第13話 Salvage Of Life
今回でエピソード深優は終了です!
「じゃあパパ、また明日来るからね。」
「あぁ、気を付けて帰れよ、深優……。」
帰る旨の言葉を言うと、深優は病院のベッドに横たわっている最愛のお父さんの病室を後にしました。お父さんの入院している病室は1階に有る115号室で、入り口の名札には水性マジックで『吉池航』と言う名が書かれていました。
海宝総合病院は水の都である蒼國らしく、海に面した場所に建てられた病院。入院患者を収容する病棟も、当然それは一緒です。病室の窓を開ければ、蒼國の海から心地良い潮騒が聴こえて来ます。
勿論、海は時として嵐や暴風を伴い激しく荒れる日も有る為、常に穏やかとは限りません。只、それでも穏やかな日に聞こえて来る潮騒の音色は治る見込みが有って退院出来る者、そのまま死を待つ運命に在る者を問わず心を癒し、安らぎを与えるには充分な旋律でした。
深優の父である航が倒れたのは今から4日前、深優が学校へ行き、自分も漁協へと出勤して直ぐの午前8時頃の事でした。突然ドス黒い血を吐いて漁師仲間達の前で倒れ、顔中酷い冷や汗を掻いて苦しそうにしていたのです。
それから同業者の人達が119番通報をして救急車を呼び、そのまま病院へと搬送されて其処で航は漸く容態を持ち直しました。航が倒れた知らせはその後直ぐに祖母の元へと届き、其処からお昼頃に職員室を通して深優に伝わったのでした。
『余命1年のスキルス胃ガン』と言う宣告が下されたのは、倒れた日を含めて3日間に亘って入念に検査をした結果であり、4日目に深優がリラに真実を伝える前日の夜中の事だったのです。
病院では通常、ガンで入院したからと言って直ぐに手術や抗ガン剤治療等の措置を行う訳では有りません。手術にせよ延命にせよ、患者の意思を尊重した上でどうガンと向き合って行くのかを考えねばならないからです。その為に最初に行われるのは、担当医による問診と診察です。
倒れた日を含めて3日間、航は主治医と問診もしましたし、検査も繰り返し入念に行って結果は出ている為、今度は病期の判定と治療法を決める段階に入っていると見て間違い無いでしょう。
現時点で深優のお父さんはどうするのか、未だ明確な決断を下してはいません。娘の事で色々と思う所が有るからでしょう。ですが、どちらにせよ間も無く航が決断を下す時が迫っているのは火を見るより明らかであり、時間が無い事に変わりは有りません。
(自分が水霊士だったら、お父さんの病気だって治してあげられるのに……どうして私には何の力も無いの……?)
病院からトボトボと、普段の彼女を知る者からは想像出来ない程に暗く、元気の無い姿で家路に就く深優。
最愛の家族の命が掛かっている時に、何も出来ない自分の無力さに彼女は打ちひしがれていたのです。
そんな深優の頭の中には、在りし日の航の姿が走馬灯の様に駆け抜けていました。
「うわぁ!何処まで行っても真っ青……!!」
「ホラ深優!見て見ろよ!海ってこんなに大きくて広いんだぞ!!」
自分の乗っている船で沖へ出て、その海の青さと大きさを教えてくれた航―――――。
「深優、どうして俺がお前に『深優』って名付けたか分かるか?お前にはこの海の様に、深い優しさと思い遣りの心を持った子に育って欲しいからなんだ!」
生まれた時からずっと見て来た青くて美しい海に擬えて、自分に『深優』と言う素敵な名前を付けてくれた航―――――。
そんなお父さんから貰った自分の名前が、深優は大好きでした―――――。
「どうだ深優!でっかいのが釣れたぞーッ!!」
漁から帰った時、185㎝と言う自分の身長の倍近くは有る大きなカジキを釣り上げた事を誇る航―――――。
出迎えに向かった自分をその丸太の様な腕で、力強い印象にも関わらず優しく抱き締めてくれたあの温もりは今でも忘れません―――――。
「葵ちゃん、深優とずっと仲良しでいてくれよ?大人になってもずっとな!」
「もう!パパったら何言ってんのよ!?葵の前で恥ずかしいったら!」
幼馴染み同士で遊ぶ中で言われた言葉に反発する深優と、それを笑って誤魔化す航――――――。
お母さんが死んでから、お婆さんと一緒に一生懸命育ててくれた航の記憶は、深優の中ではどれも珊瑚や真珠よりも美しく光り輝いていました。
記憶が蘇るその度に、深優の目には再び大粒の涙が浮かんで来るのでした。
すると深優の目の前に、突然2つの人影が立ちはだかりました。リラと葵の2人です。
「葵……?リラっち……?」
仲の良い2人の友人からの思わぬお出迎えに、深優は思わず目を見開きます。
「2人とも、どうし……ッ!?」
驚く深優を目掛け、勢い良く葵が抱き締めに掛かります。まるで近付いた獲物に勢いよく飛び付くアンコウの様です。
「馬鹿ぁッ!!」
それが力任せに抱擁しながら葵が開口一番に発した言葉でした。深優は訳も分からず困惑するばかりです。
「馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿ぁッ!!深優の馬鹿ぁッ!!お父さんが昨日病気で倒れて入院してたなんて、そんな大事な事何で幼馴染みの私じゃなくてリラに先に言うの!?順番逆でしょこの馬鹿深優!!!」
目から大粒の涙を浮かべてそう叫ぶ葵の言葉を受け、深優は理解しました。『リラが葵に自分の事を話したのだ』と言う事を。そうでなければ、リラは兎も角葵まで一緒にこの場にいる事の説明が付かないからです。
「ムガムガ!!離して葵!!痛いし息が苦しいから!!」
