魔法科二年三組の講師-2
片手に溜めた魔力から強大な風圧を起こし対象を吹き飛ばす呪文、《ファイロウ》によって吹き飛ばされたリオンの姿を唖然とした表情で見続けるルルとアルトの方を向いたゼロはもう大丈夫だからと言った感じの緩めた顔を向けて二人を安心させたあとリオンのことを二人に説明した。
「彼はまだ私か幼い頃に知り合った人で私とは古い……なんといえばいいのか、腐れ縁のような感じの人です。この学院で新しく講師をすると先日連絡があったんですけど、すいません。あんな奴です」
怯えている少女に詰め寄ったリオンの代わりとばかりにゼロは頭を下げる。
どうももう少しまともになってくれていると思っていたがまさか墓下に埋まるのもまた一興とか考えているとは思っていなかったようだ。ゼロも流石に少し焦っている。リオンがこの先しっかり働いていけるか心配だと顔に書いてあるみたいだ。
「いや、まあ驚きはしたけど実害はないし大丈夫よ」
「私もちょっとびっくりしただけ、ゼロちゃんが謝ることもないから……!」
「そうですか、ああ、あの人のせいで無駄に時間を食ってしまいました。急ぎましょう」
時計を見てすでに五分経っていることに気がついたゼロは二人を促して正門をくぐった。
一方その頃吹き飛ばされた不運にも自業自得な男――リオン・ローグは滑るように職員玄関に入り込み、地面に擦ってしまった腕や足の埃を払いながら学院長室に入っていた。
「初めまして学院長さん。今日からここで働くということになっているリオン・ローグです」
「どうも、私はこの学院で学院長をやっているリック・マックスエルだ。今後ともよろしく頼むよ」
いかにも長という感じで白く長い髭をたくわえた老人は高級そうな木の椅子に座ったまま頭を傾げるだけのお辞儀をした。
リック・マックスエルといえば第一次魔導大戦でその名を馳せた超級魔術師、その戦績はこの大陸中で英雄として語り継がれるほどである。第二次魔導大戦前に不慮の事故で足を不自由にしてからもこの学院の長として立派に優秀な魔術師、魔法士を送り出していることが話題だ。
その隣に立つのはなぜか少し眉間にしわを寄せている背の低い少女だ。見た目は十代前半か、この学院の最年少クラスよりも少し低そうに見える。
戦闘に特化させるために身長、筋力、脂肪以外の成長を魔術的に去勢したゼロよりも凹凸のない体。目線はリオンを見上げているが真っ直ぐにすればリオンの腹の真ん中ほどしかない。なぜいるのかわからなすぎてあまり似てはいないが学院長の孫だろうかと予想したリオンだが、その予想を全く外した自己紹介を彼女はした。
「魔導研究科を中心に様々な分野を担当している講師科代表のエルアラント・ビーツ・エルリックよ、長いからエルでいいわ。この学院への移転通達から半年も待ったのだけれど一応歓迎してあげる」
「リック学院長、この子供は迷子か何かですか?」
「講師科代表って言ってるでしょうがこの馬鹿!」
そう叫んだエルは学院長の机の上に置いてあった紙を挟んで持ち運ぶための板を手にとってリオンの頭頂部を思いっきり殴った。
「いって! なにすんだこのクソガキ……!」
「誰がクソガキですって!? これでもれっきとした魔導師、年齢はあんたより年上の二十六よ! 年下だし階級も下なんだからしっかり敬語使いなさい!」
「落ち着きたまえエルアラントくん、こういうことも五年は続いてるんだ。いい加減なれたらどうかね?」
「う……すいません学院長」
リックになだめられたエルは持っていた板を胸につけて抱くようにして学院長の横に戻った。どうやら縦社会はしっかりと理解しているらしい。
それにしても五年は続いているということは、彼女は五年以上姿が変わっておらずあの童女のような見た目のままのようだ。
「とりあえず君の配属されるクラスなのだがな――」
(ああ、そういえば俺クラス担任やるんだったな。一応魔術師だし魔術科のクラスならどうにかなるか……どうせ一般に配属はないだろうし元魔術師のデータは学院長に渡ってるはず、苦手な魔法科はまずないだろう)
「魔法科二年三組の担任をやってもらう、ちなみに魔法科二年の学年講師担当代表もこのエルアラントくんが務めてくれているからわからないことがあったらなんでも聞いてやってくれ」
その無慈悲な配属にリオンは頭の中で絶叫してしまう。魔術科に入ることが確実だと思っていた、魔法科だけは無理だった。なのに魔法科二年三組担当……すでに脳内は帰りたい気持ちでいっぱいだ。
「が、学院長! 俺はなんで魔法科担当何ですか!? 俺の移転経緯は学院長に伝わっているはずじゃ!?」
「ああしっかり伝わっているよ、本当なら君は魔術科三年を担当してもらうはずだった」
「なら――」
「でもね、さっきエルアラントくんが言ったように半年遅れでやってきたせいで惜しいことに魔術科の講師の席がすべて埋まっているんだ。空きがあるのは魔法科のみ、なんとも運がないことか」
この時だけリオンは自分の運のなさとぐうたらで怠惰な毎日を過ごしていた自分を呪った。
「自業自得ね、私も教えられることは教えるけど魔法科の細かい授業くらい自分で勉強しなさいよ。私だって暇じゃないんだから」
つーんとした怒り顔で地面に手をつきうなだれるリオンを見下すエルは板を持ったまま学院長室を出ようとしているところだった。
「あーはいはい、お願いしますエルエルちゃん……」
その見下し方が癪に障ったのか、リオンは扉の前まで歩いていこうとするエルの頭にぽんと手を置いて子供扱いするように、というよりまるで犬を撫でるかのように頭をなでなでとしてやった。
たぶん、あの見た目のエルが一番嫌がることだと考えて。
「ひゃあっ! ちょっ! んむぅ……んん、ちょっと……! 子供扱いしないでよっ!!」
赤面しながら起こったエルはひとしきり子供っぽい動作でリオンの手を振りほどいて、早足で出口まで行き扉を開けると出ていく前にリオンに向かってべーっと舌を出してからさっと廊下に出てどこかに行ってしまった。
「あー……ちょっとやりすぎたかな。教室の場所聞きたかったのに――」