第34話 廻る水が育む物~2年生編~
お待たせしました。今回は2年生編です。それではどうぞ!
リラにとって、2人しかいない3年生の忍とみちるはまるで優しくも厳しい父と母の様な存在でした。ならば、水霊仲間への合流が最も遅かった2年生の子達は彼女にとってどう言った存在なのでしょう?
1年の葵達や3年生の2人に比べると割と縁遠い感じに見えますが、意外にもリラは彼女なりに深い繋がりを築けていた様ですよ?
水霊の世界を知る前からも、そして知った後でも―――――。
◇File.03:星原瑠々、濱渦水夏との絆
ゴールデンウィークの連休初日の事です。何時もの様にリラが忍と一緒にランニングをしていると、偶然にも同じコースを走る瑠々と水夏の2人と遭遇しました。
「あっ……!」
「おっ、星原と濱渦じゃねぇか!」
「忍先輩、それにえっと…汐月まで!」
「最近2人が一緒にいるとこ良く見掛けますよね。何時からそんな仲良くなったんですか?」
学校のプールでの自己紹介…いいえ、それ以前に教職員や有志の女生徒達と一緒に行うプール清掃の時に、既にリラ達は瑠々達と出会っていました。この時はこれから自分達にも同じ部の後輩が出来るとして瑠々達も喜んでいましたが、2人で一緒に帰ったり今回の様にランニングする光景が目に付く様になった為、彼女達は少し気になっていたのでした。
「ねぇ、前から思ってたけど、あんたと忍先輩ってどーゆー関係なの?水夏みたく同じ中学の先輩、後輩って訳でも無さそうだし。」
「えっ?どうって……その…あの……えっとぉ………。」
瑠々から忍との関係性を問われ、リラは答えに窮してしまいます。アクアリウムで忍の故障を治し、その縁故でこうしてお近付きになれたなんて一般人からすれば意味不明で信じられた物ではありません。実際、忍が復帰する際も村上先生は「信じられない!」と言わんばかりの表情で驚いてましたし………。
「実はこいつ、あたしの近所に最近引っ越して来たんだよ!そんで、五十嵐達と一緒に入部するってみちるに言った時、あたしの事を知って興味持ってくれたこいつはあたしに弟子入りしたいって言ってくれたからそうしたって訳だ!怪我だって実はもう治ってたけど、お前等の事驚かせようって思ってずっと隠してたんだよ!いや~心配掛けて悪かったな!」
「ほ、本当ですかそれ?」
「近所に住んでるのは間違い無いけど、何かフィクション混じってる感じがする……でもまぁ、忍先輩が言うなら取り敢えずそう言う事にしとこう瑠々。」
彼女の助け舟を出すべく、忍は苦し紛れに嘘と本当を巧みに織り交ぜた弁明を並べ立てます。当然ながら疑念を完全に払拭する事は出来ず、瑠々と水夏には半信半疑な印象を与えてしまった物の、どうにか2人を引き下がらせる事には成功しました。時間が惜しい為、それ以上追求する事無く彼女達は元通りランニングを再開。暫く同じコースを走った後で別れたのでした。
さて、朝の鍛錬を一通り終えて忍とも別れた後、リラは宛ても無く蒼國の街を散歩します。服装は白いブラウスに紺のスカートと言う清楚な物で、足元は白い靴下と黒いローファーでした。ふと近くの蒼國駅に通り掛かると、久し振りに電車で旅でもしようかと思って改札口へと向かいます。
「あれ?汐月じゃん?」
「星原先輩……何で?」
「私も居るわよ。」
現れたのは瑠々と水夏でした。どうやら彼女達も電車で何処かへ出掛ける予定だった様です。因みに瑠々は「BLUE WATER」と書かれたロゴと青い魚の絵がプリントされたTシャツの下にタンクトップ、下は黒いホットパンツに細い胴を締め付ける紺色のベルトで素足にサンダル履きと言うラフな物。水夏もノースリーブのセーラーワンピースに身を包んで同じく素足にサンダル履きと言う出で立ちでした。2人とも足の爪にはペディキュアが塗られており、瑠々はシアンで水夏はマゼンタ。蛇足ですが瑠々の足はギリシャ型で水夏はエジプト型です。
「先輩達も何処か行くんですか?」
「まぁね。久し振りに高尾山までハイキングにでも行こうと思ってさ。汐月は何処か行く宛て有るの?」
「いいえ…そう言うのは特に無いです。」
未だ出会って間も無ければ碌に話した事も無い相手だった為、リラは委縮してしまいます。元々内向的な性格でグイグイ行くタイプとは真逆のキャラである為、こう言う瑠々みたいな活動的なキャラは苦手でした。
「じゃあ一緒に行かない?頂上まで登ると気持ち良いわよ!」
「えっ?でも……」
「良いでしょ汐月!私達、あんたの事もっと知りたいの!あの忍先輩と何時どうやって知り合ったのかとかさ!」
「そ、それはその……」
真逆のキャラである瑠々から迫られ、リラは逃げ出したい気持ちで一杯でした。
「ていっ!」
「いだっ!?何すんのよ水夏!?」
「落ち着きなさいよアホ瑠々。汐月困ってるじゃん。無理して訊く事でもないんだし………って言うかさっさと切符買うわよ?」
ですが水夏が助け舟を出してくれたお陰で、リラは何とかその場を凌ぐ事が出来ました。呆気に取られるリラに対し、水夏はフッと微笑み掛けて言います。
「汐月、こいつは私が抑えるから貴女も一緒に来てくれると嬉しいな。」
蒼國から出る列車で下北沢まで行くと、其処から高尾山口行の切符を購入。京王井の頭線で明大前まで行くと今度は特急に乗り換えて一行は高尾山口へと向かいました。
「うわぁ!船って遠出すんのも良いけど、電車に乗って旅すんのもやっぱ良いわね!」
電車から流れる景色を、瑠々は目を輝かせながら眺めていました。リラは恐る恐る話し掛けて見ます。
「星原先輩は電車に乗るのが好きなんですか?」
