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A.Q.U.A.R.I.A  作者: Ирвэс
第三章 水と時間は螺旋の様に
32/44

第31話 7月の水族館

久し振りに投稿します!長い事お待たせして誠に申し訳ありませんでした。

今回はテミスは登場しませんが、代わりに今後の物語に関わる要素を終盤に散りばめました。


それではどうぞ。

 「忍先輩!待ち合わせまで後10分ですよ~!」


 「分かってるよ。てか直ぐ近くなんだからそんな急がなくたって良いだろ。」


 国体予選の在った7月1日の日曜日から3日経った7月4日の朝の事でした。リラは忍と共に街の噴水公園に向かっていました。


 「だって私、楽しみなんです。水夏先輩のお父さんとお母さんがやってる水族館に行くなんて!」


 そう、リラは今日、水泳部の皆と一緒に水夏の父親が経営し、母がドルフィントレーナーとして働く地元の水族館へ出掛ける約束をしていたからです。

 世間的には平日ですが、この日は創立記念日で霧船女学園は休校。そんな空いた時間を使っての束の間のオフでした。土日の休日でしたらもっと人は多かったかも知れませんが、平日ならば人の往来はそれより少ない為、混雑に煩わされず思いっ切り楽しむには良いチャンスでしょう。

 

 「あれ?葵ちゃん達は?」


 「未だ来てねぇみてぇだな。やっぱ早く来過ぎたんじゃ…」


 「お~~い、リラ~~!忍先輩~~~!」


 周りに自分と忍以外誰もいなかった為に少々困惑しましたが、直ぐに2人の耳に飛び込んで来たのは葵の声。

 音源の方を向くと、其処には葵の他にも深優と更紗の1年生トリオと一緒に瑠々、水夏、潤、真理愛の2年生4人組、そして部長で3年生のみちると言う何時もの霧船女学園水泳部の面々の揃い踏みが視界に入って来ます。その姿を見るだけで、リラは無意識の内に笑顔を作っていました。夏と言う事もあって皆半袖やノースリーブの夏服に身を包み、胸の谷間すら大胆に覗かせる子もおり、下は短めのショートパンツやミニスカートで太腿から下をこれでもかと言わんばかりに露出。足元は皆素足にサンダル履きと、開放感溢れる出で立ちでした。

 リラにとって、葵達も忍も同じ学校の部活動の先輩後輩と言うだけでなく、その枠に囚われないプライベートでも親しい間柄になれたのは、ひとえに彼女達が水霊(アクア)の秘密と世界を共有する水霊仲間(アクアメイト)だからに他なりません。


 「葵ちゃん!潤先輩達も!」


 「遅ーぞお前等!遅刻して来るなんざ良い度胸してんじゃねーか!」


 「あら?これでも私達、待ち合わせの時間まで3分早く来たんだけどそれで“遅い”は無いんじゃない?」


 忍に対してそうみちるが鷹揚に返すと、丁度時刻は午前9時を回り、心地良い音楽と共に噴水が勢い良く噴き出し、水飛沫が虹を作り出します。


 「おっ、丁度9時になったな。んじゃ行くか!」


 「そうね。」


 「久し振りの蒼國水族館、わたし楽しみ!」


 「うん、一杯楽しんでってよ。ウチの水族館、先月改装が終わって見所メッチャ増えたんだもの。」


 「私、蒼國(こっち)来てから1回も行った事無いからワクワクします!」


 「リラっち、あそこ行くの初めてだもんね。」


 口々にそう言葉を交わすと、霧船女子の水霊仲間(アクアメイト)達は公園近くのバス停からバスに乗り、蒼國海水浴場から少し離れた岬に建っている蒼國水族館へと向かって行きました。



