第4話 Clarifying Spiral(後編)
今回で第一章は終了!さて、次回からはリラの部活探しが始まる!?
果たして午後の授業が終わった後、いよいよリラは潤と砂川の元へ急行すべく席を立ちました。、水霊達の手で脳に流れて来る報告の映像によると、授業終了後に砂川達虐めっ子3人が潤を連れて教室を出て行ったそうなのです。
早く助けないとどんな虐めに遭うか分からず、一刻の猶予も有りません。急いで向かおうとした時でした。
「リラ!一緒に帰ろ!」
当然の如く葵がリラの前に立ち塞がります。更に自分を囲う様に深優と更紗もやって来て、まるで、三角洲です。
「リラっちと初めての下校かぁ!ねぇ、何処寄って帰る?」
早くも帰宅途中の寄り道についてを葵に尋ねる深優ですが、更紗が口を開く前にリラが確認の言葉を発します。
「ねぇ、3人に1つ訊きたい事が有るんだけど良いかな?」
「えっ?」
「何?何?」
「訊きたい事?」
突然の問いに思わず面食らう3人ですが、リラは気にせず問い掛けます。
「昼休みに先輩達に絡まれてた時、何時3人は私の所に来たの?」
「えっ?何でそんな話すんの?」
「良いから答えて!」
「え~~~っと、確か……。」
昼休みに砂川達と対峙するリラの元へと乱入した時の事を、葵は記憶を振り絞って思い出そうとします。
「リラっちがあの先輩達の前で身構えてた時ね。」
ですが、それより先に頭の回転が葵より速い深優が回答。補足する様に更紗もこう語りました。
「そう言えば、リラの手に何か水色のボールみたいなのが一瞬見えたけど気の所為かな?それと変な魚みたいな幻覚が薄ら見えたんだけど……。」
「あぁそれ、私にも見えたけど何だったのかな?」
「幻覚じゃない?最近部活の勧誘とか多くて疲れてたし、この学校水のせせらぎ良く聞こえるから。」
どうやら3人とも見えていた様でしたが、幸か不幸か彼女達には顕現した水霊達の姿は、部活の勧誘続きの疲れと学園に流れる水のせせらぎが見せた幻覚程度の認識の様子。水霊を集約して作り出したあのコバルトブルーの光球もその類としか思われていません。ギリギリ秘密は知られていないらしく、リラはホッと胸を撫で下ろします。
「あぁ、いや、気の所為、気の所為!分かった有難う!じゃあ私は急ぎの用が有るから先に帰るね!!」
「あっ、リラ!!」
「ごめん!一緒に帰るのは明日からね!!」
そう叫ぶとリラは、大急ぎで現場へと向かいました。唖然とした表情で取り残される葵達。そんな彼女達の居る教室を後に、リラは大急ぎで階段を降りて昇降口へと向かいました。
何時の間にか彼女の周囲には100匹近いグッピーやプラティ、モーリー系のメダカに似た、水霊達が群れを成して彼女に付き従います。
そしてリラの身体の中からも、あの青白い巨大なグッピー型の水霊も姿を浮かび上がらせました。
「もう直ぐ貴方の出番よ―――――『クラリア』!!」
クラリアと呼ばれたリラの中の水霊は、何も言わずに只コクリと頷くだけでした。
さて、一方その頃――――潤はと言いますと……。
「ねぇ飯岡ぁ、ちょっち頼み有んだけどさぁ~聞いてくれるよねぇ~?」
定番と言えば定番ですが、人気の無い校舎の裏に砂川達によって連れ込まれていました。
潤は恐怖の余り俯き、ガタガタと身体、特に膝を震わせ委縮するばかりで、とても声を発する所ではありません。
「ねぇ飯岡ぁ、放課後皆とカラオケ行くんだけどさぁ、金欠で困ってんのよね~私等!」
「だからねぇ、何時もみたいにお金頂戴よ♪ねっ?ねっ?」
「私達“友達”でしょ~っ?友達のピンチなんだから助けんのが当たり前じゃん?」
