第27話 流れし水に潜む怪異
今エピソードでは水霊に次ぐ新たな存在が出て来ます。ちょっとしたマスコットキャラだと思って下さい。
「じゃあ皆、今日は此処まで!」
「お疲れ様でした!!」
総体が終わって3日後の事でした。霧船女子学園水泳部は何時もの練習を終え、部員1人1人がそれぞれの帰路に就きました。リラも葵、深優、更紗の何時もの3人と言うお決まりのグループでの帰宅です。
「ふぅ~、分かってたけど今日も練習大変だったねぇ~……。」
葵がそう言うと、リラと深優と更紗は「うんうん」と頷きます。然しそれも当然と言えば当然です。総体を突破した霧船女子学園水泳部、次の目標は地方の関東大会。当然地元神奈川の地区だけで無く東京、埼玉、千葉、茨城、栃木―――――関東各県の選手達を相手に戦わなければならないのです。
「瑠々先輩、全国に拘ってたし、皆もその第一歩で総体に集中したかったから敢えて触れないでいたけど、9月の国体の予選へ向けても頑張んなきゃ駄目なんだよね……。」
「もう7月頭に予選が有るのよね?総体終わったばっかなのにキツくない?」
然し霧船女子学園の目標は何もそれだけではありません。今まで関東大会を目標に総体へ向けて頑張っていた手前、余計な気負いを持たぬべく敢えてスルーしていましたが、彼女達は9月に開催される国民体育大会、通称“国体”への出場も目指していました。その為にも、7月上旬に開催される国民体育大会県予選会を勝ち抜かなければならないのです!
総体が終わった昨日の今日で一層練習に力を入れなければならない現実は、3年生や2年生と比べても心身共に未熟な1年の彼女達に疲労とストレスの波濤となり、日々容赦無く押し寄せて来ます。葵と深優の2人が思わず愚痴りたくなるのも無理は有りません。
「…確かに国体も目指さなきゃ行けないのは大変だけど、別にやる事は一緒じゃない?限られた時間の中で一生懸命自分の体を鍛えて、自分の泳ぎに磨きを掛けて、そうやってタイム伸ばすだけなんだから。」
「そう…だよね。更紗ちゃんの言う通り、頑張ってタイム伸ばすのが大事だよね!皆だってあれからちょっとずつだけど速くなってるし!」
疲れた自分を無理矢理奮い立たせ、葵と深優をリラは鼓舞します。実際、リラは忍と一緒に泳いでいる内に100mバタフライの記録も1:18秒台に安定して乗る様になり、時速数㎝しか動かないイソギンチャク並みに微々たる進歩でも確実に1:17秒台に近付いているのです。
かの実業家の松下幸之助は言いました。『磨いて光らぬ人はいない』と――――人間は磨いても価値の無い路傍の石ではなく、それぞれがそれぞれの方面で光る物を持つダイヤの原石なのです!
水を友とするリラだって水霊士としてだけでなく、水泳の選手としてもその才は確かに有る。未だ1年生でも、これから時間を掛けて磨いて行けば彼女だってきっと輝くでしょう。実際、泳いでいる時のリラは水霊との交流抜きでも十分に楽しんでいました。忍と競う度にもっと速く泳ぎたいと思う様になりました。
無論それは、“水の民”とも言うべき蒼國市民である葵も深優も更紗も一緒なのです。
「国体かぁ……忍先輩、1年のあの故障からリベンジって意味でもずっと出たがってたし、みちる先輩も一緒に忍先輩と泳ぎたいって言ってたっけ……。」
「うん………。」
ふと昨日の練習の後のみちると忍との遣り取りを葵と深優は思い出します。
「みちる先輩、忍先輩、次の7月にある国体予選も頑張らなきゃですよね?」
制服に着替え終わったリラがみちるに尋ねると、彼女は何処か感慨深げに言いました。
「そうね……忍と一緒にこの霧船で国体に出れるのはもう今年が最後だから―――――。」
するとリラに遅れて制服に着替え終わった忍も言います。
「1年の故障ン時からずっと、もう1度国体に出たいってあたしも思ってた――――。」
そう言って右手の拳を強く握り締めると、忍はこうも付け加えました。
「こないだの総体であたしは昔の自分を超えたって思う。けど、あたしが本当に前に進む為には、もう1度国体に出て優勝する位にまで行かなきゃ割に合わねぇ…!!」
穢れ水霊によって失われた時間を想うと、忍の言葉にリラは思わず胸を締め付けられそうな感覚を覚えました。
同じ気持ちになっていたのは瑠々、水夏、真理愛の3人だってそうでした。彼女達が尊敬するみちると忍と一緒に泳げるのは今年だけなのです。
それは関東大会、全国大会だけでなく、国体だってそう……。
だからこそ、1日でも多く、長く忍とみちるの2人と一緒に同じ舞台に立って泳ぎ続ける為にも、霧船女子は歩みを止める訳には行かないのです!
