第七話 「復活軍師」
土地を転々とするヴァンたち義賊団は世界情勢に詳しい。当然その元傭兵の天才軍師レージュの名は聞いていた。もっとも、翼の生えたというのは誇張された話だと誰もが思っていたが。
彼女の登場により、世間では三ヶ月も持たないと予測されていたマルブル王国は、三年の時間をかけても崩れることはなかった。それどころか、逆にカタストロフの国境を突破するまでし、戦況は一変する。
片手間で落とせると思っていた小国に盛り返されたことで、業を煮やしたカタストロフ帝国は、ついに人道に外れた禁忌、古の力を悪用し、一夜にしてマルブル王国を焼き滅ぼしてしまった。噂では、天から降り注いだ赤い光が王国を一晩で火の海にしたらしい。それが今から半年ほど前のことである。
「おいおい、ちょっと待てよ。蒼天の軍師レージュの名は知っているが、マルブルが落ちた時に死んだと聞いたぞ」
「正確には行方不明だね、死体が見つからないから。そりゃそうさ、あたしはここに生きているんだもの」
とても信じられない話だが、目の前に天使がいて、他に判断材料がないので反論もできない。今はその話を信じるしかないだろう。
「……で、その蒼天の軍師様がわざわざこんな所に来た目的はなんだ?」
「だから言ったでしょ。この箱を届けに来たって」
先ほどから開封されるときを待ち続けている大理石の箱を、レージュは十字架のサークレットでコンコンと叩く。そのときに箱が僅かに光ったように見えた。
「その箱はあんたの父親からのプレゼントだよ」
父親の事を探してきてはいたが、いざ目の前に手がかりが現れると、なんとも言えない気分になる。知りたい気持ちと知りたくない気持ちが半々であったが、箱を手に取ったのは、レージュとの勝負に負けた約束があるからであろうか。
意を決して恐る恐る切れ目のない箱の上部を持ち上げてみると、箱にまっすぐな亀裂が走り、中から目映い光があふれ出す。そして、どうやっても開かなかったとは思えないぐらい簡単に蓋が取れた。まず出てきたのは、朝日を思わす金色の光で、光は古城の窓や隙間から夜の世界へ飛んでいく。それが収まると、中に入っている物が明らかになる。大理石の箱の中に入っていたのは、同じく大理石でできた王冠であった。薄く形どられた大理石の王冠はとても艶やかで、表面には緻密な装飾が所狭しと刻まれ、大変な芸術品であることがわかる。
ヴァンが手にとってしげしげと眺めるその王冠を見て、オンブルとノワイエは目を見開く。
「おい、ヴァン、そいつは……」
「それはまさか!」
彼らは以前にその王冠を見たことがある。オンブルはヤボ用でマルブルを訪れた際に、ノワイエは国民の一人として、マルブル王の生誕六十周年を記念する式典に参列していた。その時にその王冠をかぶっていた者こそ――。
「そう、それはマルブル王の王冠だ」
大理石の王冠から感じる重みは、これまで脈々と受け継がれてきたマルブルの歴史の重さでもある。目に見えない重圧に生唾を飲み込むが、持ち前の精神力を総動員してなんとか堪える。自身も気づかぬ冷や汗を流すヴァンに、隻眼の天使は真剣な眼差しで宣告する。
「その箱を開けられるのはマルブル王家の血を引く人間だけだ。つまり、あんたはマルブルの正当な血族ということになる」
「……なんだと?」
自分が、マルブル王の息子? 探していた父親が一国の王だと?
