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A.Q.U.A.R.I.A  作者: Ирвэс
第三章 水と時間は螺旋の様に
36/44

第35話 廻る水が育む物~1年生編~

これにて第3章は完結です。

 3年生の忍とみちるがリラにとって両親の様な存在なら、2年生の瑠々と水夏、そして潤と真理愛の各コンビは遠過ぎず、近過ぎずの絶妙な距離と各者各様の立ち位置でリラと触れ合う姉の様な存在でした。


 さて、それでは同じ年代に生まれ、同じ青春を共に生きる葵達1年の同級生達とリラとの友情の輪は、この3ヶ月でどの様に変化して行ったのでしょうか?



 ◇File04:Trinity Friendship


 数学の授業での事でした。


 「それではこの不等式を――――汐月に解いて貰おうか。」


 「はい。」


 先生に指名されて立ち上がると、リラは問題として提示された不等式「x+5<3x-7」をジッと見て答えます。


 「……x>6です。」


 「うむ、正解だ!」


 事も無げに正解し、元通り席に着くリラ。その姿に葵と深優、そして更紗も「流石!」と言わんばかりの表情です。無論、同じクラスメイトのヤマメも同じでした。元々勉強は苦手ではありませんでしたが、忍の家庭教師のお陰も有って成績は右肩上がり。5月の中間テストでも深優や更紗と共に上位20位に入っていました。

 勿論、磨かれていたのは学力だけではありません。肉体面でも同じ事は言えました。同日の体育の時間に行われたバスケットの試合の時です。

 4人はそれぞれリラと更紗、葵と深優で各チームに分かれて競っていましたが、更紗がドリブルで葵達のチームのゴールに進撃すると、当然の如く葵と深優がヤマメと3人でマークに掛かります。


 「更紗ちゃん、パス!」


 隣を横切るリラが擦れ違い様に更紗にパスを出す様に指示すると、彼女は素早くボールをリラ目掛けて放ります。間髪入れずにキャッチしたリラは、そのままゴール目掛けて3Pシュート………したのですが、残念ながらボールはゴールに入らずに弾かれてしまいました。


 「リバウンド!!」


 葵がそう叫ぶと同時に敵チームの女子達がゴールから弾かれたボールを取ろうとその下へ向かいますが、何時の間にかリラは相手の誰よりも先にゴール下に到着しており、そのままボールをキャッチして改めてシュート!見事2点を獲得し、僅差で自軍のチームを勝利に導きます。


 「流石ね汐月さん!」


 「最初チーム組んだ時はあんま頼りなかったけど、此処最近で見違えたよねリラ!」


 忍とのランニングや泳ぎ込み、筋力トレーニングやストレッチ等、泳ぐ為に必要な鍛錬をこの数ヶ月でこなして来たリラは、身体能力も4月に入学した頃から格段に跳ね上がっていました。無論、同様の練習ならば一緒の水泳部員である葵も深優も更紗もこなしていましたし、ボート部のヤマメもそれに負けないだけの鍛錬を積んでいました。

 単純な身体能力では更紗の方が上だし、忍達程ではないにしても蒼國市民として泳ぎに親しんで来た葵や深優、ヤマメはリラと同等かそれより少し上の体力と敏捷性の持ち主。

 ですが、水霊士(アクアリスト)として虐めと戦い、乗り越えたリラの物怖じしない強さは、この頃にはクラスの誰よりも強い胆力に変わっていました。何より虐めとの戦いの経験が結果として駆け引きや戦略眼と言う形で生かされる様になったのです。加えて想像力もあれこれ妄想する程度には豊かですから、プロの選手の動画をスマホで休憩中に見てはイメージトレーニングする事で、様々な小技をラーニングしていました。何れにせよ、過去の経験と学んだテクニックを活かせる様になったのは、やはり忍との鍛錬が有ったからこそでしょう。

 膂力で劣る分を、過去の戦いの経験と他所から見て学んだテクニックで補う―――――それがリラのスタイルでした。もしこれから鍛錬を誰よりも積んで膂力面でも更紗に比肩する様になれば、間違い無くエース級の逸材へと化けるでしょう。


 虐められっ子だった中学時代、リラは内向的でメランコリックで、図書館での読書以外では漫画やネットの動画等でカッコ良いヒーローやプロのアスリート達の姿を眺めては、「自分もこんな風になれたら」と妄想しては自分を慰め、生きていました。言うまでも無くそれは仕事で両親が殆ど不在の中、自身の寂しさを埋める手段でした。

