第24話 水は我が友(転)
此処で少し波乱が起こります。が、別に運命には大した影響は有りません。
「そんな……どうして貴女が………?」
突然現れた“藤本珠得”に瓜二つの少女の姿に、葵は言葉も有りませんでした。
「ハル君と同じ…陸上部だったんじゃ………?」
唖然となりながらも何とか言葉を口から絞り出す葵に対し、彼女は答えます。
「もしかして珠得の事を言ってるの?」
「えっ?」
まるで自分は珠得ではないと言うニュアンスの言葉を前置き、そっくりさんの少女は続けました。
「私の名前は『藤本美珠』。藤本珠得は双子の妹よ!」
「ふ、双子の妹!?」
と言う事は何と、美珠と名乗る少女は必然的に珠得の“双子の姉”と言う事になります。良く見れば髪の色も銀髪だった珠得に対して金髪、おまけに瞳の色も赤紫に対して緑と言う色相環図の補色関係と言う差異が有りますが、それを以外声も背格好も何から何まで一緒でした!
双子である事が嘘偽りや疑いの余地の存在しない真実である事は、幼馴染の深優と比べて然程賢くない葵の頭でも即座に理解出来ました。
「貴女の事は珠得やハル君から聞いてるわ。五十嵐さんって、ハル君と同じ中学校だったのよね?」
「えっ……えぇ……そうだけど………。」
何の悪意も無いにこやかな顔で良く言えばフレンドリー、悪く言えば相手との距離のキョの字も考えない馴れ馴れしい態度で話し掛けて来る美珠に、葵は困惑するしかありませんでした。
そんな彼女にとって救いと言うべきか、競技開始のアナウンスが流れます。
「それじゃあ五十嵐さん、後でまたお話しましょ?珠得も陸上でハル君と頑張ってるんだし、私も頑張って予選突破しなきゃ♪」
そう言って意気揚々と自分の泳ぐコースへと向かう美珠の後姿を見送る葵ですが、彼女の胸中は時化の海の様に荒れ始めていました。
(何で……何でハル君の彼女のお姉さんがこんなとこにいるの……?)
あの苦い失恋の記憶が葵の中でフラッシュバックします。
『俺、ずっと五十嵐の事気になってたんだ。けど、話そうとする度何時も目逸らしたりテンパったりしてたじゃん?タイムだって測り損ねたりするしさ、もしかして俺の事嫌いなんじゃないかなって思って、正直やり辛かったんだよ。』
自分を差し置いて、既にガールフレンドを作っていた陸奥─────。
そんな彼と仲睦まじげに練習で走る珠得─────。
『五十嵐、本当は今まで俺の事嫌いなの我慢して相手してたんだろうけど、霧船は女子校なんだからもうその必要も無いだろ?向こうじゃ確か水泳やってんだってな?頑張れよ!お前ならやりゃ出来んだからさ!!』
思い出したくなかったのに……出来る事なら忘れ去りたかったのに……相手が珠得本人でないとは言え、あの顔を見れば自分から好きな人を奪った相手が、今度は同じ水泳の舞台でも自分の前に立ちはだかる様に思えてやり切れない気持ちになる……。
「──ちゃん、葵ちゃん!」
「ハッ、飯……じゃなかった潤先輩?」
心の中で再びあの苦い想いが再燃し始めましたが、潤の言葉が現実に引き戻してくれたのでした。
「誰だったの、今の子?龍洋の水着着てたけど、もしかして龍洋に友達がいたの?」
「い、いいえ……そんなんじゃないです………。それより早く行きましょう!」
心配そうに話し掛ける潤から思わず目を背け、戦いの場へと早足で向かう葵でしたが、やはり晴馬を自分から奪った泥棒猫が競泳の場でも立ちはだかるみたいで堪らない気持ちは拭えませんでした。
(負けたくない……私からハル君奪っておいて、また私の前に立ち塞がるなんて!!)
