星の花屋と太陽の目、満月の愛し子1
「まあ、忌み子ではないの。はじめて見たわ!」
「……!」
「本当、噂に違わぬ禍々しさね! 噂どおりに気持ちの悪い色だわ、背筋がゾクゾクする!」
「はは、あまり近づいてはいけないよ? あの瞳に見つめられるとディーネが穢れてしまう」
「まあそうなの、気をつけなくちゃ!」
なんなの、この人。意表をつかれ、間の抜けたポカンとした顔でディーネ姫を見つめ返した。恐ろしいことに王女は人を傷つける言葉を吐きながら全く悪意がないのだ。あるのは好奇心と未熟な精神。そして周囲もそれを許している。全ては、彼女が満月の色を持って生まれてきたばかりに……誰もが月の神の愛し子である彼女の言動を咎めないのだ。彼女は王族でありながら、王族になくてはならない何かに欠けているような気がした。
こわい、この人には近づいてはいけない。
満月の強い輝きは新月の煌めきなど、容易に飲み込んでしまうだろう。
「……この隙に退出しよう。ヘオスに帰ってしまえば、あとはどうにでもなる」
ギルさんも何か危険なものを感じたようだ。続々と城の人間が集まってくるのを幸いに、紛れて部屋を出て行こうとした。それなのに、どういうわけか背後から鈴のような声が聞こえてきて私たちを足止めしたのだ。
「二人とも、お待ちない。どうして忌み子がこんなところにいるの? 神聖なる王城を穢した理由は何か、私に教えてくださらないかしら?」
周囲にわんさか人を侍らせているのだ、理由くらい誰かに聞けばいいじゃない。そう思う私の横、ギルさんの目の前にディーネ姫が立った。眼鏡越しにギルさんと目があったようで、にっこりと微笑む。
「その髪の色、太陽の国の人ね。あなたの名前は?」
「ギルバート・コーエンと申します」
「貴族かしら?」
「コーエン家はヘオスの侯爵家にございます。旱魃のおかげで名を上げた、そこそこ歴史ある家です」
侍女が心得たようにディーネ姫の耳元で囁く。えっ、隣国の貴族の家名すら頭にないの? 外交が仕事の一つである王家には必須の知識だと思っていたのに。
「ああ、魔法という叡智を捨てた国の英雄だったかしら? ずいぶんとかわいらしい人なのね!」
ディーネ姫はちらりと私に視線を投げた。なんだろう、あの視線……なんとなく気持ちがもやっとした。ディーネ姫はいそいそとギルさん腕を絡ませた。
「あなたみたいな人も太陽の国にはいるのね、気に入ったわ! 顔もきれいだし、私に侍る栄誉を与えてあげましょう。そこのあなた、ギルを別室に連れて行って着替えさせて。この衣装も似合っているけれど、私の隣に侍るには地味だわ。もっと豪奢に飾り立てて」
「承知しました。……忌み子は邪魔だ、どけ!」
侍従は私を引き剥がそうと言葉荒く手を伸ばした。ライラは胸に激しく焦げ付くような痛みを感じる。ギルって勝手に名前を呼んで、私のことなんていないものとして扱うなんて!