 ですが今は違います。何時ぞや恐れられる相手か舐められる相手かで言えばリラは後者と言いましたが、今の彼女はそのどちらでもありません。少なくとも未だに恐れられる存在は性格的に縁遠いですが、それでももう侮られる事は無い。


 繰り返し言いますが、リラは変わりました。自分を受け入れてくれて、水霊(アクア)の秘密まで共有出来る仲間達や、そんな彼女達と水泳で切磋琢磨して行く過程で鍛えられた心身と言った要因によって、岩陰に隠れて怯える小魚の様な臆病さや卑屈さはすっかり鳴りを潜めたのでした。


 「あぁ~、やっぱり未だ更紗ちゃんには勝てないかぁ~……。」


 「でも今の動き、サラサラじゃなかったらこっちが負けてたよ?」


 「そうだよリラ!この前やった時よりだいぶ強くなってる!」


 今度は互いのチームメンバーである更紗と葵を交換して試合を行いましたが、今度は惜しくも惜敗した模様。ですが、相手チームの深優やヤマメに励まされてリラは言います。


 「深優ちゃん、ヤマメちゃん、有り難う!良~~し、次は誰と組んでプレイしよっか!?」


 素直に相手に感謝を伝え、屈託のない笑顔で返事を返すリラ。自分を取り巻く世界が良い意味で様変わりすると同時に、彼女は以前にも増して周りに心を開く様になっていたのです。今は亡き祖母のユラが見たらきっと喜ぶでしょう。そうやって周囲と楽しそうに明るく振る舞うリラの事を、テミスも離れた場所からカラフルな水霊(アクア)達と共に微笑ましく見守っていました。



 さて、体育の授業も終わって制服に着替え終わった昼休み、リラは葵達3人と中庭で昼食を摂っていました。周囲の水路を流れる水のせせらぎが、彼女達の耳に心地良く響きます。


 「それでさぁ、昨日You Tubeでシンジュウカルテットの新着上がってるの見たんだけど~、ライカと廻の侍VS武道家のバトルメッチャ凄かった!」


 「あっ、それ私も見た!一瞬『何これ?映画のワンシーン?』って思ったよ~!」


 何時もの様に食事をしながら葵と深優の幼馴染コンビがガールズトークに花を咲かせ、その様子をリラと更紗が笑って眺める。そんなテンプレートな構図が繰り広げられる中、リラは遠い目をしながら、此処にはいない家族の存在に想いを巡らせていました。

 彼女にとって幼馴染の2人の掛け合いは、まるで仲の良い姉妹の様に感じられたからです。と言っても所詮は血の繋がりの無い他人同士ですが、相手と血よりも強く繋がれる物と言えばやはり魂でしょう。少なくとも、2人の関係性はそう言う風にリラには見えて何時も嫉妬させられます。

 すると不意に深優がこの前参加した大会について触れました。


 「でもこの前の総体と国体予選、本当に良かったよね~。瑠々先輩の望み通り、私達皆次に行けるんだから!」


 深優がそう言うと、残る3人も感慨深く頷きます。6月中旬の地区総体では惜しくも背泳ぎで敗退した葵も、メドレーリレーではどうにか勝ち進めて7月下旬の関東高校水泳競技大会に無事に進出出来ました。更に同じく6月下旬の国体予選でも背泳ぎで国体への参加がギリギリ実現した為、葵当人は元より周りの部員達もホッと一安心。無論、それはリラも同じです。自分達に足りない部分や必要な物をみちるや忍、それに内なる水霊(アクア)から分析及び指摘され、それに基づいて鍛錬を積んで来たお陰で首位とまでは行かずとも、結果を残せる程度には急ピッチで仕上がって来た霧船女子。

 然し、次に駒を進めると言う事は当然篩に掛けられた分、より手強い選手が犇めいていると言う事です。泳ぎに慣れ親しんだ蒼國市民すら凌ぐ程の猛者が……。


 「リラっちには感謝しか無いよ。パパもガンが治って転移の心配も無いし、何より大会で私が華麗に勝ち進む姿だって見せる事が出来たし、良い父の日のプレゼントになって良かった!パパを助けてくれて、本当に有難ねリラっち!」


 言われてみれば確かにそうです。リラのお陰で深優の父・航はガンによる死の淵からこの前生還し、元気に漁師を行えています。大会の当日、地区総体及び国体予選を上位の記録で勝ち進む雄姿を見せられた航は後日、娘の事を漁協でも自慢していました。

 深優から改めて感謝の言葉を投げ掛けられ、思わずリラは顔を赤らめながら頷きます。すると次に口を開いたのは更紗でした。


 「私も、家族に自分の全力の泳ぎを見せられて良かったって思ってる。特にお祖母ちゃん、私の事“カッコ良かった”って言って褒めてくれてた。お祖母ちゃんが生き返ったのってテミスのお陰だったみたいだけど、リラも関わってたんでしょ?じゃあリラにも有り難うだね。」


