして、この国へと連れ戻した。


 ニクスという大国が、たったひとりのために揺らぐなんて思いもよらなかった。

 だから誰も皆、動揺して浮き足立っているのだろう。


 目に見える黄金色という恩恵を失ったニクスは、国の威信もまた月が欠けるように衰えつつあった。神の恩寵というのは、失うまでは感じられないからこそ恐ろしい。

 豪雨に落雷、このところなかったような規模の天災が起きて日々の暮らしにもじわじわと影響が及ぶようになった。情勢が不安定だからか、人々の表情も暗い。黒髪をした新たな王が立ち、彼の後ろ盾となった公爵家や月光神殿が一丸となって盛り立てようとしているが、新たな施策も空回りするばかりで効果は今ひとつだ。


 全ては、新月の愛し子が夜の国を捨てたばかりに……誰もがそう思いはじめたころ、ヘオス国の、とある家が接触してきたのだ。ニクスでも家名が知られている、力のある貴族家のひとつ。ヘオスの平民で膨大な魔力の器を持っている女性がいるという情報だった。今は侯爵家に養女となっているが、彼女が再生の魔法を使うところを当主の娘がはっきり見たというのだ。

 半信半疑ではあったけれど、その娘を経由して容姿の特徴を手に入れたとき誰もが言葉を失った。星色の髪というのはヘオス独自の表現で、我々の求める白金色のことだったのか。女性の年齢や特徴も忌み子として捕らえたときに調べた情報と一致している。


 おそらく彼女こそ、逃げたとされるニクスの正統なる王女。

 彼女に与えられた恩寵は我が国のものだ、取り戻さなくてはならない。


 女性はライラ・コーエンと名乗っているそうだ。魔力の器を持つということで、コーエン侯爵家の養女になってソルスロメイル王立学院に在籍している。白金色の髪に、膨大な魔力量に魔力の器、そして毀損された物質を再生させる魔法が使える……もはや疑う余地はない。


 そこで国を通じて彼女の身柄を引き渡すように要求したが、あっさりと断られた。理由はヘオスの太陽神殿で祝福を受けた、ヘオスの国民であるから人違いだというのだ。ご丁寧に太陽神殿の発行した身分証明書まで添付してあれば相手の言い分を間違いだとは言えない。


 そこで今度は、新たにニクスの王となった公爵家の子息との婚約を申し込んだ。今の身分は侯爵令嬢、学業の成績は優秀、品行方正で礼儀作法も完璧だとか。自宅でローザンデリアという魔力排出植物を育てており、改良の末に黄金色の花弁を持つ美しい花を咲かせたという実績からも王の伴侶として申し分ない。


 黄金の花弁を持つ花といえば、一時期ニクスで騒がれていた黄金のサレチュリアがあったが、今では見かけることもなくなり過去の話となっている。

 ローザンデリアの黄金色の花弁は、まるで黄金のサレチュリアを彷彿とさせた。このローザンデリアのために、ヘオスは魔力排出動植物生産業の制度を整え、魔法師の労働環境や権利を保護するための法律を制定したという。


 そのきっかけとなったのがライラ・コーエン。彼女はまさに国の宝と呼んでいいような女性だった。

 

 もし彼女がニクスの王女であるならば、むしろ正当な後継者として誰よりも王位にふさわしい。コーエン家としても義娘が結婚すればニクスの王族の一員となれるのだ、文句はないだろう。


 今度こそはと色よい回答を心待ちにしていたが、またもや想定外の返答があった。ライラ・コーエンはすでにヘオスの第三王子の婚約者に内定しているため、謹んでお断りするという内容だった。第三王子、そんな人物がいたかと調べてみると、なんとたしかに存在していた。

 隠されていた王子の名は、ギルバート=ウィリアム・ヘオス。調べたところコーエン家の三男として育ったが、本当の身分は第三王子だったそうだ。生まれつき魔力が多く、安定して魔法が使えるようになるまではコーエン家に預けられていたという異色の経歴を持っていた。


「コーエン家の三男といえば、ギルバート・コーエンじゃないか?」

「ああ、いたなそういえば!」


 魔法師の間では、そちらの名前のほうが有名だった。国同士の交流制度を使って、ニクスに魔法技術を学びにきていた人物。ヘオスを襲った旱魃の際は最前線に近い場所で活躍していた。研究者として優秀で研究所でも目立ってはいたが、私生活で目立つような行動はなかったはず。そう考えて誰もがハッとした。