突き飛ばされそうになった私の体を守りつつ、ギルさんはもう片方の腕に絡みつくディーネ姫を鬱陶しいとばかりに見下ろした。カッとなった侍従の手がギルさんに届きそうになった、そのとき……反射的に彼の手を強く払い退けた。
――――ダメだ、許せない。誰にもギルさんを傷つけられたくない。
他人に逆らった、その恐怖に震えながら自分の手を強く握りしめる。人々の刺すような視線に涙がこぼれそうになるのを、歯を食いしばって耐えた。ギルさんは一瞬目を見開くも、ふわりと笑って私の頭を優しくなでた。
「私を守ってくれたのだね、ありがとう」
無意識とはいえ私が下手に手を出したばかりに状況を悪くした。それなのにギルさんは心の底からうれしそうな微笑みを浮かべたのだ。間違えたことをしたはずなのに、あんなふうに優しい眼差しで見つめられたら、全てが許されたような気がしてしまう。するとディーネ姫は侍従の手をみて、悲しそうに表情を歪めた。
「まあ、忌み子が私の可愛い国民に暴力を振るったわ! あなた痛いところはない?」
「少々痛みが、でも大丈夫です」
滑らかな、傷ひとつない侍従の手をディーネ姫が握った。治癒魔法を使ったようで彼女の手がほんの少しだけ光を放つ。ギルさん以外の人が使う治癒魔法を見たのははじめてだけれど、ずいぶんと弱々しい光だ。
「私ごときのために、貴重な治癒魔法を使っていただけるなんて光栄です!」
「当然よ、大切なあなた達のために私の力はあるの」
治癒魔法は貴重だということを、彼らの会話ではじめて知った。自分も使えるしギルさんも使えたから、それなりの人数が使えるものだと思っていたけれど、どうやらそうでもないらしい。手を握られた侍従は顔を赤らめてディーネ姫に甘く微笑む。二人だけの世界、自分を慕う侍従の態度にディーネ姫は満足そうに微笑んだ。男なら誰でもいいのか……ギルさんは侍従に呆れた視線を向けて、形ばかりの謝罪の姿勢をとった。
「この子は意に反して囚われていたために、見ず知らずの他人が怖いのです。直近でも手荒く扱われたようで、特に躾のなっていない男性に触れられるのがこわいのでしょう」
躾がなっていないと断じた男を一瞥して、隣に並ぶディーネ姫に視線を向ける。視線が合い、花が咲くように微笑んだ彼女に、ギルさんはうやうやしく首を垂れた。
「お申し出につきましては謹んでお断りいたします」
「なんですって、私の誘いを断るの?」
「はい、私には大切にしたい家族がおりますので」
私と視線を合わせて、ほんのわずかに口角を上げた。のぞき込んだ彼の目も、雄弁に本気でそう思っていることを語っている。すると一瞬言葉を失ったディーネ姫が、悲しそうに首を振って深くため息をついたのだ。
「可哀想に、忌み子に洗脳されているのですね」
「はい?」
「古来より忌み子は、そういう禍々しい力を持つとされているの」
「おっしゃることの意味がわかりかねますが……」
「あなたは可哀想な犠牲者ということよ。第一に洗脳でもされていなければ、満月の愛し子である私を拒むなどあり得ません。どんな力を使ってこうさせたのかわかりませんが、夜の国で当代随一とされる治癒魔法の使い手である私があなたをこの悪女から助けてあげましょう! そう、これこそ聖女の御技、そして二人の愛は真実の愛へと昇華するのです!」
ディーネ姫は頬を染めて、夢見るように瞳を輝かせた。意訳すると、どうやら自分が選ばれて当然だという意味らしい。
ここにちょっと頭の痛い人がいる……。さすがのギルさんも理解が追いつかなかったようで一瞬言葉を失っていた。たしかに満月の愛し子と呼ばれるくらいに美しく、この国では愛されキャラなのだろうが、ギルさんは太陽の国の人だ。自分の周囲に侍る男性と価値観が同じとは限らないでしょうに。もはや取り繕うのもやめたようで、彼も呆れたような表情を隠さなくなっていた。ディーネ姫は傷一つない美しい手を振って兵士を呼んだ。
「誰か、この忌み子を地下牢へ閉じ込めてちょうだい。我が国の民に暴力を振るい、他国の無辜な民を洗脳したお仕置きですわよ」
「ああ、我が娘にして満月の愛し子よ。おまえの慈悲深い行いを優先させてやりたいのだが、それはできないのだよ」
父王はディーネ姫の肩を優しく抱き寄せた。それから歪んだ微笑みを私に向ける。まだ、諦めていないと気がついて、再び私を恐怖が襲った。
「この忌み子が、おまえの代わりに帝国へ嫁ぐのだから」
「まあ、素晴らしいわ! 忌み子であるあなたには、このうえない幸運ではないの。国の温情に感謝なさい!」
「ああそうだろう、そうだろう! 忌み子にはもったいないほどの高待遇だ」
「ふふ、私が逃げたかいがあったわね! 私にも感謝してちょうだいよ!」
