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A.Q.U.A.R.I.A  作者: Ирвэс
第三章 水と時間は螺旋の様に
20/44

第19話 New Aquarium

今エピソードで遂に潤が覚醒します!

 部活も終わり、2年の先輩達にも水霊(アクア)の世界を知って貰ったその日の帰りの事です。


 「汐月、面白いの見せてくれて有り難ね!勿論、忍先輩の肩治してくれた事もだけど!」


 「アクアリウムと水霊士(アクアリスト)だっけ…未だ信じられないけど、でもこれでやっと納得出来た。もう2年生(私達)の事、除け者にはしないでよ?」


 そう言って瑠々と水夏の2人は、自分達の家が有る方へと別れて行きました。それまで何も知らされず蚊帳の外だったのが、今回秘密を教えて貰ってまるで憑き物が取れた様な晴れやかな気分でした。復帰が絶望的だと思われていた忍が復活すると同時に、リラ達が彼女と急接近した理由に納得が行ったのも理由の1つなのは言うまでも有りません。

 

 「星原先輩、濱渦先輩、この事は水泳部(私達)だけの秘密ですから、他の誰にも喋らないで下さいね!」


 葵が遠ざかる2人にそう叫んだ数秒後、突然彼女の携帯に着信音が響きました。

 何事かと思って画面を見ると、2人からインスタでメッセージが届いていたのです。


 『分かってる!わたし口堅いんだから心配しない( ー̀ωー́ ) 』


 『言ったって誰も信じないと思うけど、みんなが秘密にしたいならそうしといてあげる( ̄ー ̄)』


 秘密は水泳部だけで共有すると言う確かな意思表示が、其処には刻まれていました。

 それを見てホッとする一同ですが、依然真理愛は潤の事を敵愾心から睨み付けています。

 最初は潤しか気にする者はいませんでしたが、同時にリラもそれに気付く様になりました。

 潤が自分と同じ水霊士(アクアリスト)になり得る存在と知ったリラに、そんな彼女の事を意識するなと言う方が無理な話。潤を意識して見る様になれば、嫌でもそれを睨む真理愛の存在にも気付かざるを得ません。


 「さて、んじゃあたし等も帰るか!」


 忍の言葉を受け、彼女と残るリラ、葵、深優、更紗、みちる、潤、真理愛の8人は一斉に家路に就こうとします。

 けれど、その時リラの頭の中に有ったのは、「同じ水霊(アクア)になり得る潤と2人だけで話がしたい」と言う気持ちでした。


 「ごめん、葵ちゃん。今日は私、一緒に帰れない。」


 「え?」


 「リラっち?」


 突然のリラのフェードアウト宣言に、葵と深優と更紗は思わずキョトンとなります。


 「忍先輩も、家が近いから何時もは途中まで一緒ですけど、今回は外させて下さい。」


 その言葉に忍も怪訝な顔を浮かべましたが、今日の話の流れからリラが何を想っているのか大凡読めました。


 「………成る程、飯岡と2人っきりで話がしたいんだろ汐月?水霊(アクア)関係で。」


 忍の言葉に、周りは納得の表情を浮かべました。真理愛を除いてですが……。


 「有り難うございます、忍先輩。話が早くて助かりました。それじゃあ飯岡先輩、私と一緒に来て下さい………。」


 「えっ?ちょっとリラちゃん!?」


 困惑する潤の手を引いて、リラはそのまま蒼國海岸の方へと歩いて行きました。

 その後ろ姿を、どうにも腑に落ちない表情で真理愛は遠く見守るのでした。



 2人を見送った後、残りの水泳部のメンバー達は改めて家路に就きます。


 「あの2人、これからどんな話するのかな?」


 「多分同じ水霊士(アクアリスト)になって下さいって話じゃない?」


 「でもリラっち、前にパパの事助けて貰った時言ってたじゃん、『そんなのならない方が良いよ』ってさ?そんな事言っといて、水霊(アクア)が見える以外一般人と変わんない飯岡先輩に水霊士(アクアリスト)になって欲しいなんて言うとは思えないなぁ……。」


 リラと潤とのこれからの遣り取りについてそんな風に議論をする3人の1年生達。

 彼女達の話を受け、忍とみちるも色々と考え事を始めました。

 

 「ってかそもそも何であいつ、あんなアクアリウムなんて魔法みたいな力使えるんだろうな?」


 「汐月は『訊かないで欲しい』って言ってたけど貴女達、あの子からは今も未だ何も聞かされてないの?」


 「はい、リラからは何も聞いてません。教えてもくれません。」


 「依然、黙秘権を行使してるって訳ね…。」


 みちるの問い掛けに対し、葵はそう返すしか有りませんでした。

 其処へ更紗が、何時ぞや調布まで行った時の事を思い出してその時のリラの様子を口にしました。


 「あぁ只……この前調布にリラのお祖母ちゃんのお墓参りに行った時、私も偶然一緒に連れ添ったんですけど、その時リラ、何だか悲しそうな顔してました。」


 「調布に行った時?もしかしてその死んだお祖母ちゃんの事を思い出して悲しかったからじゃないの?」


 「ううん、そんな単純な悲しさじゃなくって………」


 葵の言葉に対し、更紗は首を横に振って否定の言葉を切り出すと、何処か遠くを見る様な目でそっと言い放ちます。


 「上手く言えないけど、他に何か凄く辛くて嫌な事を思い出して、こんな所に1秒でも長く居たくないって思う様な、そんな針の筵みたいな感じの悲しさだった。現にリラ、お墓参りが終わった途端、まるで其処から逃げるみたいに駅まで走ってそのまま電車に飛び乗ったもの………。」


