第14話 個人装備
翌年
ラーニャとの銃剣格闘から早くも一年が経過した。
それと同時に、魂の年齢が三十路になった。
あれ以降、ラーニャとの銃剣格闘の模擬戦はやっていない。
なぜなら、あの後銃を分解整備してみたところ、思った通り銃のあちこちにダメージが入っていたからだ。
おかげで各種部品を新たに作って修理しなければならない羽目になった。
実銃を使わずに木銃を使用すればいい話なのだが、それでも無理な理由がある。
その理由が、ラーニャの身体能力がどんどん高くなっているということだ。
自分も補助魔法を使用することでかなりアクロバティックな動きをすることができるが、ラーニャはそれを遥かに超えるレベルにまで来ている。
頑張ったら某配管工のような壁キックも可能じゃないかと思えるほどだ。
もともと獣人族は身体能力が高い。
そして、歳が一桁の頃あたりまでは普通の人間よりちょっと高いくらいだが、10歳になる頃から急激に高くなっていく。
そして、大体15歳ごろまでにその成長は終わる。
その成長が終わると、獣人族は平均して、普通の人間の3倍ほどの身体能力を手に入れることが出来る。
獣人族が近接戦闘が得意と言われる所以はそこだ。
こちらの3倍のスピードで走り、斬りかかってくる。
そして、回避力もある。
武器や防具は、当たらなければどうということはないために防具は特につけず、身軽なスタイルで戦うらしい。
どこの赤い彗星だよ。
ともかく、そのように身体能力がどんどん高くなっているため、俺では相手をすることができなくなってきたのだ。
射撃に関しての腕はこちらが上だが、銃剣格闘を含めた剣術などの近接格闘は全てラーニャが圧倒している。
前はなんとか互角だったが、今はそうも行かない。
戦ったら最後、手も足も出ずに負けるだろう。
それなのにログナンはラーニャと剣術で試合をしても全然負ける気がしない。
それ以前に本気を出している気がしない。
ログナンは今までの経験で相手の動きを読み、すべての攻撃を躱している。
それに加えてログナンは魔法も使うことが出来る。
神撃流上級に加えて魔法を使えるって、どれだけ強いんだよ。
そう考えるとだんだん自分の近接戦の自信がなくなってきたぞ。
せっかくこっちの世界でも自衛隊格闘術の練習を続けていたというのに。
でも自分は魔法と銃があるからまだ大丈夫だ。
多分。
そして、ラーニャは身体能力と同時に胸も成長している。
去年と比べても確実にDと呼べる所まで来ている。
これで体とバランス取れてるから凄いよ。
そんな感じで、自分は周りと比較して近接戦が苦手ということがわかった。
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そして、今日もいつもどおりに銃の練習をしていた。
一年経ったが新たな銃は製造していない。
銃に関して行ったことは、HK416のアクセサリーとして、前方銃把を制作した。
また、銃を肩からかけるためにスリングも制作した。
それと、いつもどおりに弾を製造していた。
だが、こちらの方は訓練で撃つ回数も多かったので、去年と比べてもそこまで増えていない。
だが、射撃の腕はかなり上がってきている。
自衛隊の時には実弾で訓練することは殆ど無かった。
《たまに撃つ 弾がないのが 玉に傷》
と言われている自衛隊だ。
それに比べれば今の自分はかなり豪華に弾を使っているだろう。
何しろ、量産は出来なくとも魔力があるかぎりは無限に製造できるのだから。
そして、ラーニャの方も射撃の腕は上がっている。
流石に自分ほどではないが、中距離までなら問題なく当てることが出来る。
だがそれよりも、やっぱり銃剣格闘のほうが好きらしい。
案山子を的にして訓練をしていた時なんかは、射撃をやめたかと思うと突然着剣して飛び出して行ってしまった。
そして、しばらくの間ラーニャの刺突や斬撃を食らい続けた案山子は、見るも無残な姿になっていた。
その間俺は撃つことが出来ないのでそれを眺めているだけだったが。
そして、今は距離500m程からの射撃を練習している。
実際の交戦距離は300mを想定しているため、それよりもかなり遠い距離だ。
だが、それも補助魔法のおかげもあって、当てることが出来る。
視力を強化して射撃をし、その反動は身体能力強化で受け止める。
今までとやっていることは変わらない。
そして、ラーニャの方は相変わらず銃剣格闘の練習だ。
実戦になったらどうなるのだろうか、想像もつかない。
いや、模擬戦をやったのだから想像くらいは出来るか。
そして、俺はフォアグリップとスリング以外にも制作したものがあった。
むしろこっちのほうがメインなのだが。
それは、弾帯と、それを支えるサスペンダーだ。
今回なぜこれを制作したのかというと、今までは訓練をしているだけで問題にはなってこなかったが、実戦の際に使用する装備は何があるかと考えたことから始まった。
