第19話 キトカ防衛戦③
自警団がいなくなった陣地で、一人戦う男の姿があった。
ログナンだ。
周囲はゴブリンに取り囲まれており、いくらゴブリンが弱いからと言っても普通の剣士なら剣を捨てて諦めるような状況だ。
だがログナンはそのような状況でも全く気にしている様子はない。
むしろこの状況を楽しんでいるようだった。
剣や斧を持ったゴブリンが一斉に襲いかかる。
だが、ログナンはその攻撃を全て躱す。
まさに目にも留まらぬ速さでだ。
そして、次の瞬間には襲いかかってきたゴブリンたちは斬り殺されていた。
それを見たゴブリンが一瞬怯む。
だが、物量にものを言わせて再び襲いかかる。
しかし、その攻撃もログナンはひらりとかわしてみせる。
そして、一番近くにいた斧を持ったゴブリンの首をはねる。
頭が宙を舞い、首から血が噴き出る。
そして、ばったりと倒れる。
次のゴブリンは心臓を貫かれ絶命した。
ログナンはその調子でゴブリンを倒し、一旦道を作って後ろへ下がる。
単純な思考のゴブリンは逃げたと思ってそれを追いかけた。
ログナンは篝火を蹴倒した。
焚かれていた薪が飛び散り、ゴブリンが避ける。
そして、足を止めたゴブリンに対し、ログナンはファイアーボールを放った。
こう見えてログナンはⅡ級魔術師だ。
剣士でもあるが魔術師でもある魔法剣士だ。
そして、ゴブリンが固まったところにファイアーボールを放ち、これを燃やした。
ゴブリンは服が燃え、水を求めてのたうち回った。
放っておけばそのうち絶命しているだろう。
そこに、グレイウルフが突然背後から飛びかかってきた。
だが、それも一撃で首を刺されて絶命した。
そしてそのまま炎の中へ放り込む。
ログナンは、魔物たちに向かって言った。
「どうした?お前たち、俺と戦うには少し強さが足りないようだが、俺を楽しませてくれる奴はいないのか?」
ログナンは炎に飲まれてのたうち回るゴブリンを背景に、返り血すらついていない愛剣を肩にのせて言った。
しかも笑顔でだ。
魔物に言葉が通じるかどうかは知らないが、その光景は誰が見ても恐怖を覚えるような光景だ。
普通ならそのようなものを見たら一目散に逃げ出すだろう。
その後も魔物は押し寄せてくる。
だが、それは全てログナンに斬り殺されていった。
「っち、次から次へとキリがないな。」
ゴブリンを斬り殺しながらログナンはそう言った。
確かに魔物は未だに数が減る気配がない。
「このままの調子だと町のほうが不味いな、こうなったらやるしかないか。」
そう言ったログナンは、剣を構えて走りだす。
魔物はあえて殺さないように、怪我をする程度に斬りつける。
「さっきお前たちを燃やしたからな、俺がその火を責任を持って消してやるよ。激流で全てを流しされ、水壁!」
同時に水魔法も併用する。
突然出来た水の壁で吹き飛ばされた魔物がぐしょ濡れになる。
そして、そのことを繰り返しながら魔物の群れを突っ切る。
魔物の注意を引いているのだ。
そのログナンに対し、魔物が攻撃をする。
だが、すべて躱される。
そして、また斬りつける。
これに怒った魔物は、ログナンの方へ向かい走りだした。
そして、当のログナンは魔物を引き連れて西の方向の森のなかへ走っていった。
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ログナンが帰ってこない中、町でも魔物が見えた。
「来たぞ!何だ?やけに数が少なっているな、だが油断するな!」
町にもともとある物見櫓の上からそう言われた。
そして、再び防備体勢を整えた自警団の間に緊張が走る。
それから、ゴブリンが到達した。
時間は深夜だ。
夜なのでよく見えない。
新月も合わさり、明かりは町の灯に篝火、それと星明かりしかない。
だが、それでも大体の位置はわかる。
ゴブリンに向けて弓隊が矢を浴びせ始めた。
こっちに戻ってきてから残りの矢を全て持ちだして来たので矢はたんまりある。
そして、盾を並べた横隊が槍を突き出してゴブリンと戦闘を始めた。
町を防備していたと言っても所詮は石垣の上に尖った木の枝を差しこんだだけだ。
全く当てにすることは出来ない。
そのため、今度は盾を持ちだして自分たちが文字通り壁となったのだ。
だが、陣地で戦っていた時と比べると、圧倒的にゴブリンの数が少ない。
密度が全然違う。
「多分隊長が何かをしたんだろう、だがこれで自分たちも戦える。皆、行くぞ!」
疲労は溜まっているが士気は旺盛だ。
このまま明日まで乗り切ってくれたら良い。
兎に角この長い夜を越えるのが目標だ。
こうして、ログナンが数を減らしたおかげで、町の方も戦いが随分と楽になったのである。
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自宅では、俺とラーニャが配置についていた。
家は2階建て、その家の屋根の上にいた。
周囲は暗闇だが、二人とも魔力を目に送り、夜目を強化しているので問題はない。
家の照明は全て消してあるので自分たちの存在はそう簡単にはばれないだろう。
町のほうが騒がしくなった。
どうやらそろそろ魔物が来るようだ。
できるだけ声を立てないようにラーニャとは身振り手振りで会話する。
だがうまく意味が伝わらなかったりして苦労する。
この時になって俺はなんでハンドサインを教えていなかったのだろうと後悔していた。
だが、今後悔しても遅い。
そうこうしているうちに魔物が来たのだ。
先頭はいつもどおりのゴブリンだ。
この辺にいる魔物はゴブリンとグレイウルフらしい。
それだとゴブリンより足の早いグレイウルフの方が先に出てきそうなものだが、どうやらグレイウルフの方が頭が良いらしく、最初は様子見してから出てくるようだ。
家の裏手の方からやってきたゴブリンはこちらには気がついていない。
150m離れている上にこの暗闇だ、無理も無い。
俺とラーニャは無言で照準を合わせる。
後続もどんどん出てくる。
出てくると言ってもまばらだ。
殆どは町の方へ向かっているらしい。
だが、それならそれで良い。
調度良いラーニャの射撃練習になる。
俺はHK416を、ラーニャは89式小銃を構えている。
前を歩くゴブリンは5体だ。
俺はラーニャに一発で決めるように言った。
そして、二人は同時に引き金を引いた。
ダンッ!