 「え…いや、そんな、私は別に………。」


 直接間接問わずそれぞれの家族をアクアリウムの力で救った事で深優と更紗から改めて礼を言われ、リラは顔を赤らめます。咄嗟に話の流れを変えるべく、リラは葵の家族について言及します。


 「で、でもこの中で葵ちゃんだけだよね?2人と違って家族の誰も水霊(アクア)やアクアリウム絡みの事が無い、極普通の家庭って。そう言うの、“当たり前の幸せ”って感じで何だか羨ましいな……。」


 確かに葵の家庭は両親と妹の4人家族であり、深優の様に母親が急逝した訳でも無ければ、更紗の様に祖母が声優と言った特殊性も無い普通の一般家庭です。然し、それ故に彼女が最もこの4人の中で人並みに『幸せな家庭』を謳歌していると言えるでしょう。

 すると葵が逆にリラに対して尋ね返します。


 「って言うかリラこそ逆に訊くけど、リラの家族ってどんな感じなの?前にお祖母ちゃんが死んだって聞いてたけど?」


 葵にとっては何気無い質問の心算でも、それがリラにとって地雷…いいえ、予期せぬ水雷攻撃だったのは言うまでもありません。


 「あっ、それ私も気になってた!ずっと聞いてなかったし!」


 「ねぇ、リラの家族ってどう言う……ってリラ?」


 追い打ちを掛ける様に深優と更紗もリラの家族の事を追求しようとしますが、当のリラは俯いたまま答えようとしませんでした。その表情も先程の明るかったのから打って変わって暗くなり、まるで一気に水面から深い海底へと沈むかの様です。

 それが分らない程、3人も馬鹿ではありません。何やら自分達よりも酷い家庭の事情を抱えていると言うのは、直ぐに想像が付きました。もしかして、虐待や育児放棄(ネグレクト)でも受けていたのでしょうか……?


 「リラ、どうしたのよ?もしかして家族と上手く行ってないの?」


 「まさかリラっち、虐待でもされてるとか?ってか言いたくないなら無理して言わなくたって良いよ………?」


 心配そうに葵と深優がそう尋ね、更紗も無言のまま同様の表情でリラの事を見守ります。するとリラは身を震わせながら前を向き直り、3人の顔を見渡します。その澄んだ藍色の瞳がとても寂しげだったのは、その場にいる誰の目にも明らかです。


 「私にはね、お父さんとお母さんがいるの。でもお父さんとお母さん、小学生の頃から何時も仕事で家にいなくって……一緒だったお祖母ちゃんも5年前に死んで、それからはずっと独りぼっちだった………!」


 おまけに中学に上がる頃には理不尽な虐めの標的にされ、身も心もボロボロにされて、だけど両親にも誰にも打ち明けられず、そのまま追い詰められて川へ入水自殺する程に追い詰められ………。

 そんな辛い過去を生きて来たリラだからこそ、水霊士(アクアリスト)として目の前の汚れを浄化し、荒んだ人々の心と身体を癒す濾過フィルター足ろうと思って今日まで生きて来ました。人間の弱さや醜さ――――穢れを奇麗にするには、そうした人間の汚い部分と向き合わねばならない。何時ぞやリラが潤に言った事はまさにその通りであり、故に同時に誰にも愛されない様な不幸な人間でないと務まらない。そう言う後ろ向きな自負がリラの心には有りました。同時にこれが、彼女が水霊士(アクアリスト)として今日まで戦って来れたモチベーションだったのです。


 「リラ………。」


 悲しそうな表情で自身を見つめる葵達の様子を受け、リラは直ぐに取り繕う様に続けます。


 「あぁ、でも大丈夫。今の私にはテミスがいるし、水霊(アクア)達だっているから!水霊士(アクアリスト)になってからやっと私は独りぼっちじゃ無くなって……」


 ですが、言い終わる前に彼女の言葉は突然の葵の抱擁に阻まれてしまいました。突然の出来事にリラが困惑したのは言うまでもありません。


 「あ、葵ちゃん………?」


 「リラ…やっと話してくれたね。リラ自身の事…。」


 「えっ……?」


 自分の事を話したのがそんなに良かった?一体どう言う事?それが彼女の中に有る想いでした。すると深優と更紗も距離を詰め、真っ直ぐ自身の顔を見据えて言いました。


 「私達、ずっとリラっちの事が知りたいって思ってた。けどリラっち、何時も話してくれなかったじゃん?」


 「リラに昔、何か辛い過去が有ったって言うのは分かるよ。でも、やっと私達に話してくれる所まで来たんだって思うと嬉しくってね……。」


 2人の表情は、とても慈しみに溢れていました。何時ぞや自分を膝枕してくれたみちるや、自身に優しく教え諭す時の忍と同じく、さながら黒潮の様な暖かい雰囲気をリラは感じ取っていたのです。