「あんたはその王冠を被り、マルブル残党の王として立ち、古代遺産を悪用したカタストロフを討ち滅ぼし、マルブルを再興する。それが、あたしがあんたに提示する未来だ。ヴァン王太子殿下」
ヴァンが次の言葉を発するのにたっぷり五分はかかった。
☆・☆・☆
「……つまり、ここまでの全てはお前の筋書き通りってわけか」
「にひひ、そういうこと。直接乗り込んでも良かったんだけど、それだと警戒されて逃げられそうだったしね。だからあんたらが狙いやすいようにわざわざ貴族のまねしたんだよ。そうしたらものの見事に引っかかってくれたわけだ。もちろん付いていた従者たちも騎士が扮したものだよ。今頃は合流地点に進行中さ」
彼ら盗賊団は、最初っから彼女の手のひらの上で踊らされていたのだ。彼女は、ヴァンを王として迎えるために、ここまで手の込んだ芝居をやってのけた。
頭痛がしてきた。余りにも多くの驚愕する事実を突きつけられ、押しつぶされそうになる。
だが、彼はそのようなことに負ける人物ではない。老け顔であるが、若く熱い心を持った男である。亡国の天才軍師とする、世界最強の国家との喧嘩。成功の暁には一国の王となる。そして、彼自身の夢にも近づくことができる。これらは、彼のくすぶった心に火をつけるには十分なものだった。
「なるほど、こいつは面白くなってきた。だが勝算はあるんだろうな、亡国の軍師さまよ。命知らずの義賊だからって、無駄に命を捨てるのはごめんだぜ」
「それは大丈夫です。レージュ様は我々マルブルの民の勝利の女神です。レージュ様がついていれば――」
「ノワイエ、やめて」
誇りと自信をもって答えるノワイエだが、レージュの反応は冷たかった。
「あたしはそんなに偉いもんじゃない。結局、誰も守れなかったんだから」
傷だらけの体が語る敗北。両手両足に刻まれた傷は、剣や槍で貫かれた痕だろう。それらの傷は腕や脚にも及んでおり、火傷の痕も多数見受けられる。背中の開いたワンピースから見えている羽にも、刺された痕が見えたということは、全身に剣を突き立てられたということだ。しかもそれらの傷の大半は、治り具合から見て、およそ三ヶ月から半年ぐらい前に受けたものであり、だいたいマルブル陥落の日と重なる。
「ヴァン、勝算はあるのかと聞いたね。勝算無くして戦うほどの馬鹿だったら、あたしは蒼天の軍師なんて呼ばれてないよ。にひひ」
大した自信だ、とヴァンは笑う。
「お前は俺に王になれと言う、ってことは前の王様は死んじまったのか?」
なぜかヴァンは自分の父親と呼ばずに前の王と言った。
「現マルブル王は生きてるよ。あたしが死にそうになった時に、身を挺して逃がしてくれたんだ。その時に、あんたに全権を譲渡するって言われたのさ。戦いが終わったら正式に王権の交代が行われる予定になっている」
「敵国に捕まったというのになぜ生きていると断言できる」
「信じているからさ」
そう言ってのけた天使の隻眼には、一切の曇りが無く、夜天の輝きを放っていた。理由や根拠などなにもない。ただ、信頼だけがあった。その目に、ヴァンは無くしかけていた自分の野心が燃え上がるのを感じた。
「良い目だ。気に入った、その話に乗ってやる!」
興奮気味に立ち上がり、腕を振るう。
「お前ら! 話は聞いただろうな!」
すると、先ほど出て行ったはずの団員たちが、大挙して部屋に押し入ってくる。どうやらすぐ側で聞き耳を立てていたようだ。そのことを全く悪びれもせずに団員たちは口々に囃し立てる。
「もちろん聞かせてもらいましたぜ団長!」
「あんたはデカい話にビビるような小心者じゃねえもんな!」
「俺たちはずっと思ってたんでさ。団長が作った国なら、俺たち爪弾き者にも住みやすい国になると!」
「肥えた豚共が尻尾巻いて逃げ出すような国を作ってやろうぜ!」
「それこそおとぎ話の天使の国以上のな!」
老若男女問わず、全員がヴァンが王になることを望んでいる。ならば、男として、団長としてそれに応えねばならない。
「よぅし、今度の獲物は超大物だ。カタストロフ帝国の野郎の財宝を根こそぎいただくぞ! 野郎ども、気合い入れろ!」
「オオー!」
今、古城にて新たな王が誕生した。その王は、世界でも初めての、盗賊出の王であった。
闊達で無鉄砲、赤錆びた赫赫の髪は赤誠を表し、鋭い鷹の目はあらゆる本質を見抜き、立派な体躯はどんな困難をも跳ね返す。平等を掲げ、文化を愛す赫々の彼のそばには、隻眼片翼の天才軍師レージュが付き添い、彼を支える柱となる……はずである。
「レージュ?」
しかし、天使の少女はヴァンの側にはおらず、その幻想的な姿を消していた。
16/03/05 ルビ修正。
16/03/12 文章微修正(大筋に変更なし)
16/09/03 文章微修正(大筋に変更なし)
16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)
17/03/26 文章微修正(大筋に変更なし)
17/06/21 文章微修正(大筋に変更なし)




