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A.Q.U.A.R.I.A  作者: Ирвэс
第三章 水と時間は螺旋の様に
33/44

第32話 お嬢様と海渡り

今回はみちる部長の素顔に迫ります!

 突然ですが、前橋みちるは霧船女学園水泳部部長の3年生です。

 普段は穏やかで心優しい性格ですが、怒るととても怖い―――。

 お淑やかですが、それでいて芯が強く、厳しく当たるべき時には毅然とした態度で臨む―――。

 部長を務めるだけあり、エースの忍に比肩する泳力を誇る―――。


 今回は、そんなみちるについてお話させて頂きましょう。



 「さぁ、皆!今日はあの島を目指して遠泳よ!」


 その日、我等が霧船女子は蒼國の海辺に来ていました。今回の練習は何と、持久力を付ける為に蒼國海岸から少し離れた場所にある島『羽道島(はどうじま)』への遠泳と言う何ともハードな物でした。似た様な練習は霧船に限らず他校でもやっている所は有りましたが、数自体はそれ程多くは有りません。また、大抵の場合は向こうの島まで泳ぎ切ったら休憩し、時間と体力に余裕が有るならそのまま往復して泳ぎ帰るか、そうでなければ船で乗って帰ります。

 制服等の荷物を管理するマネージャーや顧問の先生が船に乗って監視する訳ですが、帰りの船と言うのがまさにそれ。然し、彼女達の顧問の村上先生は面倒臭がり屋と言う事もあって渋ってました。然し、其処へ我等が水霊士(アクアリスト)・汐月リラ擁する霧船は急遽保護者を立てていました。


 「全く……どうして私が人間の手伝いなんか――――。」


 「ごめんね、テミス!他に頼めそうな人いなかったから……。」

 

 愚痴るテミスに対し、既に競泳水着に身を包んだリラがそうお詫びを入れます。そう、人間態の彼女こそが今回、リラが霧船女子達の為に急遽立てた保護者役だったのです。因みに村上先生には“リラの親戚で大学生のお姉さん”と言う事で話を通した訳ですが、リラ自身と変わらない年恰好だとして訝られたのは言うまでもありません。然し、元来面倒臭がり屋で放任主義の彼女は…


 『まっ、キチンと生徒の身の安全を保障してくれるなら別に誰でも良いがな。』


 …の一言であっさり了承しました。無論、テミスも含めて一同は「それで良いのか?」と半ば呆れてましたが、一応日没までは戻って来る様に釘だけは差していたので、その辺はキチンと教師やってると言う事でそれなりに納得はしていました。

 ご丁寧にテミスに頼んで彼女達の制服や荷物をわざわざ預かって貰い、改めてリラ達は羽渡島を見据え、蒼國の海に足を踏み入れます。足から胴体と浸かるにつれ、肌に伝わる心地良い温度の水の感触が、鼻先を抜ける潮の香りと共に霧船女子を出迎えました。

 その日は7月上旬と言う事もあって気温も相応に高く、何より風も波も穏やか。遠泳には持って来いの気象条件だと言えましょう。寧ろこう言う条件が揃っている事を分かった上で、みちるはこの日の練習メニューを遠泳と決めたのでした。

 後、彼女が気にする事はと言えば――――。


 「それでテミス、最後に一応確認するけど、鱶はこの辺にいないわよね?イタチザメとかホオジロザメとか…。」


 周辺海域に人を襲う危険な鮫がいないかどうか。それがみちるの懸案事項でした。海での遠泳だろうとレジャーの海水浴だろうと、遊泳者の身の安全を脅かす鮫の存在は在ってはならないので当然でしょう。

 するとテミスはあっさり答えました。


 「大丈夫よ。あの島までの周辺海域に今の所鮫はいない。遠泳するなら今がチャンスよ。」


 水霊(アクア)は地球を廻る水其の物である為、この星のあらゆる物事を知っています。当然ながらリアルタイムで周囲の状況がどうなっているのかも直ぐに分かるのです。現在の海の気象状況や各種生物の位置情報を知るなんて造作もありません。

 鮫がいないと分かるや、みちるは安堵と共に口元に笑みを見せ、改めて一向に号令を掛けます。


 「分かった。有り難う。それじゃあ皆、行っくわよぉぉ~~ッ!用意……スタート!!」


 みちるの号令と共に、リラ達は一斉に羽道島を目指して蒼國の海を泳ぎ始めます。

 口に入って来る海水の塩辛さ―――――。

 時折厳しく打ち付ける波―――――。

 そして10分も経つ頃、次第に四肢に降り掛かって来る疲労感――――。

 何より力尽きればmそのまま沈んで水死体となるのではと言う恐怖感!