 「皆……。」


 すると葵がリラを抱擁(ハグ)から解放して言いました。


 「リラに昔何が有ったかまでは良く知らないわ。何でそんなアクアリウムなんて魔法みたいな力が使えるのかも……。でも、これだけは忘れないでリラ!」


 真っ直ぐリラの藍色の澄んだ瞳を見据え、両手を握り締めながら葵はこう告げます。



 「どんな過去が有っても、リラはリラ!私達の大事な友達で、同じ秘密を共有する水霊仲間(アクアメイト)なの!だからもう、自分が独りぼっちで寂しいなんて思わないで……!」



 その言葉が、リラにとってどれ程の救いだったのかは想像に難くありません。祖母を失い、虐めや家での孤独に打ちひしがれながら、誰からも肯定される事無く生きて来たリラ。

 同じ年代の子達から投げ掛けられるその肯定の言葉は、先輩の忍やみちる、瑠々や水夏、潤や真理愛と、年長の立場の子達から掛けられる優しさや慈しみ、励ましの言葉とは違う形でリラの心に流れ込んで来ます。

 どんなに親しくなっても、先輩達からの優しさはやはり基本的に上から下への縦へ、滝の様に一方通行の物。それは言い方は悪いですが、『相手を自分より下に見ているが故の可愛がり』であり、子供扱いして体良く侮っているのと一緒です。

 ですが、同輩からの優しさは違います。上でも下でも無い横の対等の関係だから、その優しさは自他共に気兼ね無く分かち合える物なのです。少なくともリラにとってはそうでした。


 葵の言葉を受け、リラの瞳からは無意識に大粒の涙が滲み出てました。彼女のその言葉は、北氷洋の極寒の海に浮かぶ氷山の如く凝り固まったリラの心を溶かすには十分だったのです。


 「葵ちゃん……深優ちゃん……更紗ちゃん………。」


 改めてリラは3人の顔を見回して言います。


 「3人とも、有り難う………こんな私の事を、受け入れてくれて!!」


 「もう、今更何言ってんのよリラ!」


 そんなリラと楽しげに笑い合う友人3人ですが、同時にテミスはそんな彼女達の事を、遠くから同じ様に慈しみ深く見守っているのでした。やがて昼休み終了のチャイムが鳴った為、リラ達は大急ぎで教室へと戻って行きます。



 さて、授業が終わった後、リラ達は教室の掃除を経て何時もの様に水泳部の練習に励む訳ですが、今日は珍しく18時半解散となりました。尤もそれは明くる土曜日の休日、午前中から皆で陸上トレーニング、午後から市民プールで泳ぎの練習を行う為に早々に帰って身体をなるだけ休めろと言う意味合いからでした。

 そんな学校帰りの時の事です。


 何時もの通り、4人は一緒に帰宅の途にありました。この日、忍はまたもみちると一緒に勉強する為に一緒ではありません。


 「明日は皆で朝から練習かぁ~……。ちょっと憂鬱かも。」


 「今に始まった事じゃないんだから、今日は早く帰ってゆっくり休も?」


 「そうだよね。明日は皆どれだけ大っきくなってるか確かめないとね♪」


 「今日も潤先輩や瑠々先輩の事揉みくちゃにしてまた……!?」


 明日も練習にかこつけ、部員達の胸を揉みしだこうと深優に更紗が恐れと呆れの感情を抱いていると、不意に彼女達に話し掛ける声がします。


 〔やぁ、久し振りダネ(チミ)達!〕


 声のした方を向くと、何とプラちんが近くの水路の柵に座っています。然も仲間と思しき同じ姿の河童が隣に3体居並んでいました。


 「プ、プラちん!?」


 「水妖(フーア)風情が一体何をしに来たのかしら?」


 「あ、テミス何時の間に。」


 プラちんの登場と同時にテミスもその場に現れ、4人の間に入ります。この前ヤマメの部員を水難事故から救った時には協力していたのに、相変わらず彼等の事を敵視するテミスはやっぱり彼等と仲良くする気は微塵も無い様です。

