5 収集家と未完成の叡智
遅れてすみません。
語り手: アルタイル
「……セイヤ、おいしかった。」
「は?」
イカ軍団討伐の後、ユキが突然そんなことを言い出した。
セイヤに心当たりはなく、これも当然の反応だろう。
「……セイヤのエネルギー。久しぶりに満たされた。」
彼女の言うところによると、セイヤがユキにエネルギーを分け与えた際に口で味わうのとは違う“味”がしたらしい。セイヤにとっての右腕での食事と同じだろうか。
そしてセイヤのエネルギーは、長い時間をかけ熟成された高級ワインの味がしたらしい。セイヤ自身は全くわからないが。
「っていうかお前ワインの味なんて知ってんのな。」
「わたしの国ではお酒に規制なんてなかった。セイヤの言うニホンって厳しい。」
「確かに色々細かいけどな。悪くはねーぞ?」
すでにセイヤはユキを連れて帰ると決めていた。セイヤの親は……ちょっと変わってるけど大丈夫なはずだ。ちなみにセイヤがオタク化したのも、その両親の影響があったからだったりする。
雑談しながら歩いていたが、ふとセイヤはユキの異変を感じ取った。無理に術を使おうとした時と同じものだ。
「ユキ、無理すんなよ。」
「…………大丈夫、あの魔術で消耗しただけ。……残量が少なかった。」
すぐにユキの肩に手を置きエネルギー譲渡をしようとするが、ユキに止められた。
「できれば……あの時みたいにして。」
「はいはい。」
そんなやりとりもあり補給は終了。ここでセイヤはあることを思いつく。
ちょっと前に出会った緑触手男から出た宝石。少し取り込んでみると、これはかなりの濃度の【緑】の精神エネルギーが結晶化したものだとわかった。飴玉みたいに食べれば美味かっただろうが、それを【紫】で加工することにする。
「セイヤ、それって……」
隣のユキが驚いているようだが、構わず作業開始。
エネルギーは解析済みのため、そのまま【紫】の波長へと変換。その半分ほどを【金】に置き換え、二色の変化を限りなくなめらかなものにしていく。見た目は半分紫橙晶、もう半分は黄橙晶の『アメトリン』という宝石のようだ。
セイヤがそれに【紫】のエネルギーを注ぎ込む。すると宝石はエネルギーを吸収し、より澄んだ色になった。これで本体は完成だ。
仕上げに影でリングを作り、これをはめ込む。
「ユキ、これやるよ。」
「ありがと。これって……」
そう、セイヤが作ったのは指輪だ。それもただの指輪ではない。
「俺のエネルギーを吸うとユキの波長に変換して蓄積する指輪だ。俺がいない時にエネルギー切れとかシャレになんないからな。」
しかしユキは説明など全く聞いておらず、セイヤの方をチラチラ見ながら指輪を左手薬指に……つけられなかった。
白い風が通って行ったと思ったら、持っていたはずの指輪が無くなっていたのだ。
「こんのクソ野郎ッ!!」
気づいたセイヤが光の槍を生成し全力投擲。しかし飛び去る何かはそれを避けた。
人外化したセイヤの全力を、だ。
「……セイヤ。」
「ああ。」
「「あいつ絶対殺す。」」
この時の殺意だけで鳥(光)が数羽落ちてきた。
白いのが飛び去った方向へ歩く二人。いつもより早く歩いている。
「……セイヤ、どんなやつだった?」
「鳥だな。真っ白な体にオレンジのラインが入った無駄に綺麗な鳥だ。」
セイヤの人外アイはギリギリその姿を捉えていた。
「足に幾つか宝石やらなんやら引っ付けてたぞ。」
光り物を集めているのだろうか。まるでカラスのようだ。
「お、見えてきた。あれが奴の根城だな。」
そこにはガラスなどが積み上げられてできた、このモノクロの世界で美しく輝く小さな塔があった。高さはセイヤの3倍ほどで、ジャンプで登れそうだ。
「アァァ……」
声のした方、上を見ると、あの白カラスが鋭い目で睨んできていた。オレンジのその目からは強い怒りを感じる。
「よお泥棒、さっきぶりだな。」
「……滅する。」
2人の殺気に気圧され下がる白カラス。と思ったら、目にも留まらぬスピードで天高く飛び上がってしまった。
「ユキ、打ち落すぞ。……いただきます。」
「任せて。」
セイヤの合図に合わせ、ユキが氷の矢を空に向けて放った。一本の太い矢は途中で分裂し、無数のつららとなって空へ落ちていく。
白カラスは器用に飛び回って避けていく。だがその隙をセイヤは見逃さなかった。
あらかじめ用意していた光の槍を勢いよく投擲。つららよりもさらに鋭い槍が、慌てて回避し損ねた白カラスを串刺しにした!
