第0話 いらっしゃいませ
「いらっしゃいませー」
薄暗い店の奥から、その雰囲気とはうらはらに明るい声が飛んでくる。
ここは、およそ300年前に発見されたダンジョンを中心に発展した、アスタナージャ迷宮街の中でも知る人ぞ知る隠れた名店(?)。
街の中心に位置する迷宮の入口から、僅か500メイルほどに位置した好立地にも関わらず、増築による増築で複雑に入り組んだ街の構造のせいで、薄暗く人の寄り付かない路地裏、そこからさらに脇に入った暗闇ともいえる通路の先にその店はあった。
通路中に積み上げられた、何に使うか全くわからない色や形が様々な道具の間を抜けて、一人の青年、いや、少年だろうか、迷宮街でもあまり見かけることのない黒髪をまるで寝起きのように無造作にボサボサさせてやってきた。
黒髪の店員の顔に浮かんでいた、笑顔は、店にやってきた客をみた瞬間に渋い顔へと変わり、まるで、その様子はめったに来ない客を捕まえて、ここぞとばかりに売りつけてやれという、営業スマイルが音を立ててくずれさっていくようにも見えた。
「きちゃった」
外套を脱いで、どこかで聞いたことのあるようなセリフを発した声の主の身体は、その全身を包む白く光る鎧に覆われており、その鎧は、フルアーマーとまではいかないものの、重量を意識して設計されておらず、身体の急所を覆いつつも、その動きを妨げないことに重点がおかれており、何よりその表面には埃一つついておらず、そのクオリティの高さを示していた。
その特徴的な色のみならず、その胸の部分にあしらわれた薔薇の模様は、その人物が誰かを物語っていた。
かつて、幾つものダンジョンを単独で制し、その貢献から一代で侯爵の地位を得たという生きる伝説、マーガイン侯爵には、今年で16になる孫がいる。
勇者と名高い侯爵の再来と言われ、今、迷宮街で一番の注目されているその少女は、白薔薇と呼ばれていた。
少しひきつった顔を浮かべた黒髪の店員は、まるで武道の達人のように、よどみなく流れるような動きで、白薔薇嬢の背後に立つと、そっと肩をつかみ彼女の向いている方向を変えると、背中をそっと押して彼女を店の外に送りだした。
ガラガラ、ピシャ、ガチャ
この迷宮街には珍しい、横開きの扉が音を立てて閉まる。
これが、今から1時間ほど前のお話。
こっそり別アカで書いた落書きをこっちにもってきました。