 一方、プラちんもプラちんで独り敵愾心を抱いてピリピリするテミスをの存在を華麗に(スルー)しながら、リラに対して努めて友好的に話し掛けます。


 〔そんな身構えなくても良いヨ。今日はその子にお土産持って来ただけダカラサ。〕


 「お土産?」


 出し抜けにプラちんの口にした“お土産”と言う単語(ワード)に首を傾げるリラ達。すると突然背後の川から突然水飛沫が上がったかと思うと、中から現れたのは何とタイガーサラマンダーの様な黄色と黒の縞模様(ストライプ)が特徴の、2足歩行の巨大な山椒魚と思しき怪物でした。背丈は2mを優に超えています。

 然も目玉は大きくギョロリとしており、両腕には鋭い爪。頭部には鬣らしき毛を靡かせて背中と胸部、腹部には甲羅が付いていました。尚、背中の甲羅はワニガメのそれに近い形状です。


 「なッ、何あれ!?河童!?」


 「いいえ、違います。あれは――――『水虎(すいこ)』です!」


 突然現れた別な水妖(フーア)の存在に驚きを隠せない4人に対し、テミスは相手の種族を告げてますます警戒を強めました。


 水虎――――それは中国と日本に古くから伝わる水の妖怪ですが、伝承は国毎に違う存在です。先ず中国では湖北省の川にいたとされ、大きさも3~4歳位の子供程度ですが全身を矢も通さぬ程頑丈な鱗で覆われています。基本的には大人しいですが、子供に悪戯をされると噛み付いて仕返しをする為に油断は出来ません。只、生け捕りにして鼻を摘まめば使い走りに出来る便利な存在でもあります。

 一方、日本における水虎は凶悪な河童の一種とされる水の魔物であり、48匹の河童を従える親分とも龍宮の眷属とも呼ばれ、何とも手強い存在です。

 

 それ故、テミスは周囲に中級水霊(アクア)達を多く召喚し、更に膨大な量の下級水霊(アクア)も配備すると言う厳重な警戒態勢を瞬く間に構築して相手の出方に備えます。非常に緊迫した時間が両者の間に数十秒流れると、直ぐにプラちんが沈黙を破って言いました。


 〔何ピリピリしてんノ?馬ッ鹿じゃナイ?って言うか話聞いてたノ?オイラはその子にお土産を持って来ただけって言ったジャン!〕


 半ば馬鹿にした様に溜め息を吐きながらプラちんが言うと同時に、水虎は前に歩み出て両腕に抱えた大きな黒鯛を4匹放り投げます。咄嗟にテミスが大きな水球を作ってその全てをキャッチすると、水虎は再びプラちん達の方に戻りました。


 「えっ?黒鯛(チヌ)?」


 「これがプラちんからのお土産なの?」


 葵と深優が呆気に取られてそう言うとプラちんはコクリと頷き、仲間達と共に何処からか取り出した小さいサイズの黒鯛をガリガリと食べながら言います。


 〔ウン。一杯獲れたし(チミ)達にお裾分けをと思ってサ!〕


 どうやら本当に黒鯛をお裾分けに来ただけの様です。用事が済んだのか、プラちん達は次々と水虎の両肩に乗っかっていました。


 「あ、有り難う……。」


 「ねぇ、そっちの水虎って言うのには名前付いてないの?」


 取り敢えずお礼を言うリラを他所に、葵が水虎の名前の有無を尋ねると相手はプラちん達も含めて首を縦に2度振りました。どうやら嘗てのプラちん同様、名前は無い様です。


 「やっぱり名前無いんだ……じゃあお礼に私が付けてあげよっか?んーっと…虎っぽい縞模様だから『トラマル』って言うのはどう?」


 咄嗟に深優が水虎の事をトラマルと付けると、対する水虎は無言のままじっとこちらを睨んでいましたが、直ぐにコクリと頷く素振りを見せます。


 〔親分、気に入ったみたいダネ。〕


 「そのまんまだけどそれが良いんだ……。」


 深優から授かった名前を気に入る水虎の様子に更紗が苦笑していると、トラマルは何も言わずリラ達に背を向けて両肩にプラちん達を乗せたまま、水路を流れる暗い水の中へと勢い良く飛び込みます。そして大きく上がる水飛沫と共に、河童の眷属達は泳ぎ去って行くのでした。

 

 「ハァ~ッ、緊張したぁ~!あんな大きい妖怪なんて私、始めて見た!」


 「本気で命の危険感じちゃったよね~…。」


 「未だドキドキが止まらない……。」


 新たな妖魔の登場に命の危機すら感じたとして、3人はホッと胸を撫で下ろしてそう口々に感想を漏らしました。3人と違って黙ってましたが、リラも取り敢えず水霊(アクア)達との流血沙汰にならなくてホッと一安心です。

