表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A.Q.U.A.R.I.A  作者: Ирвэс
第三章 水と時間は螺旋の様に
29/44

第28話 海底みたいな夜に

お待たせしました。今エピソードで水霊(アクア)の世界の一端とアクアリウムの真実が明らかになります。

 リラ達1年生の4人が下校中、神船川でプラちんなる河童と遭遇したその日の夜の事でした。


 「眠れない……。」


 アパートに帰宅したリラは用意した夕飯を食べ、何時もの通りアロマの香りに満たされながら予習と復習を一通り行って入浴。そのままベッドに就いて寝ようとしたのですが、いざベッドの布団を被って目を閉じれば、思い出されるのはプラちんと遭遇してからの諸々の出来事ばかり。色々と衝撃的な情報が洪水の如く脳内に押し寄せ、その熱も冷めやらぬ状態なのにどうして安眠など得られるでしょうか?

 先述の予習及び復習の時も、リラはこうした出来事が脳内で逡巡した為に悪戦苦闘していましたが、その点を鑑みても彼女にとって今日の出来事が如何に衝撃的だったかが分かると言う物です。

 水妖(フーア)との出会いも衝撃的なら、水霊(アクア)及びアクアリウムに関しても衝撃的でそれまで知り得なかった事を多く知った手前、それらの情報がモスケンの大渦巻(メイルシュトローム)の様に激しく逡巡してとても寝付けません。


 「あぁ~~~んっ!もう駄目!寝られない!」


 今日の出来事をゆっくり整理する為、リラはそのままパジャマ姿で散歩に出る事にしました。折しも季節は7月に差し掛かったばかりで水の都たる蒼國市と言う事もあり、外の空気は水分がたっぷり含まれて結構ジメジメしていました。とは言え気温自体は其処まで高くなく、蒸し暑さが無いのが不幸中の幸いでした。

 水霊士(アクアリスト)として、水の力を或る程度操れるリラは周囲の空気の水分を操作し、不快指数を下げた上で快適に夜の街を歩きます。近くの水路や川の流れが織り成すせせらぎの音が何時もながら耳に心地良く、多少は心が落ち着きます。

 

 一方、近所である忍の家では、当の彼女がその日やるべき事を一通り終え、これから眠りに就こうとしていました。


 「さて、風呂も入ったしもう寝るか……って、ん?」


 ベッドに乗っかった際、何とはなしに窓の外を見た忍の視界にリラの姿が飛び込んで来ます。


 「何だ?汐月の奴、こんな遅くに……。」



 そんな事は露知らず、リラは近くの水路に面した石段に腰を下ろし、静かにそのせせらぎの音に耳を傾けていました。河口に繋がり、そのまま海へと向かう川の向こうを見ながら、リラは今日テミスから言われた「或る言葉」を思い出していました。


 「精霊使い……水霊士(アクアリスト)………。」


 プラちんから告げられた、大昔に大自然の精霊と心を通わせる事の出来た人間、即ち「精霊使い」の存在―――――。

 その中でも水の精霊と深く絆を結び、その力を行使する「水霊士(アクアリスト)」―――――。

 出会った自分以外の水の精霊の使い手が、現段階では未だ潤1人だけであるリラは、他の火や風や土と言った精霊やそれと心を通わせる精霊使いの人間の存在に想いを馳せていました。

 一体、この海の向こうの遠い世界には、自分の知らない精霊がどれだけ存在し、自分と同じくそうした精霊達と心を通わせられる人間がどれ位いるのだろう?数キロ離れた河口へと続く水の道の彼方をボーっと眺めながら、リラは世界の精霊とその使い手達に関する取り留めも無い空想や妄想を頭に描いていました。


 サラマンダーの様な灼熱のドラゴンやイフリートの様な魔人―――――。

 クラーケンやリヴァイアサンの様な海の魔物―――――。

 ノームやドワーフの様な大地の妖精―――――。

 シルフやハルピュイア、ペガサスの様な天翔ける風の幻獣―――――。

 そうした存在を操る、何かのRPGに出て来そうな魔導士風の衣装に身を包んだ人間達―――――。


 (こんなのが本当に居たら面白いんだけどなぁ~……?)

 

 考えただけでドキドキやワクワクが止まらず、リラは思わず口元から涎を垂らしながら自分の空想の世界に陶酔します。如何にも空想や妄想が好きな彼女の面目躍如の瞬間が其処にはありました。


 「――――月!おい、汐月!!」


 ですがそれは直ぐに後ろから聞こえた声に儚くも掻き消されてしまいます。不意に背後から響いた、自分を呼ぶ声に驚いて恐る恐る後ろを向くと、其処には手を後ろ手に組んで佇む忍の姿が有りました。

 リラと同じくパジャマ姿でしたが、薄いブルーに長袖のパジャマを着て足元にクロックスを履いたリラと違い、忍は紺色の半袖で下はショートパンツの様に短く、太腿から足の爪先まで余す所無く露出しており素足にサンダル履きでした。蛇足ですがリラの足の形はスクエア型で忍はギリシャ型です。


 「忍…先……輩………?」


 まさかの忍の登場に思わず面喰うリラでしたが、忍は気にせず話し掛けて来ます。


 「どうしたんだよ、こんな夜更けに外出歩いて?もしかして眠れないのか?」


 「え…?あっはい、そうですけど………。」


 しどろもどろになりながらそう返すリラですが、忍はやれやれと言わんばかりに溜め息を吐いて彼女の元に歩み寄ります。


 「隣、良いか?」


 「―――どうぞ。」


 そう返すが早いが忍はリラの直ぐ隣に腰を下ろしました。石段の上に投げ出された忍の両脚を、青白い月が照らします。毎日出会ってるので分かっていましたが、忍は身長が171㎝と、日本人女子の平均より高身長の忍の脚は長く伸びており、それでいて水泳で筋肉が良く引き締まっている為に見事な脚線美でした。その健康的なエロスには、隣に座ったリラも思わず目を奪われます。