アクアリウムの能力を封印していたリラや潤もそうですが、アクアヴィジョンの能力を他の霧船の子達は誰も使っていなかったので気付いていません。けれど、この時葵の心には穢れが結構な濃度で発生していたのです。
こんな平常心を欠いた状態で、自分の力を満足に発揮出来る人間がいるでしょうか?答えは当然NOです。
100m女子背泳ぎ、葵のタイムは6位で予選敗退となりました………。
一方、美珠は2位で見事に予選突破です。因みに1位は潤でした。
「葵ちゃん……。」
負けて俯く葵に対し、再三心配の表情で歩み寄る潤ですが、彼女にどう言葉を掛けたら良いか分かりませんでした。
「五十嵐さん、頑張ったのに惜しかったわね。」
嫌味など一切無い、100%の本心で予選敗退を残念がる美珠ですが、今の葵には傷口にバスタブ一杯分の海水を浴びせ掛ける行為以外の何物でもありません。
「~~~~~ッ!!」
「五十嵐さん!?」
「あっ、待って葵ちゃん!」
何も言い返さず、そのまま葵は美珠に背を向けて会場を出て行ってしまいました。潤も当然その後を追い、美珠だけがその場に取り残されたのでした。
「五十嵐………。」
霧船の控室に戻った葵を待っていたのは、当然ながら彼女の予選落ちを残念がるチームメイト達でした。
メンバー全員で関東大会出場を目標とし、その為に瑠々と水夏が昨日、折角標準記録を破って関東大会出場を決めたのに、まさか今日此処でそれがご破算だなんて……。
唯一の救いは潤が無事に決勝へ進出出来た事位でしたが、それも葵の敗退の前には霞んでしまいます。
「先輩達、それにリラ、深優、更紗……御免なさいッ!」
目に悔し涙を浮かべながら、葵に出来る事は自身の敗退を謝罪するだけでした。
「折角あんなに練習したのに、私………!!」
体を震わせながら俯く葵の姿を受けて、リラは直ぐに勘付きました。
(この感じ────もしかして葵ちゃん、穢れが!?)
彼女の中に穢れが発生しているだろう事はアクアリウムの能力を封印していても、水霊士としての経験から直ぐに分かるのです。
(確かに心に穢れを抱えて平常心を失ってたら、自分の力なんてとても出し切れない。アンジュの加護だって機能しない。でも、どうして葵ちゃんに─────?)
答えの出ない問いを前に、リラの思考は同じ場所を泳ぎ回る水槽の熱帯魚の様に逡巡するばかりでした。アクアリウムの能力で周囲の水霊達に訊けば直ぐにでも答えは分かるでしょうけれど、この神聖な競技場ではアクアヴィジョン以外一切の能力を使うまいと決めていた手前、葵の心中に起こった出来事に対する答えなど出る筈も有りません。
(あれ?リラちゃんが凄く難しそうな顔してるけど、もしかして葵ちゃん──────)
潤もアクアリウムを封印していましたし、それ以前にリラと比べて水霊士になりたての為に一目見ただけでは分かりませんでしたが、葵の中から穢れが出ているだろう事は何となく分かりました。どうにかしてあげたいですけど、心身をアクアリウムで癒すなんてドーピング紛いの事をするのは潤もアスリートとして出来ません。只何もしてやれない自分に悔しさを覚えるだけでした………。
「……終わっちまった事悔やんだって仕方無いけどよ、それでも1つだけ訊かせろ五十嵐。」
申し訳無さそうに首を垂れる葵に対し、忍が口を開きます。
「忍先輩?」
「お前の泳ぎずっと見てたが、あの泳ぎは何だったんだよお前!?全然お前らしくなかったぞ!?この前の練習で無理して足攣った時みてーな酷い泳ぎ方しやがって!」
「忍、落ち着いて!」
いきり立つ忍をみちるが宥めます。
「次の競技は100mのバッタで忍と汐月の番でしょ?ホラ、2人とも早く準備しないと!」
「あっ、そうだった!次って私と忍先輩が泳ぐ番だったっけ!」
みちるの言葉を受けてハッとなるリラ。