 此処で時系列は昨日に遡ります。何時もの様に練習を終えて制服に着替え終わると、仲間内で明日の学園創立記念日の休みに皆で何をして過ごすかと言う話になりました。


 「ねぇリラっち、葵、サラサラ、明日の休み何かしたい事ある?」


 「えっ?急ね深優……そんな事言われたってパッと直ぐには思い付かないわよ。」


 「御免、私もまだ考えてない。」


 「そっか…じゃ瑠々先輩は?」


 「えっ?わたしは別に予定無いけど皆は……?」


 深優に話を振られた瑠々が更に周りに尋ねるが、特に予定は未だ考えていなかった模様。ですが其処へ突然、水夏が一石を投じて来ました。


 「じゃあ皆、私の親がやってる水族館に行くってどう?」


 「えっ、水族館!?って言うか水夏先輩の家って水族館やってるんですか!?」


 「わたしも知らなかった……。」


 「私もです。」


 その言葉に真っ先に反応したのはリラと潤と更紗でした。因みにこの頃にはもう、リラは瑠々と水夏の事も名前の方で呼ぶ様になっていました。

 

 「あぁ、あんた達知らなかったっけ?」


 「リラっち、水夏先輩のパパはね、蒼國水族館のオーナーなんだよ。それでママの方はイルカのトレーナーさんなんだって。」


 「えっ?蒼國水族館って、あの大っきい水族館よね!?この街の1番の目玉だって言う………。水夏先輩のお父さんが其処のオーナーだったなんて私、そんなの全然知らなかった!」


 瑠々と深優の言葉を受けてリラが呆気に取られる中、葵も既に水夏の家の事を知っていたと残りの2人に告げます。


 「私も深優も瑠々先輩と水夏先輩からとっくに聞いて知ってたの。」


 「そ、そうだったの……。」


 「な、何かわたし達だけ取り残されてるみたいで哀しいわね……。」


 「因みにあたしとみちると漣はとっくに知ってたけどな。」

 

 忍から止めの言葉を投げ掛けられ、3人は思わずガックリ項垂れました。まさか自分達だけそんな大事な情報を共有出来ていなかったなんて、まるで村八分にでも遭ったかの様です。

 特にリラの受けた衝撃が余りに大きかったのは想像に難くありません。以前、潤から水夏が変わった魚を探すのが趣味で将来、新種の魚を見つけるのが夢だと聞かされていましたが、まさか彼女が街の目玉の水族館オーナーの娘だっただなんて、リラの中では一発大波(フリークウェーブ)級の衝撃でした。

 

 「あの、それで蒼國水族館ってどんな感じの場所なんですか?私、この街に来てから未だ1回も行けてなくて……。」


 「あぁ、汐月は初めてだったのか。あそこ行くの……。」


 「濱渦のお父さんとお母さんがやってる水族館は正式には『パンタラサ蒼國水族館』って言って、色々と世界有数の大きさを誇ってる日本屈指の水族館なの。私と忍もあそこの常連で、年間フリーパスも持ってるわよ?」


 「せ、世界有数って凄いですね。私、水夏先輩の事見直しちゃいました……。」


 「別に私は凄くないわよ。凄いのは水族館とそれを経営してる父親と母親の方だから……。」


 照れ臭そうに俯きながら水夏が返すと、幼馴染の相方の瑠々が助け舟を出します。


 「まぁ兎に角、水夏が折角誘ってくれてるんだし、明日皆で行くってのは確かに良いわよね!」


 「はい!未だ行った事無いですし!」


 「私も久し振りに水族館行きたかったですから丁度良いです!」


 「葵が行くなら私も行きます!」


 二つ返事で了承するリラと葵と深優と無言で頷く更紗。潤と真理愛も勿論快諾します。


 「やれやれ、現金な奴等だな。んじゃ折角だからあたしも付き合ってやるぜ!」


 「どの道私は明日行く心算だったけど、皆で行けばもっと賑やかで楽しくなるわね!」


 話は満場一致で纏まり本日、霧船女子の水泳部は皆で水族館へと向かう運びとなったのでした。



 さて、バスに乗って5分近く経った頃、一行は漸く水族館の建っている蒼國の岬に到着しました。

 多くの場合、水族館と言うのは海に面した場所に建っている物ですが、水夏の両親が経営する蒼國水族館もその例に漏れません。因みに彼女の住んでいる家自体は蒼國市街地の方に建っており、幼馴染である瑠々の家もその近所に有ります。



