幼馴染と別れるお話
「もうこれで最後だね」
ハンドルを両手で握りアクセルを操作し、ぼんやりと前の車のテールランプの明かりを眺めながら、僕は隣のシートの彼女に向けてそう呟いた。
どこを見ているのかわからない瞳、彼女からは何も言葉は帰ってこない。
それは最初からわかっていたが、少し寂しさを感じる。
もうずいぶん前から、彼女は冷えきっていた。
夜の高速道路を走る風切り音とロードノイズが車内に響く。
彼女に声を掛けようにも、言葉が思い浮かばない。
こうなる前なら、彼女は様々な表情で僕に言葉を投げかけていただろう。
言葉を発せずにいると思考が内向きになり、一緒に出掛けた記憶や旅先に残っている彼女の残滓、臭い・温もりが思い出される。
僕たちは本屋も喫茶店も無い、今では限界集落と呼ばれるような田舎町で育った。
汲取り式のトイレに井戸。小さな村で、同世代の子供もいない。
遊ぶ時も学ぶ時もずっと一緒。
共に両親がいない僕らはお互いが心の支えだった。
山が好きだった彼女。
木が生い茂る山に足を運んだ時、想像よりも険しい山道に僕は足を引きずりながら登った。
軽装で来てしまったことを後悔し、事前準備の大切さを思い知らされた。
――山頂で見た朝日が綺麗だった。
人混みが嫌いだった彼女。
季節外れの海に出かけ、岩陰でこっそりと焚火をした時。
スポーツバックに詰めた荷物を持っていくのは骨が折れた。
――あの時は手を焼いたね。服に臭いが付いちゃうし、火の始末が大変だったよ。
静かなところが好きだった彼女。
大きなリュックを背負い、ひとけの無い廃屋の探索に出かけた時。
肝試しでもしていたんだろうカップルと鉢合わせて少し気まずかった。
相手の仲睦まじさに嫉妬したが、冷え切った関係を悟られたくなくて爽やかに挨拶をした。
――上手く誤魔化せたかな?あの人たちには僕がどうおもっていると映っただろうか?
彼女との思い出を振り返っていると、ガタンと車が段差で跳ねる。
年代物のボロ車だ。サスペンションも相応にヘタっている。
その衝撃で僕は現実に引き戻された。
そして再び沈黙。
煩わしい雑音。
少しキツめの彼女の臭いが鼻腔を満たす。
思わず手を伸ばし彼女の髪をなでる。彼女は微動だにせず僕の手を受け入れる。
「もう、これで最後だね」
名残惜しさからか、先ほどと同じ言葉が口から零れる。
何も答えてくれない彼女。答えられない彼女。
高速道路を降りて1時間ほど街灯の無い整備の行き届いていない道を走ると、目的地に到着した。
何年も帰っていない僕らの育った家。
最後はここにしようと決めたのはいつだっただろうか。
どうして、こうなってしまったんだろう。
何の疑いもなく、僕たちはずっと一緒にいられると思っていた。
大学を卒業し、就職してお互いの時間や価値観にずれが生じても、僕たちなら大丈夫だと乗り越えられると信じていたのに。
本当にこれで最後だと思うと様々な感情に支配され、僕は頭を抱える。
ほんの数秒、頭を抱えると僕は決心をして腕を伸ばす。
「さようなら」
そう呟き、僕は抱えていた彼女の頭を井戸に捨てた。