【第三話/Lightning】
【第三話/Lightning】
イギリスからの留学生はクラスメートからの集中放火の様な質問責めを薄い笑みと頷く仕草だけで防ぎ切り、勤勉にノートを取って午後の授業を乗り切った。
終礼のチャイム、電子音と共に再び巻き起こる男女の会話。ルナ・プルトーンへと向けられる様々な声……ざわめきの波濤を耳に夜刀は席を立つ。自己紹介以降、ルナが夜刀に視線を向ける事は全く無く、逆にそれが此方を意識している事の表れではないのかと夜刀は考える。しかし、思考の内を出さない様に夜刀は眠気で重い瞼を開け、鞄を肩に掛けて教室を後にした。
唯一の友人である大神は欠席しており、夜刀は一人歩を進める。
(留学生来るの楽しみにしてたんじゃねーのかよ)
心の中でぼやきつつ、バッシュがアスファルトを踏みしめていく。いつも通りの放課後、校門を抜けて歩く先。大通り沿いを歩いて駅前へと辿り着き、昨日の夕方に高級車が事故を起こしていた交差点を抜けて夜刀は路地裏……“巡回ルート”へと歩を進める。
「……こんな所にベンツが停まってるのは不自然だろ」
決められた道へと入るその手前、交差点からやや離れた位置に停まっている黒い高級車の姿に夜刀は目を細めた。
運転席には薄い金髪をした細身の老紳士、その奥にある後部座席は影になっていて見えない。だが、そこに誰が座っているのか夜刀は直感的に理解していた。“巡回ルート”から外れる事になるが昨日の今日だと割り切り、夜刀はベンツへと足を向ける。
一方通行ではないものの片道一車線程しかない道端に停まる高級車のドアに手を掛け、息を吐くと同時に開いて車内へと滑り込む用に入る夜刀。ドアの開閉音は勢いに反比例して小さく、鞄を足元へと奥と同時にベンツが静かに、そしてゆっくりと動き出した。
ーーーーー
住宅街を走り抜け、人気のない河川敷と高速道路が交差する高架下で、黒い高級車はその動きを停めた。夜刀が車へと乗り込んでから小一時間程、ベンツは様々な道を周り、時には引き返して此処にに辿り着いたのだ。一見すると道に迷ったかの様な動きは追っ手を警戒するモノである事がわかる。
「……で、俺に何か用?」
自ら車へと乗り込んだとは言え、一応は問いを投げる夜刀。隣には桃色の髪をした少女、イギリスからの留学生。
車で移動をしている間、夜刀が口を開く事はなく、少女と老紳士もまた同じくであった。
夕暮れの橙から夜入りの群青へと空の色が変わる頃。夜刀の問いに老紳士がゆっくりと口を開く。
「この国で唯一、“政府公認”の暗殺業を生業とする新雷家の幹部であり、当主の実弟。
貴方に御依頼をと思いまして」
車内に響く落ち着いた声、老紳士の答えは単刀直入であった。老紳士は夜刀がどの様な人物であるかを十分に調べており、だからこその言葉。
「ブランカート・グラディウス、イギリス国籍の65歳。三日前に日本へ入国、ルナ・プルトーンも同じく。
入国管理局にアクセスして調べればすぐに情報は出た。貴族なんだろ、アンタ達」
互いに素性を知った上での会話だが、夜刀が牽制のジャブを打つ前にストレートを放ってきたと言う事は、急ぎの案件……早急に答えを出さなければ“向こうにとって都合が悪い”のだろう。
「貴族なら金と権力でそれなりの事は出来る、だがあえて俺……暗殺を生業にする俺に依頼となると、殺しか」
わざわざイギリスから日本へと渡来してまで消したい人物とは誰か。
「わざわざこの日本までやってきてまで、それも新雷寺の一族に依頼となると高いぞ。
それに、ソレ相応に厄介な相手なんだろう?」
金将の位を持つ夜刀は当主やその次の位である飛車と角将を介さずに依頼を受ける事は出来る。……勿論、事後報告は必須だが。
昨日遭遇した魔術師を名乗る男と、この二人の関係も気になるが、暗殺の依頼となれば十中八九その対象は先の男だろう。売られた喧嘩は漏れなく買い、完膚無きまでに叩き潰す……時代錯誤とも言える家訓を踏まえても、依頼を受けない理由はない。