 「うわぁ~、凄っごい大っきくて広い!」


 入場券を買って受付の門を潜った直後、早速リラの目を惹いたのは敷地と建物の大きさでした。

 先ず敷地の広さですが、このパンタラサ蒼國水族館は延床面積が凡そ4万㎡!これは日本でも2位に迫る広大さです。因みに日本最大の水族館とされる名古屋水族館の延床面積は41529㎡で、3番目は大阪の海遊館の31044㎡。こうして見ればこの水族館の広大さが伝わるでしょう。

 世間的には平日ですが、それでも海外からの観光客や大学での講義の無い学生達が多く闊歩しており、それもこの水族館の人気さを如実に物語っていました。

 

 「こんなに大っきいレジャー施設なんて、小さい頃行った浦安以外で初めてだわ!」



 「凄いのは敷地の広さだけじゃないよリラっち。見てよあの建物。」


 敷地内の広さだけでもリラにとって圧巻でしたが、深優が指差す方角に目を遣ると、とても巨大なドーム状の建物が視界に飛び込んで来ました。


 「えっ?何あのドーム?」


 「見て分かんない?あそこでお昼からイルカやアザラシやシャチのショーをやるの。凄くダイナミックで圧巻よ。」


 「因みにあのドームの野外水槽は世界でも指折りの大きさだからね!」


 「せ、世界指折りの大きさなんですか、あれ!?って言うかこの水族館、シャチまで飼育されてるんですか!?」


 「シャチがいる水族館なんて、日本じゃウチを除けば他は名古屋水族館と鴨川シーワールドだけよ。」


 「超凄いです!今から楽しみになって来ました!!」


 何時にも無くハイテンションではしゃぐリラですが、1番驚きを隠せなかったのはその場にいる水霊仲間(アクアメイト)達でした。


 (こんなにはしゃぐリラなんて、初めて見た……。)


 (リラちゃん、普段は何処か浮世離れした感じなのに、水霊(アクア)の事になって急にスイッチ入って強気になって掴めない感じの子なのに……。)


 (何だ、こいつもこんな風にはしゃげるんじゃねぇか。少しホッとしたぜ……。)


 普段は感情を表に出す事も無く、時折厭世観を感じさせる雰囲気のリラが年相応にはしゃぐ姿を初めて目の当たりにし、葵達も呆気に取られるばかりでした。


 「ま…まぁ汐月、取り敢えず『七洋館』を順にゆっくり見て行きましょうよ?ショーは10時と13時と15時にあるけど、7ヶ所全部見終わって15時からの方が良いわ。楽しみは最後に取っておいた方が良いでしょ?」


 その場の空気を変えるべく、どうにか言葉を絞り出したのはみちるでした。


 「はい…って言うか何ですか、七洋館って?」


 「地図見てみ?」


 みちるに対してリラが質問すると、忍が真っ先に受け付けで渡された地図を見る様に促します。言われた通りにリラが地図を見ると、目の前にあるドーム状の施設である『海の神殿』を取り巻く様に七つの展示施設が存在しているのが分かります。

 7つの施設はそれぞれ北太平洋館、南太平洋館、北大西洋館、南太平洋館、インド洋館、そして北氷洋館と南氷洋館とそれぞれ呼ばれており、それぞれの海洋に棲息する魚介類が深海生物込みで展示されているのです。

 水族館の正式名称にある|Panthalassaパンタラサとは、ギリシャ語で「全ての海」を意味しますが、現代における“七つの海”に生きる生物を網羅したこの水族館が冠するに相応しい名でしょう。

 因みに今でこそ“七つの海”とは遍く地球の各大洋の南北とインド洋を指す言葉ですが、元々は中世アラビア人が帆船で航海した大西洋、地中海、紅海、ペルシャ(アラビア)湾、アラビア海、ベンガル湾、南シナ海がそのカテゴリーでした。


