3 壊された永久牢獄
やっとヒロイン登場です。
語り手: アルタイル
立方体はどこから見ても暗い灰色で、その表面には凹凸の一つもなかった。
しばらくぶりの進展。セイヤはこのチャンスを見逃すまいと、立方体を観察し始めた。
周りを歩き反対側に来ると、その面にはこれまた巨大な扉がついていた。ドアノブのない、シンプルな両開きの扉だ。
そして扉の周りには、青色と黒のインクで複雑な模様が描かれている。普通の人が見れば美しいのだろうが、セイヤに芸術を楽しむ心は残っていないようだ。
扉の前に立ち、扉を開こうと触れたときだった。
「痛ッ!?」
バチッという音とともにセイヤの体が弾き飛ばされ、扉の模様が光り出した。
「結界ってとこか?」
その予想は半分アタリで半分ハズレだったようだ。
立方体から浮き出てきた例の模様。その隙間に濃い影が流れ込み、巨大な人型を作っていく。
「いただきます」
そしてそれを、完成する前にセイヤが右腕で包み込んだ。さすがはセイヤ。慈悲も見栄えも全て捨て、ただ喰うことのみに執着する暴食の悪魔と化した少年。その目には巨人など新たな食料としてしか写っていなかったようだ。
大量の影を喰らってきたセイヤにとって、巨人一人飲み込むなど容易いことなのだ。
我に返って右腕の中で暴れる巨人。しかしそこの全てはセイヤの一部であり、巨人の暴れようは徐々に収まっていく。
数分かけ巨人の消化が終わると、今回もまた爽やかスマイルで言う。
「ごちそうさまでした!」
巨人は新鮮なブルーベリーのような味だった。青色が入っていたし、あの時の緑影男と同類だろうか。
これからも色付きを見たら積極的に狩ろうと決め、改めて扉を開く。どうでもいいが内開きで、今度はほとんど抵抗なく開いた。
……そして、中に入らず扉を閉めた。
再び開く。すると遠くに、十字架に縛られた全裸の美少女(?)が見える。
「……助けて、……お願い。」
再び無言で扉に触れるセイヤ。
「待って!……なんでも、するから……」
「お前が安全だと言う証拠はなんだ?」
「……。」
美少女には悪いが、疑うのも仕方がなかった。もはや人間らしさは食事のこだわり以外ないとはいえ、オタク知識は健在。こうやって封じられてるのは過去に何かやらかした系のやつだ。
さらにこの世界に来てから襲われっぱなしであり、セイヤは疑心暗鬼になっているのだ。
……だと言うのに。
「俺を裏切ってみろ、殺して食ってやる。」
「……ッ!!」
セイヤは右手で少女ごと十字架を飲み込み、【紫】の力で『料理』していく。この右手で行う『消化』とは、いわば飲み込んだもののエネルギーへの変換。それを鎖と十字架のみに使い続ける。
(俺も何やってんだかな。)
一人縛られ、きっと置いていかれたのだろう。その姿に既視感を感じた。それはセイヤにわずかな人間らしさを取り戻させるには十分だった。
しかし意外と消化に苦戦する。少女に空気を送り続けながら、30分ほどかけてなんとか消化した。
ちなみにそれらはブルーベリー風味のチョコレートを思い起こさせる味だった。
「ぷはぁ〜。……ありがと。」
女の子座りでこちらを見上げる少女。なるほど、これまたかわいい女の子だ。全体的にちまっとしているが、胸のわずかな膨らみといい他の色々といい、成長途中な感じがある。
幼さの残る可愛らしい顔で、少し見入ってしまうほどだ。雪のように真っ白な髪と金色の目が印象的だ。
かつてのセイヤならガン見して楽しんでいただろうが、数秒何か考えるように見てすぐ興味を無くしたように目線をそらした。
さらに右腕の一部を分離し、手早く黒い塊を作り上げる。
「これでも着とけ、風邪引くぞ。」
「……私は風邪なんて引かな……んぁっ!?」
やっとその意味に気づいたようで、顔を真っ赤にして塊をひったくると、向こうへ走って行ってしまった。なんども倒れかけたので影で支えてやったが。
ちなみに彼女が受け取ったのは黒い服一式。セイヤが自分の影で模倣し、下着からマントまでまとめて作ったのだ。当然紫のラインも入っている。
着替えを済ませて戻ってきた。もっともセイヤなら、影を直接纏わせて模倣することもできたのだが。そう、忘れていたのだ。決して1km先の暗闇をも見通す目を手に入れていたとしても、覗いたりはしていない。
……黒いマントは彼女自身とは対照的で、彼女の白さがより際立っている。
「……さっきは、ありがと。」
この話し方からして、話すのは苦手なのだろうか。
「……ここってどこ?」
「影の魔物のいる世界だ。影たちは『深淵の世界』って呼んでるな。」
「……それじゃ、もう助からないの?」
すでに感覚が鈍くなってきているセイヤは、頭上に“?”マークを浮かべた。
「お前らにとってはそんな認識なのか。案外生き延びれるもんだけどな。」
嘘じゃない。
「……もしかして、あなたは影?」
「何考えてんだ馬鹿野郎、正真正銘の人間だよ。」
それから、セイヤはここにきてからの話をすることになった。
目が覚めたら異空間だったこと。右腕のこと。腹が減ったこと……
思えばちょっと懐かしいかもしれない。
なかなか女の子に聞かせる話ではなかったが、彼女は目を輝かせていた。
「……置いていかれたんだ。……ふふ、私と同じ。」
「やっぱりお前もそういうタチなのか。お前のこと、聞いてやろうか?」
きっと嬉しかったに違いない。そうでなきゃ、こうして会話することでこの無表情な女の子から溢れ出るなんかポワポワしたオーラはなんだというのか。
「…………うん。セイヤなら、話せる。」
きっとセイヤは気づいていないが、すでにこの時点で意気投合していた二人。
することが増えた、面倒だと考える一方、セイヤはこの出会いを喜んでいた。
……だがまずは少女の話を聞いてみるとしよう。この箱に封じられ、一人で助けを呼び続けた少女の話を。
時間がない……