働きたくない彼の言い訳
それはどこにでもよくある朝の風景の事……
「こういう仕事っていうのはやるべき奴がやる。俺みたいな全く無気力無関心の凡人野郎がやることではない、お前もそう思うだろう?」
いつも見せるような朗らかでさわやかな顔をした灰色の混ざった黒髪の男ーーリオンは日が差す家の窓を見ながら目を細めてそういった。
話しかけられたことに気づいて顔を上げたのは白髪赤目の少女、彼女はその言葉を自分の頭の中で要約して『働きたくない』という言葉に変換してから感想を述べた。
「私はリオンが立派な社会人になることを望んでいるんだけど、お前の過去がどうであれせっかく見つけてきた職に対して就職しないことは許さなつもりです」
少女は淡々と無表情のままそう言ってリオンに背を向ける。それは朝食のスープを鍋から取り出してもう一度飲むためだ。今日は思ったより早起きできたしいい出汁が取れてスープの出来がいいので上機嫌でゆっくりと朝食を摂っている。一方リオンは早起きに付き合わされたためにあまり機嫌が良くないようで、しかも朝っぱらから職を見つけたから働けとこれまで半年間無職を貫き通してきたはずの自分に突きつけられた現実を見てかなり不機嫌になっている。
「いやな? 俺の前の仕事を活かした奴とかな、もっとこう……あるだろう? でもお前これはないと思うぜ」
リオンが持っているのはリオン達が住む国、アイゼンヴァルド帝国の象徴とも言える場所。
『アイゼンヴァルド帝国立魔術科付属学院』の魔術・魔法科講師というものすごくきつそうでものすごくめんどくさそうな最悪な仕事に就くための書類だ。アイゼンヴァルド帝国立魔術科付属学院の魔術・魔法科講師といえば言わずとも知れたエリート魔術師、魔法士達であり、魔術師の肩書きを持っているだけの三流野郎であるリオンとはまったく別の次元の人物たちなのである。
「私はなんとか学院長にお前を斡旋しまくってその枠を勝ち取ってきたんです。元々入る予定だったんですからその職につくか墓下に埋まるか、どっちが自分のためになるかよく考えて見やがれこのクソ虫野郎……」
少女は無表情というよりも眠たげに半分閉じた目をリオンに向けて丁寧に暴言を吐き捨てる。その目は本当に虫を見るような冷酷なもので、リオンは年下であるはずの少女に震え上がってしまいそうだった。
「でもなぁ……知り合いがいる場所にっていうのも気が引けるし第一ゼロ、お前そこの生徒になるんだろ?」
「私だって社会のゴミに教わることはないですがそれでもお前の世話と監視をしなければいけないんですよ。つまりクソ虫以下のゴミクズ社会不適合者に職を与えるのも仕事のうちです」
完全に暴言で心が折れてしまったリオンを見下す少女ーーゼロは毅然とした態度で食器を片付けている。其の身にまとっている衣服はアイゼンヴァルド帝国立魔術科付属学院の制服であり、藍色の短いマント、金のダブルボタンと赤いリボンのついた薄めでノースリーブの上着にちょっとした風で下着が見えてしまいそうなくらいのミニスカートを履いている。この制服の丈は自由ではなく決まっていて自由となっているのは靴下、下着くらい。だがこの制服にもしっかりと意味はある。
魔術を発動する際のイメージされる事象変換プログラムは大気中に散漫するマナと体内の魔力が同調することで行われるのだが肌の露出が少ない服だとマナと魔力がうまく同調しないらしくこのように丈が短く露出度の高い服を着ている。
「いいか、俺はそんな肌を露出した少女たちがいっぱいいるような天国ゾーンに放り込まれたら生きていける気がしない。それに俺は半年前の仕事をしていた自分よりも今の方が社会の役に立っていると思う」
「ゴミが社会の役に立つと思ってるんですか? それは脳内に愉快なお花畑をお持ちですね、アゲハチョウを耳の中にねじ込んでやりたいくらいです」
「俺は魔術に関わる仕事よりもこうやって自然と向き合って時間の流れに身を任せていたいんだ、社会の役には立たなくてもきっといつか俺みたいなやつを必要とする場所があるはずだ! だからその時が来るまで俺をこのままでいさせてくれ、働く以外ならなんでもしてやる!」
「『赤・焼却・狂鳴を・悲鳴へ変換せよ』……」
アイゼンヴァルド帝国の公用語ではない言葉、つまり魔術の詠唱を紡ぐ際に使われるマギナと呼ばれる言葉をゼロが紡ぐ。瞬間、リオンの目の前で赤い玉が爆ぜて爆炎となった。
「うおおおおおっ!? お前、いきなり目の前で【爆裂球】を使う奴がいるか! 街中なら速攻で捕まるぞ!」
「室内だから問題ないです。私が働けと言っているのですから働きなさい、あなただって魔術・魔法・錬金術など一通りのことは知識だけはこなしているのですから出来るでしょう?」
「くそっ、俺は仕事のことになったらテコでも動かんからな!? いいな、俺を動かしたいのなら王室直属魔導軍隊からエリートでもひっぱりだしてーー」
「『産声をあげた口に・硫酸を・溶解した目玉に・一輪の薔薇を・輪廻を捻り・無限を還せ・我の名はーー』」
長く続く詠唱。その詠唱から導き出される魔術をリオンは知っていた。ゼロが自分が使うためだけに編み出したゼロによるゼロのためのオリジナル魔術【エレメンタル・ゼロ】
全てをゼロに、物質も空間も生命さえも円環を伝い無に帰すという、第二次魔導大戦時に一国がゼロ一人に怯えたほどに強力で規格外な魔術。
「『ーーゼロなり』」
「ぎゃあああぁぁぁぁ!!!」
真正面でから空間を貫く【エレメンタル・ゼロ】から逃れようと絶叫しながら走り回るリオンに向かってゼロは小さく呟いた。
「王室直属魔導軍隊のものならここにいますが?」
これが問題の男、リオン・ローグの栄えある就職先が見つかった前日の話。半年間職につかずぐうたらな生活をしてきた男が学院の講師など不安が残るが、それでもせっかく決まった仕事であるため……少しでも頑張ってみようかと思ったり思っていなかったりするリオンの今日この頃だった。