 それにリラが一瞬だけ口にした「自殺」と言う単語(ワード)………それだけがどうしても更紗の中に引っ掛かって取れません。

 リラとアクアリウムに関して深まる謎に頭を抱えながら、葵達は家路に就きました。



 ですが……おや?ちょっと待って下さい。彼女達のグループの中から、何時の間にか1人が抜けていなくなってますよ?そう、潤の事が気になって仕方の無い真理愛が―――――。



 さてその頃、未だ6月で海開きされていない蒼國海岸の砂浜では、リラと潤が水霊(アクア)の事で話をしていました。

 何処までも広がる砂浜に腰を下ろし、寄せては返す波の調べに耳を傾けながら―――――。

 

 「本当に今日は驚きました。最初に出会った時から飯岡先輩に水霊(アクア)が見えた事もそうですけど、まさかそれが水霊士(アクアリスト)の素質を持ってる事を意味してたなんて……。」


 周囲を泳ぐ水霊(アクア)達の存在を気にしながらも、リラの言葉に対して潤は答えます。


 「うん。でも見えてるって言っても、最初はほんのちょっと輪郭が見えるだけだったけどね……。砂川さん達にも見える様に、ブルーフィールドって言うのをリラちゃんが張る前から、周りを何かが泳いでるのは分かってたの。」


 確かに砂川達を包囲する様に呼び掛けたあの時、リラは未だアクアフィールドすら展開はしていませんでした。にも拘らず輪郭程度でも見えていた辺り、潤の言っていた「最初から」と言う言葉に間違いは無い様です。

 潤は続けます。


 「今みたいにハッキリ見える様になったのは、わたしがリラちゃんに助けられてからよ。それから日に日に少しずつだけど、いきなり出たり消えたりする水霊(アクア)の姿が見える様になったの。でもどうしてか分かんないけど、リラちゃんが近くにいる時は安定して見えるわ。」


 その言葉にリラは驚きを隠せません。潤の口振りからすると、最初は輪郭が見える程度だったのがリラのお陰で不安定且つ少しずつながらも、くっきりと見える様になっていたとの事でした。

 話を聞く限り、リラが潤の力を偶然ながら呼び起こしたとしか考えられません。そして次の瞬間、テミスが2人の前に現れてそれを裏付ける言葉を放ちます。


 (潤、貴女のその水霊士(アクアリスト)としての素質は、リラの力に触れた影響で目覚め始めたみたいね。)


 「テミス!?」


 「テミスさん!?」


 テミスからの言葉に、リラと潤は思わずそう声を上げます。彼女の突然の出現に呆気に取られる2人を他所に、テミスは潤に言います。


 (潤、もう分かっているとは思うけれど、貴女には水霊士(アクアリスト)としての才能が有ります。そしてそれは、私達上級水霊(アクア)が『水霊力(アクアフォース)』を移植する事によって開眼させられるのです。)


 「水霊力(アクアフォース)……?」


 「何ですか、それって……?」


 初めて耳にする言葉を受け、リラの頭には疑問符が浮かびました。それは潤も同じです。

 テミスが説明をします。


 (水霊力(アクアフォース)とは、その名の通り私達水の精霊が持つ力の事よ。この世界には貴女達人間では探知し得ないけれど強力な超自然的エネルギーが存在するわ。別名を“マナ”と呼ぶそうしたエネルギーの中で、特に水の属性を持った物こそ水霊力(アクアフォース)なのです!)


 余りに突拍子も無い話をされて、2人の頭は理解が追い付きませんでした。そんな得体の知れない力の話は、完全に漫画やアニメやゲーム等の創作物の世界のそれ。自分よりそうしたジャンルに明るい深優の方が良く分かると言う物です。


 「つ、つまり私のアクアリウムの能力も、元はその水霊力(アクアフォース)って言うのをテミスから与えられて使える様になった力って事だったの?」


 (その通り。大自然に於ける水の精霊、即ち水霊(アクア)の存在を認識し、心を通わせる――――それが水霊士(アクアリスト)の素質であり、人の身で水の精霊の力を内に宿し、その力を行使する能力こそアクアリウムの本質。そしてその為に必要な触媒こそ水霊力(アクアフォース)!)


 テミスからそう説明された時、リラはハッと思い出しました。中学の頃に自殺を思い立って川に飛び込んだ際、テミスに命を助けれられた時の事をです。その時に自分の視界がコバルトブルーに覆われた後で元の川辺に戻されると同時に、アクアフィールドが発生して水霊(アクア)達が見えていましたが、あれは助けられた時にテミスが自分に水霊力(アクアフォース)を移植した為に起きた現象だったと気付いたからです。

 そんなリラを横目に、テミスは人間態へとその姿を変えると、右手にコバルトブルーに輝く光のエネルギー球を取り出しました。球のサイズは丁度水球で使うボール程度の大きさでしたが間違い有りません。自殺を思い立って川に落ちた時に見えたのと同じ輝きです。


 「あっ……!」


 「テ、テミス、一体何を……!?」


 そして潤の胸に手を突っ込み、彼女の内なる水霊(アクア)であるステラを取り出して言いました。


 「潤、これから貴女の内なる水霊(アクア)であるこの子……ステラに私の水霊力(アクアフォース)を移植します。これで貴女も晴れてリラと同じ水霊士(アクアリスト)の仲間入りが出来るわよ?」


 「えっ……わ、わたしが、リラちゃんと!?」


 テミスの発したその言葉に対し、潤は驚きを隠せません。けれど、果たして彼女の言葉は潤にとって神からの福音なのか、それとも悪魔からの囁きなのかは当人にしか分からない事です。