「電車って言うよりわたし、旅行其の物が好きなの。小さい頃から船に乗ってあちこち行った事有るけど、電車に乗って地続きの道を旅するのもワクワク感が有って良いからね♪」
「時々乗り間違えて明後日の方向に行ったりするけどね。」
「ちょっ、後輩の前で余計な事言うなーッ!!」
「アハハッ……2人って仲良いんですね。」
電車内で葵と深優に負けず劣らず仲の良い掛け合いを繰り広げる2人を見て、リラは苦笑いするしか出来ませんでした。
「あっ、汐月あんた今笑ったでしょ?」
「ごっ、御免なさい!私そんな心算じゃ……!」
苦笑いとは言え、思わず笑ってしまった事を瑠々から指摘されてリラはまた委縮してしまいます。虐められっ子だった頃の記憶から、人前で泣きたい時に泣けず笑いたい時に笑えない人間になってしまっていたリラ。
もしかしたらぶたれるかも知れない………。 罵詈雑言を投げ掛けられるかも知れない………。
そうした恐怖がリラの心を支配します。ですが……。
「汐月、やっとわたし達に笑ってくれたね!」
次の瞬間に瑠々が発した言葉は、リラにとって完全に想定外な物でした。まさか先程の遣り取りを笑われて怒っているとばかり思ったのですから……。然し、目の前の2人はまるでそんな素振りを見せず、寧ろ嬉しそうなのです。
「汐月、私達に笑ってるとこ見せた事無いから、少しホッとした。」
「まぁ確かに同じ1年の五十嵐達や、どうやって仲良くなったか知らないけど忍先輩と違ってわたし達は会って間も無いわ。余所余所しいのもしょうが無いでしょう。でも、これから同じ水泳部としてわたし達が卒業するまでの付き合いなのに、心閉ざされるのはやっぱり哀しいよ。」
2人の発する言葉に、リラは葵や深優、更紗と同じ雰囲気を感じていました。アクアリウムで2人を見ると、それぞれの内に宿るベタと鰻の水霊達が彼女達の内側で舞い踊っています。
アクアリウムを使えば内なる水霊の存在を確認する事は出来ますが、それがどんな水霊かは1度でも相手と話したりしてその言動を確かめない限り識別は出来ません。
今回2人と話してその内なる水霊の何たるかを知ると同時に、彼女達が穢れと言う物と凡そ無縁の状態にある事が分かり、リラは2人への認識を少しだけ改めました。
そうこうしている内に列車がとうとう高尾山口へと着いた為に3人は下車。早速ロープウェイ乗り場に向かいました。時間的にはもう直ぐ午前10時になるかならないかの時刻でした。
「此処が高尾山……。」
嘗て調布市近辺に住んでいたリラですが、高尾山には今まで行った事が無かった為、駅から見る山に囲まれた風景は新鮮でした。
「ホラ汐月、手繋ごうよ!」
「せ…先輩?」
「良いからホラ!」
「えっ、ちょっと、そんないきなり…!」
強引に自身の手を取る瑠々の姿に、リラは困惑するばかり。其処へ一緒に手を繋いだ水夏がまた助け舟を出しました。
「瑠々が馴れ馴れしくて御免ね汐月。でもこいつ、仲間意識が強いの。特に自分のコミュニティに居る奴とは皆と仲良くしたいって思ってるから……。」
「濱渦先輩……。」
水夏の言葉を受け、リラは改めて瑠々の方を向きます。すると相手はニッコリ笑って「んじゃ、行こ!」とだけ言って一路山の麓のケーブルカー乗り場を目指します。
駅から歩いて徒歩5分。漸くスタートラインが見えて来ました。これから登る山を前にやる気とテンションが高揚したのか、瑠々の胸が大きく揺れます。
「とうとう来たわね高尾山!超久し振りだわ!」
「星原先輩、前に来た事有るんですか?」
「中三の時から2年振りにね。私も強制参加させられたわ。」
「アハハ、強制だったんですか……。」
「ちょっと水夏、聞こえてるんですけど!」
高尾山――――それは、東京都八王子市にある山で、標高は599m。天狗伝説で名高く、古くから修験道の霊山とされた東京の観光名所です。
多くの観光客や登山者が訪れる事で知られており、その数は年間で約260万人!何を隠そう、これは世界一の登山者数なのです。
早速3人はケーブルカーに乗って道中をショートカットすると、先ずは天狗屋の近くの柵から東京都内を眺望しました。何処までも澄み渡る空の下、都心のメトロポリスを眺めていると心が洗われる様でした。
「わぁ…良い眺め……。」
「汐月、此処から眺める景色も良いけど、頂上登ってから見る方がもっと絶景だよ!」
思わず足を止めて見下ろす東京の街並みに心奪われるリラを制し、瑠々は山頂を目指す様促します。そうして3人は石畳の道を踏み締め、只管頂上を目指しました。
「この時期に食べるかき氷も良い物でしょ?」
「はい、冷たくて美味しいです。」
「うッ!頭キーンと来たアァァ~~~~…………!」
「急いで食べるからよ馬鹿……。」
途中に建ってる茶屋に寄って食べるかき氷に舌鼓を打ち、歩きながら深呼吸で山の清浄な空気を肺一杯に吸い込み気分をリフレッシュ!時折、道中で見掛ける野生動物に目を奪われながらも3人は進んで行きます。
水の癒しを身上とするリラにとって、山の自然の癒しが新鮮で刺激的な物だったのは言うまでもありません。切っ掛けこそ瑠々による強引な誘いだった物の、結果論として言えば「来て正解」。今のリラはそう思っていました。
暫く道を歩いて行くと、視界に飛び込んで来たのは由緒ある其処には立派な寺院。門を潜ると共に厳めしい天狗の像が出迎えるこの建物こそ、関東三大本山の1つと名高い『高尾山薬王院』です。
「立派なお寺……。」
「折角だからお参りしてこっか!」
「置くと合格祈願も面白いかもね。」
お賽銭を投げ入れてお参りを済ませると、一行は更にその先の頂を目指します。もう暫し歩いた先で目に入ったのは『高尾山頂』と書かれた標識。とうとうゴールに到達です!