 ですが、何時までも黙ってばかりではいられません。忍が何故こんな所に来たのか、尋ねなくてはならないのです。若干あたふたしながらも、リラは何とか言葉を発します。 


 「あの、えっと……し、忍先輩、どうして此処に?」


 「どうしてって…これから寝ようとして窓の外見たら偶々お前の姿見掛けてな。何かあったのか気になったんだよ。」


 「そ、そうですか……。御免なさい。でも、私の事を気に掛けてくれて嬉しい…です!」


 自分の所為で忍が今此処に居ると分かり、リラは申し訳無い気持ちになりましたが、同時に大好きな忍が自分を気に掛けてくれていたと分かり、嬉しくもなりました。


 「かっ、勘違いすんなよ!?あたしはあくまで先輩としてお前に悩みとか有んなら聞いてやろうって思ったまでだかんな!?」


 先日の事を思い出したのか、忍は顔を赤らめながらそう返します。そんな忍の様子を、リラは微笑ましく見つめていました。


 「有り難うございます。でもその前に今日、みちる先輩と一緒に受験勉強してたんですよね?こないだ模試有りましたけど、今日来た結果どうだったんですか?」


 「あぁ?A判定だったよ。あたしとみちるの行きたい大学(とこ)はさ。」


 まるで今日、一緒に帰れなかった事への未練を体良く吐き出すが如きリラの言葉でしたが、忍は努めて平静を装いながらそうあっさり返しました。


 「Aって凄いですね。それで先輩達って来年何処受けるんですか?」


 「『海応大』だよ。つってもあたしとみちるは学部違うけどな。」


 『海応大学』とは、日本でも多くの有名水泳選手を輩出している東京の名門大学でした。泳ぎに定評の有る蒼國市民の中でもこの大学に進学する者は多く、忍とみちるも例に漏れません。蒼國からのアクセスもそう遠くないので、卒業したらもう簡単に会えなくなると言う心配は無いでしょう。


 「そんでみちるの奴、あとちょっとのとこでAに届かずB判定だったモンだから、悔しくて今回あたしに勉強教えてくれって頼んで来たんだよ。」


 此処まで来ればもうお判りでしょうが、今回みちるが忍と一緒に帰った理由は、次の模試でA判定を勝ち取るリベンジの為の勉強会だったのです。そして忍のこうした補足説明を受け、リラは「あはは……」と苦笑いするしか出来ませんでした。みちるも決して勉強が出来ない訳では無く、寧ろ学年では上位でしたが成績自体は実は忍の方が上だったのです。肩を故障していた間、忍は他にやる事が無かった手前、空白の2年近くは勉強に打ち込んでいました。お陰で学年での成績は常に忍が上位でしたが、彼女自身にとっては別段楽しくも何とも無く、鬱屈していたと思うと何とも遣る瀬無い。況してやそれが結果としてみちる以上に高い学力を忍に齎していたと言うのは皮肉な話です。


 「忍先輩、学校でも成績トップクラスですからね。みちる先輩が頼りにするのも分かりますよ。私だって水泳以外に勉強でも、分かんないとこ教えて貰って凄く助かってますから!」


 納得した様子でリラがそう言うと、忍はフッと一息吐いて言いました。


 「みちるの奴、あたしから分かんないとこ教えられた時凄ぇ真剣な顔でノート取ってたけど、Bだったのが相当悔しかったんだろうな。まっ、つってもあいつの方があたしよりも成績良かった教科だって有った訳だから、お互い良い意味で刺激し合えたと思うぜ――――。」


 一緒に勉強すると言うと、お互いにその心算になってつい遊んでしまったり、相手と比べて劣等感を刺激されてやる気を失って逆効果だったり、自分1人で勉強する時間の管理能力が鈍ったりと言うデメリットが有ります。“個々の思考が疎かになる”と言う集団のデメリットは、勉強においても通底すると言う事でしょう。

 然しその一方で、お互いに見られていると言う相互監視の緊張感や、相手の学習のペースを知る事に対するショックと言う良い意味での刺激が得られて自身の向上心に繋がります。また、人に教え合う事はお互いの学びの知識の整理に繋がり、よりそれ等を定着させる事となるのです。互いの会話だって適度な息抜きとなるでしょう。

 勿論、友達と一緒ではなく1人で勉強するのが性に合っている者もいますし、応援や期待がウザくてムカついて煩わしい者もいます。成績向上の為の勉強のスタイルは生徒の数だけ存在する物ですが、少なくともみちるにとって忍と一緒の勉強は彼女にとって大いにプラスだったのは間違い有りません。


 「んで、みちるンとこから帰って風呂入って歯ぁ磨いて、これから寝ようって時に窓の外見たら偶然お前の姿が目に入ってな。気になってこうやってお前のとこ来たってただそんだけの話だよ。」


 「そうだったんですか。御免なさい。これから寝ようとしてたの邪魔しちゃって…。」


 改めて事の一部始終を聞かされ、リラは申し訳無い気持ちで一杯になりました。


 「気にすんなよ。正直あたしも未だそんなに眠くねぇんだし、お前と話してると良いストレス解消になるかんな♪」


 (忍先輩、可愛い……。)


 そう言ってニッコリ笑って見せる忍の表情は、リラの目には心なしか実年齢よりも幼く見えました。頬を赤らめつつ、そんな彼女の顔に見惚れていると、忍は不意にリラの両肩に手を置き、改めて尋ねます。


 「んで汐月、眠れなくてこんなとこ散歩してたみてぇだが、何か有ったのか?あたしで良かったら訊くぜ?」


 「はい、実は――――」


 忍の言葉を受け、リラは今日自分の身に起きた出来事を話しました。先ずは今日出会った水妖(フーア)のプラちんの事です。



 「―――は?カモノハシみてぇな河童に会って?しかもそいつ水霊(アクア)じゃなくって水妖(フーア)って意味分かんねんだけど…。つか何だよ『プラちん』って?吉池の奴良いセンスしてんな……。」


 黙って聞いていた忍は目が点になりました。然し水の精霊足る水霊(アクア)だけでも充分非日常で信じ難い存在なのに、この上更に河童なんて水の妖怪で然もカモノハシの姿をしたそれと出会ったと聞かされて、呆気に取られるなと言う方が無理な話です。

 けれど、リラにとって大事なのは其処ではありませんでした。


 「そうですよね。深優ちゃん、ゲームとかでファンタジー慣れしてるのは知ってましたけど、あんな河童相手に咄嗟に名前まで付けるなんて凄いですよね。でも、それより驚いたのはアクアリウムの事です―――――。」


