第1話「邂逅と始動」
第一話です。相変わらず手が冷たい。
入学したての春、同級生たちは制服に身を包んで、新しい学生生活に期待を寄せるんだろうな。だけど、生憎僕は期待なんてしていない。そういうのは友達がいるから楽しいんだよ。入学してから友達と言える友達がいない僕には無理な話だ。言っておくが断じてコミュ障ではない。会話は普通にできるけど、気の合う人がいないだけだ。そして、今日も友達ができないまま一日が過ぎてゆくんだ。
「はい、今日はここまで、気を付けて帰るように。」
担任の先生がそういうとタイミングよくチャイムが鳴る。ああ、今日も終業のチャイムが鳴ってしまった。
部活なんてしていない僕は、放課後に何か特別なことをするわけでもない。そのまま家に帰るだけだ。電車に乗って、最寄駅で降りて、公園を通って、自宅の扉を開くだけの簡単な作業だ。いつもこの繰り返しだけど、今日はいつもと違うことがあった。公園を通ったところから近くにある空き地になにやら黒い生き物がいる。倒れているようだった。
「…怪我しているなら応急手当位するか。」
そう呟いて僕は、その生き物に近づいた。どうやら犬のようだが、何か違和感がある。
「ヴヴウ…!」
犬はコチラに気付いたらしく、警戒しているのか低く唸って威嚇をしてくる。僕は、敵意がないと思わせるため、荷物を置いて近づいた。
「大丈夫、僕の家で手当てするだけだから。」
できるだけ優しく頭を撫でながらその犬を抱えた。そこでやっと違和感に気付いた。
「よっと…随分犬にしては大きいなぁ。」
「ヴヴ!!」
「おっと、大丈夫だよ。落とさないから」
犬を抱えて、荷物も持って家に連れ帰る。別にペットとして飼うつもりじゃないけど、怪我の治療をして治るまでは家に置かせてあげよう。1人暮らしだから、そんなに問題はないしね。あと、飼い犬なら飼い主がいるだろうし、そうじゃないなら保健所に連絡を入れとかないとね。
「……」
いつの間にかおとなしくなった犬をソファにおろして、荷物を部屋に置いて、救急箱を持って戻る。怪我を見てみると脚を挫いてしまっているのは、素人目に見てもわかった。
「足を両脚挫いたのか、支えがいるな。」
汚れを取ってからペット用の消毒液を塗り、薬を塗ったガーゼを傷口にあわせて包帯を巻いていく、少し犬の方に目を向けると警戒は説いたのか、寝ているようだった。おかげでスムーズに手当てができた。
「よし、これでとりあえずOK。あとは、保健所に連絡と…」
そこで僕は大切なことに気付いた。帰りにスーパーで晩御飯を買い忘れた。
「…しょうがない。先に晩御飯買ってこよう。ちょうど今日はもう一人いるしね。」
犬のごはんを何にしようか考えながら私服に着替えて、準備をして家を出ようとしたらいつの間にか手当てをした犬が足元にいた。
「どうしたの?」
僕がしゃがんで聞くと犬はすり寄ってきた。
「一緒に行きたいの?」
そう聞くと犬は頷くようにドアから出ようとした。なんていうかお利口だなぁ…首輪はしていないのに本当に誰かに飼われていたみたい。もしかして、元の飼い主の所から逃げてきたのかな?
そんな考えをしていたら犬が先に行ってしまいそうだったので、僕は財布と鞄を持って犬に置いて行かれないように小走りでスーパーに出かけた。道中、なんだか人目がやたらついていたけど、あの犬が本当に大きいもんね。本当に犬なのかな?
「ここで、ちょっと待っててね。流石にこの中には連れて行けないから。」
そう犬に言って、目立つ電信柱の所で待っているように言うと「待て」の姿勢になって座った。本当にお利口な犬だ。
「さてと、ドッグフードはと…」
自分のご飯の前にドッグフードをどれにするかを決める。いくら犬でも今は同じ屋根の下にいる。不味いものは食べさせたくない。店員さんに聞いてどれがいいのか聞いて悩んでいたらいつの間にか20分が経っていた。一番良さそうものを選んで、自分のごはんを作るための材料を買っていく、自慢じゃないけど、それなりに料理はできるからね。今日は、簡単に作れるレシピを何品か作ろう。そう思って、店を出ると何やら騒がしい。目線を向けると犬を待たせている電信柱の方だった。
「おい、この犬首輪つけてないぜ。」
「こんなでっかい犬がいたら危ないだろ」
「保健所につれてってやるか」
しまった…首輪つけてないことの危惧をしてなかった。仕方ない。怒られるのを覚悟して声を掛けようとしたその時だった。
「グルルル! ウオウ!!」
「あ、逃げたぞ!」
「追いかけろ!」
「ちょっ!?」
追いかけないと! 変な所に行かれたら不味い!!