「私達1年で、忍先輩やみちる先輩とは付き合い短いけど、それでも素敵で尊敬出来る先輩だって言うのは分かるよ…。って言うか人って短い時間でもこんなに深く繋がれるんだね……。」
4月の末に体験入部と称して水泳部の更衣室の門を叩いて以来、そこから水霊関係でなし崩し的にどんどん関わって行って、何時しか水霊仲間としての確固たる絆が其処には生まれていた―――――。
たった3ヶ月だけど、今まで生きて来た中で1番密度の濃いそれだった事を実感しながら、深優は目を閉じてその事実の重さを自身の中で反芻します。
「確かに練習は大変だし、国体まで出れるか分かんないけど、私だって先輩達の事好きだもん!皆と一緒に泳いで一緒に笑える時間が長く続く様に、私も頑張る!」
「おぉ、立派だね深優。」
先程まで疲れてヘトヘトだったのが嘘だったかの様にそう宣言する深優に感心する更紗ですが、葵がジーッと半眼で深優の事を見つめて言いました。
「……とか何とか言って、本当はもっと先輩達の胸モミモミしたいだけでしょ?」
「ハァッ!?んな訳無いじゃん馬鹿葵!!だったら葵の胸で私の練習疲れ吹っ飛ばして貰うから!!!」
「あっ、コラこんな所で……ああぁぁ~~~~んっ♥」
「もう2人とも、公衆の面前だよ!?」
「アハハ、やっぱり2人はこうでないとね♪」
幼馴染に勘繰られて逆ギレした深優がバストマッサージを葵の双丘に炸裂させる様子にリラが突っ込み、更紗が微笑ましく笑って見つめている――――。
黄昏の空の下、何時もの様式美な日常の光景が戻って来た事を実感させられる瞬間でした。
さて、そんな空がすっかり昏くなった逢魔ヶ時、4人は下校の道すがら神船川に差し掛かっていました。
橋を渡って歩きながら、何とはなしにリラが橋の下を見下ろした時です。
「えっ?何なの、あれ?」
思わず橋の欄干に寄り掛かり、眼下に流れる水面へと視線を落とすと、まるでカモノハシとラッコを足して2で割った様な姿の奇怪な生物が、身体を仰向けにして浮かんでいたのです。
「どうしたのリラ?橋の下に何かいるの?」
「魚とか別に見えないけど?って言うかもうだいぶ暗くなって来たし……。」
葵と深優が尋ねますが、どうやら彼女達には見えない様です。恐らく水霊士でないと普通に見る事の出来ない存在なのでしょう。と言う事は水霊の仲間なのでしょうか?