幼馴染みの言葉を受けて漸く葵は深優を解放しました。胸を顔面に押し付けられて苦しかったからか、深優はハァハァと荒く息をしています。
(って言うか葵、水泳部で着替える時に見てるから分かるけど小さくないね。寧ろ81で大きい方じゃん……。)
そんな不謹慎な事を考えながら、葵から揉みくちゃにされた時にずれた眼鏡を掛け直すと、深優は改めてリラの方を向いて言いました。
「リラっち、葵が此処に居るって事はまさか……」
「そうよ!リラが全部話してくれたの。更紗だってもう知ってるからね!」
「やっぱり……でも、どうして?」
「どうしてって、深優ちゃん別に『誰にも言わないで』なんて一言も言ってなかったしそれに―――――。」
途中まで言い終ると、リラは目を閉じて胸に手を当ててこう言葉を紡ぎました。
「今日練習で泳いでる深優ちゃんの事、前橋部長と日浦先輩もらしくなくて心配だったから何が有ったのか聞かせて欲しいって言うから話したの。私は先輩命令に従ってそうしただけよ。」
「じゃあ……部長と日浦先輩ももう知ってるの?」
「それだけじゃないよ深優ちゃん。此処にいない更紗ちゃんや先輩達から私、預かってる物が有るの!」
「預かってる物」と言う単語を聞いて、深優が頭に疑問符を浮かべていると、リラは驚くべき物を出しました。
何とそれは、今此処にいない更紗とみちると忍の内なる水霊であるプラチナとノーチラスとヴァルナの3体だったのです!
「リラっちそれって、全部サラサラと先輩達の……?でも、どうして……?」
至ってご尤もな深優の問いに対し、リラは答えました。
「そんなの決まってるよ。更紗ちゃんと先輩達から借りて来たの!」
此処で時系列は女子更衣室でリラが真実を打ち明けた所まで遡ります。
一頻り泣きじゃくった後、葵は立ち上がってリラに縋り付くと、目に大粒の涙を浮かべて言いました。
「私からもお願い……!!リラ………深優のお父さんを助けて!!」
ですがそれに対し、リラは申し訳無さそうに俯いて目を逸らし、こう弱々しく返すだけでした。
「ごめん……悪いけど無理……。」
「そんなッ……!!」
葵の表情は絶望に歪みます。
「リラ……!!」
「汐月、てめぇッ!!」
リラの返答に対し、忍が胸倉を掴んでいきり立ちます。更紗も思わず怒気を含んだ声で叫びました。
「どうして駄目なの?貴方、忍の事だってこの前救って見せたじゃない!このままじゃ吉池、お父さんが死ぬまでの1年間ずっとあんな調子で過ごす事になるかも知れないのよ!?」
みちるも悲しい目をしながら、一緒になってそう続きます。
「………どうしてなんですか?」
尚も俯いたまま、リラはポツリと問い掛けます。
「葵ちゃん達は兎も角、どうして先輩達まで深優ちゃんの事でそんなに怒ってるんですか?先輩達と私達は4月の終わりに出会ってから、未だ1~2週間しか経ってないんですよ?学年だって違う分、私達より深優ちゃんと一緒に過ごす時間だって短いから私達程親しくも無いのに、どうして其処まで怒れるんですか?『水泳部の一員として部員の問題を解決したいから』ってだけで、別に深優ちゃんの気持ちなんて本当はどうでも良いんじゃないですか……?」
普段純粋な性格のリラからは想像も出来ない様な斜に構えた問い掛けに対し、みちると忍は思わず黙ってしまいました。そう――――確かに同じリラと葵と更紗は深優と同じ1年生で同じ2組の生徒。出会って未だ1ヶ月余りとは言え、それなりに友人関係を築いて来ました。対してみちると忍は同じ部活、延いては同じ学校の先輩、後輩と言うだけの関係で学年も違えば教室も違います。部活動以外でリラ達と絡む機会なんて基本的に余り有りません。
どうにも浅い繋がりでしか無いのに、何故そうまでしてみちると忍は深優の為に其処まで感情的になれるのでしょう?
「……お前、あたし等の事馬鹿にしてんのか?」
数十秒の沈黙を置いた後、忍が口を開きます。
「確かにお前等とあたし等は4月の終わりに出会ったばっかりで間が無ぇよ。けど出会ったばっかで間が無ぇっつー意味じゃ、4月に学校入ったばっかのお前等だって同じだろ?1ヶ月ちょっとでも2週間其処等でも、あたし等にとっちゃ大して差は無ぇよ。時間だけ見りゃどっちだって浅いぜ。大事なのはどんなに短い時間でも、そん中で『どれだけ相手の事を見て、分かろうとしてるか』だろ!?少なくともお前は水霊の事になると周りの見えねぇ馬鹿だけど、あたしやみちるの事を癒し救ってくれた心の優しい恩人だってのは知ってる!そんでその為に、五十嵐や吉池、長瀞はみちると一緒になって力を貸してくれて、一緒の水泳部に入ってくれた義理堅い奴等だって事もな!お前や吉池の為に心砕いてやる理由なんて、それで充分だろ!」
忍の言葉に、リラは目から鱗が落ちた様な感覚になります。次に言葉を紡ぐのはみちるです。
「部長として、先輩として後輩の事を想ってその問題を何とかしたいって言うのは貴女の言う通りよ。部員全体の士気に関わるから……。だけどそれ以上に、私達はもう水霊を通して繋がった仲間でも有るの!仲間がピンチなのに見て見ぬ振りなんてする程、私達は程度の低い人間じゃないわ!」
改めてアクアリウムを展開して見ると、2人の内なる水霊であるヴァルナとノーチラスは強い命の輝きを放っていました。特にヴァルナは先程のユナーシャとエフィアの癒しも有ってか、一段と強い輝きです。然しこれは肉体的な生命力のみから来る輝きではありません。宿主である人間の強い心の力が、その輝きを増幅させているのです!
