第0話 運命の一滴
初めまして、Ирвэсです。この作品がこちらでの処女作になります。未熟で至らない点も多々あるし、修正も良く入るかも知れませんが完結まで頑張って走り抜けて御覧に入れますので何卒宜しくお願いします!
それは、とある昼下がりの事でした。
蒼く美しい水の流れる川のほとりに中学生と思しき10代前半の少女が1人、ポツンと佇んでいました……。
少女の目はとても澄んでいました。まるで摩周湖の様に澄み切ったその藍色の瞳には、一切の濁りや曇もありませんでした。
ですが……彼女のその目は澄み過ぎる反面、何処か哀しげで…儚げで…まるで生きる事を
諦めたかの様な虚無感が見え隠れしていたのです。
少女の直ぐ後ろには、彼女の物と思しき鞄が1つ置かれていました。
けれどもそれは、鋭利な刃物で切り裂かれた様な痕が痛々しく刻まれ、中からぶちまけられた教科書やノートにも、聞くに堪えない様な罵詈雑言が表紙一杯に書き込まれていました。更に風が開いたそのページもの1枚1枚にもまた、同じ様な中傷の言葉が所狭しと刻み込まれていたのです。
虐めと言う何処にでもある悲劇……。無情にも彼女に向けられたその悪意と敵意の爪と牙は、次は死神のそれとなり、容赦無く彼女を死へ誘おうと言うのでしょうか。
けれど彼女の何処に死ぬ必要があると言えるのでしょう?
虐めの原因は被害者にもあると、口さがない無情な現実主義者達は言うでしょう。
然し、未だ年端も行かぬ子供にその責を求め、糾弾するのは余りに人の弱さを知らぬ愚か者の冷たい理想論ではありませんか!
理不尽な現実に苦しむ者を、この上更に「お前が悪い」と責める愛も慈悲も無き残酷な世界は、さながら獰猛な鱶が蠢く冷たい海底……一切の弱さを認めないこの世界に、彼女の居場所は最早無いのでしょうか?
最も澄み渡る藍色の瞳に映る世界……。それは彼女が生きるには適さぬ程に醜く濁り切った世界。
まさしく『濁世』と呼ぶに相応しいこの世界での生を、静かに終わらせようとする少女。
その命を水に還そうと、蒼き奔流に足を踏み入れんとした……その時でした!
「……待って!」
突如後ろから自分を呼び止める謎の声。
その言葉に少女はハッと我に帰ります。
何事かと思って振り返ると、其処にはコバルトの服を身に纏った少し年上の少女の姿がありました。
コバルトの少女は不意に音も無く近付いて来ると、くっ付きそうな程顔を少女に近づけ、その瞳を間近で凝視したのです。
「な……何なの? 貴女、一体…?」
少女が思わず後ずさると、其処は先程までその命を鎖さんと足を踏み入れた川。
冷たく流れる水の感触を足で覚えながらも尚後ずさりする少女。
其処へコバルトの少女が制止の言葉を投げ掛けます。
「危ない!それ以上踏み込んでは―――――!!」
「え…? あっ!」
コバルトの少女が忠告するも虚しく、少女はそのまま深みに足を滑らせ、その体は忽ちの内に深い蒼の底に吸い込まれていきました。口や鼻から容赦無く流れ込む水、水、水……。
(く…苦しい……い、息が…息が……ッ!私、死ぬの…このまま……?)
空気を取り込む事の出来ぬまま、強くうねる力を以て無情に海へ向かう水の力に翻弄される少女は、いよいよ確かな現実味を帯びて差し迫る死の実感を思い知らされました。
先程まで死の安寧を求めてこの奔流に飛び込もうとした手前、思った通りの展開になった物の、いざそれが現実になると込み上げて来るのは満足でも幸福感でも無い……恐怖と後悔だけだったのです。
(嫌……、死ぬなんてやっぱり嫌!! 生きたい……、やっぱり生きたいよ!!)
荒ぶる蒼い奔流に弄ばれながら少女が強い後悔の念と共にそう思うと、先程のコバルトの少女の声が頭に直接響きます。
(死ぬのは嫌なのね?)