ディーネ姫は父親に抱かれながら満面に笑みを浮かべる。どうやら件の商人は、コルトハインから逃げるためだけに利用された哀れな人物らしい。彼女の場合、己が欲望を満たすために彼が必要なだけであって最初から愛なんてこれっぽっちもなかった。
残酷な人……。王の気質は形を変えて間違いなく彼女に受け継がれている。
「面倒だな、また振り出しまで戻った」
ボソリと呟いてギルさんは隣で深々と息を吐いた。私も同じ思いだ、放っておいてくれれば勝手に出ていくのに。忌み子と蔑すむのは、まるで自分達に都合のいいように縛り付けようとしているからに思える。ディーネ姫が戻ってきたことで急に勢いづいた王が反撃した。
「大体、おまえたちの不遜な態度はなんなのだ! 我は王である、そして王族に楯突こうというのは不敬の極み。夜の国で夜の王に逆らえば首を斬られても文句は言えないのだ! ギルバート・コーエンといったか、おまえのせいで国同士の交流に傷をつけることになるのだぞ! 我々から魔道具の輸出が止まったらどうするつもりだ!」
「そう言われると思っておりました」
王は、王族にふさわしく権力という剣を抜いた。
ギルさんは書類の束から玉璽が押された一枚の紙を取り出す。ライラ・コーエンの保護を各国へ要請する内容だった。各国の取り決めでは、このような人の命が関わるような要請は優遇措置が取られることとなっている。つまり保護が最優先で、それに伴う損害賠償などの要求は神の慈悲に反するというのが明文化されているのだ。もちろん救出時は緊急事態ゆえに不敬罪の適用などは論外とされる。
「私がここへきた理由も、これに該当いたします。一週間前には発出されていますからご承知でなければ大使館に再度ご確認ください」
これで不敬罪は問えなくなった。むしろ不敬罪を問うことは後進国と揶揄されるそうなので誇り高い王には絶対に無理だろう。
思惑どおりにいかなくて不愉快という表情を浮かべた王に、ギルさんは別に封書のようなものを手に掲げる。表書きには几帳面な字でギルバート・コーエンの名が記されていた。どうやら誰かからの手紙――――その手紙の裏を返したとき、人々は息を飲んだ。封蝋がコルトハイン帝国の皇室が使うものであったからだ。
「ご存知と思われますが、ヘオスとコルトハイン帝国は親交が深いのです。私自身、学生時代に帝国へと留学しており、光栄なことに皇太子殿下とは学友で、今でも交流がありましてね。手紙のやりとりをしていたので、交流制度を利用し、ニクスにきていることは伝えていました。そんな彼から先日、連絡がありまして。何事かと思えば、なんでも自分の婚約者候補のニクスの姫が行方不明になっているという噂があるらしいから調べてほしいと」
痛いくらいの沈黙が落ちた。それもそうだろう、一番知られたくない人物に事実を明らかにしたのだから。だが、ディーネ姫は別の場所に引っかかったらしい。
「え、婚約者候補? 私、そんなこと聞いていないわ。人質として嫁ぐということしか聞いてないわよ?」
「私の調べた限りでは他にも候補はいるそうですから、婚約者候補という話は捏造ではないでしょう。それに誤解されているようですが彼は独身、つまり正妃の座は空位なのです。若いうちは本人が乗り気でなかったというだけで、そろそろ本格的に選ぼうという気になったということなのでしょうね」
「じゃあすでに寵妃がいる、というのは?」
「それについては彼の名誉に関わりますのではっきりと否定いたします。複数の女性と関係を持つような不実な男ではありません。寵妃の件は国の事情が絡むようなので私も詳しくは聞かされていませんが、戦争中に父君を失った高貴な女性達を後宮で保護しているとは聞いていますよ? 彼女達の身の振り方が決まるまでの暫定的な措置だそうです」
「でも他にも婚約者候補がいるのでしょう? 私一人が欠けたくらいで調べさせるわけがないじゃない!」
「そんなことはありませんよ。もし他国の手の者による誘拐であれば婚約者選定に影響しないとも限らない。それに、できる限り詳細を調べて送ってくれないかとわざわざ手紙にするくらいですからね。姫のことを気にかけているのはたしかです。顔は強面ですが、内面は面倒見のいい優しい男なのですよ」
「そんな……」
噂では強国の王太子という立場に驕った不実で好色な男と聞いたから逃げたのに。
まさかの優良物件だった。
「ただ頼まれはしましたが、私も失踪についての詳細は噂程度しか知りません。ですから噂だと前置きして、知る限りのことを手紙で伝えようと思っていたのですけれどね」
ギルバートは唇を歪めた。その先の言葉を想像したのだろう、見回せば誰しもの顔が真っ青になっている。
「さて、返事にはどこまで書きましょうか?」
長いので、半分に切りました。お楽しみいただけるとうれしいです。




