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DARK EDGE  作者: 浅羽
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【第一話/Fall Out】



 夜は嫌いだ、何もかもが黒く染まって見えなくなるから

 夜は好きだ、月の明かりが綺麗に見えるから

 夜は嫌いだ、夜は好きだ

 嫌いだ、好きだ

 夜は、


ーーーーー


 終礼を待たずに動きだすクラスメート。古ぼけたスピーカーが間延びした電子音を吐き出し続け、それを雑談が掻き消していく。

 どこにでもある、普通の放課後の始まり。


 「中間テスト前だし勉強しなきゃー」

 「嫌だよ面倒くせぇ」

 「アタシ美容院行くからパス」

 「デートとかズルいー」


 せわしなく纏まりの無い会話。当たり前の日常を当たり前に謳歌する高校生達、もとい、クラスメート。梅雨明け前だが衣替えは終わっており、半袖のブラウスとミニスカートが揺れる。


 「ヤトさ、パンチラ見えねーとか思ってんだろ」


 不意に掛かる声。

 ショートホームルームが始まってからずっと机に突っ伏していた夜刀は、その声にゆっくりと顔を上げた。


 「うるせ。

 ……黒のレースとか高校生の穿く下着じゃねー」


 顔を上げ、上体を起こし、両手を後頭部へ。胸を張って大胸筋と広背筋を伸ばすと同時に欠伸を一つ。

 伸びた濡れ羽色の髪と黒瞳は声の主、茶髪の青年へと向けられていた。


 「かと言って可愛いクマさんがプリントアウトされてるパンツも嫌だろ?」


 茶髪の青年、数少ない友人である大神が笑う。大神は夜刀と同じく留年生だが、夜刀と違って新しいクラスの中に馴染んでいる。理由は簡単で、お調子者とまでは行かないがひょうきんかつ友好的だからだ。

 そんな友人に急かされる様に夜刀は席を立つ。身長171cm体重63kg、身長の割に体重があるのは体質的なモノ。伸びた前髪が目に掛かるも気にしない、悪いと言われる目つきを隠すには丁度良い。

 学生達の声が溢れる廊下を抜けてロッカールームへ、ロッカーからバッシュを取り出して履き替える夜刀。新雷寺夜刀と印刷されたテープが貼られた扉を叩いて閉め、大神と共に歩き出した。

 私立落陽高校は中高一貫かつ系列の総合大学まで同一敷地内に収まる所謂“マンモス校”である。広大な敷地から外へ繋がる幅広の一本道には多くの生徒達が夜刀と同じように歩いていた。

 ふと見上げた空は曇天で、厚い雲が今にも雨を降らせそうだ。

 夜刀の視線に気付いた大神が口を開く。


 「降りそうだな、雨」


 六月二十四日、梅雨明け前では当たり前の空模様を眺めながら歩く二人。

 大神は夜刀より頭半分より背が高く、186cmと長身だ。そんな友人の声に夜刀は無言で頷いた。

 見れば同じように歩く生徒達は早足の者が多く、最寄り駅まで降らないでくれと言ったばかりだ。しかし、そんな学生達の中でも二人の歩みは遅い。


 「ガミはバイト何時からだっけ?」

 「18時、今日は早入り。

 人足んねーからなぁ……お前もウチの居酒屋に来いよ」

 「……やだ、面倒くせぇ」


 急ぐ事のない二人は他愛のない会話をしながら駅前へと向かう。

 大神は言葉通り居酒屋でアルバイトをしており、店の場所は駅前だった。


 「由緒正しき家の出、金持ちさんは違うねぇ」


 普段なら大神のバイトが始まるまでカラオケボックスやゲームセンターで時間を潰すのだが、今日は小一時間もない。仕方無く二人は駅前の広場へと足を向け、ベンチに腰掛けた。