「3人とも、アクアヴィジョンで見てみて!」
「うん……って、えぇっ!?何あれ!?ラッコ!?カモノハシ!?」
葵達がアクアヴィジョンを発動させて川の下を覗き込むと、その怪生物が川の波間に漂っている様子が3人の目にも確認されました。無論、周囲には大小様々な夥しい数の水霊達も泳ぎ回っていますが、どう言う訳か誰も件の怪生物に近付こうとはせず、寧ろその周囲だけ『モーゼの奇跡』で海が割れる様に避けて泳いでいました。
「リラっち、アクアヴィジョンじゃないと見えないって事は、あれも水霊なの?」
「でも変じゃない?本当に同じ水霊の仲間ならもっと近くを泳いでても良いのに、皆あのラッコを避けてる様にしか見えないわ。」
「私だって水霊の全部を知ってる訳じゃ無いけど、あのカモノハシみたいなのは確かに変だわ。何て言うか……他の水霊達から感じる様なクリアな水って感じじゃなくって、どっちかって言うと濁ってるって言うか淀んでるって言うか……。」
先程から自身を支配している感覚を、リラがそう抽象的に形容した時でした。
怪生物はそのつぶらな目をパチッと見開いたかと思うと、こちらの気配に気付いたのか、リラ達の方に視線を向けると同時に突然川に潜ったのです。
そして川底から勢いを付けてまるでアロワナかハクレンの様に力強く水中から飛び出し、そのままリラ達の目の前に着地しました。
「とっ、飛び出して来た!?」
驚くリラですが、謎の怪生物は別に何もして来ません。全身の体毛から水を滴らせながら、無言でこちらを見つめているだけでした。
大きさとしては深優の膝程しか無く、全体的に丸々とした身体に愛らしいつぶらな目。頭頂部から背筋に沿って鰭の様な物が付いていました。
「か、可愛いぃ~♥」
「ちょっと葵!」
ビジュアル的に愛らしい為か、可愛い物好きの性を発揮した葵が思わず両手を広げて近付こうとします。そのまま抱き着く心算なのでしょうか?
気付くと周囲に無数の水霊達が集まり、自分達と怪生物の周りを包囲しているのにリラは気付きました。
只ならぬ状態を受け、思わずリラが葵を羽交い絞めにします。
「待って葵ちゃん!あれに近付いちゃ駄目!!」
「え~何で!?可愛いんだから頼めば抱っこさせてくれるって……」
「行けません!!」
すると突如テミスが人間態の姿でリラ達4人の前に現れ、厳しい言葉と共に制止を促しました。並々ならぬ怒気を孕んだ言葉に、リラ達は思わずビクッと委縮してしまいます。目の前のあの生き物は水霊ではないと言うのでしょうか?
4人を制止させると、テミスは改めて目の前のカモノハシともラッコとも付かぬ生き物について触れました。
「貴女達、どうして水妖なんかに関わろうとしたの?」
「フ、フーア……?何それ?」
聞きなれない言葉にリラは目が点になります。険しい顔で相手を睨み付けるその様子から、どうやら目の前の生物は水霊では無く、水霊士のリラですら知らない未知の存在の様です。
自分達は下手な海難事故よりも遥かに恐ろしい、尋常ならざる異常事態の渦中に居る――――周囲の水霊達がこの場を包囲して睨みを利かせる状況から、一般人の葵達はそれを察して思わず身構えます。
こんな事態でも神船川が変わらぬせせらぎの音を発する中、テミスは一息溜め息を吐いて説明します。
「フーアって言うのはね、私達水霊とは異なる水の存在。卑近な例で言えば河童や人魚、セイレーンや船幽霊みたいな妖怪であり魔物よ!」
「み、水の妖怪!?あれが……!?」
水霊とは違う水の存在に、リラ達は絶句します。無理も有りません。水霊なんて精霊だけでも十分超常的で普通に生きていたら一生関わる処か、お目にすら掛かる事の無い存在なのに本格的な妖怪に出会う日がまさかやって来るとは思いもしなかったからです。
因みにテミスの言葉を補足しますと、フーア(fuath)とは元来スコットランドのハイランド地方に住むゲール民族の言葉で「憎悪」や「嫌悪」を意味する言葉で、彼等の民間伝承では水に関する凶悪な魔物の総称を差します。複数形はフーハン(fuathan)で別名をアラハト(Arrachd)、或いはフーア・アラハトです。
