第5話 秘密を釣り上げて
此処から新章に突入します。主な内容はリラの入る部活動と其処から広がる人間関係です!
それではどうぞ!
時の流れは少しだけ遡上します。
それは、折角一緒に帰ろうと誘ったリラに振られ、少々残念な気持ちで3人が下校しようと昇降口から出た時でした。
「あーあ、リラっちも酷いよね。折角友達になって一緒に帰れるって思ったのに……。」
「でも教室を出て行く時のリラの表情。凄い真剣だったわね。」
「そんな大事な用事が有るなら言ってくれたら良か……」
「あっ、あれぇっ……!?」
深優と更紗がリラの事を話している横で、突然葵が声を挙げます。一体どうしたと言うのでしょう?
「―――葵?」
「何よ葵?どうしたの?」
「ごめん深優、更紗!理科室にノート忘れ物したから取りに行って来る!」
そう言って葵は大急ぎで1階の校舎裏に在る理科室に直行しました。
リラ達の最後の5限目の授業は化学だった為、理科室で行われていました。その後、掃除と下校前のHRの為に彼女達は教室に戻っていたのでした。
「全く、葵は高校生にもなっておっちょこちょいなんだから……。」
そんな葵の後姿を、幼馴染みの深優は「やれやれ」と溜め息を吐きながら見守っていました。
「有ったっ!!」
机の中に手を伸ばすと、果たして其処に忘れ物のノートが入っていました。掃除の時間にこの場所を担当していたのは2年のクラスでしたが、幸運にも誰も届けなかった様です。
只、ノートにはスイーツデコの痛い装飾がちりばめられていましたが…。
「良し、皆のとこに……って、えっ?何……これ?」
ふと理科室の窓の方に目を遣ると、外の景色は何故か暗めの青のオーバーレイが掛かった色彩になっていました。それ所か、白い泡の様な物が上がっており、数匹の魚が泳ぐと言う信じ難い現象まで視界に飛び込んで来るのです。
理解を超えた光景にその場でじっと思考停止して立ち尽くしていた葵ですが、ハッと我に返って窓の外を見ると魚達が向かう先には5つの人影が有り、その内4人が光の二重螺旋に囲まれようとしていました。
「何なのよ一体……?何が起こってるの?あれ?あそこにいるのって……?」
果たして校舎裏で何が起こっているのか?怖い物見たさの好奇心に駆られた葵は、気が付けば理科室を飛び出して昇降口を駆け抜け、そのまま校舎裏へと向かって行ったのです。
「あっ、葵お帰り……って、今度は何処行くのよ葵!?」
「ごめん深優!もうちょっと待ってて!!」
途中入り口で深優と更紗が当然待ち構えていましたが、謎の魚と怪現象の事で頭が一杯の彼女は深優の言葉にそう返すと、校舎裏へと全力疾走で急行します。再び待ちぼうけを喰らう羽目になった深優と更紗は、「信じられない」と言う表情でその後姿を見送っていました…。
そして現在―――――。
「何なのあれ……?って言うかリラって……。」
とうとう葵は見てしまいました。入学してから2週間後の今日話し掛け、友達になったばかりのリラの正体を……。
彼女が目撃したのは、丁度リラがアクアリウムの能力で浄化の二重螺旋を形成後してから数分後の癒しの過程でした。クラリアが最後の仕上げを行ってから先の一部始終。それを校舎裏に生えた木陰及び茂みに隠れながら様子を窺っていたのです。
最初はその幻想的な光景に息を呑みながら、恍惚の表情でそれを見つめていました。その後のアフターケアを経て潤を見送ってから、暫くその場を泳ぎ回る水霊達と、その中心に立っているリラだけになった時、漸く葵は我へと返りました。
そんな彼女の心の中を満たすのはリラと言う存在に対する驚愕と、僅かばかりの恐怖心。