「~~~~そうだな。五十嵐、訳は後で訊くからな!」
忍もそう言って試合会場であるプールへと出て行こうとします。
「……ついでにお前、まだ星原達とのリレー残ってんだろ?諦めんのはまだ早いんじゃねぇか?」
「ッ!!」
去り際に言い残した忍の言葉に、思わず葵は俯いていた顔を思いっ切り上げました。そして、自分を心配そうに見つめる深優、瑠々、水夏の3人の顔を見渡すのでした。
「所で潤、貴女は見えたの?泳いでた時に自分の中の水霊が────。」
不意に自分に話し掛ける真理愛に対し、潤は答えます。
「えっ?えぇ、見えたわ。泳いでたら突然、わたしの横をシュトラーセが横切って行くのが………。」
「えっ!?ジュンジュンも!?」
潤の言葉に瑠々は思わず目を見開きました。まさか自分と水夏以外のみならず、潤まで経験するなんて……。
「葵、あんたはどうだったの?」
水夏が恐る恐る葵に話し掛けると、葵は黙って首を横に振るだけでした。
「アンジュ、見えなかったの?」
深優が尋ねると、葵は何も言わずに頷きました。
「飯岡には現れたのに五十嵐には見えかったなんてね……。」
「ねぇ葵、忍先輩じゃないけど一体何が有ったの?私でも分かるよ。あの泳ぎが葵らしくないって事位────。」
控室に残された霧船のメンバーが葵に何があったか詮索していたその頃、リラと忍はと言うと────────。
「いよいよ私にとって、初めての大会かぁ~……」
「肩の力抜けよ汐月。落ち着いて何時も通りやってりゃ大丈夫だ。練習始めてからお前の伸びしろは結構なモンだったし、自信持て。」
「……はい!」
そうして遂にリラは忍と一緒に会場のプールサイドにやって来ました!アクアヴィジョンを展開して見ると、無数の水霊達が楽しそうに周囲を泳ぎ回っています。
彼女達が自分達に「遊ぼう!」、「一緒に泳ごう!」と囁いているのを聴いて、リラは能力を解除。再び気持ちをこれから泳ぐ事に集中させました。
「来たな!」
不意に自分に話し掛けて来る挑発的な声。振り向くと其処には競泳水着に身を包んだ井澤八尋の姿が有ったのです。
「井澤……。」
「待ってたぜ、あんたと一緒に泳げるこの瞬間をさ!」
「そうかい。じゃあお互い先ず、決勝出れる様に頑張ろうじゃねーの?」
八尋に対して不敵な笑みを浮かべて返す忍の姿を、リラは黙って見守るだけでした。
間も無く競技開始の時間となり、リラ達は所定のコースに立って今まさにプールに飛び込まんとする勢いです。
「用意………。」
鳴り響くスターターピストルの音を受け、一斉に飛び込んでバタフライを泳ぎ始める選手達。
リラも周りから離されまいと懸命に水を掻き分けて進みます。
(分かってたけど、やっぱりあの2人は周りとは違うわね────!)
周りの選手は元より、リラをも引き離してグングンと泳ぎ進んで行く2つの魚影ならぬ人影。
100m女子バタフライの行われるプールは、他の選手より頭1つ抜きん出た実力を持つ日浦忍と井澤八尋の2人だけの舞台と化していました。
それが証拠に、会場からは2人を応援する歓声が割れんばかりに起きていたのです。
「行っけ~~~~~~井澤!!」
「日浦先輩、頑張れ!!」
然し、幾等ブランクを埋めるべく懸命に練習を積み、リラがアクアリウムで負傷する前の自分の領域にまで衰えていた実力を回復する手伝いを行った所で、八尋は嘗ての忍以上の実力の持ち主です。
(へぇ、嬉しいねぇ。プールとかで練習してるとこ見掛けたから怪我は治ったみたいだし、ブランクだってだいぶ埋めてたみたいだな。けど!!)
コースの半分を泳ぎ切った瞬間、突然八尋は泳ぐスピードを一気に上げて忍を引き離します!
(あんたが怪我で休んでる間、私はもっと上の高みへ行ってんだ!もう昔みたいに互角じゃねぇよ!!)