「私達水霊は基本的に人格は女だけですが、彼等は男女両性で外見も能力も私達以上に千差万別。そして私達水霊と違って、彼等には別に地球の水の穢れを浄化する役割も何も無く、各々で自由に生きているわ。そして此処からが大事だけど、彼等の中には極稀に人間を襲って捕食、殺傷する危険な者も存在しているから、絶対に関わってはいけないの!」
テミスの言葉に、4人は改めてバスタブ一杯に頭から冷水を浴びせられる様な感覚を覚えました。まさか人間を襲って殺しかねない危険な魔物と遭遇するなんて、それこそ海でホオジロザメに襲われるより遥かに低い確率の不幸です。然し、一度遭遇したからにはもう死と限り無く同義であるその不運は通常なら嘆く以外有りません。
「さぁ、早く私の後ろへ!」
「え?うっ、うん!」
然し、不幸中の幸いとして今のリラ達には上級水霊のテミスが付いているのです。その事実を再認識すると共に、改めて4人はテミスの背後に回ります。
そうしてテミスが身構えた時です。
〔へぇ~、驚いたナァ~。まさかこんな凄い精霊が味方する人間がいるナンテ。〕
何と目の前の魔物は、周囲の緊迫した空気を真っ向から掻き消す様にそう気の抜けた言葉を発しました。
「し、喋った……!?」
初めて言葉を発した所を見て唖然となるリラ達人間の少女達。するとカモノハシに似た水妖は妙にフレンドリーな感じでこちらに近付いて来ます。
〔別に身構えなくて良イヨ~?オイラは人間を襲う様な趣味は無いカラネ♪それにオイラ、フェミニストだから女には手を出さない主義ナンダッ!〕
「近付くなッ!!リラには手出しさせない!!」
「テ、テミス……ッ!?」
別に危害を加える心算は無いと言う魔物ですがテミスは信用していないのか、全身から水霊力のオーラを放ち、一層険しい表情で叫びます。その語気の強さに驚くリラですが、同時に奇妙な感覚をテミスから感じました。
(あれ…?テミスから感じるこの感覚……。)
それは何だか懐かしい感覚でした。まるで今は亡き自分の祖母ユラが近くにいる様な―――――。
〔リラって言うんダネ、その人間の子ハ?上級水霊のお前しゃんが肩入れするって言う事ハ、きっと並々ならない存在って事カナ~?〕
「お前には関係の無い事だ!!速やかにこの場から立ち去れ!!」
先程からのテミスの塩辛対応に魔物は溜め息を吐くと、橋の欄干の方へと歩いて行きます。丸っこいフォルムでポテポテ歩く姿は愛嬌が有り、思わず葵も見入っていました。
〔ヤレヤレ、オイラの言う事が信用ならないなんて悲しくなっちゃうナ……。父ちゃんから聞いてた精霊使い、ずっと会って見たかったノニ……。〕
「精霊使い……?待って!」
「リラ!?」
橋の欄干によじ登って再び川に飛び込もうとした魔物の呟きに反応したリラは、思わず彼を呼び止めます。リラの言葉を受け、魔物は欄干から降りて再度彼女の方を向き直りました。
そうしてテミスの横に立ち、リラは尋ねました。
「精霊使いって、もしかして水霊士の事?それにお父さんから聞いてたって言ってたけど、貴方は一体何者なの?教えて!」
「リラ!そんな事を聞いて何に……」
〔良イヨ~。教えてアゲル。精霊使いの事も、オイラの事もネ!ホラ、君もこっち来て座りなヨ?〕
そう言って魔物は腰を下ろしてリラに自分の手前に来る様に促します。リラはテミスと向き合い、コクリと頷くと直ぐに魔物と対面します。
尚、テミスは水霊の姿になると同時に魔物の直ぐ真横に陣取り、眷属の水霊達と有事の際に即応出来る態勢を取っていました。無論、背後では葵と深優と更紗も緊迫した状態で事の成り行きを見守っています。
同時にリラはアクアフィールドを展開し、3人にオープンチャンネルで水霊達と目の前の魔物の言葉が耳に入る様に図らいました。
(良い?少しでも妙な真似をすればどうなるか分かってるわね?)