 「へぇ、じゃあこの七ヶ所1つ1つ回れば、その海の魚達に会えるんですね!」


 「深海魚もいるし、他にはペンギンやマナティ、それに淡水に棲む魚もいるよ!」


 「えっ、そんな所まで!?じゃあ早速あそこから行ってみるね!」


 「あっ!ちょっとリラっち!?」


 「ったくしょーがねーな……!」


 葵から補足されると同時に、リラは居ても立ってもいられなくなりました。そして早速と言わんばかりにリラは北太平洋館から順番に各館を見て回る事にしました。

 本当なら他のメンバーも散開して、各自思い思いに好きな館から見て回る所ですが、蒼國水族館初心者のリラに楽しみ方を教える意味でも今回は彼女に随伴しての団体行動を取るのでした。



 「うわぁ~綺麗……あっ、あそこにマンボウがいる……!」



 七洋館に足を踏み入れたリラ達の視界に飛び込んで来たのは、数多くの魚介類が優雅に泳ぎ回る姿でした。普段の学校でもアクアヴィジョンによって水霊(アクア)達が縦横無尽に周囲を泳ぎ回る幻想的な光景は見て来ましたが、この瑠璃紺の空間で繰り広げられる魚達の舞い踊る様はそれすら凌駕する物が有りました。それこそこの世に顕現した竜宮城と言っても過言では無い位に―――――。

 各館の魚達も、リラの言うマンボウ以外にジンベエザメやピラルクと言った世界最大級の海水魚や淡水魚、更にはダイオウグソクムシや色取り取りのクラゲやペンギン、果てはマナティやセイウチと言った多種多様過ぎる程の様々な海洋生物と、とても1時間足らずでサクッと回れる場所ではありません。

 然も内部もさながら海底トンネルの様な作りになっている為、あたかも自身が海底を歩いている様な気分になります。流れて来るBGMも母なる海を連想させる優しく、穏やかな音楽ばかりと癒し効果抜群。全ての命は海から生まれましたが、そんな遠い先祖の記憶からか、館内を見て回るリラ達は不思議な安心感すら感じました。

 時に皆さんは、『タラソテラピー』と言う物をご存知でしょうか?19世紀後半にフランス人の医師であるラ・ボナディエール博士によって確立された自然療法で、海辺に滞在して海由来の物を使って心身を治癒するそれです。ギリシャ語で「海」を意味する「タラサ(thalassa)」に「療法」を意味する「テラペイア(terapie)」を掛けた造語で、日本語では「海洋療法」と訳されています。

 加えて熱帯魚と水草の入った水槽には『アクアリウムセラピー』と言う癒しの効果が有りますが、疑似的な海の底が再現された巨大な水槽の中を歩くこの感覚は、まさに両者の融和と言えるでしょう。その癒しの相乗効果(シナジー)はリラの中でかなり大きく、内なる水霊(アクア)のクラリアも最高に調子が良くなっています。


 (リラ……何だか、凄く気分が良い………!)


 「クラリア……あっ、そうだ!ねぇ、皆――――」


 何気無しにアクアリウムの力でクラリアの声を聴いたリラは、徐に館内でのアクアヴィジョンの使用を閃きました。


 「うわぁ~、何これ……!?」


 「凄い幻想的で素敵……。」


 リラ達が水族館内でアクアヴィジョンを発動すると、とても素敵な光景が広がりました。沢山の魚達に交じって、カラフルな色や多種多様な形をした水霊(アクア)達が周囲を泳ぎ回り、水槽内のレイアウトや通路のあちこちを歩き回る光景が広がっていたのです!

 自分達は今、世界一贅沢な時間を過ごしていると言う実感を感じずにはいられません。


 七大洋館を半分回る頃、時刻は既に12時過ぎ。館内のレストランで食事を摂ると、リラ達は改めて残る半分の館を踏破。

 次はいよいよ海獣ショーが開催される野外水槽のある中央の施設―――通称『海の神殿』です。


 「次はいよいよショーですね!私、楽しみです!」


 「待ってリラ!まだ30分有るわよ?」


 葵に制止されてリラが時計を見ると、確かに時刻は14時25分を過ぎた辺り。ショーまで未だ時間が残ってます。


 「じゃあさリラっち、それまで地下の海の資料館で時間潰そっか?」


 「海の資料館?」


 「そ!『海の神殿』はね、ショーの野外水槽だけじゃないの。地下には海の生物の進化の歴史や海にまつわる伝説及び神話が描かれた一大資料館となってるんだよ♪」


 「お土産屋のコーナーも入り口に有るからね。」


 「へぇ~そんな所が有るんだ……。」


 深優と更紗の説明を受け、リラ達は資料館で時間を潰す事にしました。と言っても皆が皆興味が有る訳では無く、瑠々や水夏、みちるや忍達はお土産屋のコーナーを見て回ったりしていましたけどね。