言い方は悪いですが、リラに対する葵の気持ちは、宛ら得体の知れない未知の生き物を見て唖然となるのと同じでした。それこそ南極のヒトガタやニンゲン、カナダ沖のキャディの様なUMAをモロに見てしまったかの様な……。
「ふあ~終わった終わった!さ~て、近くのスーパーでアロマでも買って帰ろ♪今夜はアロマテラピーでグッスリ快眠。ん~~楽しみ♥」
能力を解除するとリラの半径50m以内の青のフィールドは消滅し、周囲の水霊達も見えなくなりました。そしてそのままリラはその場を後にします。去り際にテミスは葵の隠れている茂みを一瞥しましたが、リラはそれに気付かず仕舞いでした。
「あっ!葵、発見!」
それから数分後、深優と更紗が遅れて葵の元に駆け付けて来ました。何時まで経っても戻って来ない為、待ちくたびれての行動でした。
「葵、どうしたの?さっきから固まって……。」
「もう、葵までフリーズしてどうすんのさ!」
2人の呼び掛けで「ハッ!」と我に返ると、葵は乾いた笑みを浮かべながらこう返しました。
「2人とも―――――ううん、何でも無い。忘れ物も持ったし、もう帰ろ?」
そう言って葵は足早にその場を去って行きます。
「あっ!ちょっ、待ってよ葵!!」
深優と更紗が慌ててこれを追います。
「待ってったら!そんな急いで帰る事無いじゃん!」
「リラと一緒に帰れなかったのが残念なのは分かるけど、明日また誘えば良いでしょ?これからチャンスなんて幾等だって…」
「ごめん更紗……悪いけど、今はリラの話をしないで頂戴…!」
苦し気に絞り出されたその言葉に、深優と更紗は頭に大きな疑問符を浮かべました。あんなに1番リラと帰りたがってた葵が、どうしてそんな拒絶めいた発言を……?
どうにも腑に落ちない澱んだ気持ちを抱えながら、3人は家路に就きました。
(リラ……何者なのよ貴女……?分からない……何も分かんないよ!)
そして翌日。心地良い水のせせらぎが響く霧船の校門を、何時も通りリラは潜ります。
「お早う、葵ちゃん!深優ちゃん!更紗ちゃん!」
「はよ~リラっち!」
「お早う、リラ。」
何も知らずに深優と更紗は愛想良くリラにそう返しますが、葵だけは違います。
「お、お早うリラ……。」
葵だけ何だか元気が有りません。それに昨日はあんなにフレンドリーに話し掛けて来たのに、今日はリラへの態度が妙に余所余所しいのです。
彼女に対して視線を合わせる事無く俯いて、そのまま一言も言葉を交わす事無く席に着きました。
「ねぇ葵、さっきからどうしちゃった訳?何時もの葵らしくないよ?」
「リラと1番話がしたがってたの、葵じゃない?なのにどうして……?」
「ごめん、今日はそんな気分じゃないんだ。それにほら、もう直ぐHRだから早く席座んないと……。」
朝から様子の可笑しい葵の姿に深優と更紗は勿論の事、リラも少なからず疑念を感じていました。何事かと思ってアクアリウムを発動させるとどうでしょう。
身体から少なからず穢れが出ており、内なる水霊がその対応に追われてんてこまいだったのです。昨日アクアリウムで見た時にはとても綺麗な水の身体をしていた葵が、一体どうして?
授業中、彼女はずっと葵の事が気になって離れた席から眺めていました。
(葵ちゃん……どうして………?)
するとテミスがその答えを間髪入れずに告げます。
(それは貴女の所為よリラ。)
「えっ?ちょっと何で!?」
歯に衣着せずバッサリと言ってのけたテミスの回答に、リラは思わずそう叫んで立ち上がります。
「汐月さん!?」
「あっ、スミマセン……。」
入学式の時と同じ失態を演じ、バツの悪い表情でリラは再び着席しました。深優と更紗が何事かと見つめる視線を他所に、落ち着いてリラはテレパシーでテミスに尋ねます。
(教えてテミス。どうして私の所為で葵ちゃんに穢れが発生したの?)