何時でも伝家の宝刀である“ブルースパイラルビーム”を照射出来る状態のテミスに対し、魔物は改めて溜め息を吐いて言いました。
〔それが噂のブルースパイラルビームなんダネ。確かに喰らったらオイラ殺されちゃうから怖いナ………さて、じゃあ先ずオイラの事から話すヨ―――――。〕
そう言って魔物は目を閉じて言いました。
〔オイラはネェ……オーストラリア帰りの河童ナンダヨ!〕
「えっ……えええぇぇぇ~~~~~~~っ!!!?」
何と、目の前にいる魔物の正体はまさかの河童!突然のカミングアウトを受け、リラ達の絶叫が神船川に木霊します。
「ううう、嘘でしょ!?こんなカモノハシみたいなのが河童だなんて話、私聞いた事無いよ!?」
「普通河童って、頭にお皿が有って亀っぽい姿をした半魚人でしょ!?イメージしてたのと全然違う!!って言うかオーストラリア帰りって何!?」
「私達人間の河童に対するイメージって間違ってたのかな?」
一般に河童と言うのは亀を擬人化した姿の説や、毛深い猿人の様な姿の説が有りますが、両者に共通して言えるのは頭部に水を湛える皿や窪みが有り、それが命綱であると言う事です。然し、目の前にいるこの自称河童の魔物の頭にはそれらしい物が何処にも見当たりません。
そもそも河童と言う妖怪の起源は中国の“河伯”と言う神様にあり、その伝承が日本に伝わる過程で生まれた物とも、同じく中国の水妖である“水虎”が起源ともされてますが、何れも頭部に皿らしき物は無く、起源自体今一つハッキリしていません。それこそ皿の由来は宣教師の髪型である“トンスラ”の見間違えと言う俗説まで出回る程あやふやです。
離れた所で姦しくしている3人のリラの友人達を見て、魔物はフッと笑うなり説明を続けます。
〔今の時代、人間達の間で国際化が叫ばれてる位なんだから、オイラ達妖怪や魔物、精霊だってそれにつられて他所の国に出入りしたって可笑しくないジャン?〕
「そ…そう言われると妙に説得力有るわね……。」
魔物の言葉に思わず納得してしまうリラ達。然し、仮にもしそうだとしたらそれはそれで問題では無いでしょうか?海外から危険な魔物が日本に入って来るとなれば、日本の妖怪とだって抗争が起きかねません。危険な外来種との縄張り争いは、そうした怪異の存在の間でも日常的に起こっているのでしょうか?
〔話を戻すヨ?オイラの父ちゃんはこの川に800年前から住んでる河童でサ、今から50年位前に川の向こうが見たいからって言って泳いで行って、そのままオーストラリアに辿り着いたんダ。〕
「オーストラリア辿り着いちゃうの!?って言うかそれ思いっ切り太平洋横断してるよね!?」
魔物に対して深優がそう突っ込みます。イギリスのドーバー海峡は人間の泳力でも横断は可能ですが、人間よりも遥かに泳ぎに特化した河童ならばそれ位出来なくも無いと言う事なのでしょうか?全く、人ならざる魔物は人間の理解を超えています。
人間としてはこれだけでも十分驚愕すべき事ですが、更に魔物は続け様にとんでもない爆弾発言を投下します。
〔そんで、オーストラリアのカモノハシの母ちゃんと父ちゃんがくっ付いて生まれたのがオイラだって訳サ♪〕
「え………………?」
魔物の発言を受け、リラ達の思考は完全に停止。4人はまるで白化して骸と化した珊瑚の如く真っ白になりました。
河童がカモノハシと交わって生まれたのが目の前にいるこの魔物?意味不明過ぎて全く理解が追い付きません。これでは思考停止も止む無しです。
宵闇の立ち込め始めた逢魔が時の神船川に数分間、せせらぎの音のみが響き渡った後―――――
「ええぇぇぇ~~~~~~~~~っ!!!?」
