プロローグ【俺の名前は山田仁、どこにでもいる普通の男子高校生だ。しかしある日、】
「う〜ン。こりゃ死んだなぁ」
八七歳の薄汚いホームレス男の視線の先。
荒廃した大地の向こう、地平線からやって来るのは大きな砂埃と、体長八〇キロメートルを超す豚人間。
数秒後、彼は砂埃に呑まれ全身を切り裂かれた。
♯
目が覚めた瞬間、強い違和感を覚える。
自身の肉体が変質している事に。目が覚めた事実そのものに。
俺は死んだはずだが、と周囲を魔力で探ると。
驚いた事に、俺は女の腹の中に居た。
転生する程の偉業なんて成し遂げていない筈だが、事実転生している。
前世での何某かの言動の先に、俺の知らぬ所で知らぬ偉業が有ったのだろうか。
運が良いのだろう。
しかし嬉しくはないな。
♯
転生した当初、嬉しくない。などと思ったが、愚かであった。
約七ヶ月が経過し未だ腹から出ることもできないが、両親や姉の声は、愛情は伝わってくる。
彼らとの人生を歩んでみたい。前世の親は酷いものだったが、今生の親はとても暖かい。
安らぎ。そんな感情を抱いたのは初めてかも知れない。
今となって思うが、前世の俺は不幸だったのだろう。
♯
そうして、待ちに待った誕生の瞬間は訪れた。
幸福だった。
腹の中を含めても三年程度の短い時間だったが、彼らと触れ合い共に過ごした日々は俺に多くのものを与え教えてくれた。
しかし理解が遅すぎた。
若かりしカス共が目の前に現れて漸く、俺は転生したんじゃなく時を遡ったのだと気付いた。
その瞬間に多くを悟ったが、二歳では限度がある。
抵抗はせず、やはり俺は攫われた。
♯
彼が攫われてから数年が経過した。
六六六期生、六六六番。
それが施設における彼の呼称だ。
今、彼の目の前には同期の七八〇番が無感情に突っ立っている。
歳は両者五つ。身長体格に大きな差はない。
七八〇番の動線上に現れた彼は無防備に立ち尽くし、七八〇番を眺めていた。
「六六六番。何のつもりだ?」
彼は知っている。七八〇番が三日後に死ぬ事を。
それ故。
「殺しにきた」
直後、七八〇番は煙となって姿を消したが、彼は嗤う。
━━それに頼り過ぎたから死んだんだ。前回も今回も。
自身の動線に戻る彼の右手には、子供の白骨死体が握られていた。
が、それもやがて塵となり風に消えた。
♯
年齢は八つを越えて、俺達は施設における最終調整段階に入った。
地球に重なるもう一つの地球。本来、触れる事は勿論、観測すらできない地球の裏。
その地中に施設は存在し、その一室にて、俺は二人の少女と顔を合わせていた。
同期の二番と、同期の九六番。どちらも歳は七つ。
二人とも感情を感じさせない人形のような表情をしている。
当然俺も表面上は同じ状態だ。
手元の指令書を見ながら二番が口を開いた。
「拠点へ移動する」
言うが早いか駆け出す二番に、俺と九六番は無言で追従する。
施設を出て、荒廃した大地を駆け、海を渡り、いくつかの山を越え、八五二二区画の拠点━━地下━━へと潜る。
三日間不眠不休で走り続けた俺達は食事を摂り、眠りに就いた。
♯
翌朝、三人で食事を摂る際、俺から声を掛けた。
「侵食は問題ないか」
「問題ない」
「大丈夫だ」
「そうか。なら本日から活動するのか」
「活動開始は未定だ」
二人はまだ戦闘員の卵だ。
完成した戦闘員は私情を知らず、自身の境遇に疑問すら抱かない。
指令達成に必要な事しかしないし、必要だと判断すれば命を捨ててまで行動する。
それが戦闘員だが、二人はまだ未完成な卵だ。
借りもあるし、手慰みに会話を重ねてみたい。
♯
一三歳の秋。
前回、九六番が死んだ一〇月二二日まで残り三日。
今回は九六番を救い、ここで借りを清算しておきたい。
その為の準備は済ませた。
問題が起きなければ最良の結果が得られるだろう。
♯
結果、未来を知っていたのだから何の問題もなかった。
九六番は生き残り、俺は借りを返した上に死を偽装できた。
二番にはまだ借りを返せていないが、九六番の生存等が悪影響を及ばさなければ四年後には返せるだろう。
こちらに保険を残し、俺は秘密裏に表の地球へ帰還した。
♯
施設を運営していたのは組織と名乗る者達だ。
彼等は社会の上から下まで、そして社会から外れた場所にさえ潜んでいる。
だから彼等に俺の生存が露見しないよう、俺は肉体を作り変えてまで一般人になりきった。
苗字は教えてもらえなかったが、名前なら何度も教えてもらった。
俺の名前は仁。
苗字は適当に、山田にした。
俺は、山田仁だ。
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