 物語のように夜の国の王女は太陽の国の王子と出会い恋に落ちた。

 だが、一途な想いが叶わぬことを悲観し、駆け落ちしたのだと。


 もしかして王女をこの国から連れ出したのはこの男ではないか。

 

 だが証拠は何もない。新月の愛し子を連れて逃げた男がいたという情報はあるけれど、最後まで誰とはっきりしなかったからだ。王は心を病んで退位し、王太子と近衛騎士は幽閉されたり放逐されたりで話が聞けるような状況になかった。ディーネ姫は嫁に行ってしまうし、使用人達も記憶が曖昧で誰ひとりとして同じことを言わない。精神に干渉するような、なんらかの魔法が行使されたのだろうが、これほどまで広範囲で症状が続く魔法は記憶にも記録になかった。


 それは王女自身についても同じことが言える。彼女の出生時の記録は抹消され、どこで生活していたのかも巧妙に改竄されていた。まるでこの国を捨てることを予期した誰かが、彼女の痕跡を消し去ろうとしたのか。


 掴めそうで、掴めない。あと少しで捕まえられそうなのに、いつも逃げられる。


 まるで子供の遊び、()()()()()のような……追いかける側からすると行動は読めないし、思わぬ場所に隠れていたりするから気力だけでなく体力も削られる。

 

「とにかく、追いつかないと話にならない」


 兵士の言葉に、座り込んで休んでいた誰もがのろのろと立ち上がり歩き出した。交渉も幽閉も、捕まえてからのことだ。王を筆頭とした国の上層部や月光神殿の高位神官は、なんとしてでも彼女を手に入れるつもりでいたから、捜索隊に対する期待値が半端なく高かった。


『貴族の娘ひとりくらい既成事実さえ作ってしまえば、どうとでもなる』


 狂気に取り憑かれたような王の台詞は、むしろ悪役じみて聞こえる。清く正しいニクス王家の理想とする姿からはずいぶんとかけ離れていたために、誰もが気乗りしないのだ。

 しかも捕まえたら自由以外で望むものはなんでも与える代わりに、一生表に出さず、存在すら消し去る予定らしい。ヘオスの貴族家の娘が、協力する見返りにつけた条件らしいが、相手は新月の愛し子であり、一国の王女だったかもしれないような女性だ。神の恩恵そのもののような女性になぜ不敬が許されると思うのか。自分からすればニクスという国もヘオスの娘も、まるで滅びの道を突き進むかのようだ。


 ガサガサと草木をかき分ける音がした。魔法師が機材を構えたところで、少し離れた場所から火熊の咆哮が聞こえる。ああ、またか……。


 もはや諦めたような表情で兵士は武器を構え、魔法師は魔力を手繰り寄せる。とにかく数は多いが、全体的にまだ魔獣のレベルが低いからなんとかなっているが……そう安堵したところで、ふと脳裏に何か引っかかるものがあったが戦っているうちに霧散した。


 ライラ・コーエンは、まだ見つからない。

 焦れた国の上層部がさらに兵士を送り込んでくるのはもう少し先の話だ。


 そして一方、ヘオスでは――――。


「……は? もう一回、言ってくれないか?」

「月の神様がライラを迎えに行くのをもうちょっと待ってて、だって」


 籠に盛った根菜を、もっさもっさと喰みながらゼファは答えた。空腹のときはどんなごはんでもおいしく感じる。でも今はライラの魔力つきの根菜が食べたい。


「どうしてだ、危険な目に遭っているかもしれないじゃないか!」

「大丈夫、元気だって。あのね月の神様が言うには、ライラったら超楽しそう、ウケるって」

「ウケ……どういう意味だ?」

「面白いってこと!」


 根菜を食べ終えたゼファは次に水入りのバケツに首を突っ込んでグビっと飲んだ。月の神様に会いに行ったあとならどんな水でもおいしいけれど、やっぱりライラの魔力を込めた水のほうが何百倍もおいしい。