「うわぁ、凄い人だかりですね。」
「まっ、ゴールデンウィークだからこんなモンでしょ!」
「此処が標高599m。案外高くない物ね。」
取り敢えず近くの店でドリンクを購入して喉の渇きと疲れを癒すと、3人は洪水の如く溢れる人波を掻い潜り、都内を一望出来る所まで行きました。
「あぁっ、凄い!富士山が遠くに見える!」
「秋や冬の方が空気が澄んで良く見えるけど、晴れてればこの時期でもハッキリ見えるわ。あんた運が良いわね!」
「これだけでも十分、今までの苦労が報われた感じね。」
東京からでも富士山が見える場所は数多く有りますが、リラは今までそう言う場所に行った事も無いし、見ようとも思いませんでした。山登り自体、これまでの人生を振り返っても記憶が有りません。
ですが今回、瑠々と水夏に連れられて世界一登山者の多いとされる高尾山に登り、山の澄み切った空気を肺一杯に吸い、都心のメトロポリスを高みから見下ろし、こんな見事な富士山を遠くから眺める―――――。
今日の経験は、それまでの孤独な日々に加えて虐めと言う理不尽な現実に打ちひしがれて来た彼女の心境に変化を齎しました。
そう――――『自分は今まで、何て狭い世界の中で生きて来たのだろう』と……。
この何処までも広がる空と、眼下に広がる東京の大地――――。世界はこれよりもっと広く、多くの人がいる。多くの未だ見ぬ美しい物や素敵な物、新しい発見が在る!何時かその1つ1つと出会いたいし、知りたい。この目で確かめたい!
こんな世界の大きさに比べたら、自分の味わって来た苦しみや悲しみは瑣末な物だ。そんな気持ちが、リラの中で少しだけ湧いて来ました。
両目合わせて120度の視界に映る広大な世界を前に、リラの目からは自然と涙が零れ落ちます。
「ちょっと汐月!どうしたの!?何泣いてんのよあんた!?」
「何か悲しい事でもあったの?」
「えっ……ち、違うんです!世界って、本当に大きくって綺麗だって思って感動しただけです!」
咄嗟にそう言い訳するリラの言葉に、2人は顔を見合わせましたが直ぐに「プッ!」と噴き出し、やがて「アハハハハッ!!」と声を上げて笑い始めました。
「なっ、何が可笑しいんですか!?」
リラがそう尋ねると、瑠々が笑いながら答えます。
「御免御免!でもあんたが余りにも当たり前過ぎる事言うのが可笑しくって可笑しくって、フフッハハハッ!!」
「笑い過ぎよ馬鹿瑠々!!プッククク……でも汐月、今日だけでも泣いたり笑ったり、そう言う所が見れて私も嬉しい……ックククッ!」
その言葉を聞いた時、リラは只々呆気に取られていましたが、同時に口元に笑みを浮かべていました。目元に残った涙が頬を伝い落ちるのを感じると共に、彼女は確信しました。
目の前の先輩2人も、水霊士としてじゃない素の自分を受け入れてくれた葵達と同じだと―――――。
「まぁ兎に角、今日あんたと一緒に此処に来れてわたし達は嬉しいよ!連休も未だ始まったばっかだし、またどっか出掛けるなら一緒に行こ?」
「馬鹿。水泳部の練習だって有んのにそんな暇あんま無いでしょ!」
「あぁ~~~それもそうよねぇぇ~~~~………!!」
「プッ、アハハハハッ!やっぱり2人って仲良いんですね!」
仲の良い夫婦漫才を繰り広げる瑠々と水夏の2人の様子にだいぶ心を開いたのか、リラはハッキリ声を上げて笑いながら彼女達を見つめていました。
「そんな訳だから、改めて宜しくね汐月♪」
瑠々と水夏と言う動静コンビとの距離を縮めたリラは来た時と同様、3人と手を繋いで京王線から小田原線へと乗り継いで蒼國へと帰って行きました。
これから2年間の付き合いになる瑠々と水夏―――凸凹だけど葵や深優と同じ位通じ合ってる二人は、図らずも虐めで凍り付いた彼女の心をまた1つ、溶かしてくれた存在でありました。
◇File.04:漣真理愛、飯岡潤との可能性
真理愛がセドナの頼みを聞き入れ、蒼國の海を回遊する水霊達にフルートの音を奏でた後の事でした。
葵達と共に近くの喫茶店で昼食を済ませたリラは彼女達と別れ、2年生である真理愛と潤の2人と一緒に行動していました。
「それにしても凄かったよね。確かセドナって言ったかしら?テミス以外の上級水霊なんて初めて会ったし、何よりそのセドナから認められる程真理愛のフルートだって素敵だったし、もう色々有り過ぎる位!」
潤がそう言うと、リラと真理愛の2人も二者二様にこう言葉を返します。
「潤先輩もお見事でした。『相手が真理愛先輩だから』って言う補正が有ったとは言え、テミスも凄く難しいって言ってた術法をまさか成功させちゃうんだから大した物です。」
「水霊の事は最初リラさん達から聞いた時、正直そんなに興味無かったけど、潤の成長に一役買えた上にセドナなんて凄い水霊からも自分のフルートが絶賛されるなんて色々嬉しくなるわね。私もすっかり水霊の世界の一員になったみたい。」
真理愛がそう言うと、潤がニッコリ笑って彼女に言いました。
「わたしもそれ思った!って言うか、下手したら真理愛が1番水霊の世界の深い所に居るんじゃないかな?」
「なッ……!?べ、別にそんな訳無いでしょ!?さっき言ったじゃない…わ、私は其処まで水霊に興味が有る訳じゃないのに…そんな………。」
「でも真理愛、何時もアクアヴィジョンで近くを泳いでる水霊達を眺めてウットリしてるでしょ!」
「~~~~~~~~ッ……!」
