第37話 忌まわしき記憶の奔流 File.1
今エピソードはリラが葵達に過去語りをする前段階を描いています。本格的な内容は次回から描いて行くのでご了承下さい。
レンと呼ばれる青年と出会ったその日の夜の事です。時刻が丁度20時を回る頃、夜の霧船女学園の中庭にリラは1人佇んでいました。
(皆、本当に来てくれと良いけど………。)
中庭を流れるせせらぎの音を聴きながら、彼女は葵達他の水霊仲間達が来るのを静かに待っていたのでした。
切っ掛けは今から1時間前に遡ります。葵から過去に虐め自殺を図った事を尋ねられ、苦しそうに頷いた後の事でした。
海風が木々を揺らす中、他の水霊仲間達が一斉に問いを投げ掛けます。
「嘘でしょ!?リラっちが自殺だなんてそんな……」
「本当に虐められてただなんて…だからリラちゃんはあの時、わたしの事を放っておけなかったの!?」
「汐月、どう言う事よ!あんたに昔何が有ったの!?」
鉄砲水の如く、口々に質問を浴びせる水霊仲間。対するリラは依然黙ったままその場に佇んでいましたが、心の中は激しい悲しみと怒りが渦を巻いていました。
水底に沈殿した汚れが舞い上がるかの様に、彼女の心の奥底に浄化しきれないまま堆積していた穢れが一気に吹き上がった為、クラリアも対応に追われててんてこ舞いです。
「貴女達、色々と知りたい気持ちは分かるけどその辺にしなさい!」
すると其処に人間態のテミスが現れてその場を仕切った為、皆リラへの追究を一時中断します。周りが黙ったのを見計らうと同時に、リラの方を一瞥し、テレパシーを送りました。
(リラ、何時かはと思っていましたが、とうとう時が来た様ね……貴女の過去を、この子達に打ち明けるべき時が!)
(テミス…でも……)
(何時までも心にそんな穢れなんて沈殿させていたら、貴女は水霊士としても人間としても前に進めないわ。それに、過去をこの子達に打ち明ける事の何をそんなに恐れているの?貴女の過去を知る事で、葵さん達が自分から離れて行くとでも思ってるの?)
過去の虐めの傷と、それによって心の奥底にヘドロの如く堆積した彼女の穢れの事を、テミスはずっと何とかしたいと思っていました。然し、折しもリラとの触れ合いを経て水霊仲間になった葵や忍達に、テミスは希望を見出していたのです。同級生の友人の葵達や、姉の様に優しくも厳しい2年生の瑠々達。そして父親と母親の様な3年生の忍とみちる。
彼女達なら、リラの心の苦しみを真に取り除く濾過フィルターとなり得る!入学してから数ヶ月間、互いに絆を深め合って来た水霊仲間達の人柄を見て、テミスはそう確信していたのでした。
(それは……)
(覚悟を決めなさい、リラ!水霊士としての貴女の始まり……その真実を受け止め、共有出来てこそ本当の水霊仲間でしょ?)
テミスの言葉に、リラは返す言葉も有りませんでしたが、心配そうに自分を見つめる水霊仲間全員の顔を一通り見回し、とうとう話す事を決意したのでした。
(……分かった。私、皆に話すわ!)
その返事を受け取ったテミスはフッと笑うと同時に、葵達に向かって言いました。
「葵さん、深優さん、更紗さん、瑠々さん、水夏さん、真理愛さん、潤、そして忍さんとみちるさん―――――夕飯も未だでしょうし、1時間だけ猶予を与えます。家に帰って用事を済ませたら、学校の中庭まで来て下さい。其処でこの子の過去についてお話ししましょう。何故リラが水霊士になったのか、その真実を皆さんには知って貰いたいのです。」
「リ、リラの過去……?」
「水霊士になった理由だと!?」
テミスの言葉に、葵達の心は大きく揺れ動きました。リラが何故アクアリウム等と言う異能力が使えるのか?それは霧船女学園水泳部の部員全員が共通で抱いていた、リラへの尽きない疑問でした。大いなる謎が明かされると言うのなら、行かない理由は有りません。それでなくてもリラは彼女達の中では大事な友とか、可愛い後輩と言うのがそれぞれの認識です。出来る物なら、そんな相手の心の苦しみを取り払ってやりたいと思うのもまた、彼女達の人情として含まれているでしょう。
「興味が無いとか、知りたくないと言うのでしたらそれでも結構です。余計な事を聞いてこの子の心の傷を広げたくないと言うノータッチもまた、1つの優しさでしょう。ですが、1人切りでは重過ぎて抱え切れない荷物をリラが抱えているのもまた事実です。同じ水霊仲間として、どうかこの子の心の重荷を少しでも軽くしてくれます様、宜しくお願いします!」
