第18話 キトカ防衛戦②
ログナンの掛け声と共に弓隊から一斉に矢が放たれる。
弓隊と言っても人数は10人、国の軍隊からしたら笑い者にされるレベルだ。
だが、この防御陣地に到達するまでに出来るだけ相手を削らなければならない。
そのため、弓隊は大量の魔物を前にしても怯むことなく矢を放ち続けた。
だが、魔物の量が多すぎる。
こちらの岸に到達してから攻撃を開始したが、既に魔物は陣地の手前まで来ている。
こちらに到達したにも関わらず、森の中からは未だに魔物が出てくる。
これはさすがのログナンも想定していなかった。
矢をいくら放っても魔物は減らない。
その上、射程に入ったのか、弓を持ったゴブリンがこちらに矢を放ち始めた。
狙いが甘いため、矢が降ってきても当たることはない。
矢を持ったゴブリンにはすぐさま弓隊が矢を浴びせて黙らせた。
だが、これについては動揺が広がる。
「怯むな!まだこちらは陣地がある、しばらくは大丈夫だ!」
ログナンがそう言うと、動揺が収まる。
士気が下がるのが一番怖い。
既に矢は200本ほど放った。
相手が多いので必ず何かに当たる。
矢に体を貫かれたゴブリンが倒れる。
だが、そのゴブリンは後続の仲間に踏み倒されて見えなくなる。
そして、ついに先頭のゴブリンが陣地に到達する。
しかし、陣地は即席ながらも柵が設けられている。
この高さが3mほどある柵を乗り越えなければ前に進むことは出来ない。
人ならば3mの柵など案外簡単によじ登ることが出来るのだが、ゴブリンは背が低いためにそれすらも苦労する。
そして、ゴブリンが柵をよじ登ろうとすると、内側から20本ほどの槍が出てくる。
それに刺されたゴブリンは血を流して死ぬ。
柵の内側には槍隊が配置されており、柵に取り付いた魔物をこうして倒すことになっていた。
こうして、それからしばらくは同じことを繰り返すだけで大丈夫だった。
疲れてきた者は交代要員と場所を変わってしばらく休憩する。
押し寄せる魔物には弓隊が矢を浴びせる。
だが、このままだと矢が足りない。
自分たちは自警団であって軍隊ではない。
もともと矢はあまり備蓄していない。
100本矢が入った箱が町の武器庫には50個積み重なっている。
これでも他の村に比べれば遥かに多い備蓄だ。
その中の30個をこの陣地へ持ち込んでいる。
既に10個は箱が開けられ、空になっている。
残りは20箱、2000本だ。
1時間の戦闘で1000本消費した。
矢をこのまま使い続ければあと2時間しか持たない。
ログナンは矢を出来る限り節約するように言う。
町から残りの20箱を持ってくれば良いのだが、ログナンはそうはしなかった。
なぜか、それはこの陣地がそう長くは持たないからだ。
既に柵はあちこち壊れ始めている。
このままいけばそのうち壊されるだろう。
それに、一番やっかいなのは死体が積み重なっていることだ。
こちらは柵の内側にこもって戦っている。
そのため柵の外側に張り付きに来た魔物しか倒せない。
弓隊が矢を浴びせても数が多いためかなりの数が到達する。
それを槍隊が攻撃して防いでいるのだが、必然的に死体はその場に積み重なっていく。
時々剣を持った切り込み隊が魔物の群れに突っ込んでこれを追い払い、死体をどかすということをしているが、時間稼ぎにしかならない。
それに、魔物は未だに溢れかえっている。
最初の時に比べれば遥かに落ち着いたが、まだ森から後続が出てくる。
そのため、この陣地は持って夕暮れ頃までだろうという判断をしたからだった。
それからさらに2時間ほどが経った。
そろそろ柵が壊れ始めた。
ゴブリンがそこから中へ入ろうとしてくるのを必死に止める。
だが、死体は積み重なり、柵を乗り越えれるレベルにまでなってきた。
槍隊はもはや柵から外側を刺突できなくなってきたので、柵の上から登ってくる相手を倒そうとしていた。
矢は節約をした。
だがそれでも残りは8箱しかない。
ログナンはここまで陣地で指揮を執っているだけだ。
剣士だが、一応魔術師でもある。
魔法を使えば助けにはなる。
だが、そうはしない。
指揮を執っているのも理由の1つだが、それとは別に理由がある。
救援の騎士団が到着するのは早くて明日だ。
それまでは自分たちで戦わなければならない。
それに、ログナンはこの陣地を放棄することを心のなかで決定していた。
周りを見れば明らかに不味い状態だと言うのは誰でもわかる。
そして、あと1時間さえ持てば良い。
そう考えていた。
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その頃俺はラーニャと一緒に装備の最終チェックをしていた。
丘の方では既に戦闘が始まっているみたいだ。
だが、撃退したとか言った情報は入ってこない。
恐らく防戦一方になっているのだろう。