 一方、遥かな生命の進化の歴史にリラが想いを馳せていると、突如室内にアナウンスが流れました。

 

 『館内へお越しのお客様にご連絡です。間も無く時刻は15時。皆さんお待ちかね、海獣ショーの開始の時間になります!』


 その言葉を受け、リラ達は早速会場へと向かいます。席は平日でもそれなりに客が多く座っており、今か今かとショーの開宴を待ち構えていました。

 するとショー開始の音楽が流れ、最初はアシカ、続いてペンギンと言う順番で可愛らしいショーが繰り広げられました。


 「か、可愛いぃ~~~っ♥」


 「あのアシカ、頭良いね!」


 前座のショーとは言え、リラも葵もその可愛さに思わず心を奪われます。そして次はいよいよイルカショーです。


 「ママ……!!」


 「えっ!?あれが水夏先輩のママなんですか!?」


 「そ!惚れた?」


 「黙って見てろよお前等…。」


 リラと瑠々の私語を忍が制す中、水夏の母はアクロバティックな動きで海面を縦横無尽に跳ね回るイルカを巧みに操る雄姿を見せ付けます。その種族を超えた阿吽の呼吸は流石の一語に尽きました。観客席まで飛ばす水飛沫も心地良く、誰もが夢中になる瞬間です。天井の装置から青白い光と共に降り注ぐ螺旋状の水柱の中、身体を旋回させながら勢い良くジャンプするイルカの姿はカッコ良さと幻想的な美しさを醸し出していました。

 さぁ、次はいよいよ当水族館の目玉であるシャチのショー。イルカ達が専用水槽に帰還した後、入れ替わるが如く海面にシャチ達がその姿を現します。


 「うわぁ…本当にシャチが出た!」


 「英語で“killer whale”って言うけど、鯨其の物って感じだね。」


 「生で見ると段違いの迫力だわ…。」


 葵と深優と更紗が思い思いの感想を並べる中、リラは食い入る様にその様子を見つめていました。

 彼女の目の前でシャチ達は体長6m、体重5tと言う巨体に裏打ちされた膂力による強靭なジャンプでトレーナー達と共に力強く、華麗に海面を舞います。

 イルカとは比べ物にならない程の凄まじい水飛沫が会場へ押し寄せますが、リラ達はそれ以上の興奮とときめきを以て海の王者の力強いパフォーマンスを見つめていました――――。


 さて、楽しい時間は瞬く間に過ぎ去り、時刻は16時過ぎ。ショーを見終えたリラ達は水族館を後にします。


 「いやぁ凄かったよね!海獣ショーも水族館に展示してる魚も皆♪」


 「何よリラ?水族館気に入ったの?」


 「そう言ってくれれば私も嬉しいし、親も喜ぶけど……。」


 興奮冷めやらぬリラに対して葵と水夏がそう言葉を投げ掛ける中、真理愛と潤も感想を述べます。


 「久し振りに見たけど、こうやって皆で一緒に見たからもっと楽しめたって言うのは有るわね。」


 「そうよね真理愛。わたしもこうやって皆で一緒に何かやるって事、余り無かったから……。」


 更に深優と更紗も――――。


 「今日の事、私絶対忘れないかも!」


 「出来たらまた、皆で来たいわね。」


 今この時の時間はこの瞬間だけにしか有りません。来年になったらみちると忍は卒業してこの学園を去るでしょう。

 ですが、その前にもう1度皆で此処に来られる物ならまた来たい……。人の想いは時と共に変わって行きますが、少なくとも今だけはそう思っていたいだけの愛おしさが、自分以外のこの水霊仲間(アクアメイト)達には有る―――。深優と更紗はそう感じていました。