(理由は只1つ。昨日貴女がアクアリウムの能力で飯岡潤達を癒す現場を、あの子が目撃したからです―――――。)
(えぇっ!?まさか葵ちゃんに見られてたの私!?)
テミスからの答えにリラは驚きを隠せません。
(そう。あの光景を見た葵さんは、当然の様に貴女に対して驚愕の感情を抱きました。同時に、理解を超え過ぎた未知の存在に対する恐怖の念も……。普通の女の子としての貴女だったら、彼女も友達になりたいと思った手前、色々と知って距離を縮めたいと思ったでしょう。だけど貴女は水霊士としての使命にかまける余り、折角1番友達になりたがっていた彼女の心を蔑ろにしてしまった。その哀しさと貴方への不信が今の彼女の姿なのよ。)
(だって!早く飯岡先輩の事助けてあげたかったししょうが……)
(言い訳は聞かないわ!そもそも貴女が癒す対象以外の人間に力を使っている事がバレる可能性を考慮していなかったから、こんな事態に発展したのよ?今の貴女がアクアリウムでブルーフィールドを展開すれば、100%で50m四方の水霊を操る事が出来るわ。だけど、力を使うならその圏内に部外者が入る可能性をもっと考慮しなきゃ駄目よ!中学時代の貴女だったらそれ位気を配れた筈でしょ!?)
リラの弁解に対し、テミスは厳しく叱咤の言葉を投げ掛けます。中学時代に虐めと戦っていた頃のリラは、人を癒す際はテミスの助言も有って第三者の目を警戒し、常に人気の無い所を選んで能力を発動していました。その時はご丁寧に、周囲に人影が居ないのをテミスを介して充分確認して行っていた物です。
然し、自分の為に戦っていた中学時代と違い、今は純粋に世の為人の為、水霊士としての使命を全うする為の戦い。他者の為であって自分の為じゃない戦いと言う事実に、何処か気持ちが緩んでこんなケアレスミスを誘発してしまったのでしょう。
(良い、リラ?これから彼女の穢れを誤解と一緒に取り払いなさい。水霊士としての使命に忠実なのは私としては喜ばしくて結構な事だけど、その為に身近な人間の心を蔑ろにし、それで穢れを生んでしまう様では失格よ?肝に銘じておく事ね。)
テミスのその言葉に、リラは静かに頷きました。くすんだ穢れを断続的に吐き出し続ける葵の姿を、リラの中のクラリアは等身大のグッピーサイズになって見つめているのでした……。
さて、1時間目の授業が終わった休み時間。リラは葵に話し掛けようとしますが、彼女は静かに黙ってその場に座ったままです。
「私に近付くな」と言う拒絶のオーラを放つ為、癒すのは昼休みが妥当と判断したリラは、取り敢えず廊下の水飲み場で水を飲もうと廊下に出ました。
水飲み場に立ったその時でした。不意に自分の手が何者かに掴まれる感覚が襲って来ます。
何事かと思って振り返ってみると、其処に居たのは思い詰めた様な表情を浮かべた葵の姿でした。
「あ、葵ちゃん……。」
「リラ、話が有るからちょっと付き合って……。」
そう言うと葵は、リラの腕を引いて階段の所までやって来ました。何事かと思った深優と更紗も、こっそり尾行して階段前の物陰から2人の様子を見守ります。
葵は言いました。
「ねぇリラ、正直に答えて。昨日、私見たの。リラが変な魚達を連れて、魔法みたいな事やってるのを……。」
(魔法みたいな事……?リラっちが……?)
(葵、何を言ってるの?)