 そしてリラは漸く本題に入ります。プラちんとの出会いの後、テミスから聞かされたアクアリウムと精霊の真実について―――――。



 話はプラちんが神船川に飛び込んでいなくなった後に遡ります。



 「全く……偶々人間の女の子に無害だからって仲良くしても良いなんて、呆れて物も言えないわ。」


 プラちんと関わる事に対して反対しているテミスは、リラ達4人に対して溜め息と共に愚痴ります。


 「だけどリラ、水霊士(アクアリスト)としての本分だけはこれからもしっかり全うして貰いますからね!この星の水の穢れを浄化する水霊士(アクアリスト)として、貴女には潤と一緒に今以上に成長してくれないと困るの!それこそ上級水霊(アクア)のアクアリウムを満足に扱える位に!!」


 愚痴から一転してリラにそう説教するテミス。すると此処で、不意にリラが口を開きました。


 「そう言えばテミス、アクアリウムの事で1つ訊きたいんだけど?」


 「何ですリラ?アクアリウムに関する質問とは珍しいわね。今まで必要に応じて私が術法を教える事は有っても、そっちから訊いて来る事は無かったのに…。」


 今までハイドロスパイラルシュートや、ミラーリングアクアリウム、ポゼッションアクアリウム等、必要に応じて術法をテミスは教えて来ましたが、普段のリラはアクアリウムの基本であるクラリファイイングスパイラル以外は先ず使いません。行使する水霊(アクア)の種類によって多少の応用は利かせますが、それ以上の術法に走らない―――――良くも悪くもリラは『基本に忠実』な水霊士(アクアリスト)と言えました。


 「さっきテミス、プラちんに対してブルースパイラルビームを向けてたでしょ?テミスのクラリファイイングスパイラルって呼ばれてるあの術を――――。」


 「えぇ、向けてたわね。だけど、それがどうかしましたか?」


 テミスの言葉に対し、リラは葵達3人を一瞥して尋ねました。


 「テミスのあのブルースパイラルビームって言うの、確かに凄かったよね?深優ちゃんのお父さんのガンだって完璧に治しちゃう位に……。」


 「リラっち?」


 「ブルー何とかって、もしかしてさっきテミスがプラちんに向けてた奴?」


 「う、うん。その時更紗いなかったけど、テミスと合体してリラが深優のお父さんの病気治すとこ、私と深優一緒に見てたよ?確かに凄かったけど―――――」


 突然この前の深優の父の航の病気の件で話を振られ、困惑気味の葵達ですが、テミスは少し目を尖らせてリラと向き合います。

 これに対し、リラも負けじとその口から滔々と言葉を放出させました。



 「プラちん言ってたよね?『確かに喰らったらオイラ殺されちゃうから怖いナ』って……ブルースパイラルビームって、その気になれば人殺しにも使えるの?って言うか―――――――」



 そうして一呼吸置くと、リラは自身の抱いた疑問の本質をテミスにぶつけます。




 「アクアリウムって水を癒やす為の術じゃなかったの?」



 リラがその言葉を発した時、数秒間の沈黙がその場を支配しました。 


 「アクアリウムって水を癒やす為の力なのに、それでいざって時にプラちんを撃ち抜いて殺そうとするなんて可笑しいわよね!?確かに深優ちゃんのお父さん癒やす時、テミスと一緒になった時に私も使ったけど物凄くキツかった!でもあの力って本当は命を癒す為じゃなくって誰かを殺す為の力だなんてそんなの私、嫌よ!」


 「リラ……。」


 「リラっち……。」


 「言われてみれば確かにそうだよね……。」


 昨日まで何の疑いも無く穢れの浄化と、それによる癒しの為に使って来たアクアリウム。それを魔物とは言え、命有る存在であるプラちんを殺す為に発射態勢に入っていたテミスの姿に、リラは疑問を抱かざるを得ませんでした。

 するとテミスは溜め息を吐くと、改めてリラに真実を告げます。



 「残念だけど、私のブルースパイラルビームはその気になれば相手を殺す事の出来る高度な攻撃の術でも有るの。」




 「嘘………!?」


 この言葉に、リラは大変なショックを受けたのは言うまでも有りません。いいえ、リラだけではなく葵、深優、更紗の3人もそうです。全員絶対零度(−273℃)で凍り付いた様に動きません。テミスは続けます。


 「事実よ。深優さんのお父さんである吉池航に照射した時、彼の体内で何が起こったか教えてあげましょうか?私の分身を大量に彼の体内に送り込み、それによって彼のガン細胞を残らず食い尽くしたの。そしてその上で私の水霊力(アクアフォース)で身体の組織を修復した上で生命エネルギーを活性化させたのよ。だけど本来は相手をカンディルの様に内側から食い破って殺す事も出来るし、普通にレーザー光線として貫通して殺傷する事も可能なの。言っておくけど、私のブルースパイラルビームだけじゃないわ。そもそもアクアリウム自体、本来は癒し以外にも攻撃や防御、肉体強化みたいに、それこそ貴女達人間がRPGのゲームで良く知ってる様な幅広い用途の魔法に限りなく近い水霊(アクア)達の術の数々で、大昔の精霊使い達は水に限らず火や土、風等の精霊の術を戦闘や医術、農耕や灌漑等にも使っていたのよ。」


 何と、アクアリウムは本来癒しの為の能力ではなく、水の精霊の力を行使する術一般を差していたのです。と言う事はあのハイドロスパイラルシュートも、元は戦闘で水の槍を相手に投げて貫通させる攻撃の術と言う事になります。ミラーリングアクアリウムも、戦争では影武者として使えるでしょう。特に前者は槍を相手に投擲すると言う、癒しと掛け離れた行為だっただけに嫌でも納得せざるを得ません。プラチナによるトルネードクラリフィケーションだって、本来は水の竜巻を起こして全てを粉砕する術と言う事になる。

 自分の中でアクアリウムの実態がどんどん線で繋がって行くのをリラ達が実感する中、テミスは続けます。


 「水霊士(アクアリスト)達はね、その中でも水の精霊の力であるアクアリウムを癒やす事専門に使っていた精霊使いに過ぎないの。でも水霊士(アクアリスト)達だって、その気になればアクアリウム=水霊(アクア)達の力を破壊や殺傷に使えるのよ?と言っても安心しなさいリラ。貴女のアクアリウムには人を癒やせても、殺す力は決して無いわ。」