 嫌味の様で、しかしただの冗談を苦笑いで流して夜刀は缶珈琲を煽る。


 「そう言えばさ、明日転校生が来るらしいぜ」

 「転校生?」


 途切れなく続く会話、新たな話題に夜刀は聞き返す。


 「そ、イギリスからくる留学生だってさ。金髪ナイスバディだと良いよな」


 全く、どこから聞いたのか。大神は普段から耳が早い。夜刀と違ってコミュニケーション力が高い。


 「でも変な時期に来るよな」


 自然と浮かぶ疑問を口にする大神、その言葉に夜刀も頷く。新学期が始まって二ヶ月半、それも高校三年生となるこの時期に留学生とは如何なモノか。

 しかし、気にした所で夜刀にはさほど関係は無かった。


 「ナイスバディでもクマさんプリントのパンツかもしんないぞ」


 ホームルーム後の会話を思い出し、夜刀は冗談を投げる。同時に飲みきった珈琲の缶を十メートル程離れたゴミ箱へと投げ込んだ。放物線を描く空き缶は乾いた音を立ててゴミ箱へと入り、“ナイシュー”と大神が口笛を一つ。


 「おっ、そろそろ時間だ」


 取り出したスマートフォンで時刻を確認し、大神が立ち上がった。

 隣の長身を見上げ、夜刀は“また明日”と声を掛ける。


 「おう、明日の転校生を楽しみに労働頑張るわ」


 笑う友人、歩き出すその背中が雑踏に紛れ、消えて行くまで夜刀がベンチから離れる事はなかった。


ーーーーー


 鼻に突く独特な臭いと、それを感じ取ってそう間を置かずに降り出した雨。

 コンビニで買ったビニール傘を開き、夜刀は歩く。右手に傘を、左手に鞄を。学校指定の革の手提げ鞄は重く、大抵の生徒はリュックサックやスポーツバッグを使用しているが、夜刀は珍しく指定の革鞄を使っていた。こだわりも無く、別段理由もない。勿論、他の鞄にする理由もない。

 撥水加工された鞄に雨粒が弾かれ落ちていく。大神と別れた後、程なく降り出した雨はすぐさま勢いを増して今では豪雨と呼ばれる程の雨量となっていた。

 各々が傘を差して歩く駅前から大通りへ。この街のメインストリートを十字に区切る交差点へと進み、夜刀は歩を止めた。進行方向の信号機は青を示して居るが、前方には人集りが出来ており、進めなくなっていた。

 激しい雨にもかかわらず人々は動かない。

 夜刀は少し背伸びをして人集りの先を見ようとするも、連なった傘が邪魔だった。何かが起こったのだろう、おそらく事故か。


 「ベンツいっちゃってるじゃん」

 「フロントガラスバッキバキだぜ、血塗れやべえ」

 「お、パトカー来た」

 「行こうぜ、野次馬するにも雨酷いしさー」


 夜刀は人々のざわめきに耳を澄ます。その中から必要な情報だけを聴き取り、回れ右。幾つか決めてある帰り道の一つを選択して歩き出した。

 雨天での事故、事故を起こした車が高級車と言われるメルセデスベンツである事が人々の目を特に引いたのだろう。

 後方から来る人々の流れに逆らいつつも邪魔にならないように歩を進める夜刀。雨音に重なるパトカーのサイレンが聞こえなくなる頃には雑居ビルが建ち並ぶ中、人気の少ない路地裏にたどり着いていた。

 幾つか決めてある帰り道、“巡回ルート”を進む夜刀。ビルとビルの間、人が一人やっと通れる道とは言えない様な道を歩く。

 雨の勢いは少し弱まっており、夜刀はビニール傘を畳んだ。

 道狭しと交互に置かれた室外機、伸びるパイプと壁を這う配管。捨てられて長らく経つ脚立には蜘蛛の巣が張っており、雨粒が揺れる。

 何か理由がない限り入ろうとは思わないその細道の半ば、不意に鼻を掠める臭いに夜刀は足を止めた。鼻腔に着く赤錆の様なソレは血の臭いか。臭いを辿り、再び歩き出した先に見える白い脚の様な……否、脚に夜刀は目を凝らす。

 雨天の夕暮れ時、照明など無い細道に浮かぶ白。投げ出された両脚に続くのは薄汚れた室外機にもたれかかる小柄な人影で、夜刀はゆっくりと歩み寄る。

 薄茶色をした春物のショートコート、白い脚には膝上まである長い靴下。ショートブーツは黒。一目でわかる高級品に身を包むのは少女だった。


 「……普通はこんな所、通らない」


 鮮やかなショッキングピンク、ではなく薄い桃色の髪。両サイドで結われたツインテールに散る赤。伏せられた瞼から伸びる長い睫、頬にも散っている赤は血の赤だった。

 薄茶のコートには焼け焦げた穴と、そこから溢れ出す夥しい出血。血の臭いの元がこの少女であるのは間違いない。薄く開かれた唇から漏れる荒い息と上下する肩を見ながら、夜刀は思考を巡らす。