 「ちょっとテミス!水霊士(アクアリスト)になるのは私だけで十分でしょ!?それなのに、飯岡先輩にまで水の穢れを掃除する役目を背負わせるって言うの!?」


 リラからの抗議の言葉に対し、テミスは言いました。


 「リラ、これから貴女が癒さなければならない穢れは、この地球に70億余りも居る人類から出て来る物です。それを貴方1人の力でどうこう出来ると思うのかしら?」


 「そっ、それは……。」


 確かに、地球と言う星は1人の人間の手には余り過ぎる程に広大です。そんなスケールの大きい世界に生きる、70億余りと言う途方も無い数の人間達1人1人を癒すなんて、1人の水霊士(アクアリスト)には天地が引っ繰り返っても絶対に不可能なのは至極当然です。

 水とそれを入れる器で例えるなら、全人類はまさに地球上に有る全ての水の総量である14億㎦!対する水霊士(アクアリスト)はコップ一杯分の容量である200ml程度の器!全て汲み尽くせる道理なんて有る筈も有りません。

 その意味でも、同じ水霊士(アクアリスト)として助けになってくれる相手は1人でもより多いに越した事は無いと言えるでしょう。


 「どんなに力が有っても、人間1人の力なんて高が知れています。1人では癒し切れない穢れも、それ以上の人数なら癒す事が可能になるわ。何よりこの子と貴女は似た者同士。虐めを苦に生きて来たのも、両親が居らず孤独なのもね。」


 「テ、テミス!そんな事バラしちゃ駄目!!」


 (リ、リラちゃんが……虐め?わたしと同じで……独りぼっち?)


 触れて欲しくない地雷ならぬ水雷にテミスから触れられ、リラは取り乱した調子でそう叫びます。同時に潤は、そんな彼女と自分が似た者同士であると言う意味深なテミスの言葉に、疑念を抱かざるを得ませんでした。


 「あのっ!教えて下さい!リラちゃんに何が有ったんですか?虐めとか独りぼっちとか、一体どう言う事なの!?」


 ステラにコバルトブルーの光の球を近付けながらテミスは言います。


 「私の口から答えるのは簡単だけど、それじゃあ意味が無いわ。話はリラに聞きなさい。彼女が話す気になる時が来ればの話だけれど………。だけど1つだけ、私から言える事が有るわ。」


 そう言い終ると同時に、テミスはステラに水霊力(アクアフォース)を埋め込みます。コバルトブルーの輝きをステラが放つと同時に、その全身に凄まじい程の力が漲って来るのを潤は感じました。

 まるで満潮で溢れる海水が全身を覆い尽くし、喉がその塩辛い味で焼け付く様な感覚です。同時に潤の頭の中には、クラリファイイングスパイラルを形成する水霊士(アクアリスト)のイメージが流れ込んで来ます。


 「うぐぅっ……あああぁぁぁ熱い……の、喉が……喉が焼けるウゥゥゥッ!!」


 「先輩!」


 思わず声を上げるリラを横目に、テミスは続けます。


 「今地球中から出ている穢れは、やがて多くの命を蝕み、ともすれば不幸では片付けられない様な、取り返しの付かない大きな禍を齎すでしょう。その禍根足る穢れを癒す希望に、リラと一緒になって欲しい。そしてこの子を支えて欲しい。それが私の願いよ、潤―――――!」

 

 その感覚は、ステラの放つ輝きの色がコバルトからインディゴへと変化すると共に、やがて潮の様に引いて無くなりました。どうやらテミスの与えた水霊力(アクアフォース)が、彼女に馴染む様に最適化(フィッティング)された様です。そしてそのまま水飛沫に変わると、潤の瞳の中へと吸い込まれて行きました。

 気が付けば周囲を泳いでいた水霊(アクア)の姿はもう見えなくなり、すっかり水平線の向こうに夕日が沈んで暗くなった海の浜辺に、潤は膝から崩れ落ちて喘ぎ声を上げていました。何時の間にかテミスも姿を消しています。


 「だ、大丈夫ですか飯岡先輩?」


 「ハァ……ハァ……だ、大丈夫よリラちゃん………。もう平気………痛みも凄く塩辛いのも、もう引いたから…………。」


 心配させまいとそう返す潤の姿を、リラが不安そうに見つめていると、テミスの声が2人の脳内へと響きます。


 (潤、アクアリウムの能力を駆使する基本は、貴女の頭の中にイメージ映像として流し込んで記憶しておきました。後はリラと一緒に経験を積みながら、その技術を磨きなさい!)



 逢魔が時の海辺にポツンと取り残された2人の姿を、彼女達が気掛かりでやって来た真理愛が離れた場所から見守っていました。



 それから数分後、宵闇がすっかり空を覆い尽くす頃、水霊士(アクアリスト)となった潤とリラのコンビは一緒に家路に就きました。


 「ねぇ、リラちゃん…………。」


 何処か余所余所しく他人行儀な雰囲気を纏いながら、潤がリラに尋ねます。


 「テミスさんがさっき言ってた、虐めとか独りぼっちって一体何の事なの?リラちゃん、昔何か辛い事でも有ったの?」


 「それは………。」


 そう言い淀ませながら、リラは俯きました。とても悲し気に揺れる藍色の瞳を見て、潤は直ぐに察しました。「目の前の後輩は自分以上に辛いを想いをして生きて来たのだ」と言う事を―――――。


 「言いたくないなら、今は無理して言わなくて良いよ?でもねリラちゃん、わたしだってリラちゃんの先輩で、同じ水霊士(アクアリスト)の仲間になったんだよ?頼りないかもだけど、一緒に頑張ろ?ね?」