そうなれば、どれだけ魔物がいるのかは分からないが、こちら側が不利だろう。
「マガジンポーチにライフル用弾倉は6本とも入れた、SIG P220の弾倉も準備は出来た。銃自体は点検してあるから多分大丈夫だと思うよ」
ラーニャが自分の装備をチェックし終えて言ってきた。
俺は防衛に失敗した時に備えて戦闘の準備を進めていた。
既にラーニャといつでも行けるように待機している。
最終的に報告が来てから配置につくつもりだが、報告が来てから準備をするのでは間に合わない。
そろそろ夕暮れだ、これから夜になる。
そうすれば視界が悪くなり、戦いはますます不利になるだろう。
それに、『防衛』といえば自衛隊だ。
前世が自衛隊員だった俺からすれば、今のように侵略行為を受けているのにも関わらず、戦闘に参加できないのは辛い。
前世では一度も侵略を受けたことはないので武力を行使したことはないが、今は攻撃されている。
自分の故郷を守れずに何が自衛官だ。
こうして俺は戦闘準備を着々と進めていった。
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夕暮れが終わり、夜になった。
あたりは暗くなり、闇に飲まれていく。
それに今日は新月で月明かりがない。
篝火を焚いていなければ暗くて何も見えない。
そのような状況になってもよく陣地で戦い続けられたと思う。
ただ、今まで戦い続けられたからといって、これからも戦えるかどうかといえば、それは無理だ。
陣地はいよいよ壊れそうになっていた。
既に積み重なった死体を足がかりにゴブリンが陣地の中へ入り始めていた。
矢は既になくなり、弓隊は弓を置き、鞘から剣を抜いて侵入したゴブリンに斬りかかっていた。
そして疲労がたまり、隙をつかれて攻撃を受け負傷した者が出てくる。
幸いある程度の傷ならログナンが治癒魔法で治せるので大丈夫だった。
それでもこれ以上戦えばいよいよ危ない。
ちょうどその時町から朝偵察に行き、帰ってきた後は町を守っていた10人がやってきた。
話の内容は、ある程度の防備体勢は整えたから町まで後退しても大丈夫だということだった。
その言葉を聞いたログナンはすぐさま決断を下し、こう言った。
「皆よく戦ってくれた。だがこの陣地は見ての通りもう持たない、よって、部隊は町まで後退してくれ。町の方も簡単な防御態勢を整えているらしいから大丈夫だ。」
その言葉を聞いても、男たちは撤退しようとはしない。
今撤退すれば一気に戦線が瓦解する事がわかっているのだ。
そこでログナンは偵察隊の10人に話をした。
10人はそれに賛成をした。
「撤退する間は自分と偵察隊がここで敵を引きつけて殿となる。だからすぐさま後退してくれ。」
そう言われた男たちは、今戦っている相手から離れた。
ゴブリンなどはすぐに追いかけようとしたが、そこに目にも留まらぬ速さで一人の男が飛び込む。
そしてゴブリンは袈裟懸けにバッサリと切られて死んだ。
飛び込んできたのはログナンだった。
「さあ、早く行け!」
ログナンと一緒に偵察隊のメンバーも魔物と戦い始める。
それを見た男たちは持てるだけの武器を拾い、町まで後退を開始した。
それからしばらくログナンたちは戦い続けた。
だが一向に負ける気配はない。
その原因は恐らく、というか確実にログナンだ。
実際ログナンの周りにはゴブリンの死体が積み重なっている。
そして、ログナンは偵察隊のメンバーに言う。
「ここは俺が食い止める、だから撤退しろ。」
「し、しかし一人では流石に無理があります!」
皆ログナンの強さは知っている。
剣術の訓練の際に町で一番剣術の上手い若者が勝負を挑んだが、速攻で倒されたのを見ていた。
それだけの強さは持っている。
だが、そうだとしてもこの数相手に一人では無謀すぎる。
そう思ったからこそこのような言葉を言ったのだ。
「いいから大丈夫だ、久々に私も本気を出そうと思っただけだ」
そうログナンは言って剣を構え直した。
その顔は笑ってはいたが、目は本気だ。
そして、そのログナンからはオーラがあふれていた。
今まで感じた時のないオーラだ。
それを見たメンバーは本能的に近づいたら不味いと感じていた。
そして皆が思った。
(あぁ、これがハーシュタの旦那の本気なのか)
と。
そして、言われたとおり、撤退をした。
恐らくその場にいたらログナンの攻撃に巻き込まれて死ぬかもしれないからだ。
そして、ログナンは一人になったのを確認すると、一人前へ進んでいた。
「さぁ、来い。貴様らの相手をするのはこの私だ!」
そう言って魔物の群れのど真ん中へ飛び込んでいった。
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家にいた俺のところに陣地が突破されたという報告が入った。
自宅があるのは町から5分ほど離れたところだ。
