1 深淵の世界
ちょっと苦手な人もいるかもしれません。
語り手: アルタイル
ある日の夕方、隠れオタクな普通の高校生野神聖也は、いつも通学に使う通路から外れ普段は使わない薄暗い路地にいた。
帰る途中、やはり普段はここでは見かけないはずのクラスメイトを見たからだ。特別仲がいいわけでもないのだが、ふとした好奇心というものもある。
件のクラスメイトの若葉さんが曲がったのを確認し、後を追いかける。
……妙に気分が悪く、すぐに息が上がってしまったが。
角から顔を出して見えたのは、黒い大きな塊に対峙するワカバさんだった。
その黒い塊はワカバさんに体の一部を細長くして叩きつけようとする。
「あっ、危ないっ!」
声に気づいたワカバさんは一瞬驚いたような顔をしたものの、すぐに塊に向き直る。そして驚いたことに、掌を塊に向け炎を放ったのだ。
「すごい……」
あっという間に焼き尽くされる塊。あれが良くないものだというのは一目見てわかった。あんな化け物をみんなの知らないうちに倒していたワカバさん。
(俺も人助けとかはするけど、なんだか規模が違うな……)
感心するセイヤに歩み寄るワカバさん。そして顔を近づけ、氷のように冷え切った声で言い放った。
「見たわね?」
「へ?あ、すごかったねさっきの」
「うるさい!」
怒らせちゃったかな、などと思っていると……衝撃。セイヤの意識は暗闇に沈んでいった。
♢ ♦︎ ♢
眼を覚ますと、そこはなんとも表現し難いモノクロの世界だった。
目の前には黒い湖(?)が広がり、ほんのりオレンジに染まった太陽(?)の光を反射して輝いていた。周りにはまるで廃墟のような建物があちこちにあり、地上は完全に白、黒、灰色に染まっていた。
なぜか空は深い青で、湖の水平線近くはオレンジに染まっている。まるで夕焼けのようで綺麗だが、それどころではない。
ここではいたるところに、あの黒い化け物たちが闊歩していた。イヌ型のもの、人型(?)のもの、そして訳のわからない丸い何かなど、そのほとんどが狂気じみている。
ふと気配を感じ振り向くと、そこにはキリンのように首の長い影が……
「うわぁぁぁぁぁぁ!?」
セイヤの声が周囲一帯に響く。キリンの影はそれに絶叫で答えた。さらにそれにほかの叫び声が重なり、辺りには化け物の絶叫コーラスが響き続けた。
(どこか遠くへ、ここじゃないどこかへ!!)
完全にパニックに陥ったセイヤは、特に何も考えず走り始めた。それこそ狂ったように、影たちに見つからないように、どこか遠くを目指して。
♢ ♦︎ ♢
おそらく三日経っただろうか。何も飲まず食わずで一睡もせず走り回り、セイヤの身体も精神も限界を迎えつつあった。
「あ、湖……飲めるのか……?」
誰もいないのに一人つぶやき、その水?を両手ですくい上げる。
「意外と……透明だ……」
湖の底が真っ黒だったのだろうか。はっきりしない意識のまま、水の中に顔を突っ込む。
「味がねぇ……水だもんな。ハハ……」
喉の渇きが癒され、それにより空腹感の方が強調される。セイヤはいつまでも水を飲み続け、空腹感をごまかしていた。
♢ ♦︎ ♢
そろそろ三週間経つだろうか?もう数えるのもはっきりしないセイヤは、今日も食料を求め彷徨っていた。
そして見えた。地面から生えた黒い木に、一つだけ実がなっているのを。
周りの一部の影が、それに気づき木を目指している。
「それは……俺のだぁぁぁっ!!」
死に物狂いで走り、なんとか木にたどり着く。周りの影はなぜか木に登ろうとせず、一人楽に取ることができた。
その木の実は洋梨のような形をしており、よく育ったブドウのように濃い紫をしている。
(あぁ……美味そうだ……)
周りの影たちが近づいてくるのも気にせず、その実にかぶりつく。
その身はまさにブドウのような甘酸っぱさで、セイヤの腹と心を満たしていった。
「美味い、美味いぞ……」
しかし残念なことに、至福のひと時は過ぎてしまう。まだ腹は満たされない。荒みきった心に潤いはない。まだ、まだ食べないと……
その時、馬のような八つ目の影が飛びついてきた。それをなんとか避けるも、馬は再び飛びついてセイヤの腕に噛み付く。草食動物らしからぬ鋭い刃を突き立て、セイヤの右腕は切断されたのだ。
自分の腕を食べる咀嚼音に嫌悪と吐き気がこみ上げ……それらを押しのけ猛烈な食欲が湧き上がる。
「ハハ、美味そうだな、お前も。」
どこか狂気じみたセリフを吐き影馬と向き合う。
その異常な様子に気づいたのか、影馬は一歩後ずさった。
「何逃げてんだよ、俺は腹が減ってんだ……」
音を立てずに手を合わせ、食前の挨拶を。
「……イタダキマスッ!」
焦った影馬がまた飛びついてくるが、いつもより軽い体で危なげなく回避。隙だらけの背中に捕まり、歯を突き立てた。
「ウボォォォォ!?」
馬らしからぬ叫び声をあげて暴れまわる影馬。今度はその脳天に何度も拳を叩きつける。
バキッ、と乾いた音がして影馬が潰れ、一瞬の後黒い球体になる。それはそのまま地面を転がり逃げ出した。
「逃すかあ?」
すぐさま飛びついたセイヤに捕まり、跳ねて逃げ出そうとする影球。そんなのは御構い無しに、球体に爪を突き立て削って行く。
そしてセイヤはそれを口に運んだ。
「うわ、不味いぃ……でも美味い……」
味は泥水のようだったが、腹が満たされ木の実を食べた時と似た満足感が生まれる。
我慢できずにもう一口、もう一口と喰らっていき、最後の一欠片を飲み込んだ。
「ごちそうさまでした。」
食事を終えたセイヤの顔は狂気的なほどに穏やかだ。
その目は透き通った紫に輝き、次なる獲物を探していた。
これからも不定期ですが頑張ろうと思います。