「リラ……先輩達も深優の事想って言ってくれてるのに、それでも駄目なの?」
「来年お父さんが死ぬまで、深優がずっと苦しいままでも良いのリラ?って言うか、どうして無理なんて……。」
再び葵と更紗が祈る様な目でリラに対してそう問い掛けると、リラは「出来ない理由」を語り始めました。
「理由は簡単よ。私は今までそんな死ぬかも知れない様な病気や怪我を今まで1度も治した事が無いの。仮にそれがアクアリウムで出来るとしても、その為には中級以上の……それこそテミスみたいな上級水霊や最上級水霊の力が無いと根治させるのは難しいわ。でも今の私は中級水霊を数体操るだけで精一杯なの。下級水霊なら幾等でも操れるけどね。」
そう言うと再びリラはアクアフィールドを展開し、更衣室中をグッピーやネオンテトラ等、メダカ型やカラシン型を中心とした下級水霊の大群で埋め尽くして見せました。更にドリスも近くに呼んで見せます。
「勿論中級だけでも治せなくもないけど、完全になんて治し切れない。また直ぐ再発するだけよ。それじゃ深優ちゃんに無駄なぬか喜びをさせるだけでしょ?完全に治すにはさっき言ったみたいに上級水霊の力を借りるしか無いけど、さっき日浦先輩を癒すのに使った大っきな2匹―――――エフィアとユナーシャって言う上級に近い中級2匹を操っただけでもうヘトヘトになったでしょ私?なのに上級水霊を操ってガンを治すなんて、今の私じゃとても無理だって分かるじゃない?」
この幻想的な光景を葵達は呆然と眺めていましたが、同時にこれだけの芸当が出来るリラにも出来ない事が有ると言う事実に、只閉口するばかりでした。
「それに皆誤解してるみたいだけど、私のアクアリウムはあくまで『水の穢れを浄化する』だけの力なの。つまり水を綺麗にするのがアクアリウムの本質なの。怪我や病気が治るのはそうやって生き物の身体の汚い水を綺麗にした結果、免疫力や自然治癒力みたいな身体本来の“生きようとする力”が活性化してそうなったってだけの話であって、ゲームで状態異常を治す為の魔法やアイテムみたいにそれ自体が目的じゃないのよ。幾等水を綺麗にした所で、進行したガンや心臓病みたいな死の病気を治せるかどうかはその人の生命力次第。それだけは私じゃどうしようも無いわ。だから……」
それだけ言うと、リラは申し訳無さそうに力無く俯くだけでした。
「ごめんね葵ちゃん。私、明日深優ちゃんには無理だって伝えるわ。残りの1年、後悔の無い様にお父さんと一緒に過ごして欲しいって説得するから……。」
今此処で治ろうと治るまいと、人と言うのは皆必ず死ぬ物です。生き物である以上、それは何人も覆せない絶対の自然の摂理。深優のお父さんである航の命が水に還る時が1年後と言うのなら、受け入れるしか有りません。
「先輩、深優ちゃんがあんな調子なのはお父さんが死ぬ事を受け入れられないからだって思います。説得して受け入れてくれれば、また元の様に泳げる様になる筈ですから、それじゃあ……。」
「見損なったわリラ……!!」
不意にそんな言葉が耳に飛び込んで来たかと思うと、突然葵がリラの腕を掴んで無理矢理振り向かせると、容赦の無い平手打ちを喰らわせます!
「貴女、日浦先輩を癒しに行く時言ったわよね!?『私は穢れを放っておけない。目の前にストレスや悲しみで穢れを内に溜め込んで、苦しんでる人がいるなら、私は……癒したい!!』って!!深優は今、お父さんの事で穢れを溜め込んで苦しんでるのよ!?穢れが病気の原因になるって言うなら、深優のお父さんのガンだって穢れを溜め込んで出来た物なんじゃないの!?だったらそれを癒せば治るんでしょ!?再発の恐れが有ったって、治せなくも無いんでしょ!?もしそうなったら何回だって癒せば良いじゃない!!」
葵のその強い言葉に、リラは再び大きく目を見開きました。
「葵ちゃん……。」
「1人じゃ超えられない限界でも、皆と一緒なら超えられるんじゃないの?」
そう言うと更紗の中からプラチナが姿を現しました。
「何ならあたし等の水霊だって貸すぜ?なぁみちる!」
「ピッチピチの女子高生4人分の生命力さえ有れば、病気で死にそうなおじさんだって1発で元気になるでしょ?」
みちると忍の中からもノーチラスとヴァルナが姿を現します。
「更紗ちゃん、部長、先輩……。」
(リラ、貴女は進まねばなりません。水霊士としての更なる高みへ。)
突然頭上にテミスが現れて言いました。
「テミス?」
(リラ、余り私を舐めないで頂戴。地球を廻る水である私には、貴女の事が全て分かるの。今の貴女自身の力量も限界も……。それを考慮した上で、私が的確に力をどう使えば良いかを指示するから。)
「えっ?それって……?」
(そう……私も力を貸すわリラ!上級水霊の力、今こそ貴女に授けましょう!!)