 「………ごめんなさい。テミスはあんな事言ってたけど、やっぱり私……自分以外の水霊士(アクアリスト)なんて未だ受け入れられないし、自分の過去だって未だ話せません。水霊士(アクアリスト)って、人間の汚いとことか、醜いとことか一杯見えちゃうから………私みたいに損な役ばっかりの人間じゃないと、務まんないって言うか………。」


 力無く尚も俯いたままその口から絞り出された言葉は、とても重く苦しそうに響きました。


 「良いよ別に。もう訳の分かんない魚の幽霊をもう見ないで済む様になったならそれで♪わたしはアクアリウムなんて使わないし、皆を癒すなんて事はリラちゃんに任せるよ!」


 俯く自身とは対照的にそう明るく言い切る潤の言葉に、リラは思わず顔を上げます。

 

 「先輩………。」


 すると2人の目の前に、突然真理愛が姿を現しました。険しい目で2人を……いいえ、例によって潤の事を睨んでいました。


 「さ、漣先輩……?どうして………?」


 「漣さん、もう帰ったんじゃ………?」


 すると真理愛は、2人の思いも寄らない言葉を口にしました。


 「貴女達2人が……特に飯岡さんの事が気になってね。」


 その言葉に2人は衝撃を受けました。もしかして、先程テミスから潤が水霊力(アクアフォース)を移植される事でアクアリウムの能力を与えられ、水霊士(アクアリスト)として覚醒する場面を見られたのでしょうか?


 「そ、それってもしかして、わたし達の事見てたって事?何時から?」


 「2人の前に変な女の子がいて、その子の手元が青く眩しく光ってた所からよ。」


 何と言うドンピシャなタイミングでしょうか!図らずも真理愛は潤の水霊士(アクアリスト)覚醒の瞬間をその目で目撃してしまっていたのです。

 とんだ場面を見られたと思った2人でしたが、真理愛は意外な言葉を発しました。


 「大方水霊(アクア)って言うあの魚のお化けの事で何か話してたんでしょ?でも別に私は水霊(アクア)なんて見えないし、他の子や先輩達と違って何の興味も無いから、貴女達2人の事情だって詮索する気は無いし誰にもバラしたりしないわ。でもまぁ2人とも、何が有ったのかだけは明日皆に話した方が良いと思うわよ?先輩達も1年の子達も気にしてたから。」


 真理愛のその言葉に、リラと潤は見事なまでの肩透かしを喰らいました。然し、考えてみれば彼女は一般人。水霊(アクア)なんて見える訳が無いし、具体的に何をしていたかだってこちらが言わなければ何も分からないでしょう。

 それでなくてもアクアリウムで癒して貰って楽しそうにしていた瑠々や水夏と違い、彼女はその様子を信じられないと言う表情で呆然と眺めていただけ。驚きこそすれ、興味を持っていたかどうかは疑わしかったのですが、それが無いと言うのであれば好都合です。


 「それより飯岡さん!此処に来る前に貴女が魚のお化けが見えて、それを操る水霊士(アクアリスト)になるかも知れないとか何とか先輩や五十嵐さん達が話してたけど、今言った通りそんな事は私にはどうだって良いわ!明日の部活、私と勝負しなさい!!水泳から逃げた貴女だけは絶対に許さない!!貴女と私、どっちが速く泳げて水泳選手として上か、総体の前にハッキリさせてやるわ!!」


 腰に手を当ててビシっと指を差すと言うテンプレートなツンデレのポーズを取り、そう高らかにライバル宣言すると、真理愛は踵を返して去って行きました。

 その様子を、2人は只口をあんぐりと開けて見送る事しか出来ませんでした―――――。



 翌日、その日は土曜日で学校は休みですが、運動関係の部活動に所属している子達には大して関係有りません。大多数の子達が練習の為に思い思いの場所に集まり、己の心技体を錬磨するのですから―――――。

 今回霧船の水泳女子達が泳ぐ場所は、ホームグラウンドと言うべき何時もの学校のプール。25mが5コース有る四角い水のフィールドで、今日も今日とでリラ達は練習に励む訳です―――――が!



 「昨日言った通り、勝負よ飯岡さん……いいえ、飯岡潤!!」


 「さ、漣さん……。」



 入部した時からずっと潤に敵愾心を剥き出しにしていた真理愛と、その敵意の矛先に晒されていた潤とが雌雄を決する日が、図らずもその日やって来たのです。


 「ねぇリラ、一体何でこうなっちゃったの?」


 「それが、私達が話し終わって帰る途中、いきなり漣先輩が現れて勝負しろって飯岡先輩に………。」


 「あぁ、昨日皆で帰ってたら漣先輩、何時の間にか居なくなってたって思ったらリラっち達のとこに行ってたのね。」


 「それで、一体何の話をしていたの?」


 1年生同士で昨日の話をしていた時です。不意に忍が声を上げて彼女達の私語を制止します。


 「お前等、私語は慎め!みちる!」


 「了解。2人とも、位置に着いて……用意!」


 今にも雨が降り出しそうな程にどんよりと雲で覆われた曇天の空の下、みちるのホイッスルが天高らかに響きます!


 ザッバアァァァ―――――――――ン!!!


 ドッブウゥゥゥ―――――――――ン!!!


 それと共に2人はプールへと一斉に飛び込みます。激しい水音を立てて泳ぎ出す2年生女子4人の片割れ達。

 真理愛と潤は今回、50mの距離を自由形、バタフライ、背泳ぎの3本勝負で競います。


 (負けない……絶対にこの子にだけは!!!)