 「じゃあ皆、また明日学校でね!」


 「バイバ~イ!」


 再びバスに乗って待ち合わせ場所だった噴水広場で降りた一同は、その場で解散となりました。リラも夕暮れの中、一路帰宅の途に就きます。時計の針は既に17時過ぎです。家が近所と言う事もあり、忍も道中を共にしていました。


 「忍先輩、今日は楽しかったですね!年間フリーパス持ってるって言ってましたけど、何時もあんな面白いの見てるんですか?」


 「まっ、一応な。つっても此処1年はあんな胸糞な事が有って行けてなかったが、久し振りに良いモン見れたって気がすんのはお前のお陰だよ。」


 穢れ水霊(アリトゥール)の所為で怪我からずっと復帰出来ず、大好きな競泳も出来ず苦しんでいた忍に、あんなアトラクションを楽しむ余裕が有るとは確かに考えにくいでしょう。彼女に何かを楽しむ心と余裕を取り戻させてくれたのは他でも無い、水霊士(アクアリスト)のリラ自身。


 「そ、そう言われると私、照れ臭いです………。」


 思わず顔を赤らめて返しながら、見慣れた街の通りを歩いていた時の事でした。



 「ねぇ、其処のあんた。」



 不意に自分に話し掛けて来る声がします。聞き慣れない声のした方を振り返ると、其処に立っていたのは蒼國周辺のどの学校のとも違う制服に身を包んだ、見ず知らずの少女でした。

 少女は灰色のセミショートが特徴の高校生位の年恰好をしており、オレンジと黄緑のオッドアイをしています。


 「えっ?いや、あの……だ、誰ですか?」


 相変わらず見ず知らずの相手に突然話し掛けられてあたふたするリラの姿に、忍は内心やれやれと溜め息です。


 「あたし?こう言うモンだけど?」


 そう言って少女は、自分の名刺と思しきカードを手渡します。カードには『浅木君枝(あさぎきみえ)』と書かれており、路上で占い師をしている女子高生の様です。生年月日を見るとリラと同い年、つまり同じ高校1年生でした。因みに文京区在住の様です。


 「“浅木君枝”……ってあぁっ!葵ちゃんから聞いた事有る!最近ネットで有名な天才占い師で東京や千葉、神奈川みたいな関東のあちこちで路上占いやってるって言うあの……!!」


 「あたしは別に占いには其処まで興味無ぇが、名前だけはみちるの奴から聞いた事有るぜ。もし会ったら占って欲しいとか言ってたな。」


 すると君枝は不意に忍の方を向き、ジッとその顔を見つめます。


 「な、何だよ?」


 「へぇ、貴女があの日浦忍さんね。活躍ならニュースで見たけど、良く怪我から完全復活出来たわね。総体の結果と併せて二重の意味で大した物だわ……。」


 「そうかい、そりゃどうも……。」


 「貴女、これから色んな意味で大きな飛躍を遂げそうよ。自分だけじゃなく、身近な人の為に出来る事を頑張るのが運気を上げる鍵ね―――――。」


 忍の顔を見つめるオレンジと黄緑色の君枝のオッドアイは、神秘的な光を放っていました。まるで自分の内面とこれからを本当に見透かされる様な気分です。


 「さてと……」


 気を取り直した君枝は、改めてリラの藍色の瞳をそのオッドアイでじっと見つめて来ます。リラはまるで蛇に睨まれた蛙の様に動けなくなり、気付けば息すら止めていました。

 そして次の瞬間―――――。



 「あんた、注意した方が良いわ。近々巨大な運命の波が押し寄せて来るから。」


 「――――えっ?」


 “巨大な運命の波”と言う抽象的なワードに思わず面喰うリラですが、同時に胸が重苦しくなる様な気持ちになりました。水圧の強い深海へと引き摺り込まれる様な気分です。


 「それも下手したらあんた自身や、あんたの身の回りの奴等だって危なくなる程のでっかい運命がこれから迫ってるって言ってるの。けど安心なさい。あんたにはそれに沈みそうになっても支えてくれる存在がいる。そしてそれを乗り越えた時こそ、あんたの人生が輝く時よ。それだけは覚えておいて―――――。」


 それだけ告げると、君枝は近くにあった自分の占いの看板と椅子を片付け、そのまま蒼國駅まで去って行きました。突然の出来事に、リラと忍は呆気に取られるばかりです。


 「何だよあいつ?気取りやがって…。」


 遠ざかって行く君枝と言う少女の背中を一瞥しながらそう言い捨てる中、気を取り直したリラは素早くアクアヴィジョンで君枝をの後姿を観察しますが、次の瞬間更なる驚愕がリラを襲います。



 (えっ!?嘘――――あれって――――――上級水霊(アクア)!?)