「じゃあ、サラサラと先輩達だけじゃなくって、テミスまで一緒に協力してくれるの?」
「勿論よ深優さん。リラには水霊として、これからもっと成長して貰わないと行けない。この星に蔓延する穢れを癒す為にもね!」
突然人間態のテミスが現れ、深優に対してそう告げました。
テミスに続いてリラも一緒に、それでいて力強くこう伝えます。
「深優ちゃん、最初は私も、命に関わる怪我や病気を治した事が無いのを言い訳に断ろうって思ってた。でもそれは只単に、経験と自信の無さを言い訳に逃げてただけだって気付いたの。今はこんなに沢山の水霊やテミスが付いてるって分かったし、此処にはいないけど更紗ちゃんも前橋部長も日浦先輩も、皆深優ちゃんの為に祈ってくれてる。そうする事でプラチナ達に力を送ってるよ?1人じゃ駄目でも、皆と一緒なら限界だって超えられる!私、絶対に深優ちゃんのお父さんを助けるから!」
「リラっち………。」
その決意の言葉を待っていたと言わんばかりに、深優の目には大粒の涙が堰を切って溢れ出し、大瀑布の如く零れて流れ落ちます。
「あ゛りが……グスッ……有り難うリラっち………!!わ、わだじ……ヒック!……信じてる………ヒック!……リラっちならヒグッ!!でぎるっでえぇぇっ………!!」
リラの懐にしがみ付き、そう声を挙げて泣く深優の姿を見て、葵は少しだけ嫉妬するのでした……。
絶対に深優のお父さんの死の穢れを癒して見せる!その強い気持ちと共に、リラはどうやって航を癒すのかをテミス達と話し合いました。勿論夕暮れ時でしたので、1度自宅に帰ってから夕飯を食べてから再び病院前の蒼國海岸で落ち合う約束を交わしました。
さて、時刻はPM19時30分。リラ達は海宝総合病院の館内案内までやって来ると、深優のお父さんである吉池航の面会の手続きを行いました。この病院では面会の受け付けから退去までPM21時が刻限。それまでの間に何としてもアクアリウムで航を癒さねばなりません。
面会許可証を受け取って看護師の女性2人に案内され、航のいる115号室の部屋まで行くと、不意に看護師2人の内1人が言いました。
「それでは少々お待ち下さい。」
そうしてドアをノックして「吉池さん」と航の名を呼ぶと、そのまま病室へと入って行きます。
それから数分すると再び看護師が出て来ました。すると人間態になっているテミスが言いました。
「エフィア、首尾はどう?」
すると看護師の身体から甕覗色の水飛沫が出て来たかと思うと、それはやがて4mは有ろうかと言う大きなアリゲーターガーを思わせる姿の水霊―――――エフィアが現れました。
エフィアが肉体から出た看護師は、その場にゆっくりと倒れました。
(大丈夫だよテミス!吉池ちゃんのお父さんなら私の力で眠らせておいたからさ♪)
楽天的でノリの良い口調でエフィアはそう返しました。エフィアの能力は副交感神経に干渉する事で、あらゆる生き物の肉体を強制休眠させると言う物でした。その力で航を眠らせたと言うのです。
「それじゃあ、此処からが本番ね。ユナーシャ、出て来て!」
リラがそう言うと、2人の看護師の内のもう1人の方の身体から緋色の水が流れ出し、それがやがて空中で形を形成してピラルク型の水霊のユナーシャが現れました。
2体はあの後、テミスからの要請を受けてリラの成長と深優のお父さんの救命に協力すべく、一足先にこの2人の看護師に憑依して待っていたのでした。
ユナーシャが抜けると、彼女が宿っていた看護師はハッと我に返って倒れたもう1人を起こします。
「ちょっとあんた何寝てんのよ?早く起きなさい!」
「看護師さん、パパの病室へ案内してくれて有難うございました!」
「えっ?あっ、はい……」
深優がそう元気に礼を言って115号室の戸を閉めると、看護師2人は狐に摘ままれた様な気分で元の職場へと戻って行きました。
病室に入ると、早速深優はベッドの上で眠りに就いている父の元に駆け寄ります。
「パパ、絶対に助けるから……。」
父の手を強く握り締めた後、深優は再びリラの元へと歩み寄りました。葵は室内の備品である椅子に腰掛け、2人から離れた位置で両手を合わせて祈っていました。
それは今此処に居ない更紗と忍とみちるも一緒でした。遠く離れた自宅から、窓を開けて3人は強く祈っていました。
他でも無い、友人と後輩の家族の生還を――――!!
「じゃあ深優ちゃん……行くよ!」
リラの言葉に深優が頷くと、先ずリラはブルーフィールドを展開。そして自身の内なる水霊であるクラリアを顕現させると、それを何と深優の身体に宿したのです!
「うっ……あぁっ!!」
全身を青白い光が包み込んだかと思うと、深優の瞳の色が何と藍色の輝きを放ちました。そう、リラの目と同じ様に……。
それを確認すると、リラは周囲の水霊達を取り込んで自分に背を向けた深優の肩に手を当ててると、水霊達の力で増幅された自らの生命力を送り込みます。
するとどうでしょう。深優の両手に紅い光の球が現れたでは有りませんか!まるでアクアリウムの能力を発動させ、クラリファイイングスパイラルを行使している時のリラの様に!