 特に最後の恐怖感に関しては、水の民である蒼國市民も滅多に無い事とは言え自覚はしています。普段から水に親しみ、川や海を通して泳ぐ事で全身の筋肉と体力が鍛えられていても、水死する事が全く無い訳では無いのです。川で入水自殺しようとしたリラもそうでしたが、他の葵達も大なり小なり息の続かない水の中で苦しい想いを味わった事はあります。

 実家が漁師の深優を始め、海を身近に感じながら生きている蒼國の人々はその恐ろしさを良く知っています。海は穏やかな時もあれば強風、濃霧、激しい高波や大時化等、様々な形で容赦無く牙を剥く魔物の側面が有るのですから、みちるが部員全員の持久力の底上げの為とは言え、遠泳による海渡りを考えたのは相当考えての事なのは明白と言う物です。


 「はぁ……はぁ……島まで後どれ位なんだろ……?」


 「まだ半分…てか黙って泳ぎなよ葵。喋ったら余計バテるよ?」


 半ばヘトヘトになりながらそう呟く葵を深優がそう注意します。そんな2人を横目に、リラは必死で羽渡島を目指して水を掻き分け、足を上下にバタつかせて進んで行きます。


 (でも凄いな。忍先輩もそうだけど、みちる部長も―――――!)


 リラの視線に映るのは1年生は元より2年生すら引き離し、ぐんぐんと遠ざかって行くみちるの姿でした。無論、それに負けじと付いて行く忍も忘れていません。練習の後のアクアリウムの癒しで肉体の負荷を取り払き、負傷する前の状態へと復活した忍は確かに嘗て以上の成長を見せました。然し、やはりスタミナ面では故障している間も練習を重ねて来たみちるには敵わないのか、後塵を拝しています。

 尤も、同じく自身が故障中も練習を重ねていた真理愛達よりかは上ですが………。


 「ホラ皆、モタモタしてると置いてっちゃうわよ!?」


 首位を独走して泳ぐみちるの目は、何時も以上に生き生きしていました。因みにその右腕には黒いゴムバンドが巻かれており、何かの鍵が付いています。



 「ふぅ~~~~もう疲っかれたぁぁ~~~~~~ッ………!!」


 「小中の時に授業で海泳がされた事は有ったけど、島まで遠泳なんて初めて………。」


 「本当だね。でも鍛えられてる実感はするかな…?」

 

 何とか蒼國海岸から離れた場所にある羽道島まで泳ぎ切った一同ですが、葵達は入り江に上陸すると共にすっかりヘトヘトになってました。その近くには小さな小屋が建っています。

 一応リラも含めて4人とも大地に膝を付く事無く立っていますが、それでも辛うじて立っていると言う様子でした。因みにリラは一緒に到着したテミスの加護によって直ぐに回復しましたのでノーカンです。


 「もう、この程度であんた達情けないわよ?」


 「立ってるだけでも立派でしょ?特に長瀞は大した物ね。」


 「潤って遠泳初めて?ブランク有ったのに結構泳げてたけど。」


 「うーん…中学の時に1回やってそれっきりだったけど、意外と泳げて自分でもビックリね。でも流石に帰る分にはキツイかな?」


 更紗を除く1年の子達と違い、2年生はそれ程疲弊している様子は見えませんでした。


 「取り敢えず皆、身体乾かしてアクアリウムしよっか?」


 「うん、お願いリラ…!」


 既にアクアリウムの力で濡れた身体から水分を取り払っていたリラが提案すると、葵達は直ぐに快諾します。これから戻りも泳いで帰らねばと思うと猶更です。

 クラリファイイングスパイラルの二重螺旋に包まれ、その揺らぎの中で葵達は身体の疲れとストレスの穢れを取り払われました。ついでに濡れた身体も水分を取り払われ、遠泳前と同じコンディションを取り戻しました。


 「ん~~~っ!元気一杯って感じ!」


 「これでまた海岸まで泳いで行けるね!」


 すっかり回復した葵達は軽く背伸びやストレッチをしながら、元通り自身の肉体に体力と気力が充実した事を噛み締めます。一方の2年生も潤が瑠々達にアクアリウムを施した為、3年生以外皆フル回復です。