潤にそう指摘されると、真理愛はバツが悪そうに顔を赤らめ、胸を揺らしながら押し黙るしか出来ませんでした。それは確かに葵達1年生や忍達3年生と比べ、自分達2年生は遅れて水霊の世界に入りました。ですが、未知の存在に心を奪われる瑠々や水夏達と違い、水泳でもフルートでも自分の決めた事を第一に自己研鑽を積む真理愛にとって水霊など、存在を知った所で何の関係も有りません。勿論、存在を知った時には素直に驚きましたが、元々周囲に当たり前の様に居て、尚且つ実害の無い存在なら知った所で別にどうだって良い。
忍を救ってくれた事やアクアリウムによる癒しも有り難いですが、後者に限っては本音を言えば自分には必要の無い無用の長物。己の身体位己で労わり、管理出来なければアスリート失格ですからそんな物に頼る事自体ナンセンス。更に冷たい言い方をすれば、忍が復活出来ようが出来まいが真理愛にはまぁどうだって良い話。己の泳ぎを専一に磨いて大会を勝ち進むだけなのだから、リラのアクアリウムなんて有ろうが無かろうがやっぱりどっちだって良い。
最初はそんな風に思っていた真理愛ですが、此処最近の出来事を経て、真理愛の中では大きな心境の変化が起こっていました。
(悔しいけど、認めざるを得ないわよね……。リラさんのアクアリウムが無かったら、今こうやって潤と仲良くなる事は出来なかったし、今日のあの鯨やイルカ達だって助けられなかった。全部、水霊と水霊士が居てくれたから―――――。)
顔を赤らめながらも、真理愛はそう思い返していました。今に至るまでの全ては、リラが潤をアクアリウムの力で虐めから救った事が始まりでした。其処から潤が水泳をまた始める様になり、やがて紆余曲折を経て彼女が水霊士になった事によって、自分の中に今まで堆積していた穢れ=わだかまりも解消されました。お陰で水泳の練習も俄然楽しくなってより一層身が入る様になり、タイムだって伸びて、潤と共に切磋琢磨し合う時間が愛おしく感じられる様になった。
全てはアクアリウムが有ったからこそ実現出来た奇跡であり、それによって今の自分が在る。アクアリウムの存在しないIFの世界線での漣真理愛と比べたら、今の漣真理愛の方が遥かに良い!それは否定し様の無い事実です。
只、それを踏まえても水霊の世界にそれ程興味の無かった自分が、まさか3年生コンビや瑠々と水夏より先にセドナと言うテミス以外の上級水霊とご対面し、彼女にその演奏を気に入られた上、潤と共に鯨達を救う立役者となるとは何と皮肉な話なのでしょう。アクアヴィジョンを発動すれば多くの水霊が自分の周りに集まって来るのが見えますし、自分には水の精霊に好かれる素質が有るのかと疑ってしまいます。
その証拠に次の瞬間、思いも寄らぬ珍客が彼女の元に現れます。
(ねぇ、其処のお嬢さん達!)
「えっ?」
「何々?」
不意にリラと潤の脳裏に響く声。どうやら自身に話し掛ける水霊が近くに居る様です。突然首をキョロキョロさせる2人のリアクションを受け、唯一水霊の声が聞こえない真理愛が尋ねます。
「どうしたの2人とも?」
「急に頭に響く声がしたの。水霊じゃないかとは思うけど…。」
「取り敢えずアクアヴィジョンで見てみましょう。」
リラに促されてアクアヴィジョンを発動すると、先程セドナが降らせた雨でアスファルトに出来た複数の水溜まりから不自然な波紋が出ています。周囲の水霊達を見回しても、皆リラ達の事など我関せずと泳いでいる為、声の主はあの水溜まりに潜む水霊の可能性が高いでしょう。
更にアクアフィールドを展開して真理愛でも水霊の声を聴ける様にすると、改めてリラが尋ねます。
「ねぇ、さっき私達に話し掛けて来たのって貴女なの?」
(そうだよ。他に誰が居るの?)
(僕の声が聞ける奴等なんて君達しか居ないんだから当たり前でしょ?)
(まっ、用が有るのは正確には君達水霊士だけじゃなくって、其処のフルート持ってる子もなんだけどね!)
「えっ?私も?」
まさか自分に用が有ったとは思わなかった為、真理愛は思わず呆気に取られました。
(うん。僕ね、君達に用が有って来たの!)
(でも取り敢えず水霊士さん達に挨拶しなきゃだね!)
その言葉と共に周囲の水溜まりから現れたのは、何と白地にシアンの縞模様や斑点模様の付いた数体のチンアナゴ達でした。
「チ、チンアナゴ!?」
(初めまして水霊士さん達。僕の名前はリップリス。見た目は複数体居るけどどれも意識を共有した僕自身だよ♪)
「へ、へぇ…複数で1体なんて珍しい水霊がいるのね…。」
リラがそう感心しながら言うと、今度は潤が尋ねます。
「それで、わたし達に一体何の用が有って来たの?」
するとリップリスは「待ってました!」と言わんばかりに3人の顔を見回して言います。
(それはねぇ、君達に癒して欲しい相手が居るんだ。)
「癒して欲しい相手?」
「だから水霊士のわたし達に頼って来たの?」
(うん。勿論そっちの人間のお嬢さんの力も必要だからね。)
「えっ?何で私まで?」
至極尤もな反応をする3人に対し、リップリスは答えました。
(詳しい話は現地に行った時に伝えるから、取り敢えず3人とも水溜まりに入って!)
現地に行くのは良いですが、何故その為に水溜まりに足を踏み入れなければならないのでしょう?まぁ3人ともオープントゥのサンダルを履いているから濡れても問題有りませんし、それ以上に水霊士のリラや潤の力が有れば水に浸っても濡れずに済むから良いのですが………。
取り敢えず悪意は感じられない為、3人は言われるがままリップリスが顔を出している水溜まりに足を踏み入れます。
(じゃあ行くよ?『パドルワープ』!)