「報酬は言い値で構いません」
運転席、バックミラー越しに老紳士が静かに話し出した。
「半月後の七月七日。この国では七夕と言われる日に、ある人物の命を絶って欲しいのです」
その声のトーンは先と変わらないが、声色には僅かな変化があった。
「更にそれまでの間、貴方の隣に座る人物を……ルナ様を護衛して欲しい」
僅かな変化、声色、声質がこれまた僅かに下がるのは緊張の表れで、夜刀はそれを感じつつ、浮かぶ疑問点をそのまま口にする。
「護衛と言う事は外敵が存在し、更に別で暗殺対象が居る……で正しいのか?」
暗殺対象は魔術師、護衛対象は隣に座る少女、そして少女を狙う敵性存在。半月と言う決して短くはない期間を踏まえて、難易度は高いだろう。
「いいえ、違いマス。護衛ノ対象は私デスガ、暗殺対象もまた……私なのデス」
ーーーーー
それは音も無く放たれた一筋の光だった。閃く光、一条の雷光。ベンツ、所謂高級車の防弾硝子を易々と貫通して運転手である老紳士の胸元で爆ぜた光。
車体を揺らす衝撃と共に広がる血の臭いに少女、ルナは目を見開く。それと同時に夜刀はドアを蹴り開けて車外へと転がり出た。
「話は後だ!!」
勿論、隣に座っていたルナの手を引いており、少女を抱きかかえて転がって二転三転。中腰で立つと同時に少女を庇う様に前に出る。
その視線の先には一人佇む男。昨夜遭遇した金髪の男の姿。
(気配も無く現れた……空渡りみたいなモノか?)
老紳士との会話の中でも夜刀は周囲の警戒を怠ってはいなかったが、金髪の男は不意に姿を現し、雷光を放ってきたのだ。
空渡り。空間跳躍は希少な忍術の一つであり、使える者は数少ない。それと同様の事を為したであろう男への警戒度は昨夜より格段に上がる。
「やはりサルだな、転がり出る様は無様だが似合っているぞ?」
右手の第一指から三指までを立てて此方に向けたまま、金髪の男は流暢な日本語で話す。
その声を聞きながら夜刀は左手を腰の裏へと回し、ベルトに取り付けているポーチの中身……菱形の薄い金属板、手裏剣を指先に挟んだ。そして、腰を起点に上体を捻り、野球で例えるならばアンダースローのフォームで手裏剣を投擲。腰、上体、肩、腕から最終的には手首のスナップを効かせて投げ放たれる数枚の薄い刃。
薄刃は大気を切り裂き、円弧を描きながら金髪の男へと殺到するも、男もまた、構えた右の指先から雷光を放っていた。
迸り、閃く一筋の光は寸分違わず夜刀が放った手裏剣を撃ち貫く。しかし、撃ち貫けたのは一枚のみ。残る二枚の手裏剣が男の肩口へと突き刺さる……よりも速く、夜刀は飛び出していた。
向かう先は勿論金髪の男であり、手裏剣を投擲し伸びきった右腕を薙払うかの様に後方へ。その勢いを使って前方へと自由落下。重力に従い倒れ込む身体、自重を全身の筋肉で推進力へと変換しての爆発的な突進。
踏み込んだ足先が地を抉り、爆ぜた音は既に後方へ。
先に投げた手裏剣が男の肩口に刺さる時には相対距離を走破しており、夜刀は駆ける勢いそのままに右腕を、抜き放ち握り締めたアサルトナイフを繰り出した。
「サルめ!!」
肩口に走る痛みと驚くべき速さで距離を詰める夜刀に対して男が苛立ちを声にして吐く。夜刀の攻撃を防ぐにはもう間に合わない。手裏剣は囮であり、本命は小刃での刺突。
「死ね」
ーーーーー
死ね。他人に向ける言葉としては最も強く、悪意と殺意、存在を否定するその単語を口にしたのは果たして誰か。僅か二文字、たったの一言は閃光と雷鳴により掻き消される。
「ジャケットとグローブ、高く着いたぞ?」
瞬いた雷光が消え、金髪の男は焦りを飲み込んで口を開いた。
一連の攻防、夜刀の刺突を“左手から放つ”雷光で防ぎ、ナイフの刀身を打ち砕いた男が夜刀を睨む。指貫のグローブとは別、男の左手からは煙と共に焦げた臭いが立ち上っていた。
(左手からも撃てたのか!!)
