第六八話 「罠嵌軍師」
斥候から、作戦通り南門が開いているとの情報がレージュとヴァンの元に届いた。さらに、城門の上ではレジスタンスらしき集団とカタストロフの兵が戦っているという。
その報告を聞いて馬上のレージュは眉をひそめる。何か妙な違和感を感じるが、併走するヴァンは気にしていないようだ。
「門を開けることに成功はしたみたいだが、かなり強行したようだな。急いでやらねえと被害が大きくなる」
「そうだね」
金色の瞳のレージュも手綱を振るって馬を駆けさせている。
……こんなものなのか。
スーメルキ団を送り込んでの作戦なのに、こんな強攻策を取るのだろうか。予定外の増援で苦しくなったのはわかるが、そこをなんとかするのが彼らの仕事だ。レジスタンスの勢いに押されたのかもしれないが、だからと言ってあのオンブルが大人しく従うとは考えにくい。しかし現に争いの中で門が開けられている。
初仕事だろうと想定外の増援だろうと、彼らスーメルキ団に失敗は許されない。強攻策で門を開けるなど、失敗でしかないのだ。
これならと見込んだスーメルキ団だったが、眇(片目が不自由なこと)になって物事を見る目が鈍ったのだろうか。
――こりゃ、雑用係で決まりかな。
併走するヴァンが心配そうな声でレージュの様子をうかがう。
「間もなく戦場だが、レージュ、気分は大丈夫か?」
「大丈夫大丈夫、これぐらいならなんとかなるよ」
昨日からどうにも具合が悪そうにしているレージュをヴァンは心配している。
傭兵団の白き翼時代にもこのような症状は何度かあったけど少しすれば治るから平気だ、と強気な顔でレージュは言っていた。こうなっては何を言っても無駄だろうと判断したヴァンは黙ってそばで見守ることにした。
だがオルテンシアの門が迫るまで来ても、彼女の体調は万全とは言えなさそうだ。
「本当に大丈夫なんだな?」
「王太子殿下が心配そうな顔をしない。ほら、勇ましく前を向いて」
ヴァンの心配そうな視線を感じながらも、一向に良くならない悪寒にレージュは悩んでいた。この悪寒は、どこかの国や城郭に向かっているときにまれに起こるものだった。そして、悪寒がして訪れた国や城郭では必ず良くないことが起こる。その良くないことの裏には、常に古代遺産の影があり、一番ひどかったときは、古代遺産の暴走で国そのものが消滅することもあったのだ。
まさか、オルテンシアにも何か古代遺産が絡んできているのだろうか。あたしが来ると信じてデビュ砦に暗号文を送っていた白き翼の団員からの情報にはそんなことは書いていなかった。調査しきれなかったのかもしれないが、初めから古代遺産を所持しているなら、クラーケ将軍の二千に便乗して自分を倒すなり、レジスタンスを一掃するなりできていたはずだ。古代遺産が以前からこの城郭にあるとは考えづらい。ならば、ごく最近手に入れたということだ。おそらく、あいつの手によって。
考えながらも馬を駆けさせ、城壁がどんどん近づいてくる。
ふと、もうすぐ城壁上のバリスタや大砲の射程内に入るな、とレージュは考えるが、ここからでも見えるあの混戦具合では使用している暇などない。
ここは、一気に駆け抜けるべきだ。
開放されている南門は、今か今かと口を開けて待っているのだから。
太陽が東の空から顔を出して、オルテンシア南外郭門を照らし出す。
今日この日、オルテンシアで最も長い一日が始まろうとしている。
城壁の装備は全てこちらを向いているが、城壁上のカタストロフ兵たちは城壁上の戦いに忙しく、とてもこちらを攻撃している暇はないだろう。今なら駆け抜けられる。
「よし、このまま――」
突っ込もうと言おうとしたレージュは南門から感じていた違和感の正体に気づいて叫ぶ。
「ちょい、減速。並足、いや、停止。停止だ停止! 止まれ! 後退しろ!」
突然の停止と後退の命令に不思議がる間もなくヴァンは指示をとばす。
「全隊、停止! すぐに後退せよ!」
命令は即座に全部隊に行き届き、開かれている南門に放たれた矢の如く進んでいたマルブル残党軍は、急速に速度を落として停止して後退する。唐突な急停止や後退でも陣形がさほど乱れないのはさすがと言ったところだろう。
部隊が大砲の射程距離から離れたのを確認すると、レージュは再び停止命令を出した。
「どうしたレージュ。もう南門は目の前だぞ。早く行かないとまずくないか?」
「いや、このままつっこむ方がまずい。あの門に近づくのは駄目だ」
「何故だ」
「この南門は罠だ。城壁上のバリスタや大砲を見て。端から端まで全部こっちを向いているでしょ」
通常ならばどこから来るか分からぬ外敵に備えて扇状に照準を合わせているはずである。だが、今は南側の城壁上の兵器が全て自分たちと門の間を狙っているのだ。
門が閉じているならば何も不自然ではない。レジスタンスたちの作戦が失敗したのならそのまま籠城の構えで迎え撃とうというのだろう。それなら納得できる。しかし、なぜ門が開いているのにバリスタや大砲で拒もうというのか。
「レジスタンスたちは門を開けるので精一杯だったんじゃないか?」
「違う。よく観察して。城壁の上で戦闘が起こっているけど誰一人として死んでない。あれは演技だ」
ヴァンは、鷹の目でじっくりと城壁の戦闘を観察すると、確かに決死の思いで戦っているように見えるが、その実、誰も怪我をしていないし、死んでもいない。
「戦っているのはどちらもカタストロフ兵だ。戦っているフリをしているだけなんだ。このままあの門に突っ込んだら、即座に戦うフリを止めてバリスタなり何かしらの罠なりであたしたちはやられる。作戦が完全にばれているんだ。くそっ」
まさかレジスタンスは壊滅してしまったのか? スーメルキ団を送り込んでも、千の増援の前には為す術もなかったのだろうか。
レージュは少々乱暴にクレースを回す。
想定していた様々なパターンと照らし合わせてみるが、現状では自分がクレースを使うしか打開策は無い。しかし、使えば自分は戦闘不能になる。城郭にも古代遺産の気配があるのに、自分がいなくなるのは圧倒的に不利になってしまう。戦局も分からずに兵を突っ込ませる愚は犯したくない。
だがここでやらねばオルテンシアは取り戻せないのも事実だ。一旦退却して立て直せるほどの時間も糧秣もない。ヴァンを含め兵たちにはバレないように工作していたが、拠点を持たぬ残党軍では、元々戦える力はほとんど残っていないのだ。そんな状況の中、無理矢理ここまで持ってきたのだから。
一か八かの運任せに頼りたくないレージュが、唇を噛んで選択したこの戦いは、今、この場で決着を付けねばならないのだ。
退くことは、出来ない。
クレースを回すのを止め、苦々しく南門をにらみつける。
「……仕方ない。博打になるから使いたくなかったけど、クレースを――」
髪を結ぶ赤いリボンに触れて、クレースを頭から外したその時、レージュは視界の端に、こちらに走ってくる小さな影をとらえた。
「あれは……シーカ?」
17/03/30 文章微修正(大筋に変更なし)
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