あっと言う間に距離を離される忍ですが、彼女はまるで動揺などしていません。寧ろ、この状態すら“楽しんでいる”かの様に口元に笑みを浮かべていました。
(良い……やっぱ良いなぁ。自分以上に強ぇ奴との勝負ってのはさ─────────。)
ストロークの最中、忍は遠ざかって行く八尋を見て嘗ての自分を思い出していました。
蒼國市民にとって、水は最も身近な友であり遊び相手である事は以前にもお話ししましたが、生まれも育ちも蒼國である忍もそれに漏れません。
初めて泳いだのが5歳の時。両親と兄の衆人環視の中、安全な水路で思いっ切り体を動かして泳いだのですが、この時忍は不思議な声を耳にしました。
そう……「一緒に遊ぼう!」、「もっと泳ごうよ!」と言う声を─────────。
それが水霊の声だったのか、幼少期の子供の見る幻とされる“イマジナリーフレンド”だったのかは定かではありませんが、その体験がきっかけで彼女は水泳にグングンとのめり込んで行ったのでした。恐らくは泳ぐのが好きな他のどの蒼國市民よりも──────。
(あいつともっと勝負したい!!もっと一緒に泳ぎたいぜ!!)
忍が強くそう思った……その時でした!
(何だ!?)
不意に忍の前にヴァルナが現れたのです。彼女の真下を通り過ぎる様に視界にフェードインしたと思うと、ヴァルナは長く伸びた尻尾の先端をまるで手招きするかの様に器用に動かしていました。
(まさかこれって、星原と濱渦が見たのと同じ奴か?ってかあいつ、あたしに「来い」っつってんのか?)
八尋と並走して泳ぎながら尻尾で手招きするヴァルナの姿に、忍は改めて闘志を燃やします。
(上等!待ってろよ!!)
そうして負けじとヴァルナを追って再び水を掻き分けて忍は泳ぎ進みます。本人は気付いていませんでしたが、その時の忍も瑠々や水夏と同様に普段以上のスピードで泳いでいたのです。然しそれでいて、彼女は自らの身体への負荷を極力減らす工夫をこらしていました。
経験者ならご存知でしょうが、バタフライで大事なのは『腕の動き』です。入水する際のエントリーに始まり、キャッチ、スカーリング及びプル、そしてリカバリーと言う一連の動作が有りますが、その中で最も力の抜き所とされるリカバリーに気を付けて忍は練習していました。
よりリラックスしたリカバリーの他にも、体重移動やドルフィンキック等、無理無く泳ぐ為にストローク全体を見直す。それが大会へ向けた忍の練習の方針だったのです。
(忍先輩の動きが格段に良くなった!?おまけに速い!?でも何で……ってえっ?)
遠ざかって行く八尋と、それを猛追する忍の姿を横目に見ながらも自身も負けじと泳ぐ事を忘れないリラ。すると彼女の前にも忍と同じ事が起こりました。
(クラリア……どうして?)
何と、アクアリウム能力を発動している訳でもないのに自分達の前にクラリアが現れて自分に追い付けと誘っているのです。
(何が何だか分かんないけど……貴女が誘うなら私も乗るわ!)
そうしてリラも、負けじとクラリアを追って残りの距離を完泳すべくスピードを上げました。
一方その頃、トップを独走する八尋は、引き離した筈の忍がほぼ自分の隣に並んでいるのを、彼女のコースから響く水音が大きくなって来る様子から感じていました。
(まさか日浦の奴、もう追い付いて来たのかよ!?)
(まだ終わってねーぞ井澤ァッ!!)
そうして最後のデッドヒートの末、遂に2人はゴールを決めたのです!