 「あれ?でも部長と忍先輩は?」


 「そう言えば2人とも姿が見えないよね…。」


 先程から3年生の2人の姿が見えない事を真っ先に指摘したのは瑠々でした。彼女の言葉を受けて水夏も周りを見渡します。


 「近くに小屋が有るから尋ねれば分かるんじゃない?」


 入り江の直ぐ傍に建てられて小屋を指差し、真理愛はそう提案します。誰か人がいるのか、小屋はのドアは半開きになっていました。みちるが忍と一緒に中にいるのでしょうか?兎に角確かめてみる価値は有るとして、一行は早速向かおうとします。

 ですがその時でした。


 「クークーッ!」


 「ニャアァ―――ッ!!」


 不意に少し離れた場所から響くのはけたたましいまでのカモメやウミネコと言った海鳥達の鳴き声。しかも鳴き声は1つや2つでは無く、10以上は聴こえてきます。


 「何よ、この音!?煩いんだけど!?」


 「何で急に海鳥達がこんな騒いでんの!?」


 思わず耳を塞ぎつつ葵と瑠々が声を上げると、同じ様に耳を塞ぎながらリラが鳴き声の出所に目を向けます。すると彼女達が上陸した入り江から少し離れた磯の岩場に、沢山のカモメ達が群がっているではありませんか。


 「えっ……!?みちる部長!?」


 何と、カモメ達の中心に立っているのは先に上陸していたみちるでした。その傍には忍も手を後ろ手に組んで佇み、「やれやれ」と言わんばかりの表情で彼女を見守っています。

 

 「アハハッ、可愛いわね貴方達♪」


 餌を与えながら肩に乗ったり、周りに群がるカモメ達に目を配りながら、みちるは彼等と戯れていました。すると其処へリラ達がやって来ます。


 「みちる部長、何やってるんですか……?」


 「おっ、お前等もやっと来たか!」


 リラが声を掛けたのを受け、忍がそう返すと、みちるは周囲にカモメ達を侍らせながら振り返って言います。


 「何って見て分からない?早く着いたから皆が来るまでこの子達と戯れてたの。」


 右手の拳と両肩にカモメを乗せながら答えるみちるに対し、葵は尋ねました。


 「部長ってカモメ好きなんですか?」


 「えぇ。海だけじゃなく、時々近くの街まで飛んで来るカモメ達の姿を見てると何だか自由って感じがして好きなの。観察していて飽きない位よ♪ついでに言っておくと、この島の由来は飛んで来るカモメ達の羽根が海に浮かんで、島への道みたいになったって伝説から羽根の道って事で『羽道島』!分かり易いでしょ?」


 「は、はい。そうですね……。」


 嬉々として島の由来込みでカモメ愛を語るみちるの回答を受け、1年生達は呆気に取られました。まさか彼女にそんな一面が有るとは思わなかったからです。

 然し、1年分付き合いの長い瑠々と水夏と真理愛の3人や、同級生の親友である忍は違います。



 「1年のお前等は知らねぇ……つーか未だ話してねぇから教えとくが、この島みちるん家の土地だぜ?」


 「えっ………!?」


 「ついでに別荘のおまけ付きだ。」



 忍の言葉を受け、リラ達は一瞬目が点になりました。海底でじっと動かない底生魚の様に数秒間固まったかと思うと、次の瞬間には……



 「ええぇぇぇ~~~~~~~ッ!!?」



 まさか島なんか所有するブルジョワがこんな間近に居たなんて、到底想像し得なかった事でしょう。4人は驚愕の声を張り上げました。 


 「あっ…!」


 驚きの余りに4人が張り上げた声に驚き、カモメ達が飛び去って行ってしまいました。みちるは少し残念そうです。


 「声でけぇよお前等……。」


 半眼で呆れる忍を横目に、リラ達は先輩達にみちるの事で詰め寄ります。


 「みちる部長ってそんなお金持ちのお嬢様だったんですか!?」


 「瑠々先輩達は知ってたんですか!?みちる部長が別荘付きで島持ってる程のブルジョワだなんて!!」


 「てゆーかてゆーかてゆーかッ!知ってるんだったら何で教えてくれなかったんですか!?」


 「貴女達、落ち着きなさい!!」


 海鳥もビックリな程騒がしい後輩達に気圧される2年生と3年生ですが、直ぐに部長のみちるがバスト90超えの胸を大きく揺らしながら一喝して黙らせます。その威圧感を前に4人が静まったのを見て、改めてみちるは説明に入りました。


 「“訊かれなかったから”って答えたらそれまでだけど、この島への遠泳は単なる練習の一環じゃなくって、1年の貴女達へのちょっとしたサプライズよ。これから全国や国体の合宿で利用する事になるから、その紹介も兼ねてと思ってね。」