 「えっ?」


 先程アクアリウムが人殺しにも使える危険な力と聞いてショックを受けていたリラでしたが、次の瞬間テミスから否定されて面喰います。


 「文明の発展に伴って人間達が科学の力とそれによって生み出された武器に頼る様になったから、そうした精霊の力を戦いに使う者自体先ずいない。それでなくても私達上級水霊(アクア)達が地球の全水霊(アクア)達に働き掛けて、リラや潤達現代の水霊士(アクアリスト)達には癒しの為にしかアクアリウムを使わせない事にしたのです。本来攻撃や破壊の為に使う術もその威力を失くし、逆に穢れの浄化と心身の癒しを齎す物へと変えたの。だから貴女のアクアリウムが誰かの命を奪う事は断じて無いわ!」


 その言葉を聞き、リラはホッとしました。最初にブルースパイラルビームの真実を聞いた時はデンキウナギによる感電を超えるショックでしたが、今ではすっかり心は凪の海と同じく穏やかに戻りました。


 「何だ。そうだったんだ……。」


 「証拠だって見せてあげましょうか?私達水霊(アクア)の攻撃の術が癒しのそれに変わっている分かり易い例を――――。」


 そう言ってテミスが右手を翳すと、周囲の水分が集まって水の剣が生成されました。そしてその剣を手に近くの木の枝をジャンプして切断して見せます。それなりに太い枝だったのがいとも容易く斬れたのを受け、4人は呆気に取られました。


 「さて、それじゃあこの剣を葵さん、貴女に刺したらどうなるか―――――」


 「えっ!?何で私!?」


 「ちょっ!?何言ってるのよテミス!?やめっ―――――」


 葵の表情が恐怖で歪み、リラが咄嗟に止めようとしましたがテミスは物凄いスピードで葵との距離を詰め、先程の剣で何と葵の心臓を一突きにしました!


 「うッ……!?」


 葵の胸元に水で出来た剣を深く突き立てるテミスの姿に、リラ達は顔面蒼白となってそのまま呆然と立ち尽くしました。傍から見れば殺人事件の光景なのですから当然と言えば当然でしょう。深海の様に冷たい空気がその場を支配します。


 「あ……葵………ちゃん…………?」


 「あ…葵………?」


 「そ…そんな………」 


 ショックで青ざめる3人。ですが、当の葵からは意外な言葉が返って来ました。


 「あれ?私、痛くない?って言うか何、この感覚?身体が軽い………?」


 何と、葵の胸元は制服が水で濡れただけで血は全く出ておりませんでした。それ所か先程までと打って変わって身体が軽く、疲労が完全に吹っ飛んでいたのです。


 「えっ!?葵、本当に何とも無いの!?」


 深優が呆気に取られる中、テミスがリラに告げます。


 「分かったわねリラ?私達水霊(アクア)の力は、同じ術でも攻撃や破壊にも癒しや回復にも使えるのです。」


 「そ、そうみたいね………。って言うか脅かさないでよテミス!本当に葵ちゃんの事殺したんじゃないかって思ったじゃない!」


 納得はした物の、心臓に悪い光景を見せ付けられた事に対してリラは抗議します。


 「だから“証拠を見せる”って言ったでしょう?それとも信じられなかったのですか。付き合いだってそれなりに長いのに心外ですね……。」


 溜め息を吐いてそう返すと、テミスは改めて説明を続けました。


 「――――話を戻すわ。その気になれば貴女も水の剣を生成して今私がやったのと同じ事が出来るけど、絶対に破壊や殺傷に貴女は使えない。私達水霊(アクア)の力は、これからも癒しの為のみにしか貴女には使わせない。その事を良く覚えておきなさい。」


 「う、うん。分かった!」


 テミスの言葉に納得したリラは、そう強く頷くのでした。

 気付けばもう時刻はもう19時近く。時期的には7月なので未だ完全に夜の帳は下りていませんが、それでも空はだいぶ暗くなっています。



 「じゃあ、私達はこの辺で―――――」



 そう言って葵達が去って行った後、リラは1人家路に就きました。その傍には水霊(アクア)としての姿に戻ったテミスが泳いでいます。

 アパートまでの道中、不意にリラはテミスに話し掛けました。


 「ねぇテミス、アクアリウムもそうだけど、水霊(アクア)についてもう1つ訊きたい事が有るの。良いかな?」


 (良いけど話せる事と話せない事が有るわよ?)


 「話せる事かは分かんないけどさ、さっきのプラちんみたいな水妖(フーア)水霊(アクア)について知りたいの。」


 先程の水妖(フーア)の話を受け、テミスの周囲からやや不機嫌そうに水煙が上がるのをリラは見逃しませんでした。


 (……どんな事が訊きたいの?)


 ですが、テミスが発言を許可した為に思い切ってリラは尋ねました。


 「プラちん言ってたわよね?テミス達水霊(アクア)を『水の精霊』って…。それってプラちん達水の妖怪とテミス達が全くの別の存在みたいな感じだけど、私達人間からしたら精霊も魔物や妖怪と一緒にしか見えないわ。なのにどうして水霊(アクア)だけ特別別物みたいに言われてるの?」


 リラの問いを受け、テミスは内心「何だそんな事か」と思いました。同時に彼女自身、何処か不機嫌と言うか遣る瀬無い気持ちが湧き水の様に染み出て来るのを感じていたのでした。

 自分達水霊(アクア)が、人間からあんな猛獣の延長みたいな野蛮な魔物と同じに見られるなんて心外の極み。まぁ人間にとってはどちらも自分達の理解、即ち人知を超えた存在なのだから一緒にされても仕方無いと言えば仕方無い事だが、あからさまにそれを人の口から告げられるのはやはり不愉快極まりない――――!

 そうした嫌悪の気持ちを包み隠さずにテミスは言いました。


 (良いリラ?さっきも言った通り、私達水霊(アクア)は地球を循環し、命を育み、潤いを与え、穢れを洗い流す水の具現とも言うべき存在なの。そして私達はそんな命の素足る水としての自身の在り方に強い誇りを持ってるわ。他のウンディーネやルサールカと比べても、水の精霊としての斯く有るべき模範と自負すらしている!あんな河童や牛鬼や影鰐、ケルピーやリュムナデスやヴォジャノーイにペグパウラー、ナックラヴィーの様に人間を襲って水に引きずり込んで殺したり、その肉を喰らう様な下等な獣同然の水妖(フーア)共と一緒になんてされる筋合いは無い!!)


