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第1話 低級ポーション(初級者用)80イェン

「やっぱり、おいしい」


わずか9平方メイルほどの、狭い部屋におかれたソファーに腰かけて可憐な少女が黒い液体に口をつけては、感想を述べている。

それは、南の大陸からわざわざ取り寄せた木になる豆を、時間をかけてゆっくりと炒り、丁寧にミルを使って引いた粉に熱湯を少しずつ通し抽出する飲 み物は、この道具や「ジンの道具屋」の隠れた名物だった。


とはいえ、ブラックでは飲むことができず、ミルクをたっぷりと入れてカフェオレにしてあるほか、砂糖もたっぷり入っているものが彼女のお気に入り だった。


「ここは喫茶店じゃないんだが」


そうつぶやくマコトの声は彼女の耳には届かなかった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「今日もダメだった」


楽しそうにあるく冒険者たちを避けながら、うつむきながら路地を一人の新米冒険者がとぼとぼと歩いていた。


迷宮街にやってきてから、もう2月にになるだろうか、ほとんど休むことなくダンジョンに潜っているが、まだ3階層すら超えることができていない。


幼いことから鍛えてきた剣の腕にも自信はある、少なくとも5階層を超えていない、いわゆるニュービーといわれる冒険者の中では決して負けてはいな しと思う。


痛む左腕を軽くさする。

人型の木偶人形を切り伏せた時だった、物陰から飛び込んできた小型の犬型のモンスターに左腕に噛みつかれてしまった。


まだ、3階層までしかいけていないとはいえ、モンスターを倒すと手に入るドロップアイテムや、ダンジョンで自然に発生する資源(ダンジョン内で は、ランダムで貴重な資源が生成され、もっぱら戦いをさけて、アイテム拾いに専念するギャザラーといわれる冒険者たちもいる)をこまめに拾ってい るので、収入がないわけではなかった。


でもこの怪我を直してもらうには、魔法院に行かねばならず、稼いでも怪我の治療や宿代でお金はたまるどころかむしろ減っていく一方であった


減っていくお金とともに、気分も下がっていく、もう故郷に帰ろうか……そんな考えが頭をよぎる。いやいや、ここで自分の夢をあきらめるわけにはい かない、それが約束を守ることにもなるんだから……


胸に手をやり、その下にある感触を確かめる。掌に伝わる金属の感触で、ようやく落ち込んでいた心を立て直す。


我に返ってみると、そこには、全くみたことのない場所だった。

いつの間にこんなところに来てしまったのだろう、高い建物に囲まれ、日の光は遮られ、昼間だというのに辺りは薄暗い。


人を避けながら歩いていたうちに、完全に道にまよってしまったようだ。早く大通りに戻らなければ、迷宮街の治安は決していいものとはいえない。こ んな人のいない薄暗い路地をあるくことは、強盗に狙ってくださいといっているようなものだ。