突然響いた声に一瞬戸惑いましたが、息も出来ぬ水中で強い奔流に弄ばれる今のこの状態でその事を気にしている余裕は少女にはありませんでした。
コバルトの少女の声は尚も彼女の脳に響きます。
(だけど生きて戻ってどうするの?貴女の心は大小様々な傷を負い、その目は輝きを失っている。綺麗過ぎる水に魚は住めない。貴女にとってこの世界の水質は余りにも不適合。そんな世界でこれからどうやって生きて行くの?その覚悟が本当にあるの?)
その言葉に少女は何も言い返せませんでした。何も言い返せぬまま、少女の心には過去から今へと現在進行形で続く忌まわしい現実の数々が頭を通り過ぎます。
仕事で殆ど家に居無い両親―――――。
都合の良い時だけ友達を自称して近付き、利用しようとして来る子供ながら根の腐った連中―――――。
澄み過ぎた藍色の瞳は、そんな自分の都合しか考えない身勝手な人の有り様を嫌という程クリアに見せました。
そしてその度にそんな人間しかいない世界の実態に、何時しか少女は幼いながら諦観を覚え始めたのです。
人間への…、世界への失望は、やがて周囲を寄せ付けない孤独な空気を結界の様に少女の周りに作り出し、少女を孤独の淵へと追いやったのでした。
そして始まった「虐め」と言う地獄の日々…。
脳裏をよぎる走馬灯は、余りに多くの悲しい思い出に彩られ過ぎていました……。
そんな過去がフラッシュバックすると、少女の心には再び死を選ぶ気持ちが湧き起ってきました。
(やっぱり…私このまま死にたいよ…だって帰ってもどうせまたあの辛い毎日が待ってるから…でも……!!)
死を受け入れる気持ちと共に少女の心に新たに浮かび上がって来たのは「悔しさ」でした。
自分に力があったら…、戦って今を変える勇気と力があったら…、そして本当に変えられたら良いのに―――――!!
そんな気持ちに応える様にコバルトの少女は語り掛けます。
(ならば私が貴女に力を与えましょう。全ての濁りと汚れを洗い流す水の力を!!)
その言葉が脳に強く響いた刹那、少女の視界が水色の光で埋め尽くされたかと思うと、気付いたら少女は元の川原にポツンと腰を下ろしていました。
あの少女の姿も何処にも見えず、全てが川に足を滑らせ転落する前と同じだったのです。
「(ゲホッ!ゴホッ!)夢……だったの?」
肺に流れ込んだ水にむせながらそう呟く少女の言葉に対し、何処からとも無くコバルトの少女の声だけが響きます。
(いいえ、夢ではないわ。全て現実で起きた事よ。それが証拠にほら…、貴女の周りを見てみなさい)
脳に響く少女の言葉に従って周りを見るとどうでしょう。周囲がまるで水中に沈んでいるかの様に気泡が上がり、見た事も無い熱帯魚の様な魚達が泳いでいると言う非現実的な光景が広がっていたのです。
(貴女、お名前は?)
目の前の信じられない現実に対する疑問を口にするより早くコバルトの少女が尋ねてきました。
「え?」
(貴女のお名前を聞いてるの。)
分からない事だらけですが、取り敢えず答えなければ何も進みそうも無いので、少女は答えます。
「リラ……私の名前は汐月リラよ」
(リラ……良い名前ね…)
少女の名を確認すると、コバルトの少女も応える様に名乗ります。
(私の名はテミス。この地球の水のサイクルを司る水霊。最初に会った時、その深く澄んだ水底の様な瞳の貴女を見て、ただならぬ何かを感じ話し掛けたの。若しかしたら私達の力になってくれるかも知れないと思ったから……だけど貴女は予想に反して死を選ぶ気持ちが強かった。このまま大人しく死を受け入れて川に飲まれ果てるのか、それとも未だ生きたいと願うか…それを確かめた上で私に協力して欲しいと思ったの。)
それを聞かされて心癒は言葉に詰まりました。彼女はどうやら自分の自殺を止めるつもりで話し掛けて来たのではなかった様です。只自分に協力してくれる相手かどうか、リラの気持ちを見極めた上で判断したまでの事。川に落ちたのはテミスにとって想定外以外の何物でもありませんでしたが、値しなければどの道そのまま死んで命が水に還ろうとお構い無しだったし、理由や目的はどうあれ自分が九分九厘死ぬ運命に在ったのを救われたのは事実なので何も言い返せませんでした。