分かり切った展開ですが、再度4人の絶叫が橋の上に木霊します。こんな状態でも神船川の水は変わる事無くそのせせらぎを周囲に響かせていました。
「河童がカモノハシと結婚~~~~~っ!!?」
「国際化にも程が有るじゃん!!!」
「まぁでも、妖怪なんて人間の理解を超えた存在なんだし、それで納得するしか無いのかな?」
驚愕と共に口々にそうリアクションの言葉を発する葵と深優と更紗ですが、リラは少し興味深そうに話し掛けました。
「す、凄いね。お伽話とかで人間が人じゃない種族と結婚して子供を作るって言うのは聞いた事が有るけど、人間以外の動物と子供を作るなんて話初めて聞いたわ!」
確かにリラの言う通り、ファンタジーではそうした異類婚姻の話は然して珍しい話では有りません。陰陽師の安倍晴明も人間と狐のハーフだと言われてましたし、犬や蛇や雪女の間に生まれた子供の話も有ります。変わり種ではライオンと蟻の間に生まれたミルメコレオと呼ばれる怪物の話も有る位ですし、河童がカモノハシと結婚と言うのも、組み合わせは兎も角として何等不思議では無いでしょう。
小並感……もとい月並みな感想を述べたリラに対し、魔物はリラの藍色の瞳をじっと見つめながらこう返しました。
〔凄いのは君の方ダヨ。人間がまさかこんな凄い力を持った上位の水の精霊を従えてるなんて、オイラも最初見た時ビックリだっタナ。〕
(別に私はリラに従ってる訳では無い。寧ろ私の方がこの子を育てて指導する立場に有るわ。)
半ば不機嫌そうにテミスが訂正の言葉を発しますが、魔物はニコニコ笑ってリラに言いました。
〔父ちゃんが言ってタ。昔は火や水や風、土――――そう言う自然を司る精霊と心を通わせ、その力を操る「精霊使い」って言う人間が何人も居たッテ。でも人間が段々科学なんて物に走る様になってから、そう言う精霊使いもどんどん減っちゃって今じゃ絶滅危惧種だっテネ。君は水の精霊使いで水霊士なんて言われてるけど、ずっと精霊使いの人間にオイラ会ってみたいって思ってたから会えて超ラッキーダヨ♪〕
「精霊使い」―――――その言葉はリラの耳に強く残りました。言われてみれば確かにテミス達水霊は水の精霊であり、この地球を循環する水の具現とも言うべき存在です。そうした存在を使役する水霊士も、当然ながら精霊使いのカテゴリーに入る事でしょう。
「私だけじゃないよ。他にもウチの学校の潤先輩も最近水霊士になったばかりだから、この街には貴方の言う水の精霊使いは2人いる事になるわ。」
〔ヘェ~、そうなんダ。じゃあそっちの3人の子はどうナノ?君程じゃないけど水の精霊の力を感じるヨ?オイラが此処に来たのはそれを確かめる為ナンダ。〕
「葵ちゃん達は私から水霊力を中の水霊に移植されて、水霊や貴方が見える様になっただけの一般人よ?別に水霊士の力なんて持ってないわ。」
〔一般人だったンダ。でも精霊が見える様にして貰ってる辺り特別ダネ。〕
葵に対してリラがそう説明し終えた時でした。不意に葵が近付いて来て言いました。
「ねぇリラ、その子、別に危なくないんだよね?」
「ちょっと葵!」
「えっ?うん、そうだけど?」
深優が思わず制止の言葉を発する中、リラがそう返した次の瞬間でした。
「あ~~~ん~~~ッ♥可愛い可愛い可愛い~~~~~~~ッ♥♥♥何このモフモフ感!?今まで抱いて来たどのぬいぐるみよりも肌触り良過ぎ~~~~~ッ♥♥」
ずっとカモノハシに似た可愛らしい外見の魔物を見て、彼女はスキンシップがしたかったのでしょう。フェミニストで人畜無害だと知るや否や、葵は勢い良く魔物に抱き着いて頬をスリスリし始めたのです!これには魔物も堪りません。
〔なッ!?こここコラッ、ヤメロ……ヤメロ~~~~~~~ッ!!!〕
(行けません葵さん!!)