 水妖(フーア)なる敵性存在がその場からいなくなったのを受け、テミスもホッと胸を撫で下ろしながら周囲の水霊(アクア)達を解散させます。


 「全く……また面倒そうな水妖(フーア)と関わり合いになったわね。まぁ…貰った黒鯛は別に毒とかは入っていないから人間が食べても安全ですが―――。」


 今だ傍に浮いている水球の中には、先程トラマルから投げ渡された黒鯛3匹が浮遊していました。どれも既に生け締めされてますが、非常に身が引き締まっていて美味しそうです。因みに夏に食べる黒鯛の味は真鯛すら凌ぐ程の美味とされ、食べ方によっては臭みも感じません。


 「でも美味しそうな黒鯛ね。今日の夕飯これにしようかしら?」


 見事な黒鯛を前にリラが何気無くそう呟くと、不意に葵が口を開いて言いました。


 「じゃあさじゃあさじゃあさ!今日はリラの家で一緒に晩御飯しない!?」


 「えっ?私の家で………!?」


 その言葉に、リラは大きく目を見開きます。今まで自宅アパートでは1人で夕飯を摂っていた為、まさか友達と一緒に夕飯だなんて聞いただけで驚きと共に胸が躍ります。


 「良いね、それ!私も賛成!」

 

 「私も、その内やりたいって思ってたから良い機会だって思う。」


 深優と更紗も満場一致で賛成の意を表明し、その日の夕飯はリラの自宅アパートで葵達3人と一緒に食べる事となりました。



 「此処がリラの住んでるアパートなんだ……。」


 「へぇ、初めて入るけど広さ有るね。近くに忍先輩の家も有るし、良いとこ住んでるじゃんリラっち!」


 「アロマとか結構置かれてる。良い匂い…。」


 その晩、葵達はリラに連れられて初めて彼女の住んでるアパートにお邪魔しました。部屋に入った思い思いの感想を漏らしながら、葵達は先程プラちんにお裾分けして貰った黒鯛でその日の夕飯を作り始めました。

 因みに3人はそれぞれ家に『友達と一緒に夕飯を食べる』と連絡を入れていたのは言うまでもありません。尚、黒鯛以外の料理の具材は既に人間態のテミスが一式買い揃えて用意済みです。

 調理の前に黒鯛を入念に水洗いすると、早速調理スタートです!



 「んじゃ、早速始めよっか♪リラ、台所(キッチン)借りるね!」


 「うん、良いよ。」


 リラから許可を貰い、葵達は黒鯛を思い思いに捌いていきます。蒼國市民であるだけあって、3人とも魚の捌き方はお手の物。因みに3人の中で最も捌くのが上手いのは葵でした。見る見る内に黒鯛の皮を剥いでワタを取ると、そのまま浮袋と血合いを取り除く事で臭みを取り除きます。三枚卸しも水平ではなく少し立てた状態で切り目を入れ、其処から徐々に骨に沿って刃を滑らせる様に動かす事で身を切り取るテクニックも造作もありません。

 言い忘れてましたが黒鯛は『浅い海域を好む魚』であり、故に育った環境によって個体毎に臭みがバラバラです。鮮度が良ければ後の調理は臭み次第なのですが味見の結果、葵が捌いた個体はそれ程臭みが無い為にカルパッチョ、深優のは少々臭みが強い為に洗いに決定。後者の調理の為、深優は黒鯛の身を氷水に晒す行程も忘れずに行います。

 そして更紗は大胆にも丸ごと塩焼きです。彼女も慣れた手付きで鱗を削ぎ落すと、鰓の部分に刃を突き立てて首を切断。其処から腹を縦一文字に帝王切開すると、内臓を取り出して身を2枚に卸します。包丁を寝かせ、骨に沿う様に切り開いて行くと、身に切れを入れた後で両面に塩を少々塗し、そのままグリルで焼いて行きました。


 「凄いなぁ3人とも。魚捌くの滅茶苦茶慣れてる……。」


 そんな彼女達の様子を感心しながら眺めていると、葵達から発破が掛かります。


 「リラ、見てないであんたも手伝いなさいよ!」


 「そうだよリラっち!」


 「あっ、御免!それで、私は何を手伝ったら良いの!?」


 幼馴染のの2人の声に促され、弾かれる様に台所に向かうと、リラも味付けや皿への盛り付けと言った調理補助のアシスタントに取り掛かります。

 そんなこんなで30分近く経った19時半頃、漸く黒鯛のフルコースが完成しました。いよいよ実食です。



 「それじゃ……いっただっきまーす!」



 そうしてリラ達は各人の作った黒鯛の料理に舌鼓を打ちました。どれも黒鯛特有の臭みを上手く消しており、それでいて魚本来の旨味も十分に活かされた仕上がりとなっています。