結果は組の中では八尋がギリギリ1位、忍は見事に2位に躍り出ました。因みに全てのブロックの選手が泳ぎ終えたタイムでも、1位と2位はそれぞれ八尋と忍でした。そのタイムは実に0.1秒程度の僅差。
尚、リラは組の中では4位でタイムの上では6位。ギリギリで予選を突破しました。
「やった!忍先輩が2位だ!」
「リラっちも初出場で6位なんて凄いよ!」
「2人とも決勝進出か。良かった!」
「おめでとうリラ……忍先輩………。」
瑠々と深優とみちるが口々にそう喜びの声を挙げる中、目を潤ませながら葵は只1人ポツリと呟くだけでした。
「ハァ…ハァ…、ぶっちぎりで1位になる心算だったのに、まさかこんな事になっちまうなんてな……。」
「ハッ、あたしを舐めんなよ井澤。予選じゃ負けたが決勝はこうは行かねーぞ!」
互いに睨み合いながらそう言葉を交わす忍と八尋ですが、負けた方の忍に悔しさは無く、勝った方の八尋もその気がまるでしませんでした。まるで波も風も無い凪の様です。
「フンッ、言ってろ!決勝じゃ今度こそ叩きのめすからな。」
そう吐き捨てて去って行く八尋の姿を見送りながら、リラは忍に話し掛けます。
「忍先輩……。」
「あん?何だよ汐月?」
「凄かったです忍先輩。まさかあの人と互角に泳ぐなんて……。怪我する前の頃の先輩に戻れたんですね。」
「はぁ?何言ってんだよ馬鹿。あたしはあの頃より進化してんだよ!あたしの本気はまだこんなモンじゃねーぞ!それよりお前こそどうだったよ汐月?初めてこんな晴れ舞台で戦った感想はさ。」
「フフッ、最初は恥ずかしかったですけど、[[rb:水霊 > アクア]]達が見守って祝福してくれてるって思ったら勇気と元気が湧いて来ました!」
「だな!」
お互いにそう言葉を交わし、改めてアクアヴィジョンで会場を見渡すと、無数の水霊達が再び視界にフェードインして来ます。皆優しげな顔でリラ達を見つめながら周囲を泳ぎ回っていました。
その姿を見るだけで、リラも忍も先程まで思いっ切り泳いだ疲れを忘れるのでした。
控室に戻ると、既に更紗と真理愛が200m自由形の為にスタンバイを始めていました。其処へリラと忍が戻って来て言います。
「真理愛先輩、いよいよですね。それと更紗ちゃんも……。」
「あたし等も何とか決勝進出だ。お前も絶対続けよ、漣、長瀞!」
「えぇ、勿論です!」
「じゃあ、行って来ます。」
2人の言葉を受けて更紗と真理愛はフッと口元に笑みを浮かべてそう返すと、そのまま会場へと向かって行きました。
更紗と真理愛が出て行った後、改めてリラは忍と共に葵の方へ向き直ります。どうした訳か、葵の直ぐ真後ろで何も言わずに俯いたままの瑠々の姿が有りました。心なしか小刻みに身体を震わせていましたが、取り敢えずはスルーです。
「葵ちゃん……。」
「やったね、リラ。決勝出れて良かったね……。」
「う、うん。有難う。」
「忍先輩も凄かったです。2年も怪我で出れなかったのに、井澤選手にあそこ迄追い縋るなんて、もう完全復活!って感じでした……。」
2人の決勝進出を祝福する葵でしたが、その表情には未だ何処か翳りが見えました。無理も有りません。予選で敗退した自分が、予選を突破した相手と同じ目線で話をする─────これ程引け目と言いますか、負い目と言いますか、そうした後ろめたさを感じる事はそうそう無い事ですから……。
「それは良いがよ五十嵐、問題はお前だよ。後で訊く心算でいたが何でお前、あんな酷ぇ泳ぎ……」
「自分の恋敵のそっくりさんがいたからですって!」
忍が言い終わる前に、みちるが素早くその答えを告げます。
突然のみちるの即答に、当然と言うべきかリラと忍は呆気に取られた表情をしました。
そんな2人に対し、次に口を開いたのは深優でした。