咄嗟にテミスが周囲の水霊に命じると、水霊達は真っ先に寄り集まって蔓の様に変形して葵を引き離します。そして同時にテミスも魔物に体当たりをして彼を吹っ飛ばしたのです。
吹っ飛ばされた魔物はそのまま川へと落下しました。
「テ……テミス!?」
思わず呆気に取られるリラですが、再び魔物は勢いを付けて川から飛び出して来ます。魔物は何も言いませんでしたが、その身体からは何やら不穏な妖気を発しています。明らかに怒っているとしか思えません。
「あ……あの……」
再び自身に降り掛かる死の恐怖に、4人は声も有りません。そんな中で勇気と声を振り絞り、ビクビク震えながらも恐る恐る話し掛けるリラに対し、魔物はこう返します。
〔…オイラはフェミニストだから、別にこの程度じゃ怒んナイヨ。その子もオイラとスキンシップしたかったからそうしたんダヨネ?〕
すると葵は必死でコクリコクリと激しく首を縦に振ります。
「葵!あんたが悪いんだから謝りなよ!」
「そうだよ。謝れば許してくれるよ多分!」
「う……うん!あのっ、ごめんなさい!貴方が可愛かったからつい出来心でそうしたんです!もうしませんから許して下さいッ!!」
深優と更紗に促されて、葵がそう声を挙げて謝ると魔物は言いました。
〔良いヨ。許してアゲル。そこの精霊達もオイラが君を殺すんじゃないかって警戒してこんな事したんだから別に責めたりシナイヨ?でもネェッ―――――〕
そう言うと魔物は両手から鋭い爪を出したかと思うと次の瞬間、物凄いパワーでアスファルトの地面に大きく抉り、深い爪痕を刻み付けました!
更に両手を翳すとそこから自身の顔位は有る水の球を発生させ、それを橋の向かい側のコンクリートの壁に投げ付けたのです。鈍い打撃音と共に大きく水煙が上がったかと思うと、コンクリートの壁には鉄球でも叩き付けた様な破壊の痕が残っていました。
テミスはその様子を受けて目を一層険しくし、魔物の一連の行動を睥睨していました。
〔…相手がもし男だったりオイラの塒汚す様な奴だったら容赦無くこんな目に遭わせてたし、最悪尻子玉ブッコ抜いて殺してたって事だけは覚えといテネ………?〕
先程のフレンドリーさとは打って変わって淡々とした調子で禍々しい言葉を語る魔物の姿に、人間の4人は恐怖と共に腰を抜かしてそのまま激しく首を縦に振る事しか出来ませんでした。
そんな4人に対し、テミスは駄目押しでこう釘を差しました。
(貴女達もこれで分かったでしょう?あれこそが水妖の本質よ。どんなにフレンドリーでも性質は残酷。気に入らない相手は容赦無く殺してその肉や魂を喰らうわ。人間は間違っても関わっちゃいけない存在なの!良く覚えておきなさい。)
テミスの言葉に、4人は押し黙る事しか出来ませんでした。どんなに親しみを持った所で、人間は虎やライオン、熊や鰐の様な猛獣とは絶対に仲良くはなれないし関わっては行けない。野性を生きる猛獣のパワーに、文明の利器が無ければ暑さ寒さにも弱く、トラックの衝突にも耐えられず、敵を弑する爪も牙も持たない脆弱な人間が釣り合う訳が無いのです。
魔物とは人間にとって、まさしくそうした猛獣の延長!決して関わらないのがお互いの為でしょう。然しリラは、例えテミスにそう言われても目の前の相手が其処まで悪い相手には見えませんでした。
〔心配しなくても良イヨ?オイラはもうこのまま帰るカラ。君達みたいに水の精霊と仲良く出来る人間と会えて、今日は楽しかっタヨ。ジャアネ!〕
「待って!」
欄干からよじ登って川に飛び込もうとした魔物を、リラは思わず呼び止めました。先程釘を差したばかりのテミスは思わず声を挙げます。
(リラ!?)