現在は土魔法で制作した金属製の箱に弾などを入れて持ち運んでいる。
しかし、そんなことでは実戦の際に話にならない。
エアガンを買って、それを庭で撃っている分には問題ないが、いざそれを持ってサバゲーに行こうとした時に色々と装備が必要だとわかるのと同じようなものだ。
そうしてまず考えたのが、まずは最低限の個人装備でいいから、どうやってその個人装備を持ち運ぶのかということだ。
結果、制作したのが、このピストルベルトとサスペンダーだ。
この二つを組み合わせたものをベルトキットと呼ぶ。
簡単な説明は以下のとおりだ。
ベルトに武器をぶら下げるといえば、有名なものとして西部劇のガンマンがリボルバーをぶら下げているものや、警察官が拳銃をぶら下げていることなどがあげられる。
だが、現代の歩兵というものは個人装備が多く、それらの各種装備をピストルベルトにぶら下げることとなる。
しかし、ベルトだけだと装備の重さでずり落ちてくるため、その分ベルトをキツく締めないとといけないくなる。
そんなことをしたら戦闘がしにくくなるのは誰にでもわかる。
そこで登場するのがサスペンダーだ。
ベルトにサスペンダーを吊るすことで、重量を肩にのせることができる。
そうすれば、重量を分散させることができ、ベルトをキツく締めなくてすむ。
そして、そのベルトにはマガジンポーチなどをぶら下げることになるのだが、そのぶら下げ方としてはALICEクリップを使用することにした。
ALICEクリップは、装着は簡単だがその分ブラブラして安定性がない従来のベルトループとは違い、装着は簡単のまま、位置を微調整できてさらにしっかりと固定できる素晴らしい装備だ。
構造としては、ガンベルトの幅と同じくらいの長さのフックをベルトに引っ掛け、上側にあるスライド式の棒を下に押し込み、下からベルトの内側につきだした部分の穴にそれを差し込むことでリング状になり、クリップとリングが合わさってしっかりと固定することが出来る。
しかも、クリップとはいえリング状になっているため自分の好きな位置へずらすことができる。
外す時もつけた時の手順を行うだけなので簡単に取り外せるのだ。
今回製作したベルトキットの付属品としては、マガジンポーチ、水筒、銃剣、拳銃用ホルスターを制作した。
マガジンポーチは、STANAGマガジンが2本入るものを二つ、1本入るものを二つ、それぞれ制作した。
歩兵が持ち歩くライフル用弾倉が、大体4~6本と言われるので、その本数を満たしていることになる。
水筒も制作した。
水筒もベルトキットにぶら下げるため、それ用のケースを作らなければならなかったが、水がなければ人は死ぬので、めんどくさがらずに作成した。
水筒は米軍の1クォート水筒をモデルにしており、下にカップがはめ込めるようになっている。
そのカップを水筒の下にはめ込んでケースに入れる。
これをALICEクリップでガンベルトに装着すれば準備完了だ。
銃剣はALICEクリップを使わずにガンベルトにところどころ開いているアイレット(ハトメ穴)に引っ掛けてある。
拳銃用ホルスターは、いわゆるヒップホルスターと呼ばれるものだ。
ホルスターと聞いて多くの人がまず最初に思い浮かべる、腰にぶら下げてあるホルスターがヒップホルスターだ。
これはショルダーホルスターとベルトキットは同時に装備できないため、ベルトキット用に新たに制作した。
この他にも拳銃用のマガジンが1本入るマガジンポーチも二つ製作した。
それ以外には小物を入れるためのポーチを二つ作った。
他にもBDUを作成したかったが、今作っても現在絶賛成長期であるためにすぐ小さくなるであろうことから、また今度制作することにした。
大きくなるまでは長袖長ズボンでどうにかしようと思う。
俺はこのベルトキットを、例に漏れずこれを2セット分作った。
そして、現在ラーニャと俺は、このベルトキットを使用している。
ラーニャはこのベルトキットを最初つけた時に、ショルダーホルスターに比べて重たいことから、身軽さが失われると文句を言っていたが、俺がこのベルトキットがどういうものかを説明していくうちにだんだん表情が変化していき、説明し終わった時には拍手をしていた。
あとこのベルトキットのおかげで、さらにラーニャの胸が強調されるという副次的効果も生じている。
ベルトキット先輩マジ神っす。
それにしてもかなりのスピードで新しい装備を作り、それに更新しているのに、ラーニャは新しい装備に1周間もあれば慣れて使いこなしてしまう。
ラーナやログナン曰く
『それは獣人族がそういう種族だから』
ということらしい。
うん、だんだん獣人族が万能な気がしてきたぞ。
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数日後
現在俺とラーニャは、弾薬が装填された弾倉の入ったマガジンポーチや水の入った水筒、銃剣やSIG P220の入ったホルスターを装着した完全装備のベルトキットを身に着けていた。