要はカツアゲでした。おまけに都合の良い時にだけ“友達”と言う言葉を使う辺り、何処までも見下げ果てた性根の腐り様。これが穢れによる影響だけなのか、大いに疑わしくなります。
「あの……えっと…………。」
「あぁ?何だよ!?」
「出すのか出さねーのかハッキリしろよオラァッ!!」
昼間の時と同じく居丈高に罵る砂川達に対し、潤は声を振り絞って正直に伝えました。
「もう……お金なんて持ってないです……。」
けれど、この返事は当然虐めっ子3人の神経を逆撫でし、火に油を注ぐ結果となるのでした。
「はあぁぁあっ!!?」
「使えねぇなぁこの豚ァァッ!!!」
「あっ!!」
そう言って砂川の取り巻きが潤を威圧し、1人が乱暴に彼女のブレザーの胸元をはだけさせます。たわわに実った果実と言わんばかりに、大きく膨らんだ彼女の双丘の谷間が姿を現しました。
砂川はアイコンタクトを取り巻き2人と取ると、よろめく潤に対して追い打ちとばかりに、背後に回り込んで上着のブレザーを無理矢理はぎ取って背後から彼女の豊満な胸を乱暴に揉みしだき始めます。
「金無ぇんだったら援交でも売春でもやって作って来いよこの愚図!!」
「ひああぁぁぁああああっ!!?やっ……止めて………んん~~ッ……♥」
「アハハハハッ!!相変わらず胸だきゃデカいよなぁ~!つーか前より膨らんでねこいつ?」
「色気だきゃ生意気に有んだし、金位直ぐ作れんだろぉ?馬鹿な男一~~~杯釣ってさ!キャハハハハハ♪」
「ねぇ砂川、次あたしにも揉ませてよ!あぁ~ん、柔らか~い!ムカついて殺したい位に♪」
「お願いですから……もう、止め……ああんっ!?」
「さっきから玩具が生意気に喋ってんじゃねーよッ!!」
そう言って3人は彼女の胸を替わりばんこに揉みしだき、耳に息を吹き掛けたりうなじを舐めたりと、性的な嫌がらせを執拗なまでに浴びせ掛けました。
そして嬌声を挙げたり何か喋ろう物なら容赦無く殴る、蹴る、太腿をつねる等の暴行―――――。彼女は去年の2学期以来、何時も砂川達からこの様な仕打ちをされていたのです。
すっかり虫の息になってその場に倒れる潤に、砂川が止めと言わんばかりにカッターナイフを取り出します。近くの取り巻きも、意地悪そうな目で携帯を取り出し、一体何をする気なのでしょう?
1兆%悪い予感しかしません…。
「金が無ぇなら代わりに罰ゲームやんなきゃねぇ~……。」
ドス黒い笑みを浮かべ、カッターの刃を不気味に光らせながら、砂川は言います。
「服切り刻まれたあんたのあられもないエロ姿。ネットに拡散してやんよ飯岡!」
その言葉を聞いた瞬間、潤の顔は恐怖と絶望に歪み、目に大粒の涙を浮かべながら魂の叫びと言わんばかりの言葉を張り上げます。
「嫌!!止めて……それだけは止めて下さい!!」
大きな涙の筋を頬に伝わせながら、潤は何とか立ち上がって逃げようとしますが恐怖の余り腰が抜けて思う様に動けません。
「良かったじゃん飯岡♪あんた今日から有名人だよ!?一生表出歩けなくなるけどさ♪」
「忘れんじゃねぇよ飯岡ぁ、お前私等の奴隷なんだからさぁ……奴隷は奴隷らしくご主人様にご奉仕してろっての!!」
「止めて……お金なら持って来ますから……だから……!!」
「バーカ、金なんかもうこの際どーだって良いんだよ!」
必死の懇願も虚しく、砂川は先ず彼女のスカートに刃を突き立てようとします。
「い……嫌あぁぁっ!!止めて!!助けてえぇぇぇぇっ!!!」
「ホラ!!先ずはスカートから御開ちょ……」
砂川がカッターで潤の制服を切り裂こうとした、その時でした!!