良く見ると深優の内なる水霊であるブルームは何と、リラのそれであるクラリアと合体していたのです!
(成功よリラ!先ずは第一段階―――――『ポゼッションアクアリウム』の発動はクリアしたわ。)
近くでテミスがそうリラに“第一段階の成功”を伝えました。
第一段階と言われても何の事かと分からない皆さんの為に説明しておきましょう。
1度自宅に帰ってリラ達が夕飯を食べ終えた後、蒼國海岸で再び落ち合った時、テミスは航を癒す為のプランを予め立てていたのです。
その内容とは以下の通りでした。
1、先ずはリラの内なる水霊であるクラリアを深優に宿し、ブルームと一体化する事によって深優にリラのアクアリウムの能力を一時的に貸与する『ポゼッションアクアリウム』を発動させる。
2、深優の父を救いたいと言う強い想いをエネルギーに変えてプラチナ、ノーチラス、ヴァルナの3体でクラリファイイングスパイラルを発動させ、これによって航の身体を蝕む穢れを除去。弱った航の肉体に活力を送り込み、ガン細胞の動きを停止させる。
3、最後にリラが上級水霊のテミスをリラがその身に宿し、その力で航の体内の全身のガン細胞を根こそぎ食らい尽くす。
これが航を癒す為のプラン。そして今、リラは自らの内なる水霊であるクラリアを深優に貸し与えてブルームと融合させる事により、深優に水霊士としての力を一時的にですが貸与する高等秘術『ポゼッションアクアリウム』を発動させたのです。
水霊士と貸与する人間の心が1つにならなければ絶対に成立しない難しい高等秘術でしたが、「深優のお父さんを癒し救う」と言う2人の強い想いが成功へと導いたのでした。
さぁ、問題は此処からです。次はアクアリウム能力を貸与された深優に、無事にクラリファイイングスパイラルを発動させられるかどうか?
「深優ちゃん行くよ……プラチナ!ヴァルナ!ノーチラス!私を通して深優ちゃんの中に!!」
リラの言葉と共に、更紗達の強い祈りで一時的にとは言えパワーアップしたプラチナ達がリラの体内に入り込んだかと思うと、それは深優の体内へと流れ込みます。
「うぐッ!?はあぁぁあああぁぁ――――っ!!」
ですが、パワーアップしたプラチナ達の力は水霊士では無い一般人の深優には負担が重過ぎたのでしょうか?只でさえポゼッションアクアリウムだけで一杯なのに、その上強化された中級に匹敵する水霊3体では無理も有りません。
「深優ちゃん大丈夫!?頑張って耐えて!!」
「分かってるよリラっち………私だって………やる時はやるんだから!!サラサラ!部長!日浦先輩!3人の想い………受け取ったよ!!」
深優の身体に掛かる負担を少しでも軽くしようと、リラは的確にアドヴァイスします。
「落ち着いて深呼吸して!自分の中の水の流れを無理に堰き止めないで!自分の腕を水路、掌をその出口だと思って、其処へ水が流れて出るのをイメージするの!!後は私が何とかするから!!」
全身を暴れ馬の様に駆け巡る水霊のエネルギーの前に、ともすれば自分を見失いそうになるもリラの言葉で何とか理性を保ちながら、深優は驚異の学習能力で全身を流れるエネルギーを操って両手から掌の上に紅い光球として集約させ、どうにかリラが何時もやっている所まで漕ぎ付けました。
「クラリア!深優ちゃんの頭の中にイメージを伝えて!私がクラリファイイングスパイラルを作るイメージを!!」
(了解―――――。)
すると次の瞬間、深優の脳内に一瞬ですがリラがクラリファイイングスパイラルを発動させる時に何を思い、どう発動させているかがダイレクトに伝わって来ます。
「えっ?リラっち、今のって………?」
「私がクラリファイイングスパイラルを作る時どうしてるかを、クラリアを通して貴女の頭の中に送ったの!深優ちゃんなら1回見ただけで出来るよね!?」
「リラっち……当ったり前でしょ!?私を誰だって思ってるの!?コツなら何とか掴んで来たから……!!」
「じゃあ深優ちゃん……大切な人を癒したい、救いたいって強く想いながら螺旋を描いてみて!」
抽象的な説明ですが、勉強もスポーツも高い水準でこなす深優は見事にクラリファイイングスパイラルを見様見真似とは言え、高いレヴェルで再現!
紅い光の奔流は航へと流れ込み、やがて螺旋となって包み込むとそのまま安らぎを生む回転運動と、心地良い水のせせらぎと共に癒しのエネルギーを航の体内へと送り込みます。
(お願いパパ……死なないで!!生きて……生きて!!)
「深優……?」
光の螺旋に包まれてその場を漂う中、航は深海より深くて暗い意識の底で深優に呼ばれている声を聴きました。
プラチナ、ヴァルナ、ノーチラスが三位一体となって作り出す命の螺旋は、宿主である少女達の若さ溢れる生命力を癒しのエネルギーに変え、航の肉体の穢れを洗い流して行きます。
「深優……何処だ?何処に居るんだ?」
「パパ……。」
螺旋に包まれたまま夢の中で自分の名を呼ぶ航の姿に、深優は涙が溢れて来ました。
「深優ちゃん!泣くのは未だ早いわ!さぁ、仕上げよ!」
「うん!ブルームお願い!」
(待ってた!)
