8話 ライファノン神官
【ライファノン神官】
騎士団の隊長たちが通路に入ってから1時間が経過した。
その間、神官の私は、この入口部屋に施されている魔法陣の確認をした。
まず、出入口には獣避けの魔法陣がある。
この効果に拠って、墓所に侵入する獣はいない。
先程、鼠の姿を見たが、あいつらはあらゆる隙間から侵入する。
問題ないだろう。
次にこの部屋の床に施されている魔法陣だ。
これは魔術的刻印なので、この部屋が破壊されない限り、その効力を失う事はない。
その効果は 『破魔の法』だ。
墓地に埋葬される遺体から悪しき物を取り除き、遺体を清める。
しかし、地下の通路内にはゴーストの目撃情報が古くからある。
何より、昨夜の骸骨剣士と、おそらく屍人操者が逃げ込んでいる。
古くからある魔法陣に対し、その効力に疑問の念が湧いて来るが、神官としては信じなくてはならない。
部屋の床を護衛の騎士たちと確認するが、ヒビ割れや傷は無かった。
魔法陣の効果を信じるならば、魔物である骸骨剣士はこの部屋に入った時点で、その闇の魔力を失い、ただの骨に戻る。
しかし、骸骨剣士はこの部屋を通り、階段の先、地下へと隠れた。
これは、どういう事なのか。
やはり、魔法陣の効力が失われているのだろうか。
部屋の奥、階段下から足音が聞こえてきた。
複数だ。
どうやら隊長たちが戻って来たようだ。
「この足音は!?」
「ライファノン神官、私達の後ろに。」
護衛の騎士たちが慌てた雰囲気で、私の正面に廻った。
どうしたと言うのか?
カッカッと階段を駆け上がってくる足音が響く。
人の足音、では無いのか!?
騎士たちが剣を抜き、盾を構えた。
階段からも同じ盾が見えた。そして剣先と骸骨の頭が、赤い目が、私を、見た!
昨夜の骸骨剣士は1体というマイヤー隊長の話だったが、今は次々と骸骨剣士が階段から出てくる。
何体いるのか。
そして、護衛騎士たちは、次々と倒されていく。
なぜだ。
そうだ。
出口から逃げれば良い。
出口に向かって振り返った私の背中に、剣が突き刺さった。
床に倒れた私は、その床がただの石の床の状態であることを認識した。
悪しき魔の者がいれば光り輝く魔法陣が、沈黙している。
やはり、魔法陣の効力は失われていたのか。
「吸魂」
薄れ行く意識の中、その暗い響きの声が、はっきりと聞こえた。
■■■
入口部屋で8人の騎士と1人の神官の魂を「吸魂」した。
入口からは明るい日差しが入り込んできている。
今の戦闘が長引けば、俺たちの能力も半減し、違った結果になっていたか。
しかし、さすがは隊長格の魂だ。
見事な剣術で騎士どもを圧倒した。
さて、その吸魂した神官の記憶によれば、この部屋の床には『破魔の法』の魔法陣が刻印されている、という。
効果は闇の魔力の消失だ。
ふむ、その魔法陣が動いていないのは、神官が思っているように魔法陣の効果が切れているのか。
それとも、俺たちの存在が闇の魔力に拠らないものなのか。
そうだな。
闇の魔力ではなく、俺のスキル『不死者生成』に拠るものだ。
俺の存在も、魔物ではなく人の魂が骸骨に転生している。
そうすると俺たちの存在は、魔物とは違うモノなのかもしれんな。
騎士たちの装備を奪い、亡骸を墓地に安置し、我々は奥の通路へと戻っていった。
さて、少し忙しくなるぞ。
◇
俺の持っている魂を全て骸骨に「授魂」した。
これで、俺の骸骨軍団は46人となった。
但し、ライファノン神官の魂は骸骨兵見習いだ。残念だが戦闘向きではなかった。
但し、こいつは『癒し』の魔法を使える。
俺たちに有効なのか?
次に、その彼らを使って、地下墓地内のゴーストを探させた。
ゴースト発見の思念を受けて、俺が駆けつける。
そして、聖水を使ってゴーストを弱らせたところで「吸魂」する。
6匹のゴーストの魂を得た。
さらに、7匹目のゴースト発見の連絡だ。
それは、俺が最初に「吸魂」を試したゴーストだった。
そいつは、安置されている一体の骸骨を見つめている。
ゴースト本人の亡骸なのか、想い人の亡骸なのか。
6匹のゴーストの魂は、「吸魂」しても人間時代の記憶を得る事ができなかった。
だが、この執着があるなら、分かるかもしれないな。
俺はゴーストに聖水を掛け、「吸魂」した。
◇
これはゴーストの記憶だ。
ゴーストは男だった。
ゴーストの思念は「守れなかった。すまない。」で溢れていた。
どうやら、遺体は女性で、何者かに襲われたようだ。
男は彼女を守れなかった。
彼女の死後、自殺した男の魂は、彼女の遺体に寄り添い、謝り続けている。
俺は、この魂を「授魂」し、ディエゴと名付け、俺の守備役にした。
今度はきちんと守ってくれよ。
◇
ゴーストの魂を「授魂」した骸骨達は、他の骸骨と少し違っている。
頭骨の額に魔法印が浮き出ている。
そして、ライファノン骸骨兵見習いの額を見れば、こいつにも魔法印が浮き出ていた。
なのでライファノンは骸骨兵見習いではなく骸骨魔法操兵とした。
額の魔法印はそれぞれが違う魔法印で、特定の魔法を扱えるようだ。
ゴーストは生前の自我が失われた魂だったので、俺が名付けた。
ディエゴは 『魔法吸収壁』。これはその名の通り、魔法攻撃を吸収するものだ。守備役にぴったりだな。
レッドは 『火球』。こぶし大の炎の塊を10m先まで飛ばして、対象を燃え上がらせる。
ウィンガーは 『風起こし』。任意の場所に風をおこす。
ボルトは 『電撃』。身体の周囲に電撃をまとう。接近注意だ。
サーチャーは 『周辺探知』。有効範囲は100mと広いが、なんとなく向こうに誰かいる、程度の精度だ。
ムーヴは 『壁抜け』。壁を通り抜ける。壁の厚みは関係ないようだ。但し、身体のみで身に付けた物は一緒に移動しない。武器や道具に衣服も駄目だ。
テラーは 『恐怖』。周囲の人間の魂に働きかけ、その身をすくませる。
それぞれの使用魔法が分かり易いように名付けてみたが、どうだろう。
彼らは 骸骨魔法操兵だ。
骸骨騎士分隊長のベニー達の下に付けて剣の訓練をすれば、いずれ骸骨魔法騎士になるだろう。