「ゴボボッ……!?な、何だこの変な感じ……!?」
突然周囲の色彩に青系のオーバーレイが掛かると同時に、空気が重くなった様な奇妙な感覚がその場にいた4人を包み込みました。
息は出来るのに、まるで水の中にでもいる様な感覚……。それでいて肝心の呼吸も思った様に出来ず、重く息苦しい……。
「こ、これって………お昼見た魚!?」
口から気泡を吐きながら潤が近くに目を遣ると、其処には水色のグッピーかプラティを思わせるメダカ科の魚が数匹泳いでいます。
得体の知れない魚達はそのまま数を増やしながら、まるで大海原を泳ぐ鰯の大群の様に旋回してその場にいる4人を取り囲みます。
「な……何これCG!?昼休みも同じの見たけどさ!」
「おい砂川!これ一体何なんだよ!?」
「私が知るか!つーか…さっきから息が………苦し…………」
「息が苦しいのは当たり前ですよ。」
突然自らの身体を襲った異変に、思わずカッターナイフを落としてその場で首元に手を当てて苦しそうに蹲る砂川。すると其処へ昼間の女子の声が響きます。
声のした方を向くと、無数の魚の群れがパックリ割れ、姿を現したのは潤の上履きを拾い届けた張本人の汐月リラその人だったのです。
「貴女……!!」
「てめ……ッ!昼休みン時の……。」
「けど待て砂川…!こいつ何か…様子、変だぞ……?」
「心配しなくても大丈夫です。私は先輩達に危害を加えに来たんじゃありませんから―――。」
「え……?」と目を点にする潤と、「はぁっ……!?」と挑発的なリアクションを取る虐め女子3人組。
4人の反応を他所に、リラが両手を広げると、周囲を旋回しながら群泳する、水霊達が左右それぞれに数十匹集まります。
そして昼間の時にやったのと同じ様に、コバルトブルーの大きな光の球を作り出したのです。
「おい…これって……。」
「見間違いじゃじゃなかったんだ……。」
昼間見た光景が現実の物だったと確信する潤と砂川。
何時の間にかリラの身体は青のオーラに包まれており、周囲にも青白い気泡の様な物が立っています。
この世の物とは思えない異様な光景ですが、不思議と恐怖は無く、寧ろ幻想的な美しさ……。気付いたら4人は言葉無く只々リラの姿をじっと見つめているだけでした。
すると次の瞬間、リラはフッと笑みを浮かべて言いました。
「私は癒しに来たんです。先輩達の心と身体を……。その為にも先ず、一杯汚れが溜まったその身体の水を綺麗にお掃除します!」
(癒す……!?)
(それって一体どう言う事……。)
その言葉が終わるや否や、リラは両手の光球を前に突き出します。
するとどうでしょう。両手の光球は忽ち線上に宙を流れるコバルトブルーの光の水流となり、4人を囲い込みます。
囲い込んだ水流はそのまま面積を狭めて4人を一ヶ所に集めると同時に、上空へと伸びる二重螺旋を描き始めました!
2つの光の水流が描く螺旋の中、4人の身体は宙に浮き、その意識は段々と遠のいて行きます。
螺旋の中で宙に浮いた4人の身体は、波間に漂う流木の様にゆったりと揺れ動きながらその場を公転し始めます。
(あぁ……何だよこれ……?全然訳分かんねーけど………凄く…気持ち良いじゃん……。)
(まるでお母さんに優しく抱きしめられてるみたい……。)
“1/f揺らぎ”と言う言葉をご存知でしょうか?潮の満ち引きや心臓の鼓動の様に、自然界に於いて一定のリズムで動いたり音を発している物でも、実は僅かばかり不規則で予測出来ない揺らぎが有ります。そしてこうした揺らぎには見る者、聴く者にリラックス効果を与える事が分かって来ました。
その性質を活かし、最近ではココアを掻き回す動画がリラックス効果の為に作られ、視聴した被験者のストレス指数を最高で9割も減らしたと言う報告まで有ります。この様に揺らぎを含む回転運動には、見る者にストレスを軽減するリラックス効果が有る事が最近になって明らかになっていますが、リラの作り出した螺旋には見る者のみならず、実際にその中を廻っている者達にも効果が及ぶのです。