 真理愛が此処まで敵愾心を潤にぶつけるのには訳が有りました。

 真理愛は小学時代から水泳が好きで、中学時代には大会でも何度も入賞した事が有る程の実力者だったのです。特に、潤の事は違う学校に通っていた事も有ってライバルとして強く意識しており、この子に勝ちたいと何度も思っていました。

 一方潤も、中学2年生までは泳ぐのが好きで、その実力も真理愛を差し置いて優勝した事も有る程の実力者だったのでした。

 所が、中学2年の終わり頃から彼女が胸が急激にどんどん大きくなり過ぎ、それを男子にからかわれた所為で羞恥心とコンプレックスから水泳部を辞めてしまっていたのです。それ故に彼女は中学最後の大会に不参加だった為、真理愛は勝ちたかった相手にも勝てぬままと言う不完全燃焼な気持ちでその年の大会を優勝してしまっていたのでした。

 その後、水泳部での実績を買われて真理愛は霧船に推薦入学。潤は普通に受験して進学しました。

 この時潤は、今尚成長を続けてバスト93にまで膨れ上がった自身の巨乳に対するコンプレックスと羞恥心から周囲の視線を避ける様になり、そのままオドオドと内向的な性格へと変わって行きました。水泳以外、勉強も何も大して取り柄らしい取り柄の無い潤にとって、そうやって過ごした時間程惨めなそれは無いのは想像に難くないでしょう。

 嘗て砂川達に虐められた原因も、元を辿れは其処に在った訳です。因みに真理愛の方も真理愛の方で、霧船で潤と再会した時には一方的に自身の怒りと失望の感情をぶつけてそのまま口も利かず、彼女が虐めに遭ったと知っても自業自得と見て見ぬ振りをしていたのでした。


 あれから1年、忍や潤が不在の間、彼女はみちると共に国体にまで出場する程の実力を備えた名選手となっていました。2年生女子の中で真理愛がその筆頭格と目されるのは当然です。それは彼女自身も自覚しており、相応にプライドも有りました。

 理由はどう在れ、自分との勝負を放棄して水泳から逃げた落ち武者がまたこうやってのうのうとプールに戻って来るなんて、真理愛からすれば水泳選手としてのプライドからどうしても許せない事なのも無理は有りません。


 況してや真理愛は自由形が得意な選手。同じ50mの自由形で、自分が負ける要素など有る訳が無いと信じて疑いません。


 死に物狂いで目の前の水を掻き分け、両足で水面を蹴り続け、真理愛は見事に向かいのプールの壁にタッチしました。

 勝った―――――そう確信して潤のコースの方を向いた時、潤も遅れて漸くゴールしました。


 「みちる、タイムは?」


 「飯岡27.95、漣27.24!」


 当然の結果と言わんばかりに、真理愛はドヤ顔を決めました。最初に練習で忍とリラと潤との競った時には、専門でも無いバタフライで泳いだ為に潤と同着2位になりましたが、それだって真理愛の中では屈辱でした。

 然し今回は自分の得意で最も速い泳法とされる自由形……それで潤に負ける道理なんて有る筈が無い!!


 「いやぁ、凄いね漣さん!流石ずっと練習して来ただけの事は有るよ!」


 所が潤は悔しがる処か、寧ろ嬉しそうな表情で真理愛の勝利を祝福して来たのです。これでは勝っても意味は有りません。


 「何よ………何よ負けたのに馬鹿にして!!」


 それからも真理愛は続くバタフライで彼女に挑みましたが、最初の勝負で1番得意な自由形で体力の半分を消耗してしまったのか、精彩を欠いた泳ぎしか出来ません。次第に潤に引き離されて惜敗。

 最後の背泳ぎに至っては潤の得意な泳ぎであった点と、先の2本勝負で大幅に体力をロスてしまった点、そして2本目に負けたと言う屈辱感から平常心で泳げなくなってしまった点から惨敗を喫してしまい、この3本勝負は真理愛の1勝2敗と言う結果に終わりました。


 「この勝負、飯岡先輩の勝ちで終わったね……。」


 「飯岡先輩が勝ったって言うより、漣先輩の方がペース配分間違えて自滅した感じだけどね……。」 


 葵と深優の2人がそう呟く視線の先には、屈辱感で顔を歪ませてプールのゴール地点の壁際に佇む真理愛の姿が有りました。


 それ以前にも何度も何度も練習で潤と泳ぎ続けて来ましたが、自分が先にゴールして勝っても、潤は全く悔しそうな素振りを見せずに無邪気な顔で賞賛していました。

 自分が見たいのはそんな顔じゃなくてもっと悔しがる顔が見たかったのに……、自分に対して屈辱感とか劣等感を募らせる顔が見たかったのに!!

 ずっと超えたかったライバルはもう何処にもいない………目の前に居るのはライバルでは無く、自分との勝負を放棄して水泳から逃げた単なる裏切り者。

 やり場の無い鬱屈した感情が自分の中に蓄積して行くのを、真理愛は抑え切れませんでした。


 「どうしたの漣さん?最初の自由形では勝てたのに、後の勝負で急に振るわなくなったけど、全然らしくないよ?」


 心配そうに潤が話し掛けて来ると、真理愛は溜め込んで来た憤りを遂に爆発させました。


 「………何で逃げたの?」


 「えっ?」


 潤の問い掛けに対し、真理愛はシャチかホオジロザメが襲い掛かるかの様な勢いで彼女に掴み掛ります。

 その様子に周囲はどよめきました。


 「どうして水泳から逃げたの!?2年近くもの間、一体何してたのよ貴女は!?」


 「………そ、それは……ハッ!」


 潤は何も言えず、とても苦しそうな表情を浮かべて黙るしか有りませんでしたが、直ぐに真理愛の異変に気付きました。そう、彼女の中から物凄い量の黒い煙かヘドロの様な物が迸り、天へと立ち昇っている事に……。


 (何……これ?まさか、これがリラちゃんの言ってた穢れなの?でも、どうして急に……?)