俺の銃はHK416、それにフォアグリップとスリングを装着してある。
ラーニャの方はスリングをつけた89式小銃を持っていた。
ベルトキットが完成してからは、このように常に実戦時に近い状態で訓練をしている。
予めこの装備に慣れていないと実戦でミスをしてしまう。
「ラーニャ、どうだ?ベルトキットの方は」
「うん、大丈夫!最初は重く感じたけどなれたからどうってことないよ」
「そうか、なら良いんだ」
「それじゃぁ今日の訓練を始めるか」
「うん!」
まだベルトキットを制作して3週間ほどしか経っていないのに既になれたらしい。
俺はやっと最近慣れてきたというのに、ラーニャの順応力凄いな。
こうして、この日も装備が増えたとはいえ普段通りの訓練を行った。
そして、その訓練が終わり、後片付けを開始した。
主に薬莢を拾ったりだ。
「えー、また薬莢拾うの?別に拾わなくても大丈夫なんでしょ?」
これについてはラーニャも不満らしい。
そりゃめんどくさいだろう。
俺だってめんどくさい。
でも、拾わなかったら拾わなかったでこの辺一体がえらいことになる。
「拾わなかったらこの辺一体が薬莢だらけになって銃剣格闘の練習中に滑るかもしれないけど、それで良いのなら拾わなくて大丈夫だよ」
「うっ・・・流石にそれは・・・」
「じゃぁ拾って。」
「でもやっぱり面倒だよ」
「1つも見落とすことなく拾えなんてことは言わずに、どこかに行ってわからない薬莢は拾わなくていいって言ってるだろ?自分だって面倒くさいと思って拾っているんだから」
自衛隊では演習中に薬莢を1つでもなくしたらそれで始末書を書かなければいけない。
それに比べれば、どこに行ったかわからない薬莢を探さなくて良いというのはかなり厚遇されているだろう。
もっとも、ここまで紛失に厳しいのが自衛隊ぐらいで、他国の軍隊はいま自分たちがやっているような感じで拾っているようだが。
そうして、薬莢を拾い、それに弾を込めなおすために薬莢を弾薬箱へ入れていく。
その後、明日の訓練のために弾倉に新たな弾を込めている時だった。
ラーニャの耳がピクンと動き、顔を上げた。
俺もどうしたのかと思い、ラーニャの顔を見た。
ラーニャは、周囲をキョロキョロと見回している。
「・・・何かの気配がする」
ラーニャがそう言った。
俺もあたりを見回したが、特に何も見当たらない。
多分何かいるのだろうが、俺にはわからない。
恐らく獣人族の本能的に何かを感じるのだろう。
だが、妙に胸騒ぎがする。
人間は目で見た情報を脳で処理しきれていない。
そして、その中に何か危険なものがあった場合、それを違和感として感じるという話を昔聞いた。
つまり、今俺が妙に胸騒ぎがするのは、何かを見たということだ。
「・・・何か胸騒ぎがする、ラーニャ、急いで弾を込めよう」
「うん」
俺とラーニャは急いで弾倉に弾を込め、それをマガジンポーチへ突っ込んだ。
そして、銃を持ち立ち上がった。
銃には弾倉が入れてあるのを確認し、コッキングレバーを引く。
そして、周囲を警戒する。
「・・・あっ」
しばらくしてラーニャが何かに気付いた。
そして、ラーニャは池の向こうの森を指差す。
俺もそっちを見た。
よく見えないが何か動いている。
俺は目に魔力を送り、視力を強化した。
「・・・なんだ、あれってもしかしてゴブリンか?」
俺はそう言った。
そこにはボロ布のような服を着た小人がいた。
片手には剣を持っている。
顔はいかにも悪ですといった感じだ。
おお、なんだかんだ言ってこっちの世界ではじめて魔物を見たぞ。
剣と魔法の世界で魔物を見るのが10歳になって初と言うのはどうかとは思うが。
でもそんなものか?
「・・・嘘・・・でしょ?」
初めて魔物を見て、自分の世界に入り込んでいた俺の意識を現実に引き戻したのは、ラーニャの声だった。
嘘?どういうことだ?
ラーニャは森のほうを見て固まっている。
しかも体が震えている。
いつも笑っていて自信を持っているラーニャがこうなるのは初めて見た。
なんだなんだ、一体どうしたんだ?
俺はもう一度森のほうをよく見た。
さっきゴブリンが見えたが・・・ってあれ?何かゴブリン増えてないか?
おい、ちょっと待て。
「な、なんじゃこりゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
そう叫んだ俺の目には、森の木々の間を埋め尽くすほどのゴブリン、いや、ゴブリンとそれ以外の魔物が映っていた。
どうも、天津風です
今回は個人装備としてベルトキットを登場させました。
そして書いていたらいつの間にか長くなってしまった。
ベルトキットあたりの説明は考察不足の場所があるかもしれないので、もし間違った箇所があったらコメントでご指摘していただきたいです。
誤字などがあればまたご指摘ください。