ダンッ!
そして、その音とともに2体のゴブリンが頭を撃ち抜かれて死んだ。
聞き慣れない音と共に仲間が死んだゴブリンは混乱する。
その反応は前も見たから別にしなくていいよ。
そう思いつつ、俺は次の標的に銃口を向けて引き金を絞った。
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町では、魔物を食い止めながら夜が明けた。
現在の時間は大体朝の7時頃だろう。
何とか安定してゴブリンは食い止められるようになっていたのだ。
時々グレイウルフが飛びついてくるが、そういった時はラーナが魔法で吹き飛ばす。
負傷者が出てもそれはラーナが治療するので大丈夫だ。
交代で戦闘を行っていたため、こちらは仮眠を取ることも出来た。
対するゴブリンは数が少なくなったのか、あまり積極的に攻勢をかけようとはしなくなった。
「なんとか夜は乗り切ったわね。」
「しかし奥さん、あんたの旦那はまだ戻ってきていないじゃないですか」
「大丈夫よ、あの人は一人で何かを考えているから。少なくとも死ぬなんてことはありえないわ」
自警団の男たちは、隊長であるログナンが一晩たっても帰ってこないことに本気で心配していたが、ラーナはやっぱり笑顔でいた。
「はーい、皆さん食事が出来たから食べていって!」
そこに、朝食を作っていた町の女性たちが声をかけた。
男たちは話を中断し、すぐにそれを食べに行った。
戦闘をしている男は食べ終わった者と交代してもらう。
こうして、町では一応安定した状況が続いていた。
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その頃、俺も戦闘を続けていた。
朝になって日が登ってきたため、俺達の居場所はバレてしまった。
だが問題はない。
なぜなら相手の攻撃の射程外からこちらは攻撃が可能だからだ。
いくら弓でも150m先から一方的に攻撃されたらどうしようもない。
こちらは視力を強化しているので後続がどこから出てくるのかもわかる。
圧倒的にこちらが有利なのだ。
その一方的な攻撃の結果、自宅の敷地には一体も魔物が入っていない。
相手も自分の不利を悟ったのか攻撃は控えている。
今は何かの影に隠れて出てこようとはしない。
自宅警備は今のところ成功している。
自宅警備専門の自衛官って何だ。
そして、余裕があるのでラーニャに家の台所で軽い食事を作れないか聞いてみた。
「軽いのってどういった感じ?」
「うーん、サンドイッチとかで良いと思うよ」
「分かった」
こういってラーニャは持ち前の身体能力を活かして屋根の上から二階の窓へ飛び込んでいった。
鉄棒の要領でやったのだろうけどよく出来るな。
その後はちょくちょく来るゴブリンやグレイウルフを倒して屋根でのんびり過ごしていた。
銃を撃っている時点で全然のんびりしていないのだが。
「はーい、サンドイッチ出来たよー」
二階の窓の方から声が聞こえ、軒からラーニャがよじ登ってきた。
片手にはサンドイッチを乗っけた皿を持っている。
具材はレタスやトマト、それにハムも挟まっている。
普通に美味しそうだ。
パンは四角い食パンなんかはないので、丸っこいパンを半分に切ったものを使用している。
皿を落とさないよう受け取り、屋根の上で座った。
ラーニャもよじ登ってきて俺の隣に座る。
そして、二人でサンドイッチを食べ始めた。
周囲の魔物は俺がさっき倒したから大丈夫だろう。
一晩中戦闘していたので気付いてはいなかったが、相当腹が減っていたようだ。
あっという間に食べ終わる。
「ふぅ、美味しかったよ、ありがとうラーニャ」
「ふふっ、どういたしまして。」
ラーニャはそう言って笑ってみせた。
うん、やはり我が妹。
可愛い。
「でもお前しっかり狙撃出来るんだな」
「一応はね。流石に距離が空いてくればお兄ちゃんに負けるけど、この距離ならはずさないよ」
「なるほどな」
「でもやっぱり戦っている時のお兄ちゃんってかっこいいね、普段はそこまですごくないのに銃を撃つ時だけは目つきが鋭くなって。」
そう言うとラーニャは俺に抱きついてきた。
腕に胸が押し付けられ、柔らかな感触が伝わってくる。
俺は突然抱きつかれて驚いた。
いつもの事といえばいつものことだが、やはり抱きつかれると驚く。
・・・ラーニャもしかしてわかってやってる?