物陰から聞こえて来る葵の言葉を2人が訝っていると、リラが答えます。
「魔法?あぁ、アクアリウムの事ね!って言うか、まさか葵ちゃん見てたの!?あちゃ~、私もとんだうっかりさんだなぁ~♪」
そうおどけて返すリラに、葵は呆気に取られた顔になります。当然でしょう。普通こんな事を訊かれたら、相手は嘘を吐いて誤魔化し否定したり適当にはぐらかしたりして、肝心の秘密については何も話そうとしない筈です。
にも関わらずリラは自分の秘密を見られた事に対し、何の危機感も持たない所かあっさり肯定したのですから、葵も開いた口が塞がらないのは無理からぬ話ではありませんか。
「…何なのよ?」
「えっ?何が?」
「何なのよリラ、あんたは!?って言うかアクアリウムって何!?あの魚と何か関係が有るの!?ねぇ教えてったらねぇッ!!」
『予想外の返事』と言うカウンターパンチの前に言葉を失った葵ですが、どうにかそれを取り戻して反撃に転じます。リラに組み付き、剣呑に迫る葵の姿には陰で見ていた深優と更紗も「えっ?えっ?」と困惑するばかりで、まるで展開に付いて行けません。
「ねぇ……答えてよ……お願い……。リラの事、知りたいの…じゃないと私、リラの事分かんな過ぎて怖くて仲良く出来ないよぉっ……!!」
最後にはそう涙ながらに訴え、項垂れる葵の姿に溜め息を吐くと、リラは言いました。
「うん、分かった。見られちゃった物は仕方無いよね。私の不注意だったし、葵ちゃんには全部話してあげる。アクアリウムの事も水霊の事も―――――。」
「私達にも話してくれないかな?その話―――アクアリウムって英語で“水槽”って意味だけど、水霊って言うのと一緒に葵が何を見たのか気になるから…。」
すると、先程から隠れていた深優と更紗の2人がリラと葵の前に姿を現します。真剣な表情で説明を求める深優の姿に、リラは目を閉じて言います。
「うん、良いよ。私と友達になるなら2人にも知って貰わないとね。私の力も―――――水霊達の事も!」
然しその時でした。
キーンコーンカーンコーン……。
10分間の休み時間は、無情に鳴り響くチャイムによってその終焉を告げられました。4人は急いで教室へと引き返し、次の授業へと備えるのでした。
果たして放課後、リラは3人を連れて学園近くのウォーターフロントへとやって来ました。遠い異国に最も近い海の玄関。商用私用問わず多くの船が出入りし、多くの川や水路が河口へと流れ出ており、釣り人の姿も多数散見されます。
その中でも寄せては返す漣の音が心地良く響き、人の往来も少ない秘密の場所。蒼國に引っ越して来た初日に水霊達の情報網で見つけた憩いの地に、リラは友達3人を連れて来たのです。
「ほら、着いたわよ。此処なら邪魔が入らないでアクアリウムの事も話せるわ。」
「漣の音が潮風と一緒に心地良い~♪リラっち、良くこんな場所見つけられたね?」
「それも水霊の皆のお陰なの。」
「ねぇ!それで水霊って何なの!?もう良い加減教えてよリラ!!」
「落ち着いて葵。気持ちは分かるけどリラを困らせたってしょうがないでしょ?」
放課後までずっとアクアリウムとリラの正体が気になって仕方が無かった葵は、収まらない強いモヤモヤに悩まされ続けていました。
HRが終わった時にはもう勢い良く腕を掴んで、「今日こそは絶対逃がさないわよ!」と、若干ヤンデレ気味に迫って来た葵の姿にはリラ達もドン引きした物です。 身体から出て来る穢れの量も心なしか増えていました。