 何と、君枝と言う少女の内なる水霊(アクア)は上級のそれだったのです!その姿は約3億6000万年前のデボン紀の北アメリカに生息したとされる、大型の肉食性淡水魚である巨大な『ハイネリア』其の物!加えて同じハイネリアの姿をした中級水霊(アクア)が複数、その近くを周遊していたのです。

 これ程強大な水霊(アクア)を内に宿した人物が大物じゃない筈がありません。上級水霊(アクア)の宿主である時点で、君枝は掛け値無しに本物の天才と見て間違い無いでしょう。少なくとも天才占い師として、ネット界隈を賑わせている点はその片鱗を証明するのに十分過ぎる根拠です。


 そんなリラの心中など知る由も無く、忍はリラに話し掛けます。


 「気にすんな汐月。昔から良く言うだろ?占いなんざ昔から『当たるも八卦当たらぬも八卦』ってな。どうせ良くある出任せなんだから…」


 「出任せじゃないかも知れません……。」


 「は?」


 突然リラが発する否定の言葉に一瞬面喰らう忍ですが、リラは構わず続けます。


 「さっきアクアヴィジョンであの子を見たんですが、とっても大きな“ハイネリア”って言うシーラカンスっぽい姿の魚の水霊(アクア)が中に宿ってました。然もあれはテミスと同じ上級水霊(アクア)です!」

 

 「何ッ!?上級って、この前海辺に打ち上げられた鯨とイルカをテミスと一緒に海に押し戻したセドナって奴と同じか!?漣と飯岡から話は聞いたが……。」


 「おまけに同じ姿の中級水霊(アクア)まで周りには群がってました。水霊士(アクアリスト)って訳じゃ無さそうですけど、もしそうなら一般人であんな凄い水霊(アクア)を持ってるなんて絶対に只者じゃありません。」


 「マジかよ……けどまぁ、天才占い師なんて言われる様な凄ぇ奴ならそりゃ内に宿る水霊(アクア)だってそん位凄くて当然だわな…っておい、汐月?」


 多少は驚いていた忍ですが、動揺自体は其処までの物は無く、月並みな感想しか述べませんでした。彼女は所詮水霊(アクア)……と言うより精霊なんてオカルト染みた存在に関しては全くの門外漢。精霊使いでも無ければ、オカルトマニアの様なその筋に詳しい一般人でもありません。そもそも興味自体がそんなに無いのですから当然です。おまけに占いが好きで嵌り易い女性と言う生き物の中では、其処まで好きでも信心深い質でもありません。けれどだからこそ、突拍子も無い事を言われても忍は多少の事では動じない。

 然し、忍と違って感受性が豊かなリラはそのまま押し黙り、君枝の事で思考の渦を巡らせていました。


 (一体何者なの、あの子――――?上級水霊(アクア)を内に宿す様な人なんて私、今まで会った事無いのに………。)


 これまでに会った事の無い、上級水霊(アクア)の宿主たる人間たる少女・浅木君枝――――ネットで知る人ぞ知る天才占い師として名が通っている様ですが、上級水霊(アクア)を内に宿す程の人物ともなれば納得です。そのお告げも、間違い無く信憑性が高いと見て間違い無いでしょう。


 (ううん、それよりあの言葉の意味ってどう言う事!?何か大きな運命の流れが津波みたいに押し寄せるって……!?何か……何かとんでもない事がこれから起こるって言うの!?じゃあ私、これからどうしたら………)