 そんな疑問に答えたのは、彼女の内なる水霊(アクア)であるステラでした。


 (潤、貴女の中に有る水霊士(アクアリスト)としての力が、強い穢れを前に無意識に反応したからだよ。)


 (えっ、ステラ?でも言われて見たらまた周りに水霊(アクア)が見える様になったけど、これがアクアリウムの力なんだ………。)


 (どうする潤?貴女の力でこの子を癒してみる?)


 (で、でもそんなの無理だよ。わたしには――――)


 (『でも』じゃないよ。この子がこんなに穢れを溜め込んだのは、元はと言えば潤がつまらない理由で水泳から逃げたからでしょ?だったらそれを清算する責任は潤に有る!違う?)


 (ステラ――――――うん!分かった。リラちゃんみたいに出来る自信なんて無いけどわたし、やってみるよ!)


 一方その頃、リラも既にアクアリウムで真理愛の内側に憎しみと言う強い穢れが迸っているのを感知していました。


 (行けない!早く漣先輩を癒さないと!)


 咄嗟に立ち上がって潤と真理愛の元へ行こうとした時です。


 「待ってリラ!忍先輩が――――」


 「えっ?」


 葵から制止されて忍の方を見ると、既に彼女がプールの中に入って潤と真理愛を止めに入ろうとしていました。


 「コラ漣!この勝負はお前の負けだろ!?なのに何時までも飯岡に突っ掛かりやがって好い加減にしろ!!」


 「でも先輩!私……」


 そう忍に対して真理愛が抗議しかけた時でした。


 「胸が大っきくなって恥ずかしかったからだよ………。」


 ポツリとそう、呟く様に潤は言いました。


 「えっ?」


 呆気に取られる真理愛に対し、潤はなけなしの勇気を振り絞って言いました。


 「わたし、中学2年の大会の後、胸が急にどんどん大きくなって、その事で男子にからかわれて恥ずかしかったから……だから水泳辞めたの!」


 思わぬ潤からのカミングアウトに、真理愛とその周囲の部員達は思わず凍り付きました。

 暫くして彼女達の頭の中に浮かんで来たのは、「マジ?」、「そんな事で?」、「意味分かんない。」と言った突っ込みでした。これには葵も深優も更紗も開いた口が塞がりません。リラも目が点です。

 特に水泳選手として中学時代から名を馳せていた手前、忍もみちるも瑠々も水夏も選手としての潤の事は知っていましたが、まさかそんな理由で辞めていたと知り、開いた口が塞がりません。


 「そんな事で………」


 潤の言葉を受け、真理愛は再度身体中をワナワナと震わせて怒りを蓄積させて行きます。リラと潤の目には、先程以上にドス黒い穢れが出ているのが分かりました。


 「そんな下んない事で水泳から逃げたのあんたは!!?私はずっと水泳選手としてのあんたの事を目標に頑張って来たのよ!!?ずっと超えたいって思って、その一心でずっとずっと練習して来たの!!なのに中学3年の大会の時には居なくて……この学校入った1年の時に、また会えたって思った時には『もう水泳やらないから』なんて言ってた癖に………何で………何でまた私の前に現れて水泳なんてやってんのよオォッ!!!!!」


 ずっと超えたかったライバルに裏切られた怒りと憎しみに任せ、さながら南海トラフ地震の津波の如く真理愛は言葉を迸らせました。

 潤は何も言わず、只目を閉じて黙って彼女の言葉を受け止めるだけでした。


 「久し振りに会ったあんたはもう……私に同着に並んでもそれ以上速くなんて泳げない………。私は勝ちたくて泳いで来たのに、あんたは負けたって悔しがる素振りすら見せない…………。そんなあんたに勝ったって、何も嬉しくない………。」


 「漣さん………。」


 先程まで迸らせていた怒りが嘘の様に下火になったかと思うと、彼女の顔は次第に無気力とも取れる表情へと変わって行きます。


 「もう良いわ………。私もう水泳辞める………。貴女は精々卒業まで楽しく泳いでなさいよ………。」


 すっかり投げ遣りになった調子で、真理愛は潤に背を向けたままプールから上がると、そのまま更衣室の方へ歩いて行こうとしました。


 「漣さん!?」


 「そんな!?」


 「おっ、おい本気か漣!?」


 アクアリウムを発動させたリラと潤の視界に映る真理愛の中では、穢れが迸るのを止めて凍結を始めていました。穢れは凍結すれば、ずっと死ぬまで怒りや憎しみ、怨嗟等の負の感情のしがらみに囚われ続ける恐れが有るのです。そうなっては、水霊士(アクアリスト)でも癒すのは困難になります。

 慌ててリラがアクアリウムを発動してプールサイド全体をブルーフィールドで覆い、周囲の水霊(アクア)達を集めてクラリファイイングスパイラルを形成する準備を始めた………その時でした!


 「待って漣さん!!」


 不意に潤が背後から真理愛を強く抱き締めて拘束しました。その時潤に起こった変化を、葵達は見逃しませんでした。

 何と、リラのブルーフィールドで青のオーヴァーレイが掛かった空間の中、更に潤の周りだけ更に濃い青のオーヴァーレイの掛かったフィールドが、円柱水槽の様に形成されていたからです!