「うわっ、眩しい!」
リップリスがそう叫ぶや、突如水溜まりがシアンの光を放ちます。思わず3人が眩しさに目を塞いだ次の瞬間、リラ達の姿はもうその場から消えていました―――――。
「あれ?此処は―――――」
そして気が付くと、3人は何処とも知れない場所に来ていました。どうやら蒼國では無く、何処かの森の中の様でした。
「森の中……だよね?」
「でも、一体何処の森なの?日本?それとも外国?」
至極真っ当な疑問を抱く潤と真理愛の2人に対し、突如人間態のテミスが現れて答えます。
「安心しなさい。此処は日本よ。正確には甲州の森の中。」
「あっ、テミス。」
自身の保護者に当たる存在が現れ、リラを始めとした3人の表情は取り敢えずの安堵のそれになりました。
すると森の周りに出来た水溜まりの中から複数の頭を出しながらリップリスが現れて言いました。
(どう?驚いたでしょ水霊士さん達?これが僕の能力だよ♪)
「そうね。確かに驚いたわ。まさか水溜まりから別な場所へ私達をワープさせるなんて……」
思いも寄らぬ水霊の能力の前に、3人はその奥深さを実感するばかりでした。
「もうご存知だとは思うけど、私達水霊は水其の物。水の有る所なら何処へでも現れるわ。だけど、他の物体を別な場所へテレポーテーションさせられる者は限られています。このリップリスは、未だ中級だけどそれが出来る数少ない1体です。」
(エへヘッ、上級水霊に褒めて貰えるなんて光栄だな♪)
すっかり得意になるリップリスを横目に、リラは改めて尋ねます。
「それでテミス、私達が癒さなきゃ行けない相手って何処に居るの?」
「って言うか、貴女が一枚噛んでるって事は、これもリラさんや潤を水霊士として成長させる為の試練って事ですか?だったらどうして私まで……?」
真理愛もどうして自分まで一緒に連れて来られたのか、今のままでは分からず得心が行かない様子。少なくとも何の意味も無く巻き添えで連れて来られた訳では無いとは思うのですが……?
するとテミスは何時もの大人の女性と言うべき、落ち着いた口調と雰囲気で言いました。
「――――知りたかったら付いて来なさい。」
言われるままに付いて行くと、3人の視界に飛び込んで来たのは青く澄んだ美しい湖でした。湖面に魚が飛び跳ね、水鳥が闊歩する等、命溢れる世界が眼前に広がっています。
「綺麗―――――。」
「海の蒼も良いけど、山の青も美しいわね……。」
感嘆の声を漏らす潤と真理愛ですが、リラだけは違っていました。先程から身体を震わせながら、無言で湖を見つめています。
「リラちゃんどうしたの?」
「さっきから震えてるわよ?」
するとリラは緊張を帯びた声で答えました。
「真理愛先輩は兎も角、潤先輩は感じないんですか……?」
「感じないって何を?」
言葉の内容からして、水霊関連の何かがこの湖には潜んでいると言う事なのでしょう。然し、水霊士として未だ未熟な潤ではリラの様に敏感に感じ取れていない様です。尚も声を震わせながら、恐る恐る湖の向こうを指差しつつリラは告げました。
「この湖には―――――上級水霊が眠ってるんですよ?然も物凄く大きいのが!」
「え――――――」
余りに信じ難いリラの発言を受け、2年生コンビは動揺を隠せません。まさか今日だけで2回もテミス以外の上級水霊を目にする事になろうとは思わなかったからです。
恐る恐るアクアヴィジョンを発動させて見ると、湖の中央には何と小さな島位は有ろうかと言う物凄い巨体を誇る漆黒の亀の水霊が鎮座していたのでした。
「嘘―――大きい!」
「大きいだけじゃないわ……リラちゃんの言う通り、其処に居るだけでこっちがビリビリする様な物凄い力を感じる。これだけ大きな力、午前中会ったセドナに負けない位強いわ……!」
その力の大きさと圧倒的存在感に気圧される3人でしたが、その一方でリラは奇妙な違和感を目の前の上級水霊から感じていました。黒くて分かり辛いのですが、目の前の上級水霊からは何と穢れが立ち上っていたのです。然も信じられない程の高濃度の………。
(何?あの上級水霊、身体から穢れを出してる――――?)