「・・・まるで、昔何かを守る使命を背負っていた戦士ような鋭さだよ」
ギクッ!?
突然何を言い出すんだ!?
なんだ、俺が転生者だってことがバレてるのか!?
いや違う、ラーニャは馬鹿でも人を見る目はある。
だから俺の目がそういう感じだと言っているだけだろう。
うん、多分そうだ。
「そ、そうかな?自分はただ家を守っているだけだ・・・よ?」
すごくぎこちない返事になってしまった。
そんな返事をしたせいでラーニャがどうしたのか気になったようでこっちに注意を向けてきた。
頼むからこの話はどこかへ流れてくれ。
そう思っているとそこに、西の方から何か音が聞こえてきた。
俺とラーニャはそっちの方を見た。
この先にはちょっと坂になっている場所がある。
その坂の向こうにいるのか姿は見えない。
何かは分からないがグッドタイミングだ。
話が逸れた。
「何の音だ?」
「分からない」
そう言って俺は耳を澄ます。
何の音だ?
何かが走る音がいくつも重なっている。
昔何かで聞いたことがあるような。
俺は記憶を探る。
・・・思い出した、競馬だ。
ということは、馬?
そう思ったところにちょうど坂の向こうから音の正体が姿を表した。
全身を金属の鎧で固め、馬に跨がり、槍や弓を持った集団が姿を表した。
誰がどう見てもわかる、いかにも『騎士です』といった見た目をしていた。
ついに到着したのだ。
増援が。
それからすぐして騎士団は俺のいる家の前で止まった。
数は20人ほどだ。
すると、その中のリーダーらしき人が出てきた。
兜のバイザーを上げてこちらに問いかけてきた。
「お前たちはキトカ町の住民か」
「はい、そうです」
「主力はどこで戦っている?」
「このままこの道をまっすぐ進んでいけば町の中心部です、そこで戦っているかと」
「わかった。すまなかったな、到着が遅れてしまって。」
その言葉を聞いて騎士の一人が言った。
「な、団長が謝ることはないじゃないですか!?」
「いや、騎士として領民を守るのには常に最速が求められる。」
「しかし、団長は昨夜は休息も取らずに夜中も走ってこられたじゃないですか、第一我々が遅れたのは途中で森のなかから出てきた魔物と戦っていたせいで、悪いのはあの魔物を引き連れてきた男じゃないんですか!?」
そう言って騎士はある男を指差す。
そこには一人だけ馬に乗らず、徒歩の男がいた。
持っている武器は剣一本のみ。
だが、俺はその剣を持った男に見覚えがあった。
「・・・父さん?」
俺はそう言った。
「よぉアルバ、それにラーニャ、俺が言ったとおりちゃんと家は守ったようだな、よくやった!」
返事はそうやって帰ってきた。
うん、紛れも無いログナンだった。
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その後、騎士団は町の自警団と合流した。
町の方では到着と同時に歓声が上がったそうだ。
騎士団は到着した後、数の優位を失い烏合の衆となっていたゴブリンへ自警団とともに突撃し、これを蹴散らした。
一旦集団を蹴散らし、ばらばらになったゴブリンを倒すのは容易いことだった。
そして、昼までにはこの掃討戦も終わった。
不利を悟った魔物は森のなかへと逃げて行った。
よって、ここに戦いが一旦終結したのだった。
一旦というのは、まだ発生源である迷宮を発見していないからだ。
これを見つけないことには、またいつか同じような事件が起こる。
そのため、騎士団と自警団は、これからは迷宮の捜索に移ることになる。
数日の間は片付けなどがあるので動けないだろう。
休息も必要だ。
騎士団もしばらくは町の防備に残ってくれるそうだ。
よって、本格的な捜索は10日ほど後から行うということになった。
少なくとも、これで再びキトカに平和が訪れたのだった。
どうも、天津風です。
最近めっちゃ暑いですね。
自宅に帰ってきて窓を開けて風を通していたのですが、どうも暑いのでエアコンつけたら32度でした。
それと今回でやっと伸びた話を終わらせることが出来ました。
最近銃器成分が少なかったのでまた登場させたいです。
ご指摘、ご意見などは大歓迎です!