テミスは尚も続けます。
(私が与えたアクアリウムの力は物の汚れ、心の汚れ…その全てを清め、世界を掃除する為の物。そしてその魚達は水霊の子供達……。)
「アクアって…、貴女と同じ?」
「って言うかアクアって何?」と聞こうとした時、目の前にコバルトブルーに光る水滴が集まって来たかと思うと、そのまま大きな水の塊となり次の瞬間、爆ぜて無数の飛沫となって飛散しました。
すると其処から、今度はシクリッドかグラミーを思わせる姿の魚が姿を現したのです。
(これが私の本来の姿。今この地球の水には数多くの穢れが溢れています。そして生き物は皆体が水で出来ている。水の穢れは生き物の身を蝕み、心を腐らせます。だからこそその穢れを洗い流し、癒しを与える必要があるのです。)
「その手伝いを私にして欲しいって事?」
話の流れからリラはそう尋ねました。
魚から最初の人間の姿になり、テミスは続けます。
「水霊は私以外にもこの地球に数多く存在するわ。水と同じ数だけ水霊は生きている。だけど、近年になって人間の中の水の汚れが深刻化し、私達だけでは手に負えない程の物になって来たの。貴女を苦しめるいじめも、同じ様に汚れ切った水を子供の内からその身に多分に宿した人間が増え過ぎた所為。だから……。」
「言いたい事は分かった……。私は虐めを無くしたい。それで貴女はその原因になってる穢れって言うのを取り払いたいんでしょ?」
要するに求める利害の一致だった訳でした。けれどリラにとって悪い話ではないのもまた事実。
寧ろ今を変える切っ掛けになるのならそれに越した事はありませんし、彼女は思い切って承諾しました。
「分かりました。貴女が手伝って欲しいって言うなら、私やります!」
「有難う、海の瞳を持つ貴女ならきっと私達の力になってくれる……。今日から貴女は水と対話し癒す者……。そう、「水霊士」として生きるの。信じてるわよ、リラ……貴女のそのクリアな水の心を…」
そう言うとテミスは水煙に姿を変えると、少女の瞳の中へと吸い込まれる様に入って行きました。
気が付くと周りの魚や上昇する気泡は何時の間にか消滅しており、夕焼けの空の下、川のせせらぎだけが響く川原にリラは1人ポツンと佇んでいたのでした………。
少女は…その後戦いました。自分を取り巻く理不尽な現実と……。
勿論それは茨の道と呼ぶに相応しい厳しい道程でしたが、決して弱音は吐きませんでした。
何故なら彼女はもう戦う力を手に入れていたから…。そして何より1人ではなかったから……。
自分を虐めていた者達の心を洗い流し、その穢れを取り払い、リラは漸く居場所を手にする事が出来たのでした。ですが、この話はまた後程ゆっくりとお話しましょう。
それから数年後、高校生となった藍色の瞳の少女・リラは進学先の高校が在る街、蒼國市に引っ越して来ました。
大きな川と海で四方を囲まれ、至る所に水路が縦横無尽に張り巡らされた水の都を舞台に、地球を浄化する水霊に選ばれし少女が齎す新感覚の水と癒しの物語は此処から始まるのです!
取り敢えずプロローグです。いや~魚から力を貰って虐めと戦った部分はキンクリ。そしていきなり高校編からのスタートと言うのは些か超展開でしょうか?とは言え、この手の構成は昨今の創作物でも珍しくはないのでアリっちゃアリかな?
ともあれ、次回から本格的に物語は動き出しますのでどうぞ見守って下さい!
chapter:キャラクターファイル1
汐月リラ
年齢 15歳
誕生日 7月7日
身長 159㎝
血液型 A型
種族 人間
趣味 アロマ
好きな物 水族館
本編の主人公。深い水底の様に澄み切った藍色の瞳が特徴の少女。中学時代はいじめられっ子だったが、或る日いじめを苦に自殺しようとした処、水霊であるテミスに助けられて人間を蝕む水の汚れを浄化する能力「アクアリウム」を授けられ、「水霊士」と呼ばれる存在になる。ボーっと物思いに耽り易くて空想癖が有るが、どんな時も何物にも染まらない純粋な心と優しさを併せ持ち、包容力のある性格。