あてずっぽうに路地を抜けると、そこは行き止まりだった。

その行き止まりのわきに、妙なものがあるのにその新米冒険者は気が付いた。


近くによってみると、ドアだ。

ものすごい力で引きちぎられたのだろう、真ん中から折れ曲がったドア、いやドアの残骸が、壁に立てかけられてあった。

そのドアがあったところには、当然入口が開けており、わきには、小さな立て看板が置いてあった。


「ジンの道具屋」


古ぼけた看板には、汚い文字でそう書かれていた。


普段ならこんな怪しいお店にははいらないだろう、

でも、なぜだろうか、吸い込まれるように、まるでそれが運命だったように、中へと吸い込まれた。


お店の中に入ると、中には所狭しと、商品が積み上げてあった。

なんとなく気になって、商品の一つを手にとってみると。


「ちょっと待ったー!」

「ひっ」


突然かけられた声に思わず、持っていた商品が手から零れ落ちる。


「あぶない」


落ちた商品めがけて店員が頭から滑り込む。

思わず目をつぶって耳をつぶる。


しばらく待っても、足元から何かが壊れるような音は聞こえてこなかった

そっと目をあけるて足元をみると、自分の股の間から顔をだす、店員と目があった……


「キャーーーーーーーー」


思わずその顔を踏み抜いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「本当にすみません」


そう言って何度も頭を下げる目の前の女の子は、きっと冒険者だろう。

水にぬらしたタオルで、顔を冷やしているが、これはもうアザになっているだろう。

さっき、タオルを奥に取りに戻ったら、盛大な大笑いをされてしまった。

いまでも時々、思い出したように笑い声が聞こえてくる。


「いや、もう大丈夫だから気にすることはない」


恐縮するくらいに縮こまった彼女がさすがに気を使って、そういってやる。


「あっはっはっはっは……」

「えっと、あの声は……」

「いや気にしないでくれ」


彼女は奥の方から聞こえてくる笑い声がどうも気になっているが、それよりは、謝罪の気持ちが強いらしい。


「でも、ほん……」

「そうだ!」


さっきから繰り返しで、らちが明かないので、彼女の謝罪を遮った。


「冒険者さん、ジンの道具屋にようこそ。知ってのとおりここは道具屋だ、悪いと思うなら、何か買っていってくれよ」


一瞬彼女は狐につままれたような顔をして……


「あ、はいっ……あっ……」


そういって、急に彼女の顔は赤くなった……


「えっと、あたし、あまりお金を持ってなくて……」


よく見ると、というか、一見見ただけで、彼女がたくさんのお金を持っているようには見えない。というか、明らかに持ってないだろう。

革製と思われる軽装の鎧にはあちらこちらに傷や汚れがあり、お世辞にもきれいな恰好とは言えなかった。

ふっふっふ、腕が鳴るというものだ。いま、ぼくの頭の中には彼女にピッタリなアイテムが頭にあった。


「いやいや、お客さんは、見たところ、冒険を初めてまだ間もないと見えますが、冒険を始めたばかりの人にもピッタリなものを各種取り揃えています よ。たとえば、これ」


そういって、先ほど彼女が落としそうになった小瓶を取り出した。


「これは?」


そういう彼女に、少し驚いたが、平静を装い話を続ける。


「ポーションはご存知ですか?」


彼女は、さすがにポーションの存在自体は知っていたようで、神妙にうなずいた。


「これは、まあ低級のものですが、ものは試しということで、使ってみましょうか」


そういって彼女の腕をとる。


「っ……」


やはり思ったとおりだった、隠していたつもりだろうが、服の下に魔物にかまれた跡がある。命にかかわる怪我ではないが、ほおっておくと傷が残るだ ろうし、治るまでそれなりに時間がかかるだろう。駆け出しの冒険者にとっては致命的だ。


小さな抵抗を見せた彼女を、有無を言わさずカウンターの奥にしまって

ある椅子へと座らせると、きれいな包帯を用意し、ポーションをしみこませる。


「通常ポーションの使い方は、二通り、まず一つ目、経口で飲むこと。これは、一般的に行われてますが、本来は体内側から傷を治す目的や、幹部が多 い、塗布している余裕がない場合に行うのが一般手できですね、しれで、二つ目が、塗布です。」