 君枝から告げられた言葉は、リラの心に大きな不安の波紋を広げていました。一抹の不安を胸に抱くリラでしたが、不意に忍がリラの背中を叩いて言います。


 「馬ー鹿!先の事なんざ誰にも分かんねーってのに、んな一々難しい顔してんじゃねーよ。こっちまで辛気臭くなるぜ!」


 「忍先輩……。」


 「何でも特別っつーか深刻に考え過ぎなんだよお前は。妄想好きも程々にしねーと、被害妄想に陥った時に苦しくなるだけじゃねぇか!つーか前にも言ったろ?水霊士(アクアリスト)の使命にばっか囚われんなってよ。」


 相変わらず色々と危ういバランスの上に立って歩くリラに対し、忍は溜め息交じりで続けます.


 「ゴチャゴチャ余計な事考えてねぇでもっと能天気になれよ。お前、今日の水族館で何も考えねぇで、アホみたく楽しそうにはしゃげてたじゃねぇか。それで良いんだよ。んな先の事みたく途方も無くて分かんねぇ事考えるより、目の前の1つ1つの事心込めてこなしてくだけ!只、その先てめぇがどうなりてぇかだけは見据えてな。人間なんざそれで十分だろ?」


 全く、自分がまさか年長者として此処まで言う日が来ようとは………。諭しながら忍は内心そう思っていました。この前テミスからリラが自殺を思い立ったなんて聞かされてましたが、此処まで頭の中が面倒臭い奴となればふとした切っ掛けで考えがあらぬ方向に傾き、結果としてそうなるのも無理からぬ話です。同級生として一緒にいる葵達の苦労が思い遣られます。

 ですが、忍の言葉がリラの中で或る種の福音となっていたのもまた事実。少し吹っ切れた気持ちになったリラは、アクアリウムで周囲の水分を集めて掌サイズの水球を形成すると、それを徐に自分の顔にぶつけました。夏の暑い空気の中で浴びる冷たい水の衝撃は、リラの目を覚まさせるのに十分でした。


 「御免なさい、忍先輩。でも私……先輩のお陰でまた少し吹っ切れました!」


 そう言って晴れやかな表情を見せるリラ。顔は濡らす水滴はもう消滅して無くなってました。


 「そうかい。つーか、お前の能力(ちから)ってのは濡れても一々拭いたりしなくて良いから便利だよな。」


 フッと笑って何時もの軽口を叩く忍の表情を確かめると、気を取り直してリラは彼女と共に家路に就きます。他愛も無い2人の遣り取りに花を咲かせながら―――――。

 ですが、リラと忍は気付きませんでした。そんな自分達を見つめる人物の存在に――――。



 「良いなぁ、あの子達……毎日楽しそうで――――」


 自宅へ向かうリラ達の様子を、スーツ姿の1人の青年が川の向かい側から目撃していました。その目はリラと同じ藍色でしたが、何処か翳りを帯びており、濁ってすらいる様に見えます。


 「俺にも昔、あの子達みたいな時期が有ったっけ。あの頃に戻れるモンなら、今直ぐにでも戻りたいよ………。」


 溜息交じりにそう呟きながら、青年は凡そ生気の無い幽霊の様な足取りでフラフラと歩き去って行きます。後にこの青年は今後起こる、あの大事件に関わって行く事になるのですが、それに関してはもう少ししたらお話ししましょう。

 ともあれ、リラの長い長い7月は未だ始まったばかりです―――――。

キャラクターファイル32


浅木君枝(あさぎきみえ)


年齢   16歳

誕生日  10月28日

身長   171cm

血液型  AB型

種族   人間

趣味   占い

好きな物 面白い小説や学術書


東京都文京区に住む女子高生で、灰色のセミショートヘアーにオレンジと黄緑のオッドアイが特徴と、神秘的な雰囲気を漂わせる。

占いが得意でその腕はプロレヴェルと専らの評判らしく、ネットでも“天才占い師”と囁かれる程。

常人よりも博識で、天才的な能力の持ち主らしいが詳しい事は一切不明。

分かっているのはハイネリア型の上級水霊(アクア)を内に宿した、途轍も無いポテンシャルを秘めた事だけである。

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