丘からも近い。
そのため、撤退してくる自警団のメンバーから報告を受けたのだ。
自警団はこのまま町の方で防衛線を引き直すらしい。
そうするとどうしてもこの家は防衛線の外側になる。
なので、防衛線を引く町まで避難してほしいということだった。
だが自分は防衛線を引くのは大体町の外周に引くものだと思っていた。
そのため、自宅もその中に含まれるものだと思っていた。
そのため、自分はこの家の外周で戦うことしか想定していない。
さて、どうしたものか。
ラーナはⅢ級魔術師だ。
Ⅲ級魔術師は全人口の大体3%という貴重な人材だ。
そのため、町で防衛を行うのには貴重な戦力ともなる。
攻撃魔法のバリエーションも豊富だが、ラーナ自身は治癒魔法が得意だ。
その点、これから一歩も引けない町での戦いでは負傷した者の治療に当たって欲しい、という理由もあるらしかった。
そして、俺達は子供なので、子供も一緒に避難してくれ、そう言われた。
だが、俺は断った。
理由はログナンに家を守れと言われたからだ。
その言葉を聞いた自警団の男は困った顔をした。
一番初めに魔物が来た時にそれを相手にしたのは俺とラーニャだ。
それは町では有名になっている。
どういった方法で魔物を倒したのかは知らないが、少なくとも短時間で相当な戦果を上げている。
そのため、子供といえど、町を守るのにかなりの戦力になるのではないかと考えていたのだ。
それに、大人として母親だけ連れだしてきて子供は置いてきたことになればそれはそれで問題だ。
大人としての品格が問われる。
結局、俺は家に残ると言いはり、ラーニャもそれに賛同した。
そして、ラーナは町で防衛の手伝いをしてくると言って町へ行った。
そういえばログナンはどうしたのだろうか。
俺はふと気になって尋ねた。
「あの、父も町へ退却してきたのですか?」
「隊長は部下10人と共に殿として陣地に残られました。我々の防備が完成するまで時間を稼ぐそうなので、現在はまだ陣地にいるかと思われます。」
うん?ログナン殿として陣地に残ったのか。
だがログナンの強さならば大丈夫だろう。
俺はまだログナンが本気を出したところを見たことがない。
だが、ログナンは本気でなくても十分に強い。
防備が完成するまでの1時間、それくらいならばどうにかなるはずだ。
部下もいるみたいだし。
ログナンが町の方を守るのならば俺は家を守らないとな。
そのためにそろそろ配置につくか。
「ラーニャ、そろそろ配置に着こう。そろそろ一週間前の奴らが来るぞ、前と違ってこっちは本丸だ、一緒に家を守ろう!」
「うん、分かった!」
こうして、俺はこの世界にきて一番熱い自宅警備を行うことになった。
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町の方では防衛体制が整えられていた。
もともと外周には高さが1mほどの石垣があったので、それを基準に守りを固めたのだ。
あちこちで篝火が焚かれ、周囲を照らしている。
そして、敵が来るのを待っていると、男が帰ってきた。
ログナンと一緒に残った偵察隊のメンバーだ。
だがその中にログナンの姿はない。
「おい、隊長はどうしたんだ!?」
「それが、残りの敵は自分が引き付けると言って、一人で魔物と陣地で戦っています!」
「「「なんだって!?」」」
この報告には流石に自警団のメンバーも驚いた。
いくらなんでもあの数を相手にするのは不可能だ。
偵察隊と同じ考えを持った。
「それならなんだ、早く隊長の援護に行かないと」
「馬鹿っ!お前、今出て行ったらこの町の守りはどうするんだよ!?」
「それに、既に陣地を突破した魔物がこちらに向かっています、10分もすればこちらにやってくるでしょう。」
周囲からそのように言われてログナンを助けに行こうとした男は町に留まった。
そのやり取りを傍から聞いていたラーナはこういった。
「大丈夫です、私の夫は十分に強いですから、安心してください。絶対に帰ってきますよ」
そう言って、笑顔まで見せた。
「あんたは・・・隊長の奥さんか、しかしいくらなんでも無理じゃないか」
「いいえ、あの人の強さは妻である私が一番良くわかっています。恐らくこの中であの人の本気を見たことがあるのは私だけではないのでしょうか?」
そういって、ラーナはかつてログナンと一緒に冒険者として旅をしていた頃を、一人思い出していた。
どうも、天津風です。
思ったより文章が長くなってしまった。
本来なら今回で防衛戦の回を終わらせようとしていたのですが、どうやら次回までかかりそうです。
あと今日はちゃんと22時までに投稿できそうです。
なんだかんだで最近忙しくなってきたので毎日投稿ができなくなるかもしれませんが、できるだけ早く投稿できるように頑張ります。
誤字などの指摘、ご意見などは大歓迎です!