 そうみちるが説明すると、今度は瑠々達がその補足に掛かります。


 「部長の別荘にはわたし達も去年来たから特に驚きはしなかったけど、遠泳で泳いで来たのは今回が初めてよ。去年は部長のお姉さんに船で乗せてって貰ったから…。」


 「ついでに言うとこの船の別荘と土地はそのお姉さんが管理してるんだって。」


 「私達以外にもこの島利用したいって人は何人も来るから、その人達からお金取ってるそうよ。大きな会社からも依頼が来た事有るって部長言ってた。」


 「へぇ~、みちる部長ってお姉さん居るんですね……。」


 彼女達の説明を受け、去年水泳部に居なかった潤と今年入部した1年生4人は、脳内に於けるみちるに対する認識を改めつつありました。蛇足ですが、葵もみちるが下の妹と知って目が点でした。

 とは言え、完全に納得するには決定的に足りない材料が1つ有ったのでその解消の為、5人を代表してリラが質問をします。


 「あの、みちる先輩……先輩の家って仕事何やってるんですか?お姉さんが島の管理人なんて言ってますけど……。」


 そう、みちるが島を買えるだけの財力を有した家のお嬢様と言うなら、当然その家は相応に大きな事業(ビジネス)に携わっていて然るべきです。


 「別荘案内する時に説明しようって思ってただけど、まぁ良いわ。今教えても同じだろうしね。」


 テミスが黙って見ている中、みちるは両手を後ろ手に組みつつリラの質問に対してこう答えます。



 「――――私の父はね、『前橋グループ』の会長なの。」



 みちるからの回答に、含めたリラ達1年生と潤の5人は再び凍結(フリーズ)しました。


 「「「「「お……お父さんがあの前橋グループの会長ォオォ~~~~~~ッ!!!?」」」」」


 ですがやがて、一際驚きの声を張り上げます。海鳴りや打ち寄せる大波すら生温い程の轟音が島一杯に響き渡りました。


 「ままま、前橋グループって、あの世界的に有名な海商のグループだよね!?」


 「前橋海運を前身に、船舶やリゾート関係だけで200社も子会社や関連会社を率いてるって言うあの一大企業集団じゃん!」


 「確かヤマメの家の造船会社もその下請けって話だったよね……。」


 「ぜ、全然知らなかった……。」


 「わたしも初めて知ったかも……。って言うかブルジョワってこんな身近に居たのね………。」


 みちるが世界的に有名な大企業の令嬢だった事は、リラ達にとって余りに衝撃的でした。それはさながら、島を飲み込む程の超特大の大津波の様に強烈なインパクトを以て彼女達の脳内に刻まれました。

 初めて知った事実を前に葵と深優と更紗が口々に言葉を交わし、リラと潤が唖然となりながら呟く中、不意にテミスが前に出て来て言います。


 「はいはい貴女達、気持ちは分かるけどお喋りは其処までにしなさい。皆あくまでも此処には練習に来てるんでしょ?」


 「そ、そうよねテミス……。」


 収拾が付かなくなりそうになった所へテミスが助け舟を出してくれたお陰で、リラ達はどうにか落ち着きを取り戻しました。その様子を見てみちるはホッと胸を撫で下ろすと、改めて口を開きます。


 「有り難うテミス。保護者役を貴女に頼んで正解ね。」


 取り敢えずテミスに礼を告げてみちるは言います。


 「だけどさっきも言った通りこの島には今年初めて入った子達に、これから合宿で使う私の別荘の紹介とその下見をする目的も有るの。往復はその後。じゃあ皆、一旦制服着に替えて頂戴。テミスも預かってた制服を皆に返してあげて!それと汐月、私と忍にもアクアリウムをお願い。ついでに余計な水分も取っ払ってくれる?」


 「えっ、はい!」


 「わ、わたしも手伝うよリラちゃん!」


 リラが潤と一緒にアクアリウムでみちると忍の身体を癒すと、その場にいた全員はテミスから制服を返却されてそれに身を包みます。全員競泳水着姿だった為、当然ながらその上に着るだけ。然も事前にリラから身体の濡れた分の水分を取り払われ、日光で乾燥している為に嫌なジメジメ感は有りません。


 「じゃあ皆、付いて来て!」


 全員が着替え終わると、みちる達は今年入った部員達を案内しました。先ずは入り江に建っている小屋です。


 「皆も最初に見たこの小屋はね、姉様がお客さんに島を解放するシーズン中に滞在する管理人用の小屋よ。因みにシーズン開始は毎年7月第二週から10月の第二週までで、今年は今週の第二土曜日からになるわね。」


