第五二話 「半分軍師」
――カタストロフ帝国ゲベーアム城内。
「これはどういうことだ!」
手紙を読み終えたレシュティが燕尾服の男に向けて放った第一声がそれだった。
「どういうこと、とは?」
「オルテンシアから送られてきた伝書鳩の書簡の内容だ」
レシュティが床に叩きつけた手紙には、死神レージュが復活してデビュ砦を取り戻し、オルテンシア奪還に動いているということが書かれていた。
「書いてある通りですよ、姫様。彼女が生きていた。それ以上の意味はありません」
窓の外と同じ夕日色のドレスに身を包んだレシュティは机に置いてあったティーカップを投げつけ、燕尾服の男につかみかかる。青空の瞳を彼は夕焼けの瞳で受け止めた。
「貴様はあの時レージュを殺したと言ったな。あれは嘘だったのだな。あたしに、カタストロフの皇帝に嘘の報告をしたと言うのだな?」
「嘘ではありません。あの時、心臓を取り出された彼女は間違いなく死んでおりました。ただ、どうやらそれぐらいでは復活してしまうようですね。さすがは天使と言ったところでしょうか」
危機感の欠片もない燕尾服の男に、レシュティは燕尾服を掴んでいる手を胸に叩きつける。
「馬鹿なことを言ってるんじゃない。わかっているのか? この大陸の東側は我がカタストロフが支配している。デビュ砦だけならまだ良い、辺境の小さな砦だ。取るに足らない。だが、もしも城郭であるオルテンシアが奪