 

 「あっ、あれ!?飯岡先輩の周りだけ、何だか余計青くなってない?」


 「えっ!?」


 「あれって、リラのアクアリウムと同じ!?」


 それは彼女の周囲にしか展開されていませんが間違い有りません。水霊士(アクアリスト)がアクアリウムの能力を発揮出来るブルーフィールドです。

 円柱水槽の様な青い空間の中に、大小様々な水霊(アクア)達が少しずつ集まり出しているのが見えます。

 リラのブルーフィールドが明るい感じの青なら、潤のブルーフィールドはやや濃い目の青でした。


 「えっ?それじゃあまさか飯岡も―――――!?」


 「やっぱ汐月と話した後で―――――!?」


 驚愕するみちると忍に対し、リラが説明します。


 「はい、飯岡先輩はあの後、テミスからアクアリウムの能力を授けられて水霊士(アクアリスト)になりました……。」


 何処か暗い感じの表情での説明でしたが、その時の彼女の心境に気付く者はいませんでした。誰もが潤が水霊士(アクアリスト)に覚醒したと言う目の前の事実に驚愕し、その事で頭が一杯でそれ以外何も見えなくなっていたからです。


 「マジで!?ジュンジュンもあの魚を……水の精霊を使える様になったんだ……。」


 「それは凄いけど、汐月と比べて初心者の潤に扱えるの?」


 瑠々と水夏がそんな感想と疑問を呟くと、突然テミスが現れて言いました。


 (それは潤次第ね。)


 「うわっ!!ビックリした!!」


 急なテミスの出現に瑠々と水夏が驚いている中、リラ達は固唾を飲んで潤の様子を見守っていました。



 「離して!!離しなさいよ!!!もう私には水泳やる意味なんて無いの!!!」


 「離さないよわたし、絶対に!!漣さん、わたしが逃げた後もずっと頑張って泳ぎ続けて来たんでしょ!!?去年だって国体出たって聞いて本気で驚いた!!それだけ頑張って来たのを捨てるなんて勿体無いよ!!それにわたし、悔しかったんだよ!!?」


 「えっ……?」


 その言葉に、真理愛は思わず身体の動きを止めました。気が付くと潤の周囲には沢山の水霊(アクア)達が密集しているではありませんか!


 「漣さんが、わたしが逃げてる間に国体行けるだけの実力を付けてたって聞いて、TVで泳いでる所見た時は素直に悔しいって思った!!『本当だったらわたしだってあそこにいる筈なのにどうして!?』って!!わたし、勉強も何をやらせても並で……、そんなわたしが唯一好きなのが水泳だったのに、自分の胸が急激に大きくなった事で男子からからかわれて、それがトラウマになって何時もビクビクオドオドする様になって………それで水泳から逃げたの!」


 そう叫ぶ潤の中に、やがて沢山の水霊(アクア)達が潤の身体の中に入り込みます。


 「でもそれって狡いよね………。わたしは本当は只楽しく泳げれば良かっただけで、漣さんみたいに全てを賭けて打ち込みたいって思うだけの覚悟も情熱も無いのに、ちょっと上手く泳げるからってだけで調子に乗って、努力してる漣さん達の心を無自覚に踏み躙って……。貴女みたいな気持ちが有ればわたしだって、男子からからかわれた位で水泳も辞めてなかったのかな……?そしたら貴女の目標でいられたのかな……?わたしには最初っから貴女のライバルでいる資格なんて無かったのに………ごめん……本当にごめんなさい!!」


 潤の口から溢れ出る言葉を間近で聞いている内に、真理愛の目からは大粒の涙が滂沱のそれとなって流れ出て来ました。


 「あれは………!?」


 リラが大きく目を見開いた先に映っていたのは、大量の水霊(アクア)を内に取り入れた潤の身体が、巨大なクラリファイイングスパイラルを纏って光り輝いている姿でした。

 心を洗い流す優しい水のせせらぎが、真理愛の耳にゆっくりと流れ込みます。それだけでも充分心を癒すには足りますが、更に彼女が感じていたのは自分を背中から強く抱擁している潤の温もりでした。

 まるで生まれた時に母親の懐に抱かれているかの様な、不思議な優しさと温かさと安心感が真理愛の全身を支配して行きます。


 「じゅ……潤………わ、私……私は…………あっ、あぁっ……あっ……………!!」


 「漣さん………今更許してなんて言わない。でも、我が儘を承知でお願いが有るの。貴女をわたしの目標にさせて!2年のブランクが次の総体までに何処まで埋められるか分かんないけど、貴女に追い付いて国体で一緒に泳ぎたいの!わたしを国体に連れて行ってくれる?ねぇ――――“真理愛”ちゃん!」


 目から滂沱の涙を流す真理愛。そんな彼女と正面から向き合い、潤は真理愛をより強く抱き締めます。


 「うっ…うんっ………うっ、あぁっ………うああああぁぁぁぁああ―――――――――――――――――ッ!!!!」


 豊満な胸に顔を埋めたまま潤の言葉に頷くと、真理愛は子供の様に声を上げて泣きました。クラリファイイングスパイラルを身に纏った潤の身体はより強い光を放ち、真理愛の穢れを跡形も無く消し去り癒したのでした。

 その光景を、葵やみちる達は只々黙ったままずっと見つめるばかりでした。


 (テミス、あれって………。)


 (『マーシーハグ』―――――その身に穢れ無き水霊(アクア)を大量に宿した状態で、穢れた相手を優しく強く抱擁する事で対象を癒す。まさに物理的に応用されたアクアリウムの術法です。然し、偶然とは言え潤は、誰にも教わらずにそれを編み出しました。)


 テミスの解説を受け、リラは改めて気難しい表情を浮かべます。


 (リラ、これでも未だ潤の事を認めたくないと言うのですか?少なくとも潤にだって、海の瞳を持つ水霊士(アクアリスト)としての素質が充分に有る事がこれで分かったと思うのだけれど。)


