魔法科二年三組の講師-5
一限目の授業が終了し教科書や辞書などを片付けたリオンはそそくさと教室を出ていく。それを少し遅れて追いかけるようにゼロが教室を出て講師科の中に入ったリオンを呼んだ。
「リオン先生、少しお時間よろしいでしょうか?」
「んあ? なんだゼロか、いま行く」
呼び出されたリオンは何がなんだかわからないうちにゼロとともに学院内の大聖堂にある個室型の談話室に入った。
中は対面になるだけの木でできた長椅子がおいてあるだけで、外から中の様子が見えないように黒い遮光カーテンがあり、防音の付呪により音がもれないようになっている部屋だ。
「なんだかいかがわしい部屋だなー、ダメだぞ講師と生徒がこんなところで二人きりだなんて」
と、冗談混じりの話をするだけのリオンに対してゼロは真剣な顔をして長椅子に座る。その表情を見たリオンを真面目な話を予感して冗談をやめてゼロの前に座った。
「さて、これから真剣な話をします」
「おお、一体なんだ?」
「先程の授業のことです! 今までの半年間あなたのことをやれ社会のゴミだクソ虫だと罵ってきましたがここまでひどいとは思っていませんでした! まさか授業をするのがめんどくさいからって勉強をすることを言い訳に自習にしてさぼるだなんて、今すぐにその存在を消してやりたい気分です!」
久しぶりに聞いたゼロの本気の怒り。どうやら授業を自習にしたことをどの生徒よりも怒っていたようだ、その怒りはとどまるところを知らない。
だが一方のリオンはまったくの冷静でまさかこの程度の話なのかと言わんばかりのだるそうな顔をしている。
「おいおい勉強を口実にサボってなんかいないぞ?」
「何を言ってるんですか、魔法魔術を基本分野まで抑えて魔導軍隊にいた人物が魔法の構築式がわからないだなんて言うはずないでしょう! 今すぐに礼拝堂で懺悔してから死になさい!」
「いやマジでわかんねぇんだって。だって俺、魔導錬金術師だしお前を知ってるだろうが特例入隊してるから軍事訓練も受けてねぇ!」
それを聞いてゼロは我に返る。
よく考えてみればリオンは魔導錬金術師、魔法を一切使わない錬金術専門の魔導師でその錬金術の錬成速度と精密さ、戦闘力を買われて特例入隊している。しかも幼少の頃の細かい記憶を欠損しているのだ、魔法を知らなくても無理がない。
だが魔導師とは魔法士や魔術師と違い魔法専門でも魔術専門でもないどちらも使えることを示す肩書きだ。魔導の名に関する役職を持つものはどちらも使えるのが当たり前だと記憶している。
もし本当に魔法が全くわからないのなら得るべき肩書きは魔導錬金術師ではなく単なる錬金術師のはず。
「俺は魔導錬金術師って呼ばれちゃいたが魔法を使った覚えはない、詠唱も全て魔術だ。なんで俺が魔導錬金術師なのかは軍隊のやつに聞いてくれよ」
「で、でもリオンは魔法を学んだことが――」
ゼロはそこまで言いかけたが強く口を塞いだ。
危うく口を滑らせて絶対にリオンには聞かせてはいけないことをいうところだった。
「いやなんでもないです。ではこうしましょう、放課後帰宅とともに私たちの立場を逆転して私がリオンに魔法を教えます。このまま自習では生徒を不満がたまるばかりです、少しでも早く授業ができるレベルになってもらわないと――」
「それはめんどくさい!」
ピシャリと言ったリオンの言葉にゼロが固まる。そして数秒のあと今言った言葉の意味を理解して口を開いた。
「『稲妻・加護・導きたりて・その拳を走れ』」
ゼロの腕に青に電流が流れ拳に到達、その電力を持った拳で思いっきりリオンの顔にめがけて放った。
「ちょ!?『ラ・グーノ・ムゼ 輝きを灯し主に加護を』!」
ゼロが発動した魔法【エレクト・ナックル】に対してリオンは防御魔術【加護】を使ってその身を守った。
「やはり魔法を覚えてください、【エレクト・ナックル】如きに【加護】を使うようでは時間に差がありすぎです、本当の戦闘ならやられてますよ」
「実戦はねぇだろ!? ていうか俺に向かって何回魔法を連発すれば気が済むんだお前は! もういい、次の授業あるしリオン先生は戻りまぁーす!」
さすがに危機を感じたか、リオンは談話室を出てダッシュで学院の中に戻ろうとする。と、そこに小さすぎて見えなかった子供がいてぶつかり、二人して転んでしまった。
「おいクソガキ! こんなところで何してんだ、俺は早く逃げないと暴力生徒に殺されて――」
「だぁぁぁれがクソガキがコラァ!」
転んで頭だけ上げたリオンの脳天にかかと落としが決まる。その見た目とは裏腹に殺人的な威力を出すかかと落としはリオンの顔をコンクリートでできた地面にめり込ませた。
「じづれいじました、べぶじぇんぜい(失礼しました、エル先生)」
「何言ってるかわからないけどなに急いでんのよ、次の授業までまだ十分もあるのに」
どうやらぶつかったのはあのエルらしい。
とっさに口走ったエルへの禁句によってリオンの寿命は少し短くなった。
「さっきの授業で自習してたら生徒に殺されかけてね、死に物狂いで逃げてきたところですよ」
「死ねばよかったのに……それよりまさか本当に自習をするとは驚きよ。なんで講師になんかなったの?」
「講師になるか墓下に埋まるかの二択を迫られてな、仕方なくこっちを選んだまでだ」
服の誇りと顔の汚れを拭いながらいつもの調子での会話に戻る。
「仕方なくってあんたそこまで追い詰められても働こうとしなかったなんてアホの極みね、おまけに魔法科担当で魔法が使えないなんて」
「魔術なら使えるよ、それに錬金術もな」
「錬金術師ね、残念ながら私錬金術師って嫌いなのよ」
「俺もガキは嫌いだな」
「ぶち殺すわよ………」
異常な殺気を放つエルに対して全く関心を持たないリオンはニヤニヤとした顔で次の授業を確認していた。
二限目はどうやら魔法を実際に使う実技の授業らしい。講師も専用の服に着替えてグラウンドに移動して行う授業なので少し急がなければならない。
「お、専用の服か。てかどこにあんだそんなもん?」
「講師科のロッカーにあるわよ、早く生きなさいダメ講師!」
無視されたのを怒ったか怒鳴ってくるエルから逃げるようにリオンは玄関のロッカーに向かった。
一応、場所を教えてくれていることに関しては講師代表らしいところだ。
「魔法の実技か……構築式すらまだ曖昧だってのに詠唱とか同調できんのかな?」
次は実技という講師が見ていなければならない授業という名目上自習なんてものは使えないのでリオンはどうやって切り抜けるべきか考えながら玄関に向かった。