現に今螺旋の中を公転しながら揺らぎの回転を体感している潤と砂川達の全身からは、既に余計な力がほぼ完全に抜かれており、今まで彼女達の心の中に積もり積もったストレスを消し去って行きました。
更に、二重螺旋を描く光の水流も心地良い水のせせらぎを奏で、相乗効果で水の癒しを増幅させるのです。その証拠として、彼女達の身体から黒い穢れが次々と出た端から白く光る泡沫となって消えて行きます。
穢れが浄化されて行くにつれ、彼女達の内側に宿る、水霊達も少しずつ元気を取り戻し、活発に動き始めます。それが証拠に潤達の身体を光の魚のシルエットが泳ぎ回っているのです。
「今よクラリア!貴方も行って!!」
(任せて……。)
言葉少なにそう返すと、リラの中の水霊であるクラリアは周囲の水霊達を率いて、4人を囲む二重の螺旋の中をなぞって泳ぎ始めます。
彼女達が泳ぎ回る度に螺旋の内側の空間に温かで優しい光が白い泡沫状のエネルギーと共に満ちて行きます。この白い泡沫状のエネルギー体こそ、水霊が泳ぎ回る事で生み出す浄化のそれなのです。
彼女達の中から出て来た黒い穢れが変化したのと同じ物ですが、白い泡沫が水霊達の浄化と癒し、愛等の正の意思と水の合わさったエネルギー体。そして黒い穢れは人間の中の憎しみや嫉妬、ストレス等の負の意思と水の合わさったエネルギー体と言う事で、本質は一緒と言う事が分かるでしょう。
「さぁ、仕上げよ。クラリア!4人をそれぞれ二重の螺旋で貫いて!」
リラがそう命じるとクラリアは2体に分身し、二重螺旋の内側に躍り出ると、揺蕩う潤と3人の虐めっ子を外部の螺旋より細い光の二重螺旋となり、4人の身体を泳いで貫通します。
誤解無き様に言いますが、クラリアは水霊であり水其の物。そして人間の身体も水である以上、水霊は人間の身体を素通り出来るのです。貫通しても肉体には何のダメージも有りません。
寧ろ、浄化と癒しの力をその際に行使するのですから、プラスにこそなれマイナスの影響など無いのです!
この最後の工程によって4人の身体は眩い光に包まれ、そして――――――光が消える頃には4人ともその場に横たわっていました。
然しその顔はとても安らかで、先程までの邪悪さもそれに怯える表情も一切が消えたのです。
「さて、それじゃあ余計かも知れないけどおまけのサービスしないとね……。」
そう言ってリラは、すっかり元気になった4人の身体の水霊達を掬い上げると、それぞれの頭の中に放り込みました。
お互いの過去から今に至る記憶を見せ合い、共有させ合う為です。1番知り合わせたいのは勿論、相手の痛み―――――。
4人の過去は共に、形こそ違えど悲しみに彩られた物でした。
潤は元々4人家族でしたが出来の良い大学進学で兄が居なくなってから、元々共働きで家に殆ど居ない親はますます自分に冷たくなり、何時も孤独に過ごしていました。
勉強も何をやらせても並みな彼女が唯一好きだったのが水泳でした。然し中学に上がってから自分の胸が急激に大きくなった事で男子からからかわれ、それがトラウマとなって何時もビクビクオドオドする様になり、それがやがて高校に入ってから虐めに発展した様でした。
砂川も、小さい頃から親から「お前って駄目な奴ね」だの「そんな事したら社会じゃ生きて行けないわよ」だのと、否定的な言葉ばかりを投げ掛けられて育ち、自己肯定感の持てない劣等感と周囲への憎しみを抱えて生きて来たのです。
潤以前にも中学では同じ様に、他の自分より劣ると判断した人間をいじめる事で劣等感を打ち消して来たのでした。取り巻きの2人も、砂川に近い家庭環境で育った為に自ずと彼女に身を寄せ合う様につるむ様になったのです。
水霊を通してお互いの記憶を夢の中で見合った4人は、やがて目を覚ましました。
「うぅ……何だったの今のは……?」
「私以外の奴等の事が頭ん中に流れて来たみてぇだけど……って……。」
起き上がった4人はそのまま、互いの顔を見合わせます。お互いの辛い過去を知り合った手前、4人が4人とも後ろめたい気持ちが込み上げて来ます。そして……。
「ごめんなさい!砂川さん!我孫子さんに梶沼さんも!」