……ように思われたが、白カラスは一瞬全身をオレンジに染め、槍とつららをすり抜けるようにして回避した。【橙】の能力だろうか。
「チッ、逃がすか!!」
続けて2本目を投擲。しかしつららはすでに消えており、白カラスは普通に回避する。
「……逃げてる。……セイヤ、追いかけないと!」
……その言葉にセイヤは閃いた。そう、当たらなくても追いかければいい。
飛んで行った日本の槍に意識を向ける。分離した影や光を変形するときと同じ感覚。セイヤのコントロールで2本ともが近くへ飛んでくる。
それを空中から勢いよく発射。
「収束、展開、〈氷の矢〉!!」
ユキが再び矢を放ち、無数のつららが舞う。そこへ糸を引っ張るような感覚で槍を配置。
続けて槍を投げると【橙】の力で回避されたが、その先にはすでに配置されていた槍が。脱力したオレンジカラスが槍ごと落ちてくる。
「やっぱりカラスだな、これ。」
見た目としては白にオレンジラインなのを除けば完全にカラスだった。
影の腕を変形させ捕食。プレーンヨーグルトに甘いオレンジを乗せ蜂蜜をかけたような味わいで、とてもカラスを食べているなどとは思えなかった。ちなみにオレンジ色の宝石も出てきたので、これは取っておく。
これで犯人は倒したが、ここにきた目的はもう一つ。
「よし、探すか!」
「あ、指輪……」
ユキは怒りですっかり忘れていたが、そもそも目的は指輪を取り戻すことなのだ。
セイヤは輝く塔を見上げる。3mといえどその素材は金や宝石ばかりで、こだけで一生遊んで暮らせるだろう。持っていける量にも限界があるので全部は持っていかないが。
「……登れない。」
そういえばユキの身長は低い方だ。飛べたりしない限りは一緒に探せない。
そこでお姫様抱っこでユキを持ち上げ、そのままジャンプ。彼女が軽いのもあり容易く登ることができた。
塔の幅はなんと6人くらいなら立っていれば入れるくらいだ。いったい何年かけてこれだけの宝物を集めたのだろうか。
セイヤにそんなことは関係ないが。
「ユキ、持ってけるだけもってこうぜ。変な場所に出たら旅費もいるだろうしな。」
「うん。……でもまずは指輪。」
「はいはい。」
結論から言えば、指輪はすぐに見つかった。アメトリンらしい特徴的な輝きは目立つし、残っていたセイヤのエネルギーが目印になったからだ。
そしてそれ以外にも多くのものが手に入った。
この塔のほとんどはただの宝石でできていたが、わずかに精神エネルギーの結晶もあったのだ。数えてみるとオレンジが2つに青と黄色が1つづつ。これらは利用価値があるため回収した。
そんなこんなでいろいろ回収したセイヤたちだが、最後に一つだけ目についたものが。
それは厚さや縦横の長さがセイヤのスマホとほぼ同じ板。全体が水色の水晶のようなものでできており、わずかにエネルギーの流れを感じる。魔術関連の装置だろうか。
「……エネルギーが足りない。出力できてない。」
「なら補充してみるか。」
ユキにやったのと同じ感覚でエネルギーを補充してみた。すると板は小さく震え、画面の上の空間に文字を浮き上がらせた。
[アクティブモードに移行 自立式学習型全知辞典試作四号機“エスカテスラ”再起動]
とある影の記憶を見ると、これには古いゲルマン系の言語でそう書いてあることがわかった。