 「そうなんですか…それで、みちる部長の手首の鍵って此処の鍵だったんですね。」 


 「そう!さっきのカモメの餌も此処に置かれてる物よ。因みに来たお客さんには釣り竿やスキューバダイビング器材のレンタルも行ってるの。ついでにさっき私がいた岩場の直ぐ傍を入れて3ヶ所に船着き場も有るわよ。」


 シックな木造建築ですが、その部屋の中はまるで南国風の木造建築でした。そして管理人の仕事場らしく受け付けのカウンターや、みちるの言う釣り竿やスキューバダイビング用のウェットスーツ等が完備されています。そして先程みちるがカモメに餌付けをしていた磯の近くにも小さな船着き場が有りました。残念ながら大型の船舶は停留出来ませんが、漁船1隻位なら留められそうです。

 小屋を出て舗装された石畳の先を辿り、島の奥へと10分程歩くと其処には『関係者以外立ち入り禁止』の立て札があり、更に其処から先には立派な建物が見えてきました。まるで軽井沢に建ってる別荘の様な邸宅です。


 「はい、着いた!此処が私の別荘よ。」


 「へぇ~此処が……。」


 「これがみちる部長の別荘……。」


 建物の立派さに目を奪われた新入部員を代表してリラと潤がそう零すと、みちるは更に説明を付け加えます。


 「私の姉様は普段、勇魚(いさな)義兄様と蒼國にある前橋ブルーリゾートの経営に携わってるわ。シーズン中には姉様はこっちで管理人の仕事してるけど、テレワークでリゾートの業務も並行してやってるから本当に凄いって思う。」


 「えぇっ!?あのリゾートホテルって部長の実家が経営してるんですか!?同じ“前橋”って付くからまさかって思ってたけど本当にそうだったんだ!!」


 「って言うか“勇魚”って誰なんですか?」


 深優が驚嘆の声を上げる中、リラの発した質問にみちるは答えました。


 「姉様の旦那様でさっきも言った通り、ウチが経営してる前橋ブルーリゾートの代表取締役を任されてる前橋グループのビジネスマンよ。因みに婿養子で旧姓は“神崎”って言うの。」


 「へぇ~、部長のお姉さんって結婚してるんですね!こんな別荘や島を管理するだけじゃなく、夫婦揃ってホテルまで経営するなんて、部長にとっても自慢のお姉さんじゃないですか!」


 「……まぁ、そうね。」


 リラの言葉に面映ゆい気持ちになるのを抑えながら、みちるは先程の道中を指差して言います。


 「他にも紹介したい所は有るけど、もう日も傾いて来て時間が無いから今日は此処までにするわ。最後にあれだけ見て帰りましょう。」


 その指差した先へ歩いて行くと、別荘へ続く道の外れに一軒の祠が建っているのが見えました。だいぶ時代を感じさせる古めかしい祠で、その左右には龍の石像が狛犬の様に向き合っています。


 「あの、部長…あの祠って何なんですか?来る時にちょっと気になってたんですけど……。」


 リラが尋ねると、みちるは言います。


 「私の父がこの島を買った時から既に有った物みたいだけど、詳しい事は分からないわ。ただ、あの祠には蒼溟神社(そうめいじんじゃ)蒼龍玉(そうりゅうぎょく)に良く似た青い宝玉が安置されてるの。歴史的に価値が有るのは間違い無いわね。」


 “蒼溟神社”と“蒼龍玉”と言う聞き慣れない単語を受け、リラは手を挙げて質問をします。


 「はーい、質問ですけど、その“蒼溟神社”と“蒼龍玉”って何ですか?そんなに有名な物なんですか?」


 するとみちるに代わって深優が答えます。


 「そう言えば他所から来たリラっちは知らなかったっけ。この辺りじゃ有名な伝説だよ?」


 「有名な伝説?」


 首を傾げるリラに対して次に説明するのは潤です。


 「そう。今から千年以上前、蒼國の有った辺りに巨大な龍の亡骸が落下して来て、その衝撃で出来上がった川がボート部も練習に使ってる龍涯川(りゅうがいがわ)なんだけど、その龍の口から吐き出された瑠璃みたいに真っ青な宝玉こそ“蒼龍玉”って言うの。」