〔……未だ何か用?〕
魔物がそう尋ねると、リラは自分の名前を名乗ります。
「私の名前はリラ!汐月リラって言うの!貴方の名前は!?」
まさかの自己紹介に思わず目が点になりますが、魔物は答えました。
〔無いヨ。オイラには名前ナンテ……。〕
すると今度は深優が声を挙げます。
「じゃあ貴方の名前……カモノハシの英語訳の「plutypus」から取って『プラちん』はどう!?」
「深優!?」
「深優ちゃん!?」
先程まで恐怖で震えていたのが嘘の様に立ち直って名前を付ける深優の胆力に、リラと葵は思わず声を挙げます。更紗も目を見開いて感心していました。
「前に言ったじゃん?私、こう言うのは漫画やゲームで慣れっこだって!そりゃ最初は驚いたけど、女の子に手を出さないなら其処まで怖がる事無いでしょ♪」
そう言えばテミスの姿を見た時、リラ以外の3人の中でいの一番に普通に話していたのは深優です。水霊と違って危険を伴う魔物相手でも、女の子に手を出さないと分かれば一般人で真っ先に歩み寄るのは深優なのは間違い有りません。
そんな彼女の姿に呆気に取られるテミスを横目に、プラちんと呼ばれた魔物は溜め息と共にフッと微笑んで言いました。
〔『プラちん』かぁ~……良い名前ダネ♪気に入っタヨ!〕
「じゃあプラちん、葵ちゃん達以外にも私の学校の水泳部の先輩達は皆水霊が見えるの!皆に危害を加えないって言うなら、今度紹介してあげるけどどうかな?」
深優の言葉を受けて先程までの魔物への恐怖が緩和したのか、リラはプラちんに対してそう尋ねると、プラちんは――――
〔それは面白いヤ。じゃあ今度君達に会う事が有ったらネ!〕
そう答えて再び川へと飛び込んで行ったのでした。プラちんが去った後、再び人間態になったテミスはやや不機嫌な表情で言いました。
「貴女達ねぇ~……自分が何言ったか分かってるの?相手は水霊と違って人畜有害な魔物ですよ!?そんな相手と関係を持ってどうなっても知らないわよ!?」
するとリラは言いました。
「大丈夫でしょ?プラちんは女の子は襲わないし、また会う時は今日みたいにテミスが見張ってれば問題無いと思うわよ♪」
「うん……そうだね!」
「確かにテミスが居たら安全だね♪」
「またあぁ言うのに会ったらお願いします。」
4人から厚い信頼を寄せられ、テミスは返す言葉も有りません。
「も~~~~~う、勝手にしなさいッ!!」
気付けばもう時刻は19時を過ぎており、4人は大急ぎで帰宅の途に就きました。
さて翌日、霧船のプールで来るべき国体予選及び関東大会へ向けて一層練習に励むリラ達の姿を、プラちんは同様の姿をした仲間の河童(?)3匹と共に離れた木の上から眺めているのでした―――――。
キャラクターファイル28
プラちん
年齢 不明
誕生日 不明
血液型 不明
種族 河童(水妖)
趣味 相撲(河童らしく)
好きな物 オーストラリア産の巨大キュウリ
神船川を漂う水妖。カモノハシとラッコを合わせた様な姿をしているが、これでも河童らしい。大きさは深優の膝程度。一人称は「オイラ」で性別は♂。名付け親は深優である。
本人曰く『オーストラリア帰りの帰国子女』らしく、オーストラリアに渡った日本の河童が地元のカモノハシと結婚して生まれたのが自分だと言う。似た様な姿の仲間が3体いるが、兄弟かは不明。水霊と違って任意で人の目に姿を映す事が出来る。
見た目は可愛らしいが本人は切っ風の良い性格で、自称『漢の中の漢』。女性には優しいフェミニストらしい。故に葵から思わず可愛いと抱き着かれても、本人は「止めろ」と嫌がって抵抗するだけで特にそれ以上何もしない。
だがそこは河童らしく水を操ったり、鋭い爪で鉄をも切り裂き、尻から生命エネルギー(尻子玉)を奪う等の能力を持つ為、まともにやり合うと丸腰の人間では先ず太刀打ち出来ない。
全国を賭けた水泳の地区予選を終えたリラ達の前に偶然姿を現わした後、水霊士の存在に興味を持つと同時に彼女達のいる霧船女子のプールにも仲間と足繁く通っては彼女達を見守っている。