流れるような手つきで、革製の鎧を脱がし、肌着の袖を大きくめくる。

白い肌にまだ血が止まり切っていないあとが痛々しい。


痛みにゆがめたり、当惑したり、赤くなったり、青くなったり、なんだか彼女の顔が七面六臂だったが、気にしないことにして、作業を黙々とすすめ る。


幹部を水で流すと、ポーションをたっぷりしみこませた布をそっとあてる。


「しみるよ」

「んっ……」


やはりしみたのだろう、彼女が小さな声をあげる。


「ちょっと抑えといて」


そういって彼女の空いている右手で、布を幹部に保持させると、用意しておいた包帯で、布の部分をぐるぐると巻いていく。


「よし、これで完了」

「あ、ありがとうございます」


育ちのいい子なんだろう、突然の展開にあまり頭は追いついていないみたいだったけれど、お礼を言うべきだと判断したのだろう。


「いま、使ったポーションは、いわゆる低級ポーションで効果の低いものだけど、主にポーションの等級の違いはその即効性にあるんだ、つまり、高級 ポーションであれば、さっとかけただけで治るような傷も、低級ポーションではかけるだけでは治療することはできない、でも、こうやって、ポーショ ンをしみこませた布を幹部に充てることによって、効果を持続させれば、そんな高級ポーションを使ったりしなくても、怪我をきちんと治せるわけ。ま あ、ダンジョンでは、そんな悠長に治療がしてられないために、高級なポーションが必要になるんだけどね」

「さらにいうと、新米の冒険者にとっては、怪我をするたびに魔法院に行く必要もなくなって、お金の節約にもなるってわけさ。でも、ポーションで治 せないような大けがについては、きちんと魔法院に行くべきだけどね」


おれのいう話を、一時一句漏らさないようにか、彼女の顔は真剣だった。そして、何かに気づいたようにはっと顔をあげると……


「えっと、お代は……」


こちらが一方的に治療を行ったわけだし、それは気になるだろう。

そもそも、使用したのは低級ポーションで、もともと値段が高いものではなく、彼女でも買えないということはないだろう。


すこし、考えてこう口を開く。


「いや、いいものも見せてもらったので、今回は初回サービスということで……」


彼女は当惑した顔を浮かべていた、この子は本当に新米なのだろう、値段が想像つかないと、そりゃ当惑もするか……


「とはいっても、これは……」


ボカッ


店の奥から、木製のカップが飛んできて頭に当たる。


「セクハラ!!」


ボッ


奥のほうから聞こえてくる声に、彼女もようやく気付いたようだ、顔が真っ赤に染まる。さっきから、表情がコロコロ変わって楽しい子だな、どうも嗜虐心が出てしまいそうになるが、そう、おれはプロの道具屋だ。


ゴホン


喉を整えて、ジンの道具屋に伝わる、決まり文句を彼女に投げかける。


「よく来たな勇者よ、まずはこのポーションを買っていかないか?いまなら、わずか80イェンだ!!」

「あ、じゃあ、いただきます」

「……え、ほんとに?」

「はい?なにか悪かったですか?」


驚くことに、(少し寂しい思いもしなくはないが)彼女からはなんのリアクションもなかった。すぐに気持ちを切り替える。


「いやぁ、なんでも。ありがとうございます、おひとつお買い上げですね」


手慣れた動作で、ポーションの瓶を緩衝材で包んで、彼女へと渡して代金を受け取った。


「ありがとうございます。お客さん、お名前をうかがってよろしいですか?」

「あたしですか?ソアラっていいます」

「ソアラさん、これからも当店もごひいきに」

「あ、はい、こちらこそ、これありがとうございました。また、よろしくお願いします」


ジンの道具屋は、マコトの祖父であるジンが始めた、50年以上続く道具屋である。「勇者を育てるのがNPCの役割だろう」という祖父の意味の分からない方針により、初めて、ジンのお店を訪れる客には、必ず、先ほどの言葉をいうことになっている。


祖父が、旅に出て数年、祖父の代わりにこのセリフを数多く(そもそも客がこないだろという突込みには黙秘させていただく)言ってきたが、おれにとってもこのこれは初めてだった。


ジンの道具屋において、今まで、数多くこの決まり文句が言われてきた、この文句に対して、ツッコミを何もせずに受け入れて返事を行ったのは、これまでたった一人といわれている。


迷宮街には、のちに二人目の勇者といわれる人物が誕生することになる。その話については、また後ほど語ろうと思う。

時間がほしい……

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