 「もう葵ちゃんも深優ちゃんも更紗ちゃんも料理、上手ね!どれもご飯が進むわ♪」


 「別に、蒼國住んでるならこれ位普通よ。」


 「サラサラの塩焼き、レモンが風味引き立ててて美味しいね!」


 「お祖母ちゃんからの直伝なの。」


 そんな他愛も無い遣り取りを交わしながら、リラは自身の中に芽生えた想いを巡らせていました。


 こんな風に一緒に晩御飯の食卓を囲むなんて何時以来だろう………?

 ずっと無かった気がする………。

 然し、故にだからこそ何よりも温かいし嬉しいし、幸せだとすら心から思える!


 蒼國に来て何度も感じた人の温かみを、晩餐を囲む形で噛み締めていると、不意に葵がリラに尋ねます。


 「処でさ、リラ。あんたって何時も料理どうしてるの?独り暮らししてるみたいだけど、自分で作ってるの?」


 突然の葵からの質問に一瞬面食らうリラですが、直ぐに答えます。


 「えっ?普段はテミスが家に帰ったら作っててくれるけど?」


 「へぇ、テミスが……。」


 「うん、テミスの作る料理も凄く美味しいよ。」


 「水霊(アクア)が料理…?想像出来ないなぁ………。」


 普段のリラの食事事情に以前から疑問を持っていた葵達でしたが、今回を機に漸くその答えを知れて得心が行きました。

 するとその場にテミスが現れて言います。


 「随分な言い方ですが事実です。但し、私も土日祝の休みの日位はリラに自炊を促してますからこの子もそれなりに出来ますよ?」


 「意外…休みの日はリラが作ってるんだ。」


 「そう言えばさっき料理作るの手伝ってる時の動きも素人じゃなかったよね。」


 「だ、だからって私は3人程上手じゃないからあんまり味の方は期待しないで欲しいな……!」


 テミスから『リラも料理位出来る』と言う事実を告げられた3人から感心の眼を向けられると、当人は恥ずかしそうに顔を赤らめながらそう委縮気味に回答します。この3ヶ月で内向さは鳴りを潜め、明るくアクティヴな性格になりつつあるリラでも、周りの知らない自身の面を指摘されると恥ずかしさで堂々と振る舞えない辺り、やはり元来の内気な性質が未だ残っている様です。完全に無くせるとは思えませんが、この性質を何処まで改善出来るかが彼女の精神的成長の伸びしろと言えるでしょう。

 

 「でも……嬉しいな。」


 「えっ?何が?」


 リラの口にした“嬉しい”と言う言葉に、思わず3人は首を傾げます。


 「私、蒼國(こっち)に来る前は一家団欒で食卓を囲むなんて事、余り無かったから……。」


 「リラっち……。」


 「だから私、今がとっても幸せだって思うの!葵ちゃんや深優ちゃん、更紗ちゃんがいて、潤先輩や真理愛先輩、瑠々先輩や水夏先輩、そして忍先輩とみちる先輩――――皆と一緒に過ごす時間が、とっても愛おしく思う!」


 「リラ……。」


 自身の内に秘めた想いを打ち明けるリラと、それを聞く水霊仲間(アクアメイト)の同級生の友人達。誰にも自分の事を話さない友人が漸く自らの本音を打ち明けてくれて、葵達は目を潤ませます。


 「葵さん、深優さん、更紗さん――――。」


 するとテミスも葵達の顔をじっと1人ずつ見ながら、3人の名を呼びます。


 「な、何?テミス?」


 葵の問い掛けに、テミスは神妙な表情で答えます。


 「何時もリラと仲良くしてくれて本当に有り難う。この子が此処まで成長出来たのは、間違い無く貴女達の友情のお陰です。成り行きで水霊(アクア)の事を知っても、貴女達はリラの事を恐れずに受け入れてくれた。そればかりか、その使命に協力さえしてくれた。貴女達の身に宿る水霊(アクア)達も幸せそうで何よりです。心より感謝します!」


 そう言って頭を下げるテミスの姿に、3人はこそばゆい気持ちになりました。自分達は普通に友人としてリラに接しているだけなのに、それが彼女にとって何より有り難くて尊い事だなんて、葵達からすれば大袈裟と言う以外に無いでしょう。然し、それでリラが救われていると言うのならこれ程嬉しい事は無いと言うのもまた事実。何より葵達の内なる水霊(アクア)であるアンジュ、ブルーム、プラチナの3体もクラリアと一緒に周囲で楽しそうに戯れていました。