 そう一気に言うと、物凄いスピードで前方へ泳ぎ、そのままリラへとUターン。顔がくっ付きそうな位近くへとテミスは迫りました。突然の出来事にリラは驚いて思わず後ずさりました。

 元々気が其処まで強い訳では無いリラには若干怯えの表情が浮かんでいましたが、テミスは御構い無しに続けます。 


 (なのに近頃では、人間による穢れと水の汚染が地球レヴェルで目に余る様になり、穢れ水霊(アリトゥール)なんて気高き水の精霊からそう言った只の水の魔物に成り下がる子達が急増している!同じ水霊(アクア)として実に嘆かわしい!だからこそ、穢れた水を浄化する水霊士(アクアリスト)を1人でも多く増やし育てるのが私達の急務なのです!そう言う意味でもリラ、貴女にはこれからもっと力を付けて貰わないと困る!!これで納得出来ましたか?)


 「う……うん………。あ、後…最後に1つだけ………」


 (最後?まだ何か有るのかしら?)


 怯みながらも最後にもう1つだけ質問をしようとするリラの姿を見て、テミスは内心感心していました。昔のリラなら此処まで強く威圧的に迫られたら、完全に委縮してしどろもどろになって何も言葉を発する事が出来なかったのに、今不機嫌な態度で半ば圧を掛けて迫る自分に対して怯えながらも質問をしている。拙いながらも彼女の中の勇気が育まれている様子を、彼女の身体から出たり消えたりしている小さなモーリーやグッピー、プラティの水霊(アクア)の影からテミスは感じ取っていました。


 (…良いでしょう。貴女の勇気に免じて特別に答えてあげます。)


 「えっと…あの……ア、水霊士(アクアリスト)って……精霊使いって、私や潤先輩以外、地球に今どれ位居るんですか!?」


 まさかその質問をするのか――――テミスはそう思いました。然し、あのプラちんの質問を受けてリラがこんなグローバルな視野から物事を考える様になったのは何の功名でしょうか?

 何れ“彼女”を癒やす為にも、世界中の水霊士(アクアリスト)の力も必要になるかも知れないから、テミスは答えてあげる事にしました。


 (今現在、地球上には70億余りの人間がいるけれど、その中でも水霊士(アクアリスト)は地球中見渡しても僅か十数人程度よ。更にその中で上級水霊(アクア)を満足に扱える者は指折り数えられる程更に少ないわ。)


 「そ、そうなんだ………。」


 (これで満足したかしら?じゃあリラ、改めて地球の水の穢れを癒やす為にも、これから水霊士(アクアリスト)としてもっと成長して頂戴!私の事も100%扱える様に!!じゃあ私はこれで失礼するわ。)


 そう言うとテミスはコバルトブルーの飛沫となり、そのまま雲散霧消して消え去るのでした―――――。



 リラの一連の話を聞いた後、忍は伸ばしていた両脚の片方を折り曲げると、曲げた片足の膝に両腕を掛けて呟きます。


 「――――ふーん、成る程。あたしがみちるンとこ行ってる間にそう言う事が有ったのかい…。」


 そんな忍の様子を見つめながら、リラは続けます。


 「水霊士(アクアリスト)が精霊使いの一種で、世界には未だ私の知らない精霊使いの人達がいるって思ったら凄いなって思って、それにアクアリウムがまさか水の精霊の力を借りた戦いの力で、元々癒しの為の物じゃないって聞いて、おまけに世界の水の穢れを何とかする為にも頑張んなきゃ行けないなんてテミスからも言われて……もう凄い色々と有り過ぎて、頭の中グルグルで全然寝られなくって、だからこうやって散歩してたんです!」


 頭を抱えながら悶々と話すリラですが、対する忍は真顔でそれを聞いているだけでした。

 リラの話を一通り聞いて「成る程、そう言う事か」と思った、忍は大きく深呼吸をしてからこう答えました。


 「まっ、水霊(アクア)の世界の事なんざ一般人のあたし等には分っかんねぇ。つーかそれ以外の精霊の事なんざもっとチンプンカンプンだ。普通の人間に見えない奴等の事なんざあたし等にはカンケーねーしキョーミだってねーし?ついでに地球規模の水の汚染の問題なんて途方も無ぇ事言われたって、今直ぐあたしやお前に何が出来る訳でもねーんだ。考えるだけ無駄ってモンだぜ。」


 気の抜けた緩い調子でそう返す忍に対し、リラは思わず面喰いました。自分の心は潮の流れの激しい灘の海の様に混乱してて、その気持ちを忍に少しでも共有して貰えればと思っていたのに、対する忍はまるで凪の海の様な穏やかさで、しかもその調子をちっとも崩していませんでした。


 「お前さぁ、水霊士(アクアリスト)としての自分の使命っつーか在り方に囚われ過ぎなんだよ。んな精霊がどーとか水霊士(アクアリスト)だの精霊使いだの言ってねーで、てめぇに出来る目の前の事だけ頑張ってりゃ良いじゃねーか。幾等何考えたって、人間それしか出来ねぇんだしよ!んな訳分かんねーモンより、水泳でも何でも目の前の事思いっ切り楽しみゃ良いだろ?その方が余っ程有意義だぜ?」


 含み笑いと共に忍の口から放たれるその言葉に、リラは目から鱗が落ちた気分になりました。確かに彼女の言う通り、“水霊士(アクアリスト)として世界の穢れを癒やす使命”だの“世界の精霊とそれを操る精霊使い”だの、今そんな事を考えたってリラに何が出来る訳でもありません。考えても仕方の無い事に思考を廻らせるなんて、時間の無駄でしか無いのです。

 そんな事考えて使命だ何だと鯱張るより、忍の言う通り学校での勉強や部活の水泳、それに葵や深優や更紗の様な友人達や潤の様な仲の良い先輩との交流―――そうした目の前の1つ1つに心を込めて取り組む方が人生で大事なのは確かでしょう。


 「つっても、水泳に関しちゃついこないだまで肩の故障で苦しんでたあたしが言っても説得力無ぇけどな♪けどこれだけは言えるぜ。あたしはもう自分の中に穢れだけは絶対に溜め込まねぇし、そんな無茶だってしねぇ!目の前の事に誠心誠意心込めて取り組むのは大事だが、それ以上にもっと自分の心と身体大事に生きてく!それはお前があたしに気付かせてくれた事だぜ、汐月?」