真っ先に瞳を大粒の涙で潤ませて謝ったのは潤でした。散々虐めていた相手からの突然の謝罪に、3人は呆気に取られます。
「わたし、3人から虐められてる間自分だけが1番辛いって思ってた!でも、3人だって凄く辛い想いして、それで……えっと…え~っと………!!」
言葉に詰まった中、必死に続きを絞り出そうとする潤に対して、砂川は溜め息を吐いて言います。
「…良いよ、もう。何が何だか分かんねーけど、私等だってあんたの事、何も知らないし知ろうとしないまま、ただ何となくトロくてウジウジしてムカつく奴だって思って虐めて来たんだし、お互い様だろ?」
「変な夢だったけど、あれももしかしてあんたの仕業な訳?」
取り巻きの1人である我孫子と言う女子がリラに尋ねると、リラは「はい。」と頷きます。
「何なのよあんた?あんな力使うなんて魔法使いか何か?」
「いいえ、私は水の癒し手・水霊士です!」
梶沼の問いにマジレスと言っても過言では無い位ドストレートに答えると、砂川が不機嫌そうな顔をして言います。
「どーだって良いよ。信じらんないけど、取り敢えずあんたがそー言う系の奴だってのは認めるしか無さそうね。つーか、折角良い気持ちで寝てたと思ったらあんな寝覚めの悪いモン見せやがって……。」
「じゃあ先輩達はまた飯岡先輩の事虐めるんですか?」
そう毒づく砂川ですが、彼女の中の水霊は穢れる事無く元気に泳ぎ回っています。
「もう飽きたよ。つーかこいつの事分かっちまったらもう、他人だなんて思える訳無ぇだろ。何つーの?自分の延長みたいな?そう言う奴虐めたって気分悪いだけだぜ。ドMじゃねぇんだからさ……。」
「けどあんたも馬鹿よね。例え虐めは止めても私等別に改心した訳でも無いし、そもそもこんなになった家の問題だって解決しないじゃん?なのに私等の事癒して意味有ったの?」
梶沼と呼ばれた先輩の鋭い言葉に、リラは何も言わず只黙っていました。確かに水霊の力で水の穢れを浄化し、人の心を癒せても、穢れが身体に蔓延する原因となる家庭や職場、延いては社会の問題其の物が解決する訳でも解消する訳でも無いのです。
それをどうにかしない限り、また彼女達は身体に穢れを溜めてしまう事でしょう。然し、リラは言います。
「確かに、幾等人の心と身体を水の力で癒しても、1人1人が抱える問題までは解決しません。でも、先輩達はもう気付いてるでしょう?自分達がさっきまでと何処か違う事に…。」
「言われてみれば確かに、私等の身体から何だか力っつーか元気が漲って来るのが感じるぜ。」
「頭も何だかスッとなって、自分が何をしたいのかどうしたら良いのか、そう言うのがはっきりわかって来そう……。」
潤や砂川達が感じている感覚こそ、アクアリウムの能力の副産物でした。身体の水を癒し、心を洗い流すと共に、肉体に明日を生きる活力を与え、思考をクリアにして自分の心=気持ちがハッキリ分かる様になる。つまり、自分を落ち着いて見つめられる様になるのです。
「私がしてあげられるのは、心と身体を癒して中の水霊に活力を与えるのともう1つ。自分の心の透明度を上げて、深く落ち着いて見つめられる様にする事です。自分の心が分かれば相手の心だって見る事が出来る筈だし、目の前の問題が有ったらどうしたら良いかだって落ち着いて考えられるから……。」
「けどあたし等馬鹿だから答えなんて考え付かねーぞ?」
「あの……分からなかったら誰かに相談すれば良いんじゃない…ですか?1人で悩んでないで…ってごめんなさい!私余計な事言っちゃって!!」
砂川から睨み付けられて委縮する潤に対し、「やれやれ」と言わんばかりに溜め息を吐いて梶沼が言います。
「全くね……。相談もしないでウジウジしていじめられっ放しだったあんたが言ったって説得力ゼロじゃん。」
「けどさ、私等こうやって3人つるんでんだから一緒に考えりゃ良いんじゃね?ホラ、昔から良く言うじゃん?『三人寄ればもんじゃ焼き』ってさ!」
「文殊の知恵ね。」
我孫子の言葉に的確な突っ込みを入れる梶沼。すると砂川が立ち上がります。