 「もう、やだなぁリラもテミスも!私達、友達として普通に接してるだけよ!アクアリウムの事を知った時は驚いてショックだったけど、そんなのが無くたって私達はリラと友達になりたかったのは確かよ!」


 数秒の沈黙を置いた後、葵は微笑みながらリラにそう告げます。


 「葵ちゃん……。」


 水霊士(アクアリスト)としての自分じゃなくても、彼女達は有りのままのリラ自身を受け入れてくれる存在―――――その事実を改めて認識させられ、リラは感動を覚えていました。


 「そうだよリラっち!昔何が有って、何でそんな力が使えるのか知らないけど、リラっちはリラっちだよ!私達の大事な友達!それだけは間違い無いよ!」


 「深優ちゃんまで……。」


 「ホラ、分かったら早く残りも食べようよリラ?じゃないと冷めちゃうよ?」


 「更紗ちゃん……うんっ!」


 3人からの友情を強く感じると共に、あの虐めの過去を乗り越えて手にした『今の幸福』を噛み締めながら、リラはその日の晩餐に改めて舌鼓を打つのでした。



 一方その頃、蒼國市内の某神社にて―――――。


 先程のプラちん達がトラマルと共に社の近くの池で何やら話をしていました。


 〔ねぇプラちん、あの水霊士(アクアリスト)の人間の子、どう思うノ?〕


 自信と同じ姿の同族の河童から尋ねられ、プラちんは答えます。


 〔決まってるジャン。面白そうな子ダヨ。未だあんな子供なのに、上位の水の精霊を従えてるナンテ!〕


 リラはテミスの事を決して手下だとは思っていません。寧ろ対等な関係と捉えているのですが、水霊(アクア)とは曲がりなりにも敵対関係にある水妖(フーア)から見れば“従えている”と見るのが妥当な認識なのでしょうか?随分と捻じ曲がった見解ではありますが、不意にプラちんはトラマルに話を振ります。


 〔それで、トラマル親分はあの子の事どう思っテルノ?〕


 するとトラマルは暫く黙っていましたが、直ぐに社の屋根の上にジャンプして飛び乗ると、プラちんを一瞥して言います。


 〔どう思っているか………だと?知りもせん奴の評価なんぞ初見で出来る訳無ぇだろ。馬鹿かお前は?〕


 〔相変わらず手厳しいネ、親分は…。〕


 鋭い眼差しで睨み付けてそうプラちんを罵倒しますが、当人は別に気にせずに「やれやれ」と言わんばかりの調子で流すだけでした。

 ですが、トラマルは直ぐに夜空に浮かぶ三日月を見て続けました。



 〔だがそうだな……“西欧に渡ったあの娘”とどちらが精霊使いとして上か、見定めるのは面白ぇだろうよ…………。〕



 西欧に渡った娘とは、果たして誰の事なのでしょうか?文脈から推理すれば、『現在ヨーロッパに留学している日本の水霊士(アクアリスト)』と言う事になるのですが………?



 〔西欧に今いるあいつと今日会ったあの娘――――この神社に祀られる我が主の眼鏡に適う奴はどっちかな?〕



 トラマルがそう呟く中、プラちん達が社を見ると、その奥ではボウリングの球程は有ろうかという大きさの蒼い宝玉が神秘の光を放っているのでした―――――。

はい、改めて第3章はこれにて終了!次の章からは遂にリラの忌まわしい虐めの過去が明かされます!って言うか此処から暫くの間、胸糞悪い展開が続きそうな感じがして憂鬱なのですが………頑張って書いて行きたいと思います!


キャラクターファイル36


ゲンム


年齢   無し

誕生日  無し

血液型  無し

種族   水霊(アクア)

趣味   瞑想

好きな物 静かなる湖


漆黒の大亀を思わせる姿をしている上級水霊(アクア)

セドナ同様、テミスより古い時代から既に存在している上級水霊(アクア)で、その力は最上級水霊(アクア)に近いとされる程の実力者だが、或る存在の暴走を止める為に戦いを挑むも、返り討ちになって逆に全身に穢れを溜め込む羽目になってしまい、日本の甲州某所に在る湖で眠りに就いていた。其処へリップリスに導かれてやって来た潤と真理愛のリップルメロディー、そしてテミスと一体化したリラのブルースパイラルビームの力によって穢れを取り払われて復活を果たす。


彼女のハイドロスパイラルシュートは『ブルーミーティアスウォーム』と呼ばれる特別強大な技で、背中の甲羅から無数の藍色の水の槍をロケットランチャーの如く発射する。

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