半年前の出来事
『転勤命令
王室直属魔導執行部隊所属
・リオン・ローグ大尉
・ゼロ大尉
上記に該当する部隊員はその階級と権力を保持したままアイゼンヴァルト帝国立魔術科附属学院の講師、ないしは生徒として学院の関係者になることを命ずる
エルテルナ・シード・ファイナンス女王陛下』
二頭の鏡合わせとなる山羊の頭の紋章の蝋で封をされた手紙がリオン・ローグの元に届いた。書いてあることは上記の通り、女王陛下から直々の命令として下されたアイゼンヴァルト帝国立魔術科附属学院への転勤命令である。
権力を保持したまま、階級は軍事関連施設へと足を運べばその階級が持つ権力を扱えるように考慮された上での転勤命令。毎日のように死線を巡るような訓練も、部隊員が死んで帰ってこないことのないような恐ろしい任務に膝を震わせながら足を運ぶようなことをしなくてもいい。
次の日が小規模戦争などだった兵ならば狂喜して涙を流しながら喜んでいただろう。女王陛下の命令ということは確実に学院の席は用意されているはずだし笑って泣いて青春をする生徒か、それを見守り生徒を正しい道へと導く先生になるか。どっちを選んでもいい、こんないい話どこにもないだろうと周りは思った。
だがそんなこと考えずに突っ走った一人の男がいる――リオン・ローグだ。
「女王陛下への顔合わせを依頼する……」
「ちょっとリオン、なにをしているんですか!? 転勤命令に不満があるからって女王陛下に直談判だなんて頭がおかしいとしか思えません、今すぐに引き返してください」
「女王陛下はいま仕事終わりの休憩中でございまして、面会は後ほどにグェッ!?」
リオンは長々と説明をする衛兵の顔面を掴み壁にめり込むほどの力で押し付けた。魔術で強化した腕でもないのに、その腕力は壁にひび割れを起こしている。
「会わせろって言ってんだよ……」
その怒りは後ろについているゼロでさえ血の気が引いてしまう程だ。このままだと女王陛下の部屋へつながる扉がある前に衛兵の頭蓋骨が粉々になる。
「ウ、ウガガガ……アアアアアアァァ!!?」
「リオン、私が扉を開けますから彼を離してください!」
ドサッ……と痛みと無呼吸に限界が来て泡を吹き始めた白目の衛兵が気絶して地面に倒れる。そしてその後ろに隠されていた魔導認証鍵に衛兵の手を押し付けて扉を開けた。
扉が開くと白く長い廊下が続いている。大理石などの高級感がなく、清潔感の全てを詰め込んだような白い廊下、十メートル程続くその廊下の先に――高級な繊維のような金色のの髪を揺らし宝石のような瞳を半分だけ開き紅茶を飲む、神々しき女王陛下の姿があった。
傍らにはメイドが立っていて、窓の外以外は白と金で彩られた部屋にリオンは入っていった。
「お久しぶりにお目にかかります、女王陛下。今回はこちらの件でお話をするためにこさせていただきました」
部屋に入って一礼、そのあと片膝をついて地面に向かって話すようにしてから懐に入っていたあの手紙を取り出して用件を言った。隠そうにも隠しきれず、漏れ出すほどの怒りを携えていても礼儀は忘れない。リオンはこれでもプロだ。
「ええ、知っています。後ろの子も同じ用用件かしら?」
「いえ、私は付き添いでございます」
さきほどまでの怒りをどこへやったのか、急に礼儀正しくなったリオンに呆気にとられていたゼロは女王陛下に話しかけられてやっと今の自分たちの状況に気づいた。
「この転勤命令、このリオン・ローグ大尉……受け取ることができかねます。失礼を承知で言わせていただきますが、私にはいま所属している部隊から離れるわけにはいかないのです。どうかこの転勤命令、無かった事にはなりませんでしょうか?」
直談判と言っても手荒な真似は決してしないように交渉するつもりらしく、ゼロは安心した。もし女王陛下に剣先を向けて死刑にでもされたら王室直属魔導執行部隊の名に傷がつく上に大事な人材をひとり失うのだ。そんな事態だけは避けたいところだった。
「なりません、いまアイゼンヴァルト帝国立魔術科附属学院はある問題を抱えております。それは王家にも関わることでありお前たちにしか遂行できないのです、どうかわかってください」
「と言われましても……俺は彼らをおいて自分だけのうのうと安全地帯に行くなんてできません」
そう言ったリオンの目には本当の覚悟がある。仲間をおいてはいけない、その言葉に嘘偽りはないようだ。
「仕方がありません……リオン・ローグの軍事階級及び権力を剥奪、王室直属魔導執行部隊を本日限りでクビとします」
「「な……はああああああ!?」」
思っても見なかった判決にリオンとゼロは同じタイミングで驚嘆の声をあげてしまう。こうなるとリオンは何もすることができない、魔導執行部隊としての履歴には残るが脱退扱いとなり女王陛下からの命令こそ無かった事にはなるがリオンの目的である部隊に残るも成立しない。
「女王陛下!? それではリオンには居場所がなくなってしまいます……!」
さすがに予想外過ぎたせいで頭の回っていないゼロもとにかく言うだけ言ってみたがもう女王陛下は耳を貸す気はないようだ。リオンはどうすればいいかわからない顔で部屋を出ていき、扉が締まる。
その奥では、メイドと女王が軽い世間話程度にこう語り合っていた。
「いいのですか? 彼は魔導執行部隊の中でも屈指のエリートの一人の筈ですが」
「少しは頭を冷やしてもらおうと思っただけですよ。彼にはまだまだ仕事がたくさんありますからね」
そう言って淹れられてから数分たった生温い紅茶をそっと飲み干した。
これがリオン・ローグが職を失った当日の話。これから半年後、彼はもう一度魔術と魔法が渦巻く戦乱の世界へと身を投じることになる。