そして最後にクラリアと合体したブルームが航の身体を貫く事で、彼の中の穢れは全て取り払われました。航の肉体にプラチナとブルームが活力を与え、身体中に転移していたガン細胞も、ヴァルナとノーチラスの力によって完全に動きを停止させられました。
(おめでとうリラ、深優さん。これで第2段階は成功よ!ガン細胞を包み守ってたお父さんの身体の穢れは全て取り除かれた!)
「ふぅ~~~きつかった……。リラっちってこんな大変な事やってたんだね………。」
ポゼッションアクアリウムを解除し、自分の役目を全て終えた深優はその場にへたり込みます。疲れたのか、息も荒くなっていました。
「深優!」
その場に葵が駆け寄って来て深優を優しく抱きしめました。
「葵……。」
「お疲れ様深優……凄かったよ……。」
まるで姉の様に優しく抱擁しながら、葵は世界で1番の幼馴染みをそう賞賛します。
「深優ちゃん、私、正直失敗するんじゃないかって心配だったけど全然そんな事無かった…。初めてであれだけ出来てコツまで掴むなんて、やっぱり貴女って凄いね!」
そう言いながらリラは疲労回復の為に持って来たチョコレートを頬張っていました。
「もう何言ってんの?こんな事何時もやってるリラっちの方がもっと凄いよ。」
すっかりヘトヘトになりながら、深優は改めてリラの凄さを実感していました。
水霊士と言うのがどれ程大変か、自分で体験して改めて理解した友達の凄さを深優は、そして初めて水霊士としてアクアリウムを体験したにも関わらず、持ち前の学習能力でそれをこなして見せた友達の凄さをリラはそれぞれ知り、2人の間の絆がより深まった瞬間でした。
「じゃあ、残りは私がやるから……。深優ちゃんは其処で見てて!」
お父さんを救いたいが為に、此処まで頑張った深優の想いを決して無駄にはしない!その想いでリラは水霊士としての誇りを賭け、己の限界に挑みます!
深く息を吸い込み、精神をまるで風1つ無い凪の海の様に落ち着けると、とうとうリラはその名を呼びました。
「行くわよ………テミス!!」
(覚悟は良いわね……リラ!!)
水霊の姿になったテミスがリラの身体に宿ると、リラの身体に変化が起こりました。
リラの全身がコバルトブルーに変化したかと思うと耳が水掻きになり、肩や肘に鰭が生えて下半身が魚の尻尾に変化し、まるで人魚の様になりました。
「えぇ~~~~~っ!?」
「リラっちが……人魚みたいになった!?」
「これが……テミスの力……うっ……ううううううあぁぁぁぁあああ~~~~~~~~~ッ!!」
先程の深優の身体を巡っていたプラチナ達の比では無い程のエネルギーがリラの体内を駆け巡ります。自分の細胞が内側から爆発して砕け散りそうな苦痛がリラの全身を支配します。
「リラ!」
「リラっち!!」
(落ち着きなさいリラ!1度に私の力の全てを制御しようとするからそうなるの!先ずは力の出力を10%に留めなさい!)
テミスに言われて力を抑えると、下半身が元の人間の足に戻り、耳の水掻きと四肢の鰭だけの外見に薄いコバルトブルーのオーラを纏った姿になりました。それと同時に痛みも漸く軽減され、何とか力を行使出来る状態に落ち着きました。
(それだけでも充分深優さんのお父さんは癒せるわ。無理無く力を行使しなさい。)
「うん……分かった!」
そう言うとリラは右腕にコバルトブルーのクラリファイイングスパイラルを形成すると、それを指先に集約してレーザーの様に航の鳩尾へと照射します。すると航のガンで蝕まれた胃の中にコバルトブルーの水滴の様な物が現れたかと思うと、それは無数のテミスとなって胃の中のガン細胞を喰い尽くし始めたのです。
テミスの行使するこのクラリファイイングスパイラルを、水霊達は『ブルースパイラルビーム』と呼んで特別視していました。
全てが喰い尽くされると同時に、胃の細胞を正常なそれに戻して行きます。
(良し!これで本丸の胃は完全に癒された!後は全身に転移したガン細胞を駆逐するだけよ!最後まで気を引き締めなさいリラ!)
「うん……!!」
一見簡単に見えますが、実際テミスをその身に宿しての術式は想像以上にリラの肉体に負荷を掛けていました。発病の発端となった胃を癒した時点でもう既に限界でしたが、この上更に転移したガン細胞を駆逐せねばならないのです。
テミスに指示された箇所にブルースパイラルビームを照射して行くリラ。転移が見られた箇所は何と7ヶ所も有りましたが、何とか5ヶ所は攻略出来ました。
「さぁ、次は6ヶ所目……うっ……うああああああ痛い!!痛いイイィィィィィ!!!」
然し、限界を超えて酷使し続けた身体はもう悲鳴を上げ始めていました。全身に今まで味わった事も無い激痛が走り、リラはその場に崩れ落ちそうになります。
「リラ!!」
「リラっち!!」
すると其処へ飛び出して来たのはエフィアとユナーシャの姿でした。2体はリラに言います。
(リラ!私達をクラリファイイングスパイラルに変えて自分を包むんだ!)
(そうすればテミスの力による負荷はあたし達が抑えられる!!もう一息だよ頑張りな!!)
「エフィア……ユナーシャ……うん!」
心配そうな表情を浮かべる深優の顔を見て、最後の気力を振り絞ったリラは一旦テミスの憑依を解除。2体を光の球に変えてクラリファイイングスパイラルを形成して自らを癒すと、再びテミスを憑依させて術式を再開。続く6ヶ所目にブルースパイラルビームを照射してガン細胞の消滅を確認すると、最後の7ヶ所目に照射しようとします……が!