「ねぇリラちゃん、わたしの見間違いだって思うけど、あの大きな亀みたいな水霊…穢れで苦しんでるんじゃないの?」
流石に潤も気付いたらしく、身体のあちこちから黒くくすんだ煙の様に立ち上る穢れを見て目の前の上級水霊の異変に察知した様でした。
「ご名答。未熟とは言え、流石に目で見て気付かない程の節穴と言う訳では無いみたいね、潤。」
正解を告げると共に、テミスは改めて今回彼女達を呼んだ訳を目の前の同胞の情報込みで説明します。
「改めて紹介しましょう。彼女の名は『ゲンム』。今日午前中に会ったセドナや私と同じ上級水霊です。そして今回貴女達を呼んだ理由は只1つ。この状況からお察しだと思いますが彼女を……ゲンムの穢れを癒して下さい。」
「わ、私達が……。」
「あの上級水霊を……」
「癒す…ですって………?」
テミスから告げられた難題を前に、3人は唖然となるばかりでした。真っ先に反論したのは当然と言うべきか潤です。
「ちょっと待ってよテミス!リラちゃんは兎も角、水霊士になりたてのわたしにあんなの癒すなんて無理だよ!」
「って言うよりそもそも水霊士じゃない私までどう力になれって……まさか!」
それに便乗して一緒に抗議の声を上げる真理愛ですが、此処に来て彼女はどうして自分まで呼ばれたのか直ぐに気付きました。思わず手に持ったフルートのケースに目が行きます。
「その通り。潤と真理愛さんはリップルメロディーの力で彼女を癒すのです。1度身に付けたその力でも、その場限りの付け焼刃で終わっては困ります!考え様によっては2人の力はこの先、重要な役目を担う事になるでしょうからね。」
テミスから発せられた言葉を受け、2人は一瞬納得しそうになりましたが、同時に覚えた違和感にそれを阻まれました。この先、重要な役目を担う……?一体何の事なのでしょうか?上級水霊の考える事は、人間の自分達では理解し得ません。
ですが、付き合いの長いリラだけは直ぐに彼女の意図を察知して言いました。
「―――やっぱり、これは私や潤先輩を水霊士として成長させる為の試練って事なのねテミス?」
リラの言葉を受け、2年生コンビの表情は心なしか緊張で引き締まりました。そんな2人の心情を知ってか知らずか、リラは潤と真理愛が1番知りたい事をテミスに尋ねます。
「あのゲンムって言う水霊を癒せって言うのも、これから何か大きな穢れを癒す事になるだろうから、その為にも上級水霊位浄化出来なきゃ駄目って訳なんでしょ?だから今回、私達を此処へ連れて来た。真理愛先輩も連れて来たのは、未だ未熟な潤先輩の力を引き出す鍵になるって、午前中の鯨の件で分かったから――――そうでしょ?」
滔々と口から流れ出るリラの言葉に対し、テミスは2年生コンビを一瞥すると同時に無言で頷きました。それと同時に此処に来て、漸く潤と真理愛は納得しました。とは言え、如何に水霊士でも所詮は一般人でしかない真理愛まで巻き込むのは如何な物かと言う気はしますが……。
「そう言う事だったのね……。」
「でも、幾等水霊が宿ったフルートを吹けたからって私まで巻き込まないで欲しいわね……。」
だけど呼ばれたからには仕方が無い。どうせ今日はあの後、別に行く宛てもやる事も特に無かったので、良い時間潰しにはなるでしょう。諦観と共にそう割り切った2人は、意を決して再びリップルメロディーの準備に取り掛かります。
初めにブルーフィールドを展開した潤が自らの内なる水霊のステラに力を込め、真理愛の内なる水霊であるシュトラーセと合体させた上で彼女のフルートに込めます。そして周囲のロリカリアやコリドラス、プレコやクーリーローチ、アルジイーターや鰌と言った掃除屋の水霊達を呼び寄せてクラリファイイングスパイラルを形成。その螺旋の中に真理愛を立たせる事で、癒しの力を増幅させる準備を整えます。これは潤の中のステラが直前に彼女の脳内に伝えた、アクアリウムの応用の1つでした。
さて、残るリラはと言うと―――――。
「リラ、貴女は私と1つになるの。深優さんのお父さんを癒した時の様に!」
「まっ、またあの姿になるの!?」
深優の父・航のガンを完治させた時、リラは初めて上級水霊であるテミスをその身に宿し、彼女の力を行使しました。確かに強力無比の癒しの力でしたが、反面肉体への負荷はとても大きい。
「あの時から貴女は忍さんと毎日ランニングや泳ぎ込みをやって来たでしょう?精神と肉体がより鍛え上がった今なら、私の力ももう少しマシに使いこなせる筈よ。自分を信じなさいリラ!」
肩に手を当ててそう諭すテミスの姿に、まるで今は亡き祖母のユラから励まされている様な感覚をリラは覚えました。何故人間態のテミスが少女時代のユラに似た姿なのかは知る由も有りませんが、この力を穢れに苦しむ多くの命を癒す為に使うと決めたリラは迷いません。その対象は水霊とて例外では無いのです。
「…分かった!やってみる!」
そしてリラ自身もサンダルを脱いで裸足になると同時にブルーフィールドを展開、その身にテミスを宿します。瞬く間に全身がコバルトブルーに変化すると同時に耳が水掻きになり、肩や肘に鰭が生えて来ます。ですが、此処からの変化は深優の時と違いました。更に全身が鱗に覆われると同時に、お尻からも長く伸びた魚の尾が形成され、さながら半魚人の様でした。
「リ…リラちゃん!?」
「上級水霊を宿すとあんな風に姿が変わるのね……。」
初めて見る上級水霊とリラの合体に、思わず目を見開く2年生コンビ。そんな彼女達を他所に、リラは勢い良くジャンプして湖に飛び込むと、勢い良くゲンムの元へと向かいます。
相変わらず身体が爆発しそうな程の強いエネルギーが全身を駆け巡り、全身が焼ける様に痛いですが以前程の激しい疼きではありません。これも忍との鍛錬による賜物なのでしょう。
そのままリラは物凄いスピードでゲンムの真下に潜り込むと、両手にありったけの水霊力を集約。高出力のブルースパイラルビームを発射し、ゲンムの身体を貫きます。
(グギャアアァァァァァ――――――――――――――――――ッッッ!!!!!)
コバルトブルーの螺旋がゲンムの身体を貫くと、彼女の体内では全身を蝕む穢れとそれを浄化せんとする水霊力が激しくせめぎ合い、その影響から来る苦しみから激しく暴れ出します。丁度我々人間の身体も、ウイルスと免疫のせめぎ合いによって炎症が起これば苦しい様に……。
更に同時に彼女が暴れ出した影響により、周囲の木々が倒されかねない程の凄まじい突風が起こり、湖面の水も激しく波打ち、何より先程まで晴れていた空が黒雲に覆われてそのまま激しい雨が降り始めました。水面近くを泳いでいた魚達は当然ながら湖の底まで逃げ、水鳥達も飛んで逃げ出します。
「やっぱり凄いわね上級水霊…。セドナみたいに天候まで変えちゃうんだもん………。」
「真理愛、感心してないでわたし達も行くわよ!」
「そっ、そうね!潤、しっかり支えてて!」
真理愛の言葉に強く頷くと、潤はありったけの水霊でクラリファイイングスパイラルのステージを形成し、真理愛とそのフルートに宿るステラとシュトラーセに力を送り込みます。その力を受け、真理愛は苦しむゲンムを想いながら優しい旋律を奏でます。
「♪♪~~~~♪♪♪~~~~~~~~♪~~~♪♪~~~~~~~~~~♪♪♪♪♪~~~~~~~♪♪………」
青白い輝きを放つフルートから発せられる旋律と共に、真理愛の身体からも同じ色の波紋が大きく広がって行きます。癒しの旋律はやがてゲンムの体内に浸透し、内側から少しずつ黒い穢れを白く浄化して行きます。
リラも負けじとゲンムの周囲を泳ぎ回りながらブルースパイラルビームを発射し、その体内の穢れを消し去って行きます。
「ハァ……ハァ………やっぱり上級水霊の力って使うの大変。正直私1人じゃもう限界だったわ……でも…………!」
リップルメロディーの影響は何もゲンムだけが受けている訳ではありません。その周りを泳ぎ回りつつ浄化に奔走するリラもまた、真理愛の旋律によって肉体及び精神双方の負荷を取り払って軽減して貰っていたのです。後方支援としてこれ以上のサポートは有りません。
「潤先輩、そして真理愛先輩の2人が支えてくれるから……私は未だ頑張れる!!」
そう叫ぶなり今度は大胆にもリラはゲンムの体内に侵入。未だに夥しく残る穢れをブルースパイラルビームで掃除して行きます。
(ガアアァァアアアア―――――――――オオォォォ―――――――――――――――――――ッッ!!!)