 「忍先輩……。」


 忍の言葉に、リラは思わず感動している自分を感じていました。月明かりの中、薄らと目に涙が浮かんでいましたが、忍は気にせず続けます。


 「アクアリウムだってまぁ、確かにあたしの穢れ癒やした時、お前が鯰を槍に変えてこっち投げ付けて来た時ゃこちとら『ヤベェ殺される!』って思ったぜ?あれが元々癒しじゃなくて殺傷目的の術だってんならそりゃ納得だよ。水の竜巻まで起こるし、今思えば『何のバトル漫画だ?』って話だわ…。」


 そう言って深呼吸をすると、忍はリラの顔をじっと見つめながらこう結論付けます。



 「けどな、そう言う相手を殺しちまう様なおっかねぇ力を、逆に相手を癒やして命まで救うそれに変えて使うってのは凄ぇ事だって思うよ。水や電気や火だって、あたし等の生活支えて便利な力だが、その一方で人の命奪う様な災いにもなっちまうだろ?どんな力だって存在自体に罪は無くって、大事なのはその使い方だってお前見てて思うよ。話聞いてる限りテミスはお前に水霊(アクア)の力を殺傷には使わせないって聞いてたが、そうじゃなくてもお前にそんな使い方、出来る訳が無ぇ!お前は優しい奴だからな。これからもそのアクアリウムはあたしやみちる、五十嵐、吉池、長瀞、飯岡や星宮、濱渦や漣………色んな奴等を癒やす為に使えよ!先輩命令だぜ、これは?」



 本人に自覚は有りませんでしたが、その時の忍の表情はさながら母なる海の様な慈愛のそれになっていました。そしてそんな忍の言葉に、リラは思わずその藍色の瞳をより大きな涙の雫で潤ませました。形こそ命令ではあっても、それは水霊士(アクアリスト)としてのリラの在り方を全面肯定する物であり、彼女の背中を押すのに十分な重みのある言葉だったからです。同時に先程まで感じていた胸のざわめきも、気付けば忍へのトキメキに変わっていました。

 その様子をテミスは遠くから眺めていましたが、付き合いが長いとは言え人間ではない自分よりも、例え出会って間が無くても心を通わせた人間の忍の言葉に心を大きく動かされ、惹かれてすらいるリラの様子を見て、自身のリラに対する考えを改め始めておりました。

 一方、忍はリラに密着寸前の所まで近付くと、再び彼女の肩に手を置いて言いました。堪らずリラは顔を金目鯛の様に赤くします。


 「良いか汐月、使命に熱心なのは良いが無茶だけはするな。それにばっか囚われんな。水霊士(アクアリスト)の前にお前だって人間なんだからよ。てめぇの弱ぇとこも情けねぇとこも受け止めた上で、自分もっと大事にしろ。あたしだってこれからはそうすっからさ………。自分大事に出来ねぇのに、他人を癒やすも何も無ぇ。そうだろ?」


 「先輩………はいっ!!」


 自身に対してそう労わりの言葉を掛ける忍に対し、何時しかリラは学校の先輩処かそれ以上の――――――そう、実の姉の様な親しみを覚えていました。

 今まで一人っ子で、兄弟姉妹の居なかったリラにとって上の兄姉は憧れの存在でした。況してや家が近所で良く会う手前、男勝りで口は悪いけれども叱咤したり励ましたりしてくれる忍に対して単なる学校の先輩以上の特別な感情を抱くのは無理からぬ話です。

 リラにとって忍は、まさしく水族館でアシカや海豚を調教するトレーナーであり、餌を与えたり水槽を掃除してくれる飼育員其の物と言っても過言では無い存在でしょう。仕事以上に水の生き物に対する愛情が無ければ、そう言った仕事は先ず務まらない所からもそれは明白です。前者が水泳部の先輩後輩としてなら、後者は水泳抜きのプライベートでのそれと言えましょう。



 〔いや~、仲良しだね二人トモ♪〕



 突然耳に飛び込んで来た声。思わず2人が前を向くと、何とプラちんが水路の中に浮かんでいました。無論事情を知っているテミス達ですが、向こうの「人間の女の子は手を出さない」と言う言葉に嘘偽りは無さそうだったので取り敢えず静観していました。尤も、何か動きが有れば即座に駆け付ける気満々でしたが………。


 「お、おい汐月……あたし今アクアヴィジョン使ってねぇけど、あれがお前の言ってた例の河童か?」


 「は、はい。あれがプラちんです……って、えぇっ!?忍先輩、プラちん普通に見えるんですか!?」


 何と、アクアヴィジョンを使っていないにも関わらず忍の目にはプラちんが普通に見えるのです!これには水霊士(アクアリスト)として、水霊(アクア)水妖(フーア)の様な水属性の超常存在が日常的に見えるリラも驚かざるを得ませんでした。


 〔何だ、知らなかったノ?オイラ達はその気になれば認識阻害の術を解除して、誰にも姿を見れる様に出来るんダヨ?〕


 「えっ?そうなの?」


 「マジかよ。UMAがあちこちで目撃されてんのに正体が掴めねぇのも納得だぜ…。」


 水霊(アクア)水霊力(アクアフォース)を持った人間じゃないと霊視出来ないのに対し、どうやら水妖(フーア)は認識阻害の術を操り、気紛れに人の前に姿を現してやる事が出来る様です。

 河童もそうですが、ニンゲンやヒトガタの様な水棲系のUMAも、もしかするとこうした水の世界の魔物が偶然人間に目撃されて噂だけが出回り、それが長い時間を掛けて伝承、そして伝説として語り継がれた勘違いの賜物なのでしょうか?