いきり立つ葵を更紗が宥める中、漸く舞台が整ったと判断したリラは大きく深呼吸すると、改めて3人の顔を見渡して言います。
「それじゃあ皆、今からアクアリウムがどんな物か見せてあげる!」
そう告げるや否や、リラの身体がほんのり薄らとコバルトブルーの光を放ち始めました。これだけでも只ならぬ光景でしたので、葵、深優、更紗の3人はリラの様子を固唾を飲んで見守ります。
次いでリラが指を鳴らすと、彼女を中心に突然周囲の空間が波紋を打った様に揺らめきました。思わず目を閉じて身構える3人。
「大丈夫。皆目を開けてみて……。」
リラに促されるまま3人が目を開けて周囲を見渡すと、宛ら水の底に居るかの様にあちこちから気泡が上がっています。そして見た事も無い様々な形の魚達が泳いでいるのです。それは、最初に入水自殺で川に落ちた所をテミスに救われた時にリラが見た光景と一緒でした。
「凄い、まるで水の中に居るみたい……。」
余りにも非現実的で理解を超えた光景を前に、深優は唖然としながらそう答えるしか出来ませんでした。普段口数の少ない更紗に至っては完全に沈黙し、そのまま周囲を泳ぐ水霊達を見つめて観察するだけです。
「ねぇ、葵が昨日見たのってこ…」
「これよ!昨日私が見たのって!!ねぇリラ、リラの言ってた水霊ってこの魚達の事なの!?この魚って一体何なの!?」
深優が確認を求めるより先に葵はリラに詰め寄ります。けれどリラは平静な態度を崩す事無く説明します。
「この子達はね、言ってみれば水の精霊なの。」
「水の精霊?」
普通なら誰も信じないであろう精霊の存在ですが、この人間の理解を超えた超常現象を目の当たりにすれば話は別です。葵と更紗が面食らう横で、深優だけが納得と言わんばかりの表情を浮かべていました。
「そう。水霊達はこの地球全体を循環する水其の物なの。海や川、池や湖、雲や霧、雨……それに人間を始めとした生き物の身体に有る全部の水の化身……つまりアバターみたいな物なの。」
「じゃあ、この水の精霊……アクアって言ったっけ?それは私達人間の身体にも居るの?」
「良いとこに気付いたわね更紗ちゃん。人間の身体だって70%が水で出来てるんだから、その水の中にも当然水霊は宿ってる。葵ちゃんにも深優ちゃんにも更紗ちゃんにも――――私にもね!」
そう言ってリラの身体の中から現れたのは、青白い輝きを放つ大きなグッピーの姿をした水霊のクラリアです。
「紹介するね。この子の名前はクラリア!私の中に宿る水霊なの。そしてもう1匹―――――テミス、挨拶して!」
リラがテミスの名を呼ぶと、海に発光したホタルイカを思わせるコバルトブルーの光が集まって来ました。集まって大きくなった光は、そのまま大きな水柱となって海中に飛び出し弾け、中から現れたのはシクリッドかグラミーを思わせる姿の魚でした。
「あれは……!!」
昨日見た水霊の姿に呆気に取られた葵は、そのまま口を鯉か金魚の様にパクパクさせるだけでした。テミスはそのままテレパシーでその場にいる3人に話し掛けます。
「初めまして、私の名はテミス。リラを中学時代から見守って来た水霊です。この子と友達になってくれて有難う、葵さん、深優さん、更紗さん…。」
「いえいえ、こっちこそ、まさかリラっちがこんな綺麗なお魚さんと知り合いだったなんてビックリです!」
普通にテミスと会話している深優の姿に、リラも更紗も驚きを隠せません。普通の人間なら「化け物」と恐れ、忌み嫌う様な存在をどうして彼女は自然に受け入れているのでしょう?