強く頭を下げるテミスの姿に、葵達は鬼気迫る物を感じざるを得ませんでした。然し、以前テミスから力になってくれと頼まれていた手前、忍とみちるの心は既に決まっていました。
「顔上げろよ、テミス。そんなの決まってるじゃねぇか!」
「私達もずっと、汐月の事が気になってたの。どうしてアクアリウムなんて魔法みたいな力が使えるのか?貴女達水霊なんて精霊と、何時出会ったのか?ずっと知りたいって思ってた!」
「忍先輩にみちる先輩……。」
進んで快諾する3年生の先輩達ですが、承諾したのは彼女達だけではありません。
「同じ霧船の仲間が悩んで苦しいなら、わたしは放っておかないよ!」
「汐月の事、私ももっと知りたいって思ってたから…!」
「同じく虐めに遭って、水霊士になった者同士、今度はわたしが力になるよリラちゃん!」
「後輩の悩みを聞いてあげるのも、先輩の大事な役目!リラさん、貴女程の子が過去に囚われてるのは見過ごせないわ。」
2年生の先輩達も、それぞれの理由でリラと向き合います。無論、1年生の同級生もそれは同じでした。
「正直言うと私、ずっとリラが何か抱えてそうな雰囲気だったの感じてた。でも、それが水霊士になった事と関りが有る大事な事だって思わなかった。ねぇリラ、教えて頂戴。あんたに昔起こった出来事をさ!」
「リラっち、私達もリラっちの力になりたいの!パパや皆の事、何時も癒して助けてくれたから、今度は私達がリラっちを癒す番だよ!」
葵と更紗が真っ直ぐな目をしてそう強く言い放つ横で、更紗も何も言わずに力強く頷きます。
「皆……私なんかの為に………。」
「皆さん……有難うございます!」
何とお人好しな先輩と同級生達なのでしょう。リラの目には思わず大きな涙が浮かびます。入学してから3ヶ月、苦楽を共にして来た仲間達と、リラは此処まで強く深く結び付けていたのです。
するとテミスはリップリスを召喚し、船着き場の下に広がる海面にパドルワープの入り口を生成させました。
「では皆さん、先ずは私が貴女達をそれぞれの家にお届けしましょう。アクアヴィジョンを発動させて近くの海面を見て下さい。」
言われるままに葵達がアクアヴィジョンを発動させると、先程レンが身投げしようとした船着き場の海面に、丸くコバルトブルーの輝きを放っているポイントが出来ているではありませんか。
「あの中に1人ずつ飛び込めば、皆さんを家の近くまで瞬間移動させられるわ。さっきも言った通り、一旦気持ちを落ち着けてからまた学校で会いましょう。」
テミスの言葉に促されるや、葵達は1年生から順番にリップリスの作り出したパドルワープの入り口に飛び込み、それぞれの自宅へと帰って行きました。夕飯や今日の課題等、その日成すべき事を成し終えてリラと向き合う為に―――――。
そうして一旦皆と別れてから1時間後、中庭の椅子に腰を下ろして水のせせらぎに耳を傾けていると、複数人の足音がリラの耳に飛び込んで来ました。
「リラ……。」
「リラっち……。」
「汐月……。」
果たして霧船女子学園水泳部のメンバー達が全員、その場に集まって来ていたのです。
「皆―――――。」
(リラ、貴女は幸せになったわね。他人に無関心な人間の多い中、貴女の事を知りたいと言う気持ちからこうして集まってくれる子に恵まれて………。去年の貴女からは想像も出来ない圧倒的僥倖だわ―――――。)
まさか本当に全員が来るとは思っていなかったリラは、思わず瞳を涙で潤ませました。それと同時にテミスも、何処か嬉しそうに葵達を見つめるのでした。
そんな両者の心中を知ってか知らずか、全員を代表して葵が尋ねます。
「ねぇリラ、聞かせて。リラに昔、何が有ったの?どうしてアクアリウムなんて力が使えるの?」
葵からそう尋ねられるや、リラは覚悟を決めて深呼吸すると、とうとう自分の過去を語り始めるのでした。
「それはね、私が中学1年になった頃の事だったの―――――」
彼女にとって、忌まわしい穢れに満ち満ちた濁水の過去が今、明かされようとしていました。
キャラクターファイル38
エウナド
年齢 無し
誕生日 無し
血液型 無し
種族 水霊
趣味 水底を散歩する事
好きな物 綺麗な魚達の産卵場所
青鈍色のカブトガニの様な姿をした中級水霊。
瀬戸内海から九州方面の海底を回遊している水霊だが、蒼國が気に入って長期滞在している。主に霧船女子が練習に使っている市民プールや周辺の水路を歩き回っており、リラ達も度々見掛ける。
無数のクラリファイイングスパイラルを凝縮した卵の塊を周囲に分散して産み付け、水の浄化の力を連鎖爆発させる事で一気に水の穢れを浄化する事が出来る。