 母なる海の様な慈しみ溢れる眼差しで泣きじゃくる真理愛を見つめる潤の姿を見せ付けられ、リラはその意固地な考えを軟化させざるを得ませんでした。



 「みちる部長、忍先輩、瑠々、水夏、それに汐月さん、五十嵐さん、吉池さん、長瀞さん、お騒がせして済みませんでしたッ!」


 退部宣言をして周りを騒がせたとして、真理愛は頭を深々と下げて自分の勝手を謝罪しました。

 

 「顔上げろよ漣。」


 忍に促されて顔を上げた真理愛の顔は、憑き物が落ちた様な優しい凪の海の様な顔になっていました。


 「漣、貴女良い顔になったじゃない?」


 「えっ?そっ、そんな事は―――――。」


 次いでみちるからそう言われ、真理愛は戸惑います。

 すると潤がニッコリと笑顔で彼女に話し掛けます。


 「漣さん、わたしの事“潤”って呼んで良いから、貴女の事も名前で呼んで良い?」


 「何言ってるの?2人ともさっきお互いの事、思いっ切り名前で呼んでたじゃない?」


 みちるからそう指摘され、2人は思わずハッとなります。無意識とは言え、咄嗟にお互いの事を名前で呼んでいたなんて、2人は案外魂で強く繋がった関係なのかも知れません。


 「そ、そうですね……。それじゃあこれからはそう呼んで頂戴――――潤!」


 顔を赤らめたまま、後ろ手に手を組んでモジモジしながらそう言うと、真理愛は勇気を出して右手を差し出します。


 「じゃあ宜しくね、真理愛ちゃん♪」


 ニッコリ笑って潤がそう言うと、2人は友情の握手を交わします。只、真理愛は依然恥ずかしさからか以前顔を赤く染めておりましたが…。


 「でも驚きました!まさか飯岡先輩まで水霊士(アクアリスト)になってたなんて!」


 「凄かったです!漣先輩の事癒して見せてる飯岡先輩、まるでママみたいでした!」


 「えっ?いや、さっきはがむしゃらで何が何だか……。」


 尊敬の眼差してそう叫ぶ葵と深優の姿に、潤は戸惑うばかりです。

 すると其処へリラが潤の傍に近付いてきて言いました。


 「私、正直未だ自分以外の水霊士(アクアリスト)を受け入れる勇気は無いです。でもさっきの飯岡――――いいえ、潤先輩見てたら気が変わりました。」


 「リラちゃん、それって――――。」


 「はい。潤先輩、私も教えてあげます。水霊士(アクアリスト)の事、私の知ってる限り―――――。」


 「本当に!?有り難うリラちゃん!!改めて宜しくね!!」


 バスト93もの豊満な胸の圧力に掛けられてはリラも堪りません。息が出来ない苦しみから逃れようともがくばかりでした。


 「あっ、ちょっと潤先輩!?くくっ、苦しいぃィィィィィッ!!!」 


 「あ~っ!リラっちばっかり狡い私も!!」


 リラの事を羨ましがる余り、潤の胸を揉みしだこうとする深優とそれを止める葵。


 「ちょっと深優まで何やってんのよ!?」


 そんな何時も通りの光景に、周りは呆れながらも笑うしか有りませんでした。


 「お前等、じゃれ合い(キャットファイト)も其処までにしとけ。さっ、雨降って地固まった所だし、また練習再開すっぞ!」


 忍の号令と共に、再び霧船女子の水泳部は来たるべき6月下旬の総体兼予選会へ向けた練習に励みます。



 「潤……次の総体、絶対勝とう!その次の国体でも一緒に泳ごう!」


 「………うん、真理愛ちゃん!」


 真理愛の言葉に対し、潤は強く頷きました。みちるのホイッスルの音が響くと同時に、共に水泳を愛する2人の身体は、一斉にプールの水へと勢い良く飛び込んで行くのでした―――――。



キャラクターファイル20


飯岡潤(いいおかじゅん)


年齢   16歳

誕生日  3月11日

身長   168㎝

血液型  O型

種族   人間

趣味   イラストと手芸

好きな物 森林浴


ライラック色のセミロングの髪にリラと同じ澄んだ藍色の瞳、そして眼鏡が特徴(眼鏡は伊達で掛けてるだけで近視では無い)。

蒼國市のウォーターフロントに在るマンションの2階に住んでいるが、リラと同じで親が共働きで家には殆ど居らず、兄が大学に去年進学して家を出た為に1人で過ごす事が多い。

引っ込み思案で何時もオドオドしており、その所為で同級生の砂川達に1年の時からずっと虐められていた。上履きを靴下と共に中庭に投げ込まれ、それを偶然其処に居合わせたリラに拾われた事が切っ掛けで彼女の運命は変わる事となる。

アクアリウムで自身の内なる水を癒され、穢れを浄化されたのをきっかけに彼女は変わる決心をし、その為に中学以来辞めていた水泳を再開した。元々水泳は全国へ行けるだけのレヴェルだったが、どんどん成長する自身の胸を同級生の男子にからかわれた事がトラウマになって辞めていたらしい。

再び競泳水着に身を包んでプールに立つ事にした彼女だったが、同じ2年の真理愛からは中学時代にライバル視されており、突然水泳を辞めた事を根に持っていた。然し、折しも彼女もまたリラ同様水霊(アクア)が見えると言う衝撃の告白から潤自身が水霊士(アクアリスト)の素質が有るとされ、その力をリラによって開眼させた彼女は真理愛を癒し、わだかまりを解消した。因みにクラスは2年3組で得意な泳ぎは平泳ぎと背泳ぎである。蛇足だが恥ずかしがったりして照れると、無自覚に胸を大きく揺らす癖が有る。

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