「あ、あの…、深優……」
更紗に話し掛けられ、「ん?」と振り返る深優に対して更紗は、この場に居る誰もが思うであろう至極真っ当な疑問を投げ掛けます。
「どうして深優はこの人(?)と普通に話してるの?普通なら皆お化けとか言って怖がって逃げると思うけど……。」
ですがそんな更紗の問い掛けに、深優はあっけらかんとこう答えました。
「え?だって私、ゲームとか良くやるし漫画やアニメだって好きでこう言うファンタジー設定のも良く見てるから、多分そのお陰で順応出来てるんじゃないかな?」
「そ…そうなんだ……。」
「本当に頼れる幼馴染み持ったね、葵ちゃん……。」
「あ、あはは……。」
どうやら深優は中々にヲタクな趣味の持ち主だった様です。これにはリラも更紗も、先程まで面食らっていた葵も唖然とするしかありません。まぁ、化け物呼ばわりして排他的な態度を取られるよりはこちらの方が断然良いのでしょうけれど…。
すると突然テミスは再び自らをコバルトの水で包み込み、あの人間体の少女の姿になりました。葵達は当然ビックリして開いた口が塞がりません。
「それはそうとリラ、『アクアフィールド』を展開したのだから次は『ブルーフィールド』を展開して葵さんを癒してあげなさい。」
そんな3人を他所にテミスの繰り出す言葉に対し、「うん」と答えると、リラは再び体にブルーのオーラを立たせました。その澄んだ藍色の眼も神秘的な光を放っています、
「リラっち、テミスさんの言ってるアクアフィールドとかブルーフィールドって何?」
深優の問い掛けにはリラの代わりにテミスが答えました。
「リラは今ブルーの方を展開する為に集中してるから私が代わりに説明するけど、先ずアクアフィールドは今貴方達が目にしている様に、一般人でも水霊が見える特殊なフィールドを作り出すアクアリウムの能力の第一段階。そして――――――。」
テミスがリラの方を向くと、彼女の周囲の空間は更にブルーのオーバーレイが掛かり始めます。
「あっ、この青いのも昨日見た……!!」
そう叫ぶ葵に対してリラが続けます。
「そう、これがブルーフィールド。水霊士が水霊の力を100%使いこなす為の空間で、これを展開させるのがアクアリウムの第二段階って訳。」
更にテミスが補足説明を加えます。
「最初は1つずつ展開しなければならないけど、熟練の水霊士は2つ同時に展開させる事が可能になるわ。経験を積む度に水霊士が展開出来るフィールドは広がって行くの。今のリラなら100%で最大50m四方を囲えるわ。」
「50m!?」
「凄い……。」
感嘆の声を漏らす深優と更紗を横目に、リラは周囲に集まって来た水霊達を操って葵を囲い込みました。
「えっ?何……?何するのリラ!?」
「大丈夫。癒すだけだから何も怖くないわ――――。」
リラがそう言うと、周囲の水霊達は2つの列に分かれ、そのまま葵の周りを二重の螺旋状に下から上へとゆっくり泳ぎ始めます。
すると水霊達の身体は淡いブルーの白―――即ち白縹色の光の螺旋となり、葵の身体はその光に包まれました。
光に包まれた葵の身体はそのまま宙に浮き、螺旋の中でその軌跡を上下になぞる様にゆったりと揺れ動くだけでした。
「あぁ……何これ?凄く気持ち良い……。」
螺旋から聞こえる優しい水のせせらぎの音も、その気持ちの良さに拍車を掛ける一因です。余りに心地良いその音と、揺られながら感じる優しい温かさに包まれながら、身体中から穢れが出て行くのを彼女は余計な力が抜けて行く物として感じていました。
「凄く綺麗……それに、見てるだけで心が洗われそう……。」
「あれ?葵の身体から何か黒いのが出て行ってるよ?」
幻想的な光景に心を奪われながらも、深優は葵の身体から黒くくすんだ泡の塊の様な物が出て来るのを見逃しませんでした。