「もう…限界……あぁっ!!」
激痛に耐えかねてその場に崩れ落ちそうになるリラ。然し其処へ、不意に自分を支える感触を感じます。振り向くと其処には葵とリラの姿が有りました。
「葵ちゃん……深優ちゃん………。」
「頑張ってリラ!!あとちょっとなんだから!!」
「リラっちがもう立てないなら私達が支えるよ!!だから……!!」
「2人とも……。」
すると未だその場に残っていたプラチナとノーチラスとヴァルナがクラリファイイングスパイラルの中に加わり、彼女の体力と気力を小回復させます。
「更紗ちゃん……前橋部長……日浦先輩………。」
友達でも先輩でも、虐められていた頃からは想像の出来ない素晴らしい出会いに恵まれた事を実感させられたリラは、再び立ち上がります。
「負けるもんか……私は1人じゃない……!私は皆が付いてる……!!」
(リラ!力を振り絞りなさい!)
「深優ちゃんのお父さんは………私が癒す!!ええぇぇ~~~~~いっ!!!」
テミスの叫びと共に、リラは最後の7ヶ所目に渾身のブルースパイラルビームを照射!これにより、遂に航を蝕むガンは完全に消滅し、同時に彼の肉体に生きる為の体力と気力が戻って来たのです!
全てが終わった後、リラはとうとう力尽きてその場に昏倒しました。然し、リラの顔は全てをやり切り、水霊士としての自分の成長を実感出来た充実感が浮かんでいたのでした―――――。
「それじゃあ私達、これで帰りまーす!」
「有難うございました。」
力尽きて足元もおぼつか無いリラの肩を葵と一緒に担ぎながら、嬉しそうな表情で帰宅する深優の顔を見て、受付の看護師達は怪訝そうな顔を浮かべていました。
何故って?余命1年を宣告された115号室の患者の娘さんが、本日1度目の面会時は深い悲しみに打ちひしがれながら帰って行ったのが、2度目の面会ではやけに嬉しそうだったのですから――――――。
と言うか、夕方2度に渡ってお父さんの面会に来るなんてどれだけお父さんが大好きな子なのでしょう?それが看護師2人の深優に対する印象でした。
すっかり時刻はPM20時半を回り、夜の帳に街中が閉ざされる中、遠く響く潮騒の音をBGMに深優はリラに話し掛けます。
「リラっち、今日は本当に有難う!私、リラっちと出会えて本当に良かったって思う。」
満身創痍になりながら、リラは深優に返します。
「私も……蒼國に来て良かったって思ってる………深優ちゃんと葵ちゃん、更紗ちゃん、前橋部長や忍先輩と会えたんだもの…………。」
高校生活がスタートしてからまだ1ヶ月と数週間しか経っていないのに、素晴らしい出会いに恵まれた今の自分はやっぱり幸せなんだと心からリラは感じていました。
それこそあんな虐めなんて辛い過去が有った頃と比べると、まさしく『天国と地獄』と言っても過言では無い位に……。
気付けばプラチナとヴァルナとノーチラスは水飛沫となって飛散し、それぞれの宿主の元へと戻って行ったのでした。アクアリウム手術の成功と言う吉報と共に―――――。
然しテミスとエフィアとユナーシャは周辺を回遊しながらも、リラ達3人を遠目から見守ってるのでした。
「でも驚いたな。まさか深優がリラみたいな水霊士になっちゃうんだもんね!」
病室でのポゼッションアクアリウムの事を思い出し、葵はそんな小並……もとい、率直な感想を述べました。
「ポゼッションアクアリウムね。それは私も確かに驚いたわ。まさかそんな術法が有ったなんて…。でも、自分の中で水霊士としての可能性が広がったって感じられたし、色んな収穫が有って良かったかな………?」
水霊士としての自身の可能性の広がりを実感しながらそう言うリラに対し、不意に深優が言いました。
「私、ずっと憧れてたんだ。アクアリウムで皆を癒して救うリラっちに♪」
深優からの突然の好感度アップの言葉に、リラは当惑します。
「今回の事で私も思ったの。水霊士が自分の中の水霊を相手のと合体させる事でその人を水霊士にならせるなら、水霊士になれる人の条件って何なのかなってさ!」
「何よ深優?もしかしてあんたも水霊士になれるんじゃないかって思った?」
葵がそう問い掛けると、不意にリラが口を開きます。
「その条件はテミスみたいな上級水霊に選ばれる事だけど、そんなのならない方が良いと思うよ。」
「えっ?」
突然のリラのカミングアウトに葵と深優が戸惑う中、リラは急に2人の腕を振り解くと、そのまま1人で歩いて行きます。
「ねぇちょっと待ってよリラ!」
「リラっち、怒ってるの?」
「深優ちゃん、憧れるのは勝手だけど、これだけは言っておくね。ゲーム感覚で務まる程、水霊士の使命は甘くないの!穢れを癒すのがどれだけ大変か、自分でやって見て良く分かったでしょ?」
そう言って去って行こうとしますが、やはり疲れが残っている所為でその場に倒れ込みそうになって深優と葵に支えられながら帰宅するのでした。
リラと深優が航を癒した2日後の朝の事でした。
「先生、115号室の患者さんのMRIの検査結果が出ました。出ましたけれど……」
若い看護師の女性が航のMRI検査の結果画像を片手に、慌てて彼の治療を担当する医師の下へと急行して来ました。