見失わないように追いかけていくと違和感に気付いた。追いかけている途中であの犬を追いかけている人の姿がいつの間にか消えている。少しして、犬を見つけた空き地に入っていった。すると犬がこっちを向いて威嚇する。
「きゅ、急にどうしたの…?」
「グルルル!! ヴォウ!!」
「うわあ!?」
「ぐおおお!!」
「…え?」
襲いかかってきたと思ったら後ろから悲鳴が聞こえた。一体何が起こってるの…?
「チッ…作戦失敗か…」
「去れ…」
「チッ…覚えていろ。近いうちに仕返ししに行く。」
振り返ると見たことのない生物と犬が喋っていた。…一体、なんなの…。この犬は一体…何者なの…。そうやって唖然としていると見たことのない生物が逃げ行った。
「き、君は…一体…」
「ちっ…巻き込んじまったか…。」
犬はそういうと僕の側に寄ってきた。僕にはその理由がわからず、その行動が恐ろしかった。それを察したのか犬が僕に喋りかけてきた。
「とりあえず、アンタの家に戻ってくれるか? 詳しくはそこで話す。わけがわからないとは思うが、ひとまず言うとおりにしてくれるか?」
「わ、わかったよ。」
犬が喋っている事にはまだ混乱しているけど、とりあえず僕に敵意はないみたいだから言うとおりに帰り道を歩き、家に戻る。ほんとはすぐにでも保健所に連れて行くべきなんだろうけど、何故だか連れて行くべきじゃない気がした。
家に戻ると犬はそそくさと家に入り、リビングに入っていた。僕も買ってきたものを冷蔵庫に入れにリビングに入った。
「あーやっと、この姿になれるぜ!」
「…え?」
リビングに入ると犬?のような人がいて、僕は買ってきたものを床に落とした。…獣人? いや、それよりも…まさかこの人…
「も、もしかして、さっきの犬?」
「お、大分冷静になったみたいだな。けど、俺は犬じゃなくて狼だ。」
「お、狼…。」
「おう、それにしても助かったぜ。手当てしてくれて助かったぜ。」
狼は床に落ちたものを拾ってテーブルの上に置いてくれた。その手の部分に僕が手当てした時にあてたガーゼがある。夢を見ているかと思いたかったけど、これは現実らしい。そうとなれば、もう聞くべきことやわからないことがありすぎる。意を決して聞いてみよう。
「それで、一体君は何者なの?」
「うーん、なんて言えばいいんだろうなぁ…。とりあえず、また手当てをお願いできるか? さっきので、少し傷が開いちまった。」
ガーゼに目にやると確かに血が沁みてきている。包帯を巻いた方が良さそうだ。
「わかったよ、手当てしながら聞くよ。」
「わりいな。助かる。」
割とフレンドリーみたいだ。僕は手当道具を用意して、手当てを始める。
「それで、君は一体どこから来たの?」
「そうだなぁ…なんか白い壁に囲まれたところから逃げてきたんだ。俺らの住処が襲われてそこに連れていかれたんだけどな。」
「そこで何をされたの?」
「なんか、俺らの住処を何かの機械で覗いたり、俺らに無理矢理日常のシーンを見せるように言われたりしたな。あと、逆らったら暴力を振るわれた。」
実験動物…なのだろうか…そうだとすると保健所に連れて行かなかったのは本当に正解だったのかもしれない。でも、暴力をふるうのはイメージ的にわかるとして、なんで日常のシーンを演じさせたんだろう…。
「なんで、それをするかは聞いたことある?」
「ああ、そういえばなんか『この世界をこのゲームに取り込めれば、覇権を握れるぞ!』みたいなことは言ってたな。」
…ゲーム? その言葉を聞いた瞬間、嫌な胸騒ぎがした。僕はもしかしたらとんでもないことに気付いてしまったのかもしれない。ここから先は知っちゃいけない。でも、確認せずにはいられなかった。
「そのゲームって、君たちみたいな生き物や動物たちが生活しているような感じ?」
「ああ、そうだぜ。そんで俺らの住処を勝手に改造して、俺らもそのゲームの一部に取り込まれたみたいで、時々身体が動かなくなったり、見知らぬやつがいたりするんだよな。そんで、俺の仲間を勝手に連れて行って怪我して帰ってくるんだぜ。」
「!!!」
僕の推測は的中してしまった。僕は知ってしまった。あの社会現象を起こしたゲーム:BEAST FUSIONの闇を…。そしてこの瞬間、僕は逃れられない運命のレールに乗ってしまったことを嫌でも察することになったんだ…。
誰か手が冷えない方法を教えてください。