尚も苦しそうに暴れ狂うゲンムでしたが、少しずつその動きは鈍くなって行きます。演奏が終盤に差し掛かる頃には苦しみも幾分和らいだのか、ゲンムはほぼ動かなくなりました。
そして―――――。
(うぅ……ああァッ………我は………)
漸く言葉を発するだけの余裕を取り戻したゲンム。此処まで来れば浄化ももう一息です。
ゲンムの体内から飛び出すと、リラは周囲の湖に居る全ての水霊を体内に取り込み、これまでで最も大きい特大のブルースパイラルビームを発射!リップルメロディーの旋律による相乗効果によってゲンムの体内の穢れは全て取り払われました。
(水霊士の少女達よ、礼を言おう。お主達のお陰で我の穢れは全て清められた。)
「それは…良かっ……」
「リラちゃん大丈夫!?」
「しっかりしてリラさん!」
自身を癒された事に感謝の言葉を述べるゲンムですが、上級水霊の力を長時間使用し続けた疲れからか、リラは力無くその場に倒れそうになります。尤も、咄嗟に潤と真理愛の2人に支えられてくれましたが…。
するとゲンムの前にテミスが現れて言いました。
(ゲンム、ご快癒おめでとうございます。)
(テミスか。お主の育てた水霊士達のお陰で助かった。1人だけ普通の人の子が混ざっておる様だが、水霊の力を宿した笛で此処までの癒しの旋律を奏でようとは思わなんだ。実に美しい旋律であったぞ。)
「えっ…あっ……その…あ、有り難う…ございます………。」
セドナだけでなくゲンムにまでフルートの音色を絶賛され、真理愛は顔を赤らめます。それと同時に彼女の胸も大きく波打って揺れました。
そんな彼女を横目に、リラはテミスとゲンムに尋ねます。
「ねぇ、1つ訊いて良い?」
(何ですかリラ?)
「穢れに蝕まれた上級水霊なんて私達、初めて見たんだけど、此処まで上級水霊が穢れに蝕まれるなんて相当だわ。穢れ水霊にはなってなかったから良かったけど、ゲンムを蝕む程の穢れの原因って一体何なの?」
リラの問い掛けに対し、2体は険しい顔で沈黙するばかりでした。ですが、リラや新人水霊士である潤は元より、一般人の真理愛もその様子から直ぐに察します。
嘗て無い程のスピードで地球の穢れが深刻化しており、それを何とかする為に水霊士なる存在が必要――――その言う話はテミスからリラも潤も聞かされてましたし、他の水霊仲間達も日常でのガールズトークの中で2人から聞いて知っていました。無論、穢れの事も穢れ水霊の事もです。こうした点を総合すればゲンムを蝕む程の穢れの原因こそ、『テミス達が1番何とかしたいと思っている問題』であると言う事は想像に難くありません。
ですが今この段階で敢えてそれを喋らないと言う事は、未だ話すべき時ではないと言う事なのでしょうか?何れにせよ、この事案は水霊達の中では最大級のトップシークレットである事は確かでした。
(―――――残念ですが、今は未だ貴女達に話す訳には行きません。ですが、これだけは覚えておいて下さい。このゲンムは上級水霊の中ではセドナと並んで強大な力を持ち、最上級水霊に最も近いとされる存在!そんな彼女を穢れで蝕める程の存在が、これから動き出そうとしているの。)
「えぇっ!?」
「って言うか最上級水霊って、テミス達よりもっと上の水霊が居るの!?」
「もう話が無暗に壮大になって来たわね……。」
ほんの一端とは言え、余りに途方も無いスケールの話に3人は唖然となるばかりです。先程のテミスの言葉の流れからすれば、『これから自分達でその穢れの大元を浄化しろ』と言う話なのでしょうか?
(だが安心するのだ。今は未だ“あの者”は動き出す様子は無い。時間的猶予は未だ残っておる。今の内にお主等は水霊士としての力を付け、来たるべき時に備えるのだ!)
ゲンムから檄を飛ばされ、3人は背筋を嫌でも伸ばさざるを得ません。ですが、それでもやはり不安が無いと言えば嘘になります。こんな強大な存在を蝕む悪しき存在ともなれば、下手をすれば世界を滅ぼし得る程のそれ!不安を通り越して恐怖しか有りません。
そんな彼女達の心情を察してか湖の湖面からリップリスが十数体分の顔を出して言います。
(大丈夫だよ!お嬢さん達なら絶対に何とか出来るって!)
その言葉に、リラ達の中の緊張は少し和らぎました。リップリスは続けます。
(だってリラと潤のお嬢さん達、今日はこのゲンムって言う上級水霊を癒したんだもん!実績としては十分じゃん!もしかしたらこの先、本当に穢れ水霊化した上級水霊が出て来るかもだけど、お姉さん達なら絶対癒せる!自信持って!)