「まっ、何にしたって飯岡、こいつに免じてもうあんたの事虐めんのは止めてやるけどさ、何時までもウジウジしてたら許さねぇから。悔しかったら強くなりやがれバーカ!」
相変わらず口の悪い砂川ですが、それは彼女なりの激励でした。
「砂川さん達こそ、何時までも逃げてないで親とぶつかった方が良いって思う……よ。言いたい事言ってぶつかって……って私が言ったってしょうが無いよ~!」
途中から尻すぼみする潤に呆れながら我孫子と梶沼が言います。
「だったら先ずオメェから始めろよ。」
「まっ、私等もぶつかって仲直り出来るならそれに越した事無いけど、駄目なら駄目でそのまま縁切るのもしゃーないって思ってるわよ。それじゃ……。」
「待って下さい先輩方。此処での事は誰にも言わないで下さい。勝手な事言ってると思いますけどお願いします!」
去って行こうとする3人に対し、リラはそう頭を下げて言います。
「言わねーよバーカ。つーか、言ったってどうせ誰も信じやしねーだろ!んじゃ、礼は言わねーけどあばよ!」
そう言って3人はリラと潤の前から居なくなりました。残った潤がリラに話し掛けます。
「あっ、あのっ!貴女、名前は?」
「汐月リラ。リラで良いですよ?」
「あっ、じゃあリラちゃん。今日は有難う。私の事、助けてくれて…。」
「私は飯岡先輩だけじゃなく、あの3人の先輩方皆助けたんです。」
「そ、そうだったね…えへへ……。でもリラちゃん、リラちゃんがさっき見せたあの魚みたいなのって何なの?」
「それについては訊かないで下さい。まぁ、どうしてもって言うなら今度機会が有る時に話します。それより飯岡先輩、中学時代水泳やってたならまた始めたら良いじゃないですか?」
「えっ?」
「水泳って、身体使って運動するから筋力だって鍛えられるし、それ以上に心に凄く良いんですって。セロトニンって言うのが頭の中で分泌されて健全な心が育つみたいな話だから、先輩にピッタリだって思いますよ?」
「へぇ、そうだったんだ。でも、胸が……」
「此処は女子校だから何も気にする事無いんじゃないですか?他の子に触られたら恥ずかしいかも知れないですけど、そう言うのは虐めっ子じゃなかったら仲の良い人にしか普通はしないでしょうしね!」
「そ、そうだよね……。じゃあ、やってみよっかな?また水泳……。」
一頻りリラと言葉を交わすと、潤もその場からフェードアウトして行きます。心なしか、彼女の足取りは軽くなっていました。
「じゃあねリラちゃん!明日また学校で♪」
手を振ってその場を去る潤の姿を、同じ様に手を振って見送るリラ。その傍らをクラリアが仲間の水霊達と共に∞の字を描く様に泳ぎ回っています。
(リラ、此処での初仕事を無事終えた様ね……。だけど―――――。)
ですがこの時、リラは気付いていませんでした。物陰から自分の事をこっそり眺めていた者の存在を―――――。
そしてその存在に気付いているのは、後者の真上からリラを見つめるテミスだけでした―――――。
「何なのあれ……?って言うかリラって……」
おやおや、どうやらこの少女――――五十嵐葵は見てしまった様です。リラの秘密を……人間には知り得ない、水霊達の生きる世界を……。
キャラクターファイル5
長瀞更紗
年齢 15歳
誕生日 6月30日
身長 166㎝
血液型 AB型
種族 人間
趣味 お世話(人やその他の動物問わず)、夜釣り
好きな物 小動物
リラの同級生兼クラスメイトにして五十嵐葵、吉池深優の友人。寡黙で落ち着いた性格をしており、1歩引いた所から相手を観察する一方で面倒見が良く、何かあるとお節介と言われようと世話を焼かずにいられない(早い話がオカン役)。
スタイルは3人の中で1番良く、胸揉み魔の深優からも何度も揉みしだかれているが、本人は後で「やり過ぎよ」と諫める程度で行為自体は咎めない。或る意味海の様に大らかな器量だが、その分許されざる行為には毅然と向き合う度胸も有る為、己自身の基準となる芯や軸、つまりは自分と言う物をしっかり持って崩さない強い娘である。