明日が見える子
「へぇー。すごいものだね。でもせっかくなら10年後とか20年後とかが分かればいいのにさ。」
ダイキは散々信じてなかった今までのことがバツが悪いかのような口調で言った。
空は快晴。春の良いところは窓の開閉で温度がいくらでも丁度よく調整できるところだ。教室の一番左の後ろ。ここがサナのお気に入りの席だった。さすがに中学生にもなると何度も席替えがあるわけでもないのだが、不思議とサナはこのお気に入りの席になることが多かった。
「いいのよ。明日くらいが丁度いいの。ずっと先のことが分かるとなんか怖いもの。」
サナは生まれつき、特殊な能力がある。未来のことが分かるのだ。この能力に気が付いたのもサナが小学生の3年生くらいになったときである。そしてそれが明日のことまでしか分からないこともこの時くらいから自覚し始めた。
「んー、まぁそうか。でもなんでもっと早く教えてくれなかったんだよ。幼馴染なのに。その力があれば最近よくある抜き打ちテストとかに備えられそうだし。今度から絶対に教えろよな。あとはえーと、、、」
「ふふっ。そんなに毎日明日を見ることなんかしないもん。明日の天気はなにかなー。とか、洋服選ぶのに便利だからね。お腹すいたなー、そういえば今日のご飯はカレーって言ってたけど明日の夕飯はなにかなー、とか。たまーにしか明日は見ないんだよ。」
「もったいねぇな。なんか他に使いようがあるんじゃね。パッとは思いつかないけど。」
「いいの。それより誰にもこの事言わないでよ。ダイキは悪い人じゃないからいいけど。他の人に知られたらなんか怖いから。」
「あぁ、そうだな。じゃあ明日どっか遊びにいこうぜ。サナの好きなドーナツ屋、新しいやつ出てたよ。」
「え、いく」
「あぁいこいこ。早速だけど明日の天気を教えてよ」
「うん!明日はえーっとね、晴れ!」
週末の街中は何とも言えない人々の想いが、錯綜している。天気予報を信じて各々が傘を持ち歩いている中、新作のドーナツを食べ終えてご機嫌な女の子と、それを隣で眺めている気だるそうで頭をかいている青年だけは、それぞれのショルダーバッグ以外は持ち合わせてなかった。
「いくら新作だからって、、6個も食べるやつがあるかよ、、ほんとによく食べるな、、」
「おいしかったー。今日は良い日!」
「あぁ、そうか、、まぁ確かにうまかったな、」
「うん!あとね、、」
「ん?」
「ダイキと一緒にいるとね、やっぱり楽しいね!」
「おぉ、、そうか、、」
憧れの高校生活は、思っていたよりも退屈だった。サナは相変わらずいつもの一番左の後ろの席で頬ずえをついていた。二人は別々の高校に進んだ。特にお互いが遠い高校ではなかったのだが、それぞれのコミュニティができるにつれ次第に連絡も取らなくなった。そんな生活がしばらく続いたある日、学校からの帰り道にふいにサナの携帯が鳴った。
「久しぶりー。元気でやってる?あのさ、突然で悪いんだけどさ!明日の天気を教えて欲しいんだ!サナなら余裕だろ!返事待ってる!」
久々の幼馴染の連絡に色々思うところがあったが返さない理由もないと思った。
「久しぶり!こっちは元気でやってるよ!ダイキも元気?明日はね、えーっとね、晴れだよ!」
と返した。そういえば明日は自分も久しぶりに街に出掛けて洋服でも買いに行こうかと思っていたところだった。
その夜、あの頃は楽しかったなぁなんて高校生らしくもないことをサナは考えていた。そしてふと携帯を取り出しダイキと同じ高校に通っている友達に連絡をしてみた。その夜はどうにも寝つきが悪かった。寝れない夜なんて久しぶりだった。
週末の街中は何とも言えない人々の想いが、錯綜している。天気予報を信じて傘を持ってこなかった人々が、各々の持ち物を傘代わりして忙しなく走っている。サナは街に出るのをやめて自宅でボーッと寝転んでいた。ふとサナの携帯が鳴った。
「おいー。サナの明日が見える能力!外れてるじゃねえかー!さては嘘言ったのかー!頼むぜほんとに!」
サナも驚いていた。自分が明日を見て、それが外れていたことは今までなかったのだ。そんなにしょっちゅう明日を見ることは確かになかったのだが、明日を見たときは、必ずそれ通りの明日になっていた。
「おかしいなぁ、、」
「ん。でも、、、まぁいっか、、これからはなるべく明日を見ないようにしよう、、」
サナは昔からの夢を叶えていた。お菓子屋さんになることだ。毎日は朝は早く、夜は遅くに帰った。それでも毎日充実していた。人が合わないこともあったが、お客さんの笑顔を見ると頑張ろうと素直に思えた。いつも通り、夜も更けたころに帰り道を歩いていると、近いところで高いこすれる音と、低く鈍い音が同時に鳴った。大きな音だった。その音が鳴った方へ、路地を曲がり近付いてみると、交通事故だった。男の人が一人、血を流して倒れている。顔はよく見えなかったがなんだか懐かしい想いと、悲しい想いと、驚きの想いで、サナは顔を手で覆った。すぐ救急車を呼び、私も乗ります。と言った。
病院に着いて、しばらくすると患者さんの奥さんがまだ小さな子どもを抱き抱えながら走ってきた。
「ダイキくん!!」
看護師さんに制止され、そのまま泣き崩れた。
待ち時間の間、二人は少しだけ話をした。サナはゆっくり頷きながら目を閉じてうんうんと、話を聞いていた。高校生の時、教室のすみっこにいた私に優しく話し掛けてくれたことが、初めての出会いだったということ。そのあと、彼は色々大変な思いをしながら、家族を養おうと必死に働いていたこと。今日は私の誕生日だったので、日付が越えないように急いで帰ってこようとしてたんじゃないかということ。そういえば幼馴染にすげーのがいたんだよ。これ以上は言えないけどなぁと言っていたこと。
「そういえばダイキはそんな人だったなぁ」
誰にも聞こえないくらいで、そう呟いた時に、赤いランプが消え、扉があいた。
「やることはやりました。ただ残念ながら、、」
「朝まで持つかどうかってところだと、、思います。。」
サナは思い出した。ずっと見ていなかったけれど、明日を見てみようと思った。明日を見てもなにも出来ることがないのは分かりきっていたのだが、見られずにいられなかった。あの時のやり方で見てみようとした。しかし何も見えなかった。ずっと見ていなかったので能力が消えてしまったのか。サナは何度も何度も繰り返し見てみようとした。だが見えなかった。サナは何度も何度も繰り返し祈った。生きてほしいと。
窓からは光が差し込んでいた。サナはいつの間にか眠っていた。そして、窓からの光で目を覚ましたのか、もしくは隣で聞こえる楽しそうな話し声で目を覚ましたのか。
「サナ、、久しぶりだな。」
完