 何か理由がない限り入ろうとしないこの細道で動かない少女。日本人ではない顔立ちは蒼白で、出血量から見て持って十数分の命。

 過るのは大通りでの事故、ベンツに乗っていたのはこの少女だろうか。しかし何故事故現場から離れたこの場所で……


 「見つけたぞ」


 巡り、過る思考に割って入る声。夜刀が来た方向とは逆の位置から聞こえる声に、夜刀は黒瞳を向けた。

 目つきが悪いと称される黒い目、その視線の先には一つの影。

 薄闇に浮かび上がる、目にも鮮やかな金髪。美麗な装飾か施された緋色のテーラードジャケットを着こなすのは長身の男だった。


 「異国のサルか、邪魔だ。退け」


 後方へと撫でつけられた金髪の下、紺碧に染まる瞳で夜刀を睨む男の声に、夜刀は動かない、いや、動いた。

 言葉使いは別としても綺麗な日本語だが、容姿からして長身の男も外国人だろう。金髪の男から瀕死の少女を庇う様に位置を変える夜刀。

 雨に濡れた濡れ羽色の髪から覗く瞳には警戒の色。


 「退けと言ったのが伝わらないのか?この国のサルではないのか?

 チャイナか?死にかけの人間を見て取り乱さないのは変だろう?

 それとも何だ、耳が通じないのか?」


 一般的に見れば異常と言えるこの現状にて顔色を変えない夜刀に対し、男は矢継ぎ早に声を投げるも、言い終わると同時に瞳の色を夜刀と同じモノに変える。


 「……お前は誰だ」


 先程までとは違う声色で問い掛ける男。紺碧の瞳は細められており、警戒の色はより一層強くなっている。

 対する夜刀は無言。左手の鞄を雨に濡れる室外機の上に置き、右手の傘を不自然には見えない動作で左腰元へ。


 「アンタこそ誰だ」


 雨音に掻き消されそうな少女の荒い息と、鈍く唸る室外機の音。

 質問を質問で返された不満を眉間の皺で表し、男は右手を夜刀へと向けた。右手を覆う黒革の手袋は薄く、第一指から三指……親指から中指までの部分は無い。

 言われる指抜きグローブで、雨に濡れる二本の指先は夜刀の方へ。親指を立て、残る二本は握り込まれておりその手は銃の形をとっていた。


 「なんだ、チャイナではないな。言葉が通じるなら答えろ。

 もう一度問う、お前は誰だ。お前は何者だ。

 答えなければ……死ね」


 男は指先を向けたまま、夜刀の問いを無視して続ける。

 一拍、二拍。間を起くも、夜刀は答えない。と同時に、男が夜刀へ向ける指先、銃口に当たる人差し指と中指の先端が光った。

 光は指向性を持って放たれ、細道を照らす。一筋の光条は僅かな音を残して夜刀との相対距離を一瞬にして疾り抜け、まるで吸い込まれていくかの様に夜刀の胸元へと迫り……そのまま後方へと消えた。


 「避けただと!?」


 疾り抜ける光、雷光を身を反らす事によって夜刀は避ける。避けたと同時に前方へと倒れ込み、倒れ込む寸前に前方へ落下していく自重を全身の筋肉を使って推力に変換。

 男の上げる驚きと声を掻き消す程の踏み込み音が細道に響き、夜刀は薄闇を疾る。


 「俺は」


 距離で言えば十メートル程、その距離を僅か二歩で走破する夜刀。雨音を、室外機の鈍音を、少女の呼吸音を置き去りにして夜刀は金髪の男の元へと迫った。

 そして、右手に握る傘はさながら携えた刀の如く。自重落下の力を推力へと変え、男の懐へと潜り込んだ夜刀は傘を……刀を一気に斬り上げた。


 「忍者だ」



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