昨日の一戦から、金髪の男は右手からのみしか雷光を放てないだろうと夜刀は予想していた。現に今までも指貫のグローブ、露出した素肌、その指先からしか雷は放たれておらず、だからこそ夜刀は男の左側から攻撃を仕掛けたのだ。
だが、夜刀の予想に反して男は黒革の手袋に包まれた左手からも雷光を発生させ、夜刀の刺突を防いだ。今までとは違う、爆発とも言える瞬間的な放電。その威力は金属製の刀身を焼き砕く程。
爆ぜ散った刃が夜刀の右指先から肘までの前腕を切り裂き、鋭い痛みに夜刀は心の中で悪態をつく。
距離を詰めての近接戦闘なら此方に分があると踏んだのだが、流れが変わらない所か男の危険度は今の一撃で飛躍的に高まった。
「軍手の方がお似合いだろ!!」
体捌きは一流。距離を選ばない攻撃手段、金髪の男の戦闘能力は自身となんら遜色はない。ならばどうするか。
男が左手を此方へ向けると同時に夜刀は文字通り側面へと転がり、三度目の閃光。瞬間的に放たれた雷光を避け、夜刀は柄のみとなったナイフの残骸を男へ投げつける。
宙を飛ぶ黒柄は男が右手から撃ち出す一筋の雷により砕かれたものの、夜刀は既に新たな武器を……刃を“呼ぶ”呪符を握り締めていた。
血文字で書かれた呪印がその効果を発動させ、周囲の空間が歪む。発動するのは“空渡り”の術式であり、空羅のモノ。
一切の術式、異能を持たない夜刀でも、術者である空羅の血文字で書かれた呪符を使う事は出来るのだ。
空渡りの術式により空間を超えて姿を現すのは一振りの長刀。切っ先から柄頭までは漆黒に染まり、その刀身には鮮やかな青の幾何学模様が刻まれた鍔無しの刀。
全長144センチメートル、モノポールと呼ばれる特殊な素材で打ち出されたその刃の名は、八咫烏。
(斬り裂く!!)
無言で長刀の柄を握る夜刀。
対して、金髪の男は空間跳躍の術式により現れた刃に驚きながらも右指先から雷光を放つ。
しかし、大気を焼き進む一筋の雷は八咫烏により斬り捨てられていた。
「斬り裂いただと!!」
男の顔に浮かぶ再度の驚きを裂く様に、夜刀は振り切った刀で返しの一閃。横薙からの逆袈裟斬りは男の右手首を狙うも男は左手から放電し幾度か目の閃光を放つ。
雷光すら斬り裂く長刀だが、爆発的な雷の放射が刃の軌道を僅かに逸らし、男が右手を引いて切っ先を避けた。退いた右手と突き出される左手。
刀を振り切り、無防備な右半身を晒す夜刀。
夜刀が逆袈裟からの打ち下ろしを放つのと、男が放つ雷のどちらが疾いか。斬撃と雷、その速度は比べるに値しない……筈だった。
(速い!!)
振り上げ伸びきった右腕、斬撃の動作のままに捻る上半身。僅かに浮いた右足で地を踏み込み、夜刀は長刀を振り下ろす。
その斬撃速度は常人では知覚出来ない程だが、金髪の男は驚くべき反射神経で反応するも……回避には至らない。
強い踏み込みから続く、捻った背筋を大きく使った高速の縦一閃。落雷の如きその斬撃は金髪の男の左胸元から大腿部までを斬り裂き、刃の軌跡に沿って鮮血が吹き出した。
噴水の様に、横殴りの雨の様に溢れ出る血を身に受ける夜刀。制服である白いカッターシャツが赤に染まっていく。
打ち下ろし、振り切った長刀の切っ先から滴る赤色の雫を手首のスナップだけで振り払い、夜刀は後方へと大きく跳躍。後退した先には、夜刀と男の攻防を見つめていた少女の姿。少女、ルナに背を向けて夜刀は刀を構えるも追撃は行わずにいた。
夜刀の視線の先で、男は左膝をついていた。やや俯いた顔、血に濡れて垂れた金髪の隙間から覗く双眸には怒りの色が浮かぶものの、動く様子はない。
先の一閃で男が負った傷は明らかな致命傷。此方を睨む瞳に先程までの眼力は無く、左腕は力無く垂れている。逆の手、右手で胸元を押さえてはいるが出血は止まらず、しかるべき治療を受けなければ男は小一時間も経たない内に出血死するだろう。
本来ならば後退せずに男の首を跳ね確実に命を奪うべきだが、夜刀はルナと彼女を庇う様に雷光に貫かれた老紳士と命を優先にしたのだった。
「行くぞ、老爺はまだ助かる」
夜刀は短くルナへと声を掛け、その手を引いて高級車へと走り出す。車との距離は僅か数秒足らずだが、何故かその短い距離は果てしなく遠く感じた。




