2 影の魔物と【紫】の力
不定期になります。
よろしくお願いします。
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第5話執筆にあたり少しだけ編集しました。
語り手: アルタイル
逃げていく影たちを眺めているセイヤを突如腹痛が襲った。胃腸風邪のような生易しいモノではなく、腹の底の猛烈な痛みがだんだんと全身に広がっていく。
「……ッ!!」
そして痛みは突如消え去った。
「何だったんだ今の……ぐっ!?」
今度は意識そのものがぐらついた。一瞬めまいがしたかと思えば、まるで長い本を読んだかのような疲れを感じる。
(これは……影馬の記憶!?)
頭に流れ込んできたのは、あの影馬の記憶だった。しかし経験や記憶そのものというよりは、本で見たモノ、知識として覚えているといったほうが近かった。
「ほう、こうして影は……」
ブツブツと呟きつつ、おもむろに右腕の付け根を前へ向けるセイヤ。
一瞬の後、そこから溢れた影が右腕を形作った。
「俺の食事には両手があったほうがよさそうだもんな。」
こうして自身の影の使い方を覚えたセイヤは、何となく上を見上げた。
「脱出も、夢じゃないかもな。」
そしてセイヤは脱出の手がかりを求めて歩き始めた。
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1日ほど歩いたか。不思議と疲れもせず歩き続けていたが、そのうちに8回も影に襲われてしまった。
ある時は真っ黒なリスが飛びついてきて。またある時は亀がいた。管がいくつも絡まった心臓のようなものは流石に気持ち悪かった。まだ影蜘蛛の方がマシだったか。
そうして魔物が襲いくるたびに迎撃して喰らった結果いくつかの収穫を得た。
一つに、影の形はイメージで変えられることだ。どうやっても真っ黒の上から紫ラインなのは変わらないが、刃状にしたりフォークにしたり、また生き物の頭にすることでかなり戦いやすくなった。
それから影そのものの量が増えたこと。セイヤの影はより高密度になり、右腕の調子もいい。おそらく右腕をドラゴンの頭に変化させても余るだろう。
あとは知識。ある程度影の一部のやつが話す言葉が話せるようになった。確か相手の脳を直接刺激し、詳細なイメージを送れる特殊な言語。そのためセイヤはどの国の人とでも会話ができるだろう。
そしてもう一つ得た情報。それはこの右腕の影が、口と同じでものを喰らうことができる、というものだ。少し不思議な感覚だが、楽ができて悪くない。
「あー、また腹減ってきたな……」
しかしセイヤは恐ろしく燃費が悪かった。どれだけ食べても腹が満たされるのはわずかな時間だけ。苦痛は感じなくなったが、自分より大きい影を食べても食欲が湧き続ける。
もしかしたら影がそういうモノなのかもしれない。だって影だし。
「どこまできたかなっと。」
ちなみにセイヤは当てもなく歩き続けていた。そのペースは明らかに人間のものではなく、ひたすら北(?)へ向かって。
「やあ君、そんなところで迷子かな?」
突然背後から精神語(仮)で声がかかる。ここまでの経験ですっかり疑心暗鬼になっていたセイヤは即座に10m以上飛び退いた。
「いやぁ、ひどいじゃないか。もしかして人は苦手だったかい?」
そこにいたのは、黒いスーツを着た男……の姿をした影だった。
少し前から何度かそういった人型のものを見たものの、できるだけ関わらないようにしてきた。
それが自分から来るなんて。
「でもこんなところで何をしているのかな、人間くん?」
「何の用だ?」
人間とわかって近づいてきたのなら、こいつの目的は一つ。
人間の捕食だ。
セイヤは影を食べていくうちに、その生態についてもわかってきていた。
影は『精神エネルギー』を食べる。
精神エネルギーとは、この影の魔物の体を構成しているエネルギーであり、影の魔物やセイヤの場合はイメージで実体・エネルギー状態ともに操作していた。
この精神エネルギーは人間の魂(仮)に多く含まれているらしく、影から見て人間はご馳走なのだ。
しかしこの世界から出られない弱い個体は、他の影を襲って食べる。そうして強い影が生まれ、セイヤたち人間の住まう世界へ出ていくのだ。
また影はエネルギーの塊故に物理的には弱く、それを補うため動物の、特に人間の体を欲しているものが多いのだとか。多くの影は物を『模倣』することで実体を得ているが、それでは不十分なのだ。
閑話休題。
目の前の男の影はあくまで影、肉体を持たない模倣型。だがダダ漏れの殺気と、体に走る緑のラインでより恐ろしく見える。
影は普通無彩色だが、より強い個体は色を持つことがある。こうしたものは物理的にも精神的にも強いらしく、多くの影はそれを避けていた。
「アレ〜、もしかしてビビっちゃった?だいじょーぶ!僕は優しく食べてあげるからさ。」
どうやらこの影も邪魔をしてくるらしい。ならば……
「俺も腹が減ってんだ。昼飯にはちょうどいい。」
「面白いこと言ってくれるね。それじゃあいただこうかな♪」
「……いただきます!!」
セイヤが食前の挨拶を済ませた途端、影男の顔面がぱっくり割れ、中から4本の触手が覗く。それらはタイミングをずらして4本別々の方向から襲ってきた。
「ハハハハハッ!!どうせ何もできないだろう?そのまま僕の一部となってしまえ!!」
「ウゼェ。」
、
セイヤは一言だけ呟くと、右腕から分離させた影の食事用ナイフを両手に握る。
そして目にも留まらぬ速度でナイフを振り回し、4本全ての触手を切り裂いてみせた。
しかし突如嫌な予感を感じ、その場を後ろに飛びのく。
次の瞬間、セイヤが元いた場所を五本目の触手が貫いた。
「まさか4本とも切られるとは思わなかったけど、これならまだまだあるよ♪」
そういう影男の顔から無数の触手が飛び出る。
「今度はさばけないだろ!!」
それらは別々に蠢きセイヤを狙ってきた。
しかし無数の槍を前にしても、セイヤは動じない。
「ちまちま切ってたら間に合わないな……フンッ!!」
右腕を前に突き出し変形させる。無数の槍触手の前に、巨大なドラゴンの頭が立ちはだかった。
ドラゴンはその巨大な口を開き、触手が吸い込まれていく。わずか数秒で、全ての触手が千切れて消えた。
「お前何をした!?僕の、僕の体がぁぁっ!!」
「食った。」
「食ったぁ!?」
その味は今までと違い果物のような甘酸っぱさがあり、今まで食べたどの影よりも美味だった。
あの果実に近い味だ。
舌舐めずりするセイヤを見て慌てて逃げ出す影男。その体を一本の触手が貫いた。
「こんな使い方を教えてくれた礼だ。美味しく食ってやる。」
「嫌だぁぁっ!!」
しかしその叫び声は突如途切れた。ドラゴンが影男を丸呑みにしたのだ。
影はあっという間に溶け、セイヤの腹を満たしていく。その味は青リンゴのようで、実にさっぱりした美味しさだった。さらに途中でエメラルドのような小さな宝石が出てきたため、食べずにとっておいた。
「ごちそうさまでした。」
例によって爽やか笑顔のセイヤ。紫に染まった目を北に向け、再び歩き出した。
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「なんじゃこりゃ……」
セイヤがしばらく進んで見つけたのは、セイヤのいた高校の校舎など軽く入ってしまいそうな、巨大な立方体だった。