 その真偽の程は残念ながら我々人間に窺い知る事は出来ませんが、取り敢えず忍は初めて目にする河童を食い入る様に見つめていました。イメージとは凡そ懸け離れた存在ではあっても、葵が愛でる程の可愛らしい外見だった為、一応女の子である忍もポーッと顔を赤らめながらじっと眺めています。


 然し、プラちんはそんな忍の様子など我関せずにリラの方を向いて意味深な発言を繰り出します。



 〔(チミ)はまるで、川に落ちて溺れそうな子供ダネ。〕



 出し抜けにプラちんの発した言葉ですが、リラは一瞬心を抉られる感覚に襲われました。中学の頃、虐めを苦に川に身を投げて入水自殺を図ったのですから当然の事です。無情に海へと向かう冷たい水。その流れる力に翻弄され、息も出来ずに身体を冷却されながら自身が死に近付いて行く感覚は、トラウマとまでは行かずとも今思い出すだに恐ろしい物です。

 そんなリラの心の波の揺れ動きを、テミスは決して見落としませんでした。気付けばリラの身体は震えており、忍も直ぐにそれに気付きます。


 「汐月?おい汐月!」


 心を抉られる感覚に我を忘れて震えるリラでしたが、忍の言葉が彼女を現実に引き戻してくれたお陰で震えも収まりました。突然残酷な言葉を投げ掛けるプラちんに対し、改めて恐れと警戒を抱くリラでしたがプラちんは気にせず言います。


 〔(チミ)は自分に課せられた現実を重く考えてるけどサ、深いと思ってる川が実は浅い事だって有るし、仮に深くても(チミ)の浮袋になってくれる存在は幾つもあるンダヨ?(チミ)が怖いって思ってる物なんて、本当は其処まで怖くナイヨ。〕


 「……何言ってるか良く分かんねーけど、要は汐月の事励ましてんのか、お前?」


 プラちんの放つ言葉は悪意の無い、寧ろ優し気な声音を帯びていました。そして忍の指摘に対し、プラちんは波間から出た頭をコクリと縦に振って頷きます。どうやら図星の様です。


 「ず、随分分かったみたいな言い方するわね貴方……。」


 〔オイラだってかれこれ50年も生きてるんだゾ。その分人間の事は観察して来たからそれ位は分かるサ!〕


 「そ、そうなんだ…。」


 〔あのテミスみたいな水の精霊の前に、(チミ)はもっと目の前の人間と一緒に過ごす時間を大事にネ!〕


 唖然とするリラに対してそれだけ言うと、プラちんは水の中に潜っていなくなりました。


 「結局何しに出て来たんだよ、あいつ………?」


 2人は呆れながら水路を流れる水のせせらぎに耳を傾けていました。同時にテミスは忍の事を遠くからじっと眺めていましたが、彼女の眼差しには「或る種の決意」が浮かんでいるのでした――――。



 「じゃあ忍先輩、お休みなさーい!」


 「あぁ、お休み!」


 その後、忍は気分直しにリラと二言三言と他愛の無い学校での四方山話を交わしました。そうしてリラの心が落ち着くと同時に、彼女に眠気が訪れたのを見計らって2人は解散。就寝の為に帰宅します。リラと別れ、忍が自室に戻った時でした。



 「お帰りなさい。待ってましたよ忍さん。」


 「なッ、テミス!?何であんたが此処に居んだよ……!?」



 部屋のドアを開けて中に入ると、忍を待ち受けていたのは何と人間態のテミスでした。意外な人物との遭遇に再び面喰う忍でしたが、直ぐに気を取り直して身構えます。

 普段リラとしか絡まない相手が、寄りにも寄って自分に用が有って現れ話し掛けて来たのですから、絶対に何か有ると見て間違いは有りません。それこそ悪い意味でとんでもない何かが―――――。

 そう思って身構える忍に対し、自身を警戒しているのを察したテミスはフッと笑みを浮かべて優しくこう切り出します。


 「身構えなくて大丈夫です。今回私は貴女にお願いが有って来ました。」


 「あたしに“お願い”だって?一応あんた汐月の保護者役みてぇだけど、そんなあんたがあたしに何を頼むってんだよ……?」


 突然“お願い”と言われて怪訝な表情を浮かべる忍に対し、テミスは単刀直入に答えます。


 「リラの良き隣人として、あの子の事を支えて欲しいのです。」


 「あいつを支える?どう言う事だ?」


 突然リラを支えて欲しいと頼まれ、忍は更なる困惑を覚えました。テミスは言います。


 「詳しい事は今は話せません。然しこれだけは言えます。あの子はこれから深海より深い人間の闇に挑む事になるでしょう。確信を持って言いますがその時、葵さん達の様なお友達だけではリラを支え切れないわ。貴女の様な先輩の年長者の支えだって、あの子には必要なのです。どうか受け止めてあげて下さい。あの子の心の闇を―――――リラには葵さん達の様な横の友人とは違う、縦の立場からの愛情も必要なのですから。どうか、私の分までリラの心を優しさと愛情で満たしてあげて下さい。それが出来るのはあの子に近しい人間だけなのです。どうかお願いします!」


 そう言って頭を深々と下げるテミスの姿に、忍は返す言葉も有りませんでした。まさか上級水霊(アクア)なんて人知を超えた存在で、口の悪い人間からは化け物と呼ばれても仕方の無い相手から頭を下げて物を頼まれるなんて、18年近い人生の中で初めての事でしたから……。

 ですが、それ以上に忍の中に海底から立ち上る泡の様に浮上して来るのは、リラに対する疑念でした。


 (汐月の心の闇?そう言や長瀞の奴、前に汐月の墓参りに付き添った時にあいつの口から『自殺』なんて物騒な言葉が出たっつってたな………。それと何か関係有んのか?)


 “リラの心の闇”と言われて、真っ先に忍の脳裏を過ったのは何時かの更紗からの言葉でした。更紗から聞いた時には確かに気にもなりましたが、リラにはリラの事情があるからと、その時の忍はノータッチの姿勢でいました。

 然し、リラが自分達には言えない重い何かを抱えている事だけは感じていました。下手をしたら自分以上に辛い何かを―――――。

 そして今回、テミスからリラの事を頼まれると同時に忍は、嫌でもリラへの疑問と向き合わざるを得ない状況に立たされていたのでした。


 (そう言やあたしは汐月の事何も知らねぇ。つーか知ろうともしなかったな。今までアクアリウムなんて魔法みてぇな凄ぇ力が使える以外、どっか浮世離れした変な奴としか思って無かったが、あいつはあいつで今何かデケェ問題抱えてて、それが今圧し掛かろうとしてるってのか?もしそうだってんなら―――――)


 とは言え忍自身、リラの事を未だ良く知りません。ですがそれでも、忍の知っているリラの姿だって、充分彼女の脳裏に焼き付いていました。


 アクアリウムで自身の心と身体を癒やしてくれたリラ―――――。

 水泳部の後輩として楽しそうにプールで水霊(アクア)達と戯れながら泳ぐリラ―――――。

 そして今夜、自分に対して悩みを打ち明け、頼って来てくれたリラ―――――。


 他にも色々有りますが、その時々のリラの表情の1つ1つを思い起こすと、俄然先輩としても、1人の人間としてもリラの為に一肌脱いでやろうと言う気持ちが湧き水の様に起こり始めます。

 忍自身、口は悪いですが面倒見の良い性格であり、自身を頼る相手を無碍に突っ撥ねる様な不義の徒では断じてありません。“義を見てせざるは勇無きなり”と言う言葉を地で行く側面がキチンと備わっている子でした。

 況してや如何に人間で無いとは言え、相手はリラの保護者的な立ち位置にある存在で、何より折角自分を頼って頭まで下げて来たのです。ならば忍のやる事は1つ!