「リラっちなら知ってるでしょ?葵がこの前、中学の頃に好きだった陸奥君にフラれたの。その時に陸奥君と一緒に居た彼女─────藤本さんの双子の妹が、葵と同じ種目に出てたんだって……。」
「あぁ~……成る程、そう言う訳だったの………。」
「ハァ~ッ……姉妹だろうが何だろうが、最近フラれた野郎の彼女にそっくりな奴が居りゃあそりゃ平常心で泳げねぇわな……。」
深優からの説明に、リラと忍は漸く得心が行った表情をしました。それは確かに、今回予選敗退してしまったのは葵にとっては悔恨の極みでしょう。全員1人も欠ける事無く関東、延いては全国に出たいとは思ってた手前、この結果は余りに受け入れ難い。
然し、勝負と言う物は何が起こるか分からないし、それで無くても世の中、もっと言えば人生と言うのは得てして思い通りには中々行かない物。どれだけ努力を真摯に積み重ねても、方法論が間違っているのは勿論、運が無ければ上手く行く物も失敗するのは自明の理です。
けれど、それでも葵は未だ今年入学したての1年生。今年が駄目でも来年、再来年が未だ残っているのです。それを受けて忍は、葵の肩に手を置いて言いました。
「先輩……?」
「五十嵐、気持ちは分かるが気ィ落とすなよ。今回は偶々運が悪かっただけなんだからさ。お前未だ1年だろ?来年また頑張……」
「来年じゃ駄目なんですよ!!」
するとそんな忍の声を遮って声を張り上げたのは、先程から俯いたまま身を震わせていた瑠々でした。
突然の瑠々の叫びに、真理愛が去った控室は沈黙に包まれます。一同はさながら、テッポウエビの鋏から繰り出される破裂音を喰らった気分です。
「ほ、星原先輩、何を……?」
「瑠々先輩……?」
「おい星原、いきなりデカい声出して何だよ……?」
数秒の沈黙を破って声を挙げるリラと葵と忍ですが、其処へ競技開始のアナウンスが流れたので、水泳部メンバーの視線は自然とモニターに向かいます。
ですが瑠々だけは違いました。
「葵、話が有るからちょっと来なさいよ!」
「えっ?ちょっと、瑠々先輩!?」
「瑠々!」
「葵!?ちょっと瑠々先輩、葵連れて何処行くんですか!?」
不意に瑠々は葵の腕を掴むと、そのまま半ば乱暴に控室の外へと出て行きました。水夏と深優の2人も思わず後に続いて出て行きますが、この4人は午後のメドレーリレーに参加する顔触れでした。
「あっ、瑠々ちゃん!真理愛と更紗ちゃんの試合観なくて良いの……ってもう行っちゃった………。」
「まぁ、漣と長瀞なら予選突破出来るって分かってるから、改めて観る必要無いんでしょうね……。」
「そう言う物なんですか?」
葵を連れて不意に出て行った瑠々の事で、潤とみちるがそう言葉を交わす姿に突っ込みを入れるリラですが、気を取り直して真理愛と更紗の泳ぐ雄姿を観戦します。
リラが少しだけアクアヴィジョンを発動させて見ると、プラチナとシュトラーセは身体から水霊力の輝きを迸らせており、既にそれぞれの宿主である更紗と真理愛共々やる気十分の様でした。これなら自分と忍も今日体験したあの“ゾーン状態”に入るのは確実でしょう───────。
キャラクターファイル25
レイン
年齢 無し
誕生日 無し
血液型 無し
種族 水霊
趣味 アクア団子の生成
好きな物 エネルギーを生み出す物全般
水夏の身体に宿る内なる水霊。金色のラインが入った青黒い鰻の様な姿をしている。
体内に強力な水霊力の発生装置を持っており、それによって作り出した団子状のエネルギー球を『アクア団子』と呼んで周りの水霊に分け与えて精力を増強したり、自身の浄化の力に使う事が出来る。まさしく途轍も無いエネルギーを内に蓄え生産すら出来るエネルギー供給役であり、身体を巨大化させる事で同じく巨大なクラリファイイングスパイラルを形成し、家一軒分の広範囲を浄化する事が可能と言う途轍も無いポテンシャルを秘めている。