前日、何故か良く分からないけれど急に体に元気が漲り、つい昨日まで病人だったのが信じられない位の回復振りだったとして、航は再び主治医に頼んでMRIの検査を依頼していたのです。
「それで、彼のガンはどうなっていたんだ?」
昨日の今日で急に良くなる筈も無いのですが、患者の意思を尊重する手前、不承不承検査をしてみた訳ですが果たしてその結果は……。
「それが………、無くなってるんですよ。身体中からガンの腫瘍が跡形も無く!!」
「何!?」
驚いて航の担当医が検査結果を確認すると、其処にはガンなど影も形も全く無く、寧ろ健康体其の物と言っても過言では無い航の肉体のMRI画像が有りました。
「信じられん……!!まさかこんな事が現実に……!?」
「でも本当なんです!今日患者さんの所へ行ってみたら、入院する前と比べて凄く元気になってて、これから直ぐにでも退院手続きをしたいって言ってるんですよ!」
「と、兎に角、私がその患者の所に行って話をして来る!退院するかどうかは主治医であるこの私が決める事だ!」
その後、主治医との面談の結果、航は念の為にもう1日検査入院として病院で過ごす事が決まりました。無論入院している間、毎日深優はリラを連れて見舞いに訪れ、航を眠らせてからのポゼッションアクアリウムの術法でアクアリウム能力を行使。
2度と再発する事の無い様に入念に航の身体をケアしていたのでした。因みにエフィアとユナーシャの2体はそれに付き合った後、流れる雲と共に既に蒼國から違う土地へと去って行ってました。
そうして3日目で航は晴れて退院。漁師として復帰してから、より精力的に働く様になったのでした。勿論、2度と深優を病気で悲しませる事の無い様、健康には充分気を配って無理の無いワークスタイルを心掛ける様にもなりましたがね!
「じゃあパパ!行って来まーす!」
「あぁ!今日も楽しんで来いよ!」
「私は何時だって楽しんでるよ♪」
最愛の父とそんな遣り取りをしながら、今日も深優は何時も通りの元気な調子で家を出るのでした。
さて放課後、霧船女学園水泳部では―――――。
「次!」
みちるのホイッスルと共に、一斉に水面を駆ける水泳部の人魚達。その中に、一際元気に泳ぐ深優の姿が有りました。
今回はリラ、葵、深優、更紗の1年生4人で50mの泳ぎを自由形で競っていたのです。
「1位、吉池27.5。2位、長瀞28.0。3位、汐月29.0。そして最後に五十嵐の30.4!」
「やったね!私が1位だ!!」
みちるが読み上げたタイム記録が1番だった事を受け、深優は欣喜雀躍でした。
27秒台は、全国大会に於ける女子50m自由形の毎年の標準記録に当たるタイム――――。
つまり、自由形に関して深優は今居る霧船の1年の中では、全国に1番近いと言う事なのです!
「あーあ、やっぱり深優には敵わないなぁ。」
「でも、深優が元気になって良かった……。」
口々にそう呟く葵と更紗ですが、2人とも憑き物が取れた様に晴れやかな顔でした。然し、それはリラも同じです。
大きな試練を乗り越え、水霊士としてまた大きく成長出来た事を実感出来たのだから……。
「何が何が!?私は何時だって元気だけど♪」
「あっ!!コラ深優いきなり何す……んあ~~~~~~~ッ♥」
「ビリの罰ゲームよ罰ゲーム♪たまには葵の胸も揉んであげなきゃ可哀想だからね♪」
「よ、余計なお世話だってノオオォ~~~~~~~ン♥」
葵の胸を嬉々として揉みしだく深優の姿を見て、「やれやれ」と言わんばかりに一息吐いて忍が言いました。
「吉池、漸く調子を取り戻したな……。」
「4人とも、早く上がりなさい!次!飯岡と星原と濱渦、そして漣の番よ!」
次に泳ぐ番に2年生全員を指名するみちるですが、既に泳ぎ終えてプールサイドに上がる1年の後輩4人の成長を忍と嬉しく思うのでした……。
そうして2年生の4人が泳ぎ終わると……。
「お疲れ様でした。それじゃ飯岡先輩、揉みしだきまーすぅッ♪」
「ちょっ、ちょっと吉池さん止めっ……、んん~~~~~~~っ♥んはあ~~ああ~~~~~~~~っ♥」
「コラーッ!!吉池さん良い加減にしなさ~~~~~~いッ!!!」
放課後のプールサイドには、何時も通り練習もそこそこに同級生や先輩の胸揉みに興じる深優の姿が有りました。
次回はエピソード更紗。深優と違ってこっちは二部作になるかな?
キャラクターファイル14
ドリス
年齢 無し
誕生日 無し
血液型 無し
種族 水霊
趣味 食べ歩き
好きな物 タコ焼き(人間態になった時に大阪で食べた)
中級水霊で紺桔梗色の鯰(種類はレッドテールキャット)の様な姿をしている。蒼國の街で活動している水霊の1体で、リラのアパートの部屋にも良く顔を出す。何故か関西弁を喋るノリの良い性格だが、それは元々彼女が同じ水の都である大阪のウォーターフロントに暮らしていたからであり、上半期と下半期で蒼國と大阪とで棲み分けている様だ。
主にハイドロスパイラルシュートと言う術法の投擲でリラから活用され、秘めた想いや感情を奮い起こす効果が有る。また、穢れに対する耐性も高く、更に激しく暴れ狂う事によって強力な水の波動を起こして何もかもを破壊したり洗い流したりも出来る等、ユーモラスな外見と性格に似合わず中級水霊の中でも相当な実力者。




