魔法科二年三組の講師-3
エルが学院長室を出ていってしまい教室の場所をきけずリオンが困っていると、入れ替わりのようにゼロが扉を開けて入ってきた。
どうやら教室に来るのが遅すぎて探してきたらしい、さっきのエルみたいな不機嫌そうな顔をしている。
「なにをやっていたんですかリオン、いくらなんでも遅すぎます」
「すまん、教室の場所知らなくてさ……案内してくれないか?」
リオンがそう言うとゼロは背を向けて歩き出した。返事はしてくれていないがどうやらついて来いと言う感じらしい。リオンは学院長に一瞥するとゼロを追いかけて廊下に出た。
「そういえば先ほどエルリック先生がいつも異常に不機嫌な顔で教室に入っていくのを見ましたがなにかしましたか?」
「うーん? 俺的コミュニケーションしかしてないが」
「もし失礼なことをしたのならしっかり謝っておいたほうがいいですよ。エルリック先生は元王宮魔導師、特等級魔導師並の実力を持つ数少ない空間制御魔術師でもあります」
『空間制御魔術師』この大陸にも五十人といない希少な魔術を使う魔術師に与えられる呼び名だ。通常の魔術のように超自然的能力、つまり火や水といった目に見えるものを操るのではく、空間という曖昧なものを制御する力であるため難易度が高い魔術だ。失敗すれば歪んだ空間にとらわれて二度と帰ってこれなくなったり亜空間に魔力を奪われて大事故につながる。それを二十六歳という若さで完全に制御しているエルはかなりの才能を持って生まれた実力者だろう。
「へー、エルはそんな凄い奴だったのか。いやー全く知らなかった、もうちょっと見直しとくわ」
「エルリック先生以外にも特異な才能をもつ人は多くいます、たとえ生徒であっても警戒を怠らないようにしてください」
そう言いつつ教室の前で止まったゼロが立つ扉の上には『魔法科二年三組』とプレートがあった。どうやらここがゼロが在籍していて、今からリオンが担当をすることになっているクラスのようだ。ゼロが先に扉をあけて中には入り、数秒遅れてリオンが教室のなくに入ると、全員がきっちりと座った状態で待っていた。
昔からあまりこういうところに慣れていないリオンは少し空気の重さを感じているが、女王陛下の護衛任務をやった時のことなどを思い出せば何ら問題ない状況だ。まずは遅れたことを謝罪して自己紹介に入った。
「えーっと、まあ遅れてしまってすまない。今日からこの学院の新人講師としてこの魔法科二年三組を担当することになったリオン・ローグだ。今日来たばかりでわからないことばかりだがよろしく頼む」
すると、途端にざわざわとしだした教室の中からぱっと手が上がりその手を上げた生徒が立ち上がった。この国特有の茶色の髪、個人差はあるが赤に近い髪をした女子生徒だ。
「先生は教員免許以外の資格をなにかお持ちでしょうか?」
「うっ……」
リオンは短く唸りよく思い出すが、とった資格などまったくない。この質問はいきなり痛すぎる、とった資格がないうえにリオンは元王室直属魔導執行部隊であることも言えないしその場所で持っていた階級も唯一の魔導錬金術者の資格も半年前にクビになったと同時に失ってしまっている。つまり教員免許以外は何もない、ほぼ一般教科担当の講師と変わらないということだ。
「えっと、持ってないが何か問題でもあるのか?」
できる限り動揺を隠して返答すると教室の中は「嘘でしょ……!?」「素人がなんで魔法科に」「これは学院側のミスですかね」などのいろんな憶測が飛び交っている。
リオンだって言えるものなら元王室直属魔導執行部隊の大尉で魔導錬金術者だったことを言いたい。だがエルのように表の仕事をする王宮魔導師ではなく裏の暗殺なども仕事で行う魔導執行部隊だ。元人殺しが講師をするだなんて言えないだろう。
「まあそのへんは気にしないでくれ、じゃあ簡単な自己紹介は終わるからな……一時間目まであと十分か、魔法科の授業内容を叩き込むには時間がないな」
ゼロは早速リオンのことが心配そうになったができるだけ関わりを最小限にするため近づけない。ここから先リオンは自分の力で問題を解決しなければならないのだがどうするのか気になっていた。
場所が変わって講師科の大部屋。ここでは一般教科、魔法科、魔術科、魔導研究科などの講師たちがあつまり会議や個人的な授業内容の確認などをするための場所である。その魔法科二年の担当講師たちの集まる場所の一番奥にいる子供にしか見えない魔法科二年講師科代表、エルアラント・ビーツ・エルリックにリオンは助けを求めていた。
「なあ一時間目の授業から中身かさっぱりなんだよ、五分でわかるように要約して説明してくれ!」
「無理に決まってるでしょうが! 魔法の構築式を五分で説明するなんて学院長でもできないわよ! いいから私も授業があるの、どいて!」
「そんな無慈悲なこと言うなよー、このままじゃ授業にならないだろー……」
気力の抜けた声でエルの体にしがみつくリオン、二人の体格からしてリオンが特殊性癖の変質者にしか見えないが、講師全員がエルのことを知っているのでそこまで変な目でま見られない。まあ女性に男性がしがみついているので危険な光景ではあるのだが。
「自分がわからないなら自習でもさせて自分も自習してればいいでしょうが! 早く離れなさいこの変態!」
そう言って思いっきり振り解くとリオンは頭に電球を光らせているような顔で手をポンとつき、教科書とノートを持って自分に用意された机から辞書などを引っ張り出してきた。
「そうだ、その手があったんだよエル! ありがとな、お前のおかげで大丈夫だ!」
普通なら授業放って自習をさせて講師も同じ内容の自習など何言ってるんだこいつはみたいになるはずなのだが、それが一番いい手だと思ったのだろうリオンはエルが適当に言ったことを本当に実行するようだ。
これで大丈夫みたいな顔でエルの頭をまた軽く撫でてから講師科を出て行った。
「ちょ、頭撫でるなー! ……もう」
やっとくっつき虫みたいになっていたリオンが離れて、エルは一息つくといつも優秀な講師が見た目相応にに子供っぽく扱われているのを見たほかの講師が微笑んでいるのを見てまた不機嫌になって講師科を出た。