 「この辺りの地元民だったら誰でも子供の頃に聞かされた有名な話よ。」


 「まっ、わたしは興味無いからあんま覚えてないけど、確か神社の本殿にはその龍の頭蓋骨が安置されてるとかされてないとかって話が有るわ。」


 水夏と瑠々の言葉を受けてリラは興味が湧いたのか、祠の中の玉を一目見ようと近付きます。ですが、その様子をテミスは少し目を細めて眺めている事に気付く物は誰もいませんでした。


 「へぇ、青い宝玉が……。」


 そしてリラが社の中を覗き見ると、確かに掌サイズの青い宝玉が龍神の像に抱えられる様に鎮座していました。何やら神秘的な雰囲気を漂わせています。


 (綺麗…でも何だろう、この感じ?まるでテミスみたいな強い力を持った水霊(アクア)が傍に居るみたいな気分………。)


 リラが宝玉に奇妙な感覚覚えていると、突然テミスがリラの間に入り、厳しい口調で叱り付けて無理矢理引き離そうとしました。


 「駄目よリラ!これ以上この宝玉を見る事は許しません!」


 「えっ!?ちょっとテミス……!?」

 

 「皆ももうさっさと帰るわよ!ホラ、練習は未だ終わって無いでしょ!?入江から元の海岸まで泳がなきゃいけないんだから!!」


 訳も分からぬまま強引にリラを祠から引き離すと、テミスはそのまま強い口調で元来た入江まで引き返す様に号令します。


 「えっ?でも……」


 「もう陽だって傾いて来てるでしょ!?日没に泳ぐのは禁じられてるんでしょ!?まだ陽の有る内に泳がなきゃ練習にならないじゃない!!」


 「そ、それもそうね……じゃあ皆、入江まで急ぐわよ?」


 「は、はいっ!」


 「お、おう!」


 一瞬躊躇うも、テミスの強い語気に圧されたみちるは改めて部員達に入り江に急行する様指示を出します。突然のテミスの変貌に違和感を覚えたまま、一行はダッシュで羽道島の砂浜へと再び戻ると、改めて競泳水着姿になります。無論、制服は再びテミスに預けました。因みに鮫に関してはテミス曰く、『事前に水霊(アクア)達に頼んで周辺海域から遠ざけた為、襲われる心配はゼロ』との事です。


 「じゃあ皆、帰りの遠泳行くわよ!」


 そう言ってみちるが号令のホイッスルを吹くと、再び霧船女子は海に飛び込んで一路蒼國海岸目指して往復の遠泳を始めます。

 もう日が傾き始めていた為、水温は行きの時と比べても幾分低くなっていて冷たくなっていましたし、心なしか波も強くなっていました。

 ですが、水の都である蒼國で育った葵達はこの程度では負けません。忍も負けじとみちるの背中に肉薄し、力の限り足をバタつかせて波間掻き分け海岸を目指します。


 「はぁ……はぁ……行きもそうだけど戻りもキツイ………。」


 「だから葵、喋ったら余計疲れるから駄目だって……。」


 葵と深優が泳ぎながらそう言葉を交わす中、リラの脳内では先程から2つの想いが双魚の様にグルグルと廻っていました。1つは言うまでも無くみちるへの想いです。


 (今日はみちる部長の事、色々と知れて良かったな。みちる部長、最初に会った時から感じてたけど、本当に素敵な人だった。もっと知りたいな、忍先輩と一緒に部長の事――――!)


 みちるの知られざる一面を知る事が出来、自身の中でのみちるへの好感度が上がって行くのをリラは感じていました。然し、リラは気付いていませんでした。彼女にとって忍、そしてみちるの2人の存在が、仕事で殆どいない両親以上に両親らしいそれになっている事を――――!

 残りの1つの想いとはそう、あの島の祠に安置されていた謎の宝玉への疑問でした。

 

 (あの宝玉って一体何だったんだろう?テミスは「触るな!」なんて言ってたけど、あれって水霊(アクア)と何か関係有るのかな?そう言えば未だ行った事無いけど、蒼溟神社って言う所にも同じ様な玉が置いてあるって話だったし、今度行ってみるか―――――。)