「ああ、ライラの魔力ついてないと味気ないなー」

「悪かったな、私の魔力をつけてやろうか?」

「ギルのは薄味だけど苦いというか辛いから嫌。でね、ライラのは爽やかで甘くておいしいんだ!」


 苦いよりは、甘いほうがいい。抗議する顔でゼファはブルル、と唇を振るわせる。ギルバートのこめかみに青筋が立った。


「餌をもらっておきながら、ずいぶんと偉そうだな」

「ふん、八つ当たりか? ライラにすぐ会えないからってヤキモチ妬いて大人げない」


 からかうようにニシッと歯を向いて、ゼファはさらっと受け流した。


「あのな、月の神様はライラに自由をあげたいそうだ」

「ライラに、自由を?」

「今回のことがあったせいで彼女が太陽の国に戻れば雁字搦めに権力で縛られるだろうって。守られること自体は悪いことではないのだけれど、彼女だって自分で考えて行動するという経験も必要だとは思わないか、ってさ」


 彼女には、どんな未来が待っているのかわからないのだから。


 機会を奪われたせいで彼女はずっと誰かに守られてきたけれど、見かけどおりに甘い人間じゃない。本来なら自分で考えて行動できる賢い娘だ。今だけであっても一人で考えて行動する自由に慣れておいたほうがいい。それはきっと彼女にとって良い経験となるはずだから。

 ギルバートは言葉に詰まった。反論したくとも、王子の婚約者となればゼファの言ったとおりの未来が待っている。できる限り自由には過ごさせてあげたいと思うが、全く誰の干渉も受けないということは難しい。


「きっとライラにとって悪いことにはならないよ。こうしている今も月の神様が見守っているし、魔獣も遠ざけてくれている。さりげなく誘導して水場やグジュラの木に寄せてくれているそうだから、きっと快適そのもののはずだ」

「……」

「それにギルにとっても悪くない話だと思うよ?」

「私にか?」

「あと一日待ってくれるなら、不毛の呪いをかけないであげるって。月の神様怒ってたよー、油断しすぎだバカ。ふざけんなって。荒れて荒れて、ついには下界に雷落としてた」


 ギルバートの顔色が悪くなった。そうか、それがあったか。


「でもきっとライラなら不毛でも……」

「ああ、ライラ気にするだろうなー。かわいそうに」


 棒読みに近いゼファの呟きにギルバートは真っ青な顔で肩を震わせた。まさか、ライラが気にするってそんことが……いいや、優しい彼女なら十分にあり得る。


「きっとギルの前頭部やら側頭部やら後頭部見て、自分のせいだって責めるかも」

「なんでそんな目立つところを!」

「だって目立たないと罰にならないだろう」


 実に効果的だと、ギルバートは頭を抱えた。


「……わかった、一日待てばいいんだな」

「うん、それで十分楽しめるからって!」

「いいだろう。その代わり、ゼファは当分ライラの魔力抜きだ」

「なんで、どうして!」


 ゼファはギョッとして叫んだ。するとギルバートはニヤリと笑った。完全に振り切ったのだろう、それはもう魔獣すら戦慄させるような凄惨な微笑みだった。


「私の知識と力を貸してもらっていながら、ライラを守れなかった。その罰だ」

「自分だってそうじゃない、横暴だ!」

「護衛のくせに、雇用主(月の神)に何て言い訳する気だ?」


 ぐっとゼファは言葉に詰まった。ギルバートはこれで許されるが、ゼファについてはまだお仕置きを受けていない。この魔王モドキが、騙されないぞ!


「甘い言葉で誤魔化して、もっと酷い目に合わせる気だな!」

「そんなことはないぞ。今のうちに手を打っておけば月の神に申し開きもできるし、傷も浅い」

「……ぐっ、」

「私は優しいからな、ライラには伝えておく。月の神様もライラがそれでいいと言うならって、その程度の罰で許してくださるだろう。そしてライラもかわいそうに思って餌の時間以外は優しくしてくれるはずだ」


 むしろご褒美じゃないか。薄ら笑いを浮かべているところなんか、本家も真っ青だろう。


「覚えておけよ!」


 からかうような色を浮かべたギルバートの顔を睨みつけながらゼファは勢いよく水を飲んだ。

 真水が塩辛い……涙のせいか⁉︎


 どうしてだ、どうしてこうなったんだ!


 

 

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