「あれこそが穢れ。人間の負の感情や、不摂生によって体に溜め込んだ毒素がその正体よ。人間の内なる水を汚染し、心と身体を蝕む原因。私達水霊は、それを浄化する為に存在する水の精霊なの。言わば地球の水の濾過機構である事こそが私達のアイデンティティー――――。」
テミスの説明に深優が「へぇ、そう言う事……」と感心する中、葵を包む螺旋の中の光は一際強くなり、そのまま無数の白い飛沫となって飛散しました。
次の瞬間、二重の螺旋とアクアリウムのブルーフィールドは全て解除され、其処には晴れやかな表情をした葵が立っていたのです。
「はい、葵ちゃんの穢れはこれで全部浄化したよ!」
リラがそう言うと、葵は胸に手を当てて答えます。
「これが…アクアリウムの力……。さっきまでずっとやきもきして嫌な気持ちだったのに、それが綺麗に無くなってる……。それに何だか……」
そう言って息を吸い込むと、葵は嬉しそうに叫びます。
「とっても気分がスッキリして清々しい!!元気も一杯で何だか生まれ変わったみたい!!」
身も心も全部綺麗サッパリ洗濯され、何だか命の瑞々しさすら葵は感じていました。
「生物は皆水から生まれました。アクアリウムはその生命の水を完全に浄化する事により心と身体の穢れを全て除去し、更に全身の細胞所かDNAの細かな傷まで修復する事が出来るのです。」
「マジ……?」、「何だか凄いね……。」と小並感全開な発言をする深優と更紗。
そんな2人を他所に、葵はリラに抱き着いて言いました。
「凄いよリラ!!アクアリウムってどんなんだろって思ってたけど、まさかリラにこんな凄い魔法みたいなのが使えたなんてね!!」
「は、離して葵ちゃ……」
「駄目!!離さない!!」
家族以外の相手にギュッと抱きしめられるのが初めてのリラは、まさかの葵の好感度アップも有って思考が停止してしまいました。
一頻りハグした後、葵はリラの顔を正面から向いて言いました。
「最初にクラス一緒になった時から気になってたけど、やっとこれで私、リラとキチンと友達になれるよ。改めて宜しくね、リラ!!」
「こ、こちらこそ宜しく、葵ちゃん……。」
照れながら互いに見つめ合うリラと葵。それを微笑ましく見守る深優と更紗。何時の間にかテミスは何処かへ消えていました。
(私はこれで退散するけど葵さん、深優さん、更紗さん。リラの事、お願いします。この子は何処か抜けてて心配な子だし、それに―――――)
不意に4人の頭の中に、テミスからのテレパシーが響いて来ます。その最後の締めはこの様な言葉でした。
(人の優しさや温もり、愛情を1番欲しがってる寂しい子だから、目一杯優しくしてあげて、味方でいてあげて下さい。何時でも、どんな時でも―――――。)
数分の沈黙を置いてから、リラが恥ずかしそうにテミスに文句を言います。
「もう、テミスったらお母さんじゃないんだから!!」
「え~っ、どう見たってお母さんみたいだったじゃん、リラっちの!」
そんな2人の遣り取りを、葵と更紗は笑いながら眺めていましたが、リラは何処か複雑そうな顔をしていました。
下校途中、深優が好奇心からリラに話し掛けます。
「そう言えばリラっち、リラっちの力で気になってたんだけど、あの場所を見つけたのも水霊の力だって言うのはどう言う事なの?」
リラが答えます。
「あぁ、それは『アクアメモリー』って言って、水は地球全体を廻ってるからそれを司る水霊達は地球の色んな事全部知ってるからそれで教えて貰ったの。インターネットよりも早くて精確な情報だから凄く便利で助かるわ!」
「へぇ、じゃあ地球がどうやって生まれたかとか、恐竜が絶滅した理由とか何で明知光秀が信長を暗殺しようなんて考えたかとかも全部分かっちゃうの?」
「多分分かるんじゃないかな?」
「水霊士パないわねぇ……。」