 そんな事を考えながら、リラは蒼國海岸を目指して泳いで行きました。



 「ハァーッ…ハァーッ……、やっと着いた……ッ!!」


 「海岸から近いって行っても、やっぱ距離有ってキツイよね………。」


 「けど、だからこそ鍛えられてるって感じはする…。」


 太陽がすっかり水平線の向こうに沈み掛ける頃、漸く霧船女子達は蒼國海岸へと帰還しました。するとみちるがメンバー全員に労いの言葉を投げ掛けます。


 「皆、今日はお疲れ様!これからは海でもこうやって練習する機会は有ると思うけど、他所の学校に負けない様に頑張って行きましょうね!」


 「はいッ……!!」


 みちるの言葉に1年と2年の全員が返すと、忍がリラに言います。


 「んじゃ汐月、それと飯岡も早速で悪いがまた頼むわ。」


 「アクアリウムですね。」


 「分かりました!」


 2人の水霊士(アクアリスト)は周りに誰もいない事を確認すると、アクアリウムで近くに居た中級水霊(アクア)達を呼び出して癒しを施します。

 ノアリリアの電気ショックやマヌンダのマッサージに始まり、ドリスも口から無数の分身を吐き出して彼女達の体内に侵入させて身体の内側から傷んだ筋肉の超回復を促しました。

 加えて周囲の大小様々な下級水霊(アクア)達も集まっては身体中の疲労やストレスの穢れや老廃物を喰らい、吸い出し、物の数分であっと言う間に全員のコンディションを完全回復させたのです!

 無論、濡れた身体も元通り水分が抜かれて乾き切っています。


 「ふぅ~生き返ったぁ~ッ!!」


 「やっぱ凄いよね、汐月と潤のアクアリウムってさ!」


 「今に始まった事じゃねーだろ?まっ、気持ちは分かるがよ!」


 肉体に瑞々しいまでの生命力が溢れる葵と瑠々がそう声を上げると、忍もそれに同意の言葉を投げ掛けます。


 「フフッ……じゃあ今回は制服にまた着替え終わった子から解散ね!」


 「みちる部長……。」


 すると突然い、リラがみちるに話し掛けて来ます。リラの藍色の瞳は、真っ直ぐみちるの顔を捉えていました。


 「どうしたの汐月?今日の事で何か有ったの?」


 「はい……1つ、部長にお願いが有るんです………。」


 「お願い?一体何なの?」


 顔を赤らめつつ、少しモジモジしながらリラは、みちるに対して思い掛けない言葉を投げ掛けます。



 「今度の日曜、先輩のお家に遊びに行っても良いですか?」



 「え――――――?」


 リラの発した言葉を受け、みちるは思わず面喰います。今まで忍位しか家に来た事が無かった手前、後輩の子達が訪ねて来るなんて1度も無かったからです。


 「あっ!リラだけ狡ーい!私もみちる部長がお嬢様だって言うならどんなとこ住んでるか見たいです!」


 「私も見てみたいかも!」


 葵と深優までそう言い出し、更紗も無言で頷きます。どうやら彼女達も同じ事を思っていた様です。彼女達の様子を見てみちるは若干、引き攣った笑みを浮かべましたが、同時に嬉し恥ずかしい気持ちが熱水噴出孔から出る熱水の如く噴き出して来るのを感じていました。


 「貴女達……。」 


 「私達、今日またみちる部長の事が知れて嬉しかったです!私達、もっと部長の事が知りたいです!だって私、部長の事が忍先輩に負けない位大好きだからです!!」


 「私も!」


 「はいはい私も~!」


 「私もです、部長……。」


 後輩達から発せられる言葉の数々に、みちるの顔はクマノミの様に赤く紅潮して行きました。

 只単に合宿場所の紹介を兼ねた練習の心算が、思わぬ1年達からの好感度アップに繋がるとは当人も夢にも思いませんでしたが、同時にみちるの中では嬉しさが更に急上昇です。これも水霊仲間(アクアメイト)の絆の為せる業なのでしょうか?


 「何だ何だぁ?みちる、お前1年のヒヨッコ共にモテモテだな♪」


 「ちょっと忍……!!」


 頭の後ろに手を回しながらニヤニヤ笑って忍が茶化す中、リラは言います。


 「みちる先輩って、優しくってしっかりしてて、背も高いし身体つきも凄くエロいし泳ぎも忍先輩に負けない位上手いし、実家だってお金持ちだし水霊(アクア)のノーチラスも良い子だし最高です!私、そんな人が忍先輩と一緒に傍に居てくれて、今までの人生で一番幸せだし誇りに思ってますから!!」


 繰り出されるリラの言葉の中に何処か引っ掛かる物を感じながらも、みちるは顔を赤らめながら叫びます!