言われてみれば確かにそうです。今日リラ達が上級水霊を癒したと言う事実は、彼女達なら十分この先も水霊士としてやって行ける自信の根拠となるでしょう。折れない自信とは、自分の決めた分野を極端な所まで追求する事で生まれる物。山登りが好きならエベレスト登頂、営業が好きなら営業成績トップ、カードゲームが好きなら大会で優勝と言う様に、極端な所まで追求した結果として築かれる実績こそが自信の源泉となるのです!
今回ゲンムを浄化出来た事により、リラは上級水霊の力の運用能力が格段にアップ!潤も複数の水霊を操っての後方支援能力が向上し、真理愛とのリップルメロディーの精度もより洗練されました!
(真理愛のお嬢さんも、潤のお姉さんに支えられて奏でるリップルメロディーは凄い綺麗だった!これだけの旋律ならきっと水霊士達の力になれるよ!)
そう言われると真理愛もこそばゆい気持ちになります。水泳の片手間にやってただけのフルートが、まさかこんな形で重宝される事になるとは夢にも思いませんでしたから当然でしょう。
(皆、今日は本当に有り難う!じゃあ3人とも、蒼國に帰してあげるから湖に飛び込んで!)
リップリスがそう言うと、湖の湖面が再びコバルトブルーの光を放ち始めます。どうやらパドルワープの能力を発動した様です。3人は互いに表情を見合わせると、改めて湖にジャンプ!溢れ出した光に包まれたかと思うと、3人の姿は湖から消えていました。
気付けば3人は元通り蒼國の街中にいました。どうやら無事に帰って来れた様です。気付けば時計の針は午後3時を回っており、すっかり昼下がりの時間帯となっていました。
「此処って――――蒼國?」
「どうやらわたし達、戻って来たのね…。」
「その様ね…。」
海から吹く優しい潮風――――。
街中に張り巡らされた水路から流れる水のせせらぎの音―――――。
行き交う車の音と人々の喧騒に、飛び交うカモメ達の声―――――。
さながら満ち潮の如く3人の心に流れ込む“実家の安心感”に、リラ達は安堵感を覚えました。
「わたし達、これからどうなるのかな……?」
「あんな上級水霊を蝕む程の穢れをこれから癒す事になるなんて、考えるだけで憂鬱ですね………。」
同時にこれから自分達に津波の如く押し寄せるであろう不安に、潤とリラは暗澹たる気持ちになります。まさしく月も星も出ていない暗黒の海に船出する様な気分です。
「何言ってるのよ2人とも!」
然し、そんな2人の肩を叩いて真理愛は言います。
「確かにあんな事が有って不安になるのは分かるけど、今私達にとって大事なのは其処じゃないでしょ?」
その言葉にハッとなるリラと潤に対し、真理愛はこう続けました。
「今私達がやらなきゃ行けない事は、次の総体を頑張る事じゃない!瑠々も言ってた通り、今は皆で全国行ける様に練習でも何でも自分に出来る事、精一杯やりましょう!」
言われてみれば確かにその通りです。我々人間はどんなに先の事を憂いても、結局今この瞬間にしか生きられません。そして今のこの瞬間に己の出来る事やすべき事を積み重ね続ける事でしか、自分の望んだ未来への道は拓かれないのです。
「そう……ですよね。結局それしか無いですよね!」
「確かに先の事考えたってしょうが無いわよね!今は取り敢えず大会へ向けて出来る事頑張らないと!有り難う、真理愛!」
先程まで憂鬱だった表情が一転して明るくなったリラと潤。その様子を見て「フフッ!」と笑みを浮かべつつ真理愛は締めの言葉を放ちます。
「潤…それにリラさんも来週の総体、悔いの無い様に頑張りましょう!」
真理愛の言葉を受け、潤とリラは力強く頷きその場は解散となりました。リラと潤は水霊士としてそれぞれレヴェルアップを果たし、同時に水霊への知見と真理愛との繋がりも深まった。それだけでも十分過ぎる位の収穫でしょう。今日と言う日が、リラにとって非常に充実した日曜日となったのは言うまでも有りません。
はい、如何だったでしょうか?
1番最初の瑠々&水夏コンビとの触れ合いのドラマに水霊が無関係である事について解説しますと、今後の展開を考えた時にリラと2年生の間には『アクアリウムが無しでも互いに深く繋がれる関係』、言い換えるなら『素のリラと2年生との間に深い絆が芽生えている事』を印象付けるのが必須だと判断しての事です。
ネタバレしますとリラが虐めの過去を明かす事で水霊仲間達はリラをより深く受け入れ、その距離を大幅に縮めます。同時にそうする事で両者の間に海より深い友情や師弟愛、姉貴分と妹分の愛情と言った繋がりが育まれ、その影響によってリラの心の底の穢れは一気に取り払われるのです。その結果、彼女は今回以上に上級水霊をも問題無く操れるだけのポテンシャルを覚醒させる――――これが次の章の流れとなります。
さて、次はいよいよ最後の1年生編。同級生で最もリラに近しい彼女達との絆は、三ヶ月でどれだけ深くなったのか?それを端的に示すエピソードを次回はお届け致しましょう!
キャラクターファイル35
リップリス
年齢 無し
誕生日 無し
血液型 無し
種族 水霊
趣味 街の観察
好きな物 柔らかい土や砂
白い身体にコバルトブルーのストライプや斑紋等の模様が付いた、複数のチンアナゴの集合体と言うべき姿の水霊。その総数は不明だが全員が全員で1つの意識を共有している。これだけでも十分他の水霊と比べても特異な存在だが、更なる彼女の特異性を語る上で欠かせないのが水溜まりから水溜まりへとワープする『パドルワープ』と言う特殊能力。この能力を使えばリップリスの位置座標を中心に、何と150㎞範囲の水場になら何処にでもワープが可能である。
チンアナゴの様に水溜まり等から顔を出して、賑やかな街並みを観察するのが好き。
因みに主なテリトリーは日本近海。