水の癒しの力のみならず、知りたい事は水に全部教えて貰える。ですが、水霊士の力は未だ未だこんな物ではありません。他にも色んな力が有りますが、それはこれから続々出て来るのでお楽しみに……。
「ねぇ、水霊が誰の中にも宿ってるってさっき言ってたけど、私達の水霊ってどんなのか知りたいな…。」
更紗がそう尋ねると、リラは「OK!」と尋ねて3人の周囲にアクアフィールドを展開します。
3人の中から浮かび上がって来たのはそれぞれ葵が青灰色のエンゼルフィッシュ、深優が赤紫色のフラワーホーン、そして更紗が青い目をした白銀のアロワナでした。
「これが私の水霊……。」
「結構可愛いじゃない」
「とっても綺麗……。自分のだなんて信じられない……。」
自分達の水霊に三者三様の反応を示す葵達。それを見てリラがクラリアを顕現させて言いました。
「3人とも凄く良い水霊を持ってるのは実は昨日調べて分かってたの。だけど実際に見てみると予想以上ね!」
クラリアは3人の水霊達を前にすると、直ぐに近くを泳ぎ回ります。すると3匹も、それにつられて一緒に泳ぎ始めたではありませんか。
「あはは、もう仲良くなってる!人間同士が友達なら、それに宿った水霊も友達同士なんだね♪」
葵がそう言って微笑む中、深優が再度リラに尋ねました。
「確かにアクアリウムの能力って色々と出来て凄いけど、リラっちはどうやってこの力を手に入れたの?」
何気無く深優が発した言葉に、リラは「え……?」と表情が曇らせました。深優は続けます。
「ゲームとか漫画だと、こう言う力って神様みたいなのから貰うのが多いけど、やっぱり力をくれたのってテミスなの?」
「う、うん。そうだけど……。」
段々と表情が苦しそうになって行くのを更紗は見逃しませんでした。
「やっぱり……。じゃあどうしてテミスはリラっちにアクアリウムの力なんてくれたの?って言うか、2人って何時何処で会っ……」
「よしなよ深優。リラが嫌がってるのが分かんないの?」
「あっ……」
更紗に止められて苦しそうなリラの顔を見ると、深優は申し訳無い気持ちで一杯になりました。どうやら、何か悲しい事情が有る…。3人はそう察して、これ以上の追及は止めました。
それでなくても、自分達は友達になってから未だ今日で2日しか経っていません。其処まで何でも打ち明けられる程の深く、親しい間柄では間違ってもないのです。
「ごめんリラっち。少し調子に乗っちゃった……。」
謝る深優を葵がフォローします。
「言いたくないなら無理には訊かないわ。未だ其処までの仲でも無いしね。でもリラ、何時か話してくれるよね?」
「葵ちゃん……。」
葵の心遣いに一瞬目が潤みそうになるのを感じながら、リラは「うん!」と頷きます。
そして4人は揃って一路、帰宅の途に就いたのでした。
(葵ちゃん、深優ちゃん、更紗ちゃん……。3人と友達になれて私、とても嬉しい。)
澄み渡る空と海に囲まれた水の街を見渡しながら、リラは決意を新たにします。
(この水の街に、どれだけの穢れが溜まってるんだろう……?それは分からないけど、私のアクアリウムで囲える限り、皆の心と身体はきっと癒して見せる……。私こそが皆の水を浄める最後の濾過装置なんだから!)
キャラクターファイル6
クラリア
年齢 無し(強いて挙げればリラと同じ)
誕生日 無し(同上)
血液型 無し(同上)
種族 水霊
趣味 他の水霊と遊ぶ事
好きな物 リラの好きな物なら全部(特にアロマ)
リラの中の内なる水霊。リラと同じ位の大きさの青白いグッピーの姿をしている。水霊としてその姿を顕現したのは中学時代にリラがいじめと戦っていた頃で、彼女が水霊士として成長して行く過程の中で現身を手に入れた。極端に無口で殆ど喋らないが結構ノリの良い性格で、他の水霊と一緒に遊ぼうとする。テミス同様人間態も有るが、それの登場は他の水霊同様に今後のお楽しみである。