 「汐月ったら………もうッ!褒めたって何も出ないから!って言うか、来たかったら来て良いわよ!いいえ、寧ろ是非とも来て頂戴!!貴女達にも色々と水霊(アクア)とかの事で聞きたい事有るし!!」


 「うわぁ!有り難ぉ~部長!!嬉しいです!!」


 そう言うと深優は徐にみちるの背後に回り、例によってその豊満な胸を揉みしだこうとします。


 「あっ、コラ吉池止めッ…んんッ、あぁんッ♥」


 「ちょっと止めなさいよ深優!!」


 深優の手でバスト90超の乳房全体に快感を与えられて悶えるみちる。そんなみちるから強引に深優を引き剥がそうとする葵。更紗も無言でそれに協力します。

 そんな騒がしい1年生と3年生の遣り取りを、2年生は半ば呆れながらも楽し気に眺めていました。


 「相変わらず仲良いわね、汐月達と部長。」


 「水霊(アクア)の事で忍先輩の故障治して貰ったんだし、あそこまで急接近するのも当たり前よね。」


 「一緒の時間は私達の方が長いのに、あの子達には本ッ当に嫉妬しちゃうわ……。」


 (凄いなリラちゃん達……短い間にあんなに部長と深く結び付いて………。)


 手を後ろ手に組みながら瑠々と水夏と真理愛がそう感想を漏らす中、潤が何とは無しにアクアリウムを発動させると、みちるの中のノーチラスが活発に動き回る処か大きく成長しているのが見えます。気付けばみちるの周りには、同じ様なアンモナイトやオウムガイの仲間の姿をした下級及び中級水霊(アクア)達が泳ぎ回っていました。


 (周りの水霊(アクア)達まであんなに部長に…リラちゃんや日浦先輩………魅力とか才能とか、そう言う凄い何かを持ってる人の周りって、あんな風に水霊(アクア)まで集まって来るのかな?)


 そうして1年生の後輩達相手にキャッキャウフフと戯れた後、みちるは改めて制服に着替えて家路に就きます。リラ達も既に制服に着替え終わって解散していました。



 帰宅した後、みちるは何時もの様に食事をして明日の予習と復習、そして風呂に入って受験勉強に取り組みます。そして夜中の23時、就寝前に夜風で涼もうと自室の窓を開けました。すると心地良い海風が彼女の頬を撫で、それと同時に今日の出来事を静かに思い出します。


 「“私の事が知れて嬉しかった”、か………。」


 リラに言われた事を思い出しながら、同時にみちるは彼女の事に想いを馳せていました。


 「そう言えば私も汐月の事、良く知らないのよね。どうしてあの子はあんなアクアリウムなんて魔法みたいな力が使えるの?まぁ、飯岡もそうだけど――――。」


 確かに、アクアリウムとか水の精霊の水霊(アクア)とか、それを使う水霊士(アクアリスト)なんて余りに非現実的過ぎます。そんな力を何故リラや潤が使えているのか、一般人としては謎としか言い様が有りません。然し、それ以上にみちるの脳内では、リラの或る言葉が引っ掛かっていました。


 『私、そんな人が忍先輩と一緒に傍に居てくれて、今までの人生で一番幸せだし誇りに思ってますから!!』 


 今までの人生で一番幸せ――――その言葉からは、まるでこれまでの彼女の人生が不幸なそれだった様に感じ取れます。其処から更に、もっと根本的な疑念がみちるの脳内に渦を巻き始めていたのです。



 「汐月―――――貴女って一体何者なの?今までどんな人生送って来たの?」



 思わず呟くみちるですが、答えは当然返って来ません。遠くから聴こえる波音と、それに揺れる木立の音だけが、夜の静寂に何時までも木霊していました。

 只、窓から夜空を見上げながらリラに想いを馳せるみちる様子を、屋敷の庭の上空からテミスが窺っていましたが、果たして彼女はそんなみちるに何を思うのでしょうか―――――?

取り敢えず今回で第三章の物語は凡そ終了。次回から学年毎3話分に分けてリラと水霊仲間(アクアメイト)達の交流のドラマを描き、其処から新章に突入します!


キャラクターファイル33


セドナ


年齢   無し

誕生日  無し

血液型  無し

種族   水霊(アクア)

趣味   無し

好きな物 美しい音楽


テミスと同じ上級水霊(アクア)。濃藍の巨大な鯱に似た姿をしており、テミスとは対照的に威厳のある言動を取る。

上級であるだけあってその力は絶大であり、自在に天候を操って雨や雷を降らせる能力を持つ。無論、水の精霊であるだけあって水も自在に操る事も出来、巨大な鯨ですらも水柱で吹っ飛ばしてのける。


かなり大昔から存在しているらしく、テミスが未だ下級だった頃から既に彼女より上の等級の存在だった模様。普段は太平洋から大西洋、インド洋まで幅広く回遊している。

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