 「顔上げろよ。」


 忍に言われるままに顔を上げたテミスの視界に飛び込んで来たのは、真剣な目をして自身を見つめる忍の表情でした。


 「あいつの…汐月の心の闇なんて言われたってあたしにゃ何のことかさっぱりだが―――――」


 そう前置いた上で、忍は一際力強い声でテミスにこう告げました。

 

 「あいつはあたしの可愛い後輩であり恩人でもあるんだ。そいつがこれから何か壁にぶつかる時が来て、五十嵐達だけじゃ支え切れねぇってんなら、喜んで力になってやるさ!未だあたしだって、あいつに恩返し出来てねぇしな……!」


 その言葉を受け、さも嬉しそうな表情を浮かべたテミスは忍の両手を握って言いました。


 「忍さん―――感謝します!流石リラが見込んだ大好きな先輩であるだけの事は有るわね!」


 「“あいつが見込んだ”だなんて大袈裟だろ……。つーか“大好き”ってお前………。」


 口では後輩と言いましたが、忍自身は気付いていました。何時の間にか忍にとってリラはそれ以上の存在になっていた事を―――――。


 「貴女はリラの事、どう思うんですか?嫌では無いのでしょう?」


 改めてリラとの関係性を問われた忍は、先程の“大好き”と言う言葉も有って再び顔を赤くします。


 『やっぱり私達、良いパートナーになれると思います!!私、忍先輩の事が大好きです!!』


 同時にこの前リラから言われた言葉の数々が脳裏に蘇り、再び胸が激しくドキドキするのを忍は感じていました。


 「……まぁ、あいつがどっか危なっかしくて、何か問題抱えてそうな奴だから放っとけねぇってのはあたしも前から思ってたよ。で?あいつ一体どんな問題抱えてんだ?ってか、あいつの過去に一体何が有ったってんだよ?」


 両手を後ろ手にモジモジしながらも早速本題に入る忍ですが、当のテミスは本来の水霊(アクア)の姿になってこう告げるだけでした。



 (ごめんなさい。詳しい事は私の口からは言えないわ。だけどね、これだけは教えておきます。リラは――――あの子はずっと独りぼっちだった。自殺しようかと思う程の辛い目にも遭った!そんなあの子の事を想えば、貴女の様な人間が必要なのは無理からぬ話でしょう?)



 「なッ!?あいつが自殺だって!?一体どう言う事だ!?」


 テレパシーで脳に流れ込んで来るテミスのその言葉を受け、忍は驚きました。更紗も「自殺」のワードは口にしていましたが、まさか本当にリラが自殺を思い至る様な経験をしていたとは夢にも思わなかったからです。そして聞けばリラは霧船に進学した際、アパートを借りて一人暮らししているそうですが、それも独りぼっちと関係有るのでしょうか?

 リラに対する謎がますます深まる中、コバルトブルーの水飛沫になってテミスはその場から消え去りました。去り際に忍の脳へ、まるで置手紙の如くこう告げて―――――。


 (それは時が来たらリラの口から直接聞いて下さい。そしてその時まで忍さん、どうか貴女はこれからもあの子の良き先輩…いいえ、愛すべき隣人として普段通り接してあげて下さい。リラの事、これからもどうか宜しくお願いします!)


 上級水霊(アクア)なる人知を超えた存在からリラの存在を頼まれると言う話も然る事ながら、当のリラも水霊士(アクアリスト)と言う非現実的な存在である事を除けば何処にでもいる女子高生に過ぎない筈なのに何か大きな問題を抱えている―――――。

 穢れ水霊(アリトゥール)に取り憑かれて人生を狂わされた時から、忍自身も自分が水霊(アクア)の世界にどんどん近くなって行くのを感じていましたが、リラが一緒なら別にそれも満更悪くはないと忍は思っています。何れにせよ、デカい恩を幾つも作ってるリラの事を、今度は自らが支えねばならない―――――。

 同時に忍は感じていました。自分が今、何やらとんでもない運命の奔流の中に呑み込まれようとしていると言う事を――――!!


 「何だってんだよ全く―――――けど、別に気にする必要は無いよな。テミスも言ってた通り、今まで通りやってりゃ取り敢えずは―――――。」


 然し忍は狼狽えませんでした。先程リラに対して「使命に囚われるな」と熱弁した手前、忍自身もリラと水霊(アクア)の世界に囚われる余り、振り回されては示しが付かない。それにテミスも言ってた通り、幾等リラの事が気になったって彼女が話したくなった時に話を聞けば良いだけなのだから、今気を揉むのは時間と神経の無駄と言う物です。


 「さーて、もう寝るか……。」


 そして今の忍がやるべき事は、明日に備えて眠る事だけ。眠って明日を生きる体力と気力の充実化を図る。それが今の忍に出来る事だからそれをやる。只それだけです。


 (汐月…あたしだってお前の―――――)


 斯くして夜は明け、何時もの日常が蒼國にやって来るのでありました。


キャラクターファイル29


サラキア


年齢   無し(強いて挙げれば忍と同じ)

誕生日  無し(同上)

血液型  無し(同上)

種族   水霊(アクア)

趣味   忍の観察

好きな物 泳ぎ回る事


忍の中で生まれた水霊(アクア)。ダークブルーの身体に白い腹部、そして身体の左右に3本ずつコバルトブルーのラインの模様、背面中央に青紫色の大きな宝珠の有るマンタの姿をしている。

水霊(アクア)としての能力は高速での飛行と、それに伴う浄化の螺旋を纏った切り揉みで相手の身体を貫きつつ穢れを清めると言うアクロバティックな荒療治を得意とする。勿論、螺旋はヴァルナ同様旋回して泳ぐ事でも形成が可能であり、形成後にその渦の中心目掛けて大気圏までジャンプしてダイビングする事で凄まじい浄化のエネルギーを迸らせて渦の中の対象処か、周囲の穢れを広範囲で一掃出来る。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