第九話 「約束軍師」★
「俺は、最初は国を作ろうとした。誰もが安心して暮らせる差別の無い国をだ」
レージュが己の過去を語ったからか、自分も少し話したくなった。
「だが、現実は厳しいもので、国作りは上手くいかなかった」
貴族でもない平民の男が一念発起して何かができるほど世界は甘くない。彼には熱意だけはあったが、ほかには何も無かった。幼なじみのオンブルと共に国を発ち、旅先で人も何人か集まったが、国という後ろ盾の無い浮浪の民である彼らが生きていくには、真っ当な道では無理だった。
いつしか彼らは義賊となり、貴族を相手に盗みを働き、資金を得て生活していた。最初は資金を集める手段のひとつであった義賊生活だが、それなりのスリルとそれなりの収益を得られる日常は抜け出し難いものがあった。
差別を無くすという主義を抱えた義賊の噂を聞きつけてやってきた仲間の数はどんどん増えていった。過去を詮索しないという考えもあってか、貧民や奴隷の多くが志願してきた。
しかし、そのうちヴァンの心には差別のない国作りという野心の火は勢いが弱まっていき、ただの理想を抱えただけの義賊となっていった。だが、自分はこの程度だと満足しつつある思いがあったことは確かだ。
懺悔にも似た彼の話を、レージュはいつのまにか持っていた火の付いたパルファンの小枝をくわえて静かに聞いていた。
白銀の月が見守る白詰草の原には二人だけの世界があった。
何故出会ったばかりの少女にこんな話をしてしまったのか。この話は、幼なじみであるオンブルにしか話した事がないというのに。
自分は、この少女にどこか懐かしさを感じている。出会ったことはない。それは断言できる。翼が生えた人間なんて一度見たら絶対に忘れないからだ。しかし、妙な既視感がレージュにはある。その既視感が、自分の胸の内に秘めていた思いを吐露する気にさせたのだろうか。
自分の胸中を語りきったヴァンは一つため息を付く。深いため息だった。その後に自嘲気味に笑う。
「レージュ。お前は、なぜ今ここにいるんだ?」
その言葉を聞いて、半分の天使は香り立つパルファンの煙を吐いて「にひひ」と笑う。
「あたしの意志だよ。あたしは、あたしが自分で決めたことは絶対にあきらめない主義だ。どれだけ不利でも、どれだけ無理でも、あたしは死んでも足掻き続ける」
約束とは、信頼と絆の上に成り立つものだ。それはとても尊いものであり、尊重されるべきものである。幼い少女が、命を賭けてまで守りたいと思い、その小さな体に、何万という命を背負ってでも叶えたい約束ならば――。
「ならば俺も協力させてもらおう。いや、むしろ協力してくれ。もう一度、俺は夢を持つ」
その約束を叶える手助けをしてやりたい。そしてそれは、いつか夢見た差別のない国作りにも近づけるはずだ。くすぶっていたヴァンの思いに、再び熱い炎が灯った。
「にひひ、そうこなくっちゃ」
レージュの星を掴む手が下ろされた。
「もう星は取らないのか」
「あたしはそんなに欲張りじゃないしね、一つ取れれば十分さ」
レージュは星を取ったそうだが、彼女の手にはやはり何もない。
「取れてないじゃないか」
「星ってのは、何も空にしかないわけじゃない」
軽やかに身を起こしてレージュはヴァンの前に立つ。パルファンをくわえてにひひと笑う彼女の手には、白詰草の花輪が一本握られていた。いつの間に作ったのであろうか。そんな事を考えるヴァンの赤銅の髪に、白詰草の花で作られた冠が優しく乗せられる。
「よろしくね、あたしの一番星さん」
「なるほど。こいつは立派な王冠だ。俺には大理石の王冠より相応しいな」
ヴァンの笑った顔に一瞬だけ捕らえられた王の影が重なるが、今は考えないことにした。
「約束して。マルブルを取り戻して、あんたが王になったら、この世界の古代遺産を全て捨てることを」
「さっきも言っていたな。古代遺産を全て捨てるとはどういうことだ」
「言葉通りだよ。古代遺跡も古代遺産も元々この世界の物じゃない。それらが存在するだけで、人々は狂ってしまう。あまりにも強大だったり便利だったりするからね。だからあたしが回収して二度と使えないように壊す」
古代遺跡。それは、太古の昔に天使たちが作り上げたとされている建造物である。それらはいずれも、今の世界には存在しない物質で作られており、形や大きさも様々だ。扉だけの時もあれば、大都市のような大きさもある。
そして、その不思議な建造物の中には、金銀財宝よりも価値のある宝が眠っている。宝は古代遺産と呼ばれ、未知なる力を秘めた道具である。力の効果は多種多様で、水中でも燃え続ける炎や、座ったまま移動できる椅子などの日用的な物から、撃てば広範囲を焼き尽くす砲や、雨のように降る槍など戦術的な物もある。人間と動物を組み合わせてキメラを作り出す機械も、その古代遺産の一つだ。富と名声を望むトレジャーハンターたちは勿論、国家ですら喉から手がでるほど欲するものである。古の力をどれだけ所有しているかがその国家の強さと言っても過言ではないからだ。
古代遺産の有無で、国どうしの格差や貧富の差が大きくなってしまう。強すぎる力は無駄な戦争を呼び、無駄な犠牲を増やすだけだ。そうレージュは言い、ヴァンの顔を真剣に見つめている。
「古代遺産を回収する片翼の天使、か。お前は、おとぎ話の天使の末裔なのか?」
「そうかもしれないし、そうじゃないかもしれない。あたしは拾われ子だしね。両親の顔すら分からない。でも、天使だとか古代との因縁だとかは関係ないし、この翼はおとぎ話の証明じゃない。あたしの誇りだ」
ヴァン自身、特に古代遺産に思い入れはない。だが、そういう物があり、国と国、人と人同士で古代遺産をめぐってギスギスしているのは分かる。たまたま拾った古代遺産で、簡単に世界征服されてはたまったものじゃない。
自由と平等。それがヴァンの根底だ。
国が、人が、世界が、自然のままに生きるには、古代遺産は邪魔でしかない。レージュの考えは、ヴァンにとって非常に好ましい考えであった。誰かに縛られたり、誰かの為に行動するのは性に合わない。自然体で、自由に、生きる。レージュは、一見マルブルの為に動いているように見えるが、その実、自分自身のために動いている。生きている。自己中心的なのではない。マルブルを大切に思っているからこそ、自分の意志で戦っているのだ。
俄然、心の火が燃えてきた。
やってやろうじゃないか。
こいつと一緒に、今度こそ不平等な世界を変えてやろうじゃないか。
「約束しよう。必ずマルブルを取り戻し、世界中にある古代遺産を全部まとめて放り捨ててやる」
ヴァンの鷹の目を持ってしても、この時のレージュの悲しみの色は見抜けなかった。
「その約束、破ったら許さないからね」
17/03/27 文章微修正(大筋に変更なし)
17/07/08 煙草削除(大筋に変更なし)
18/01/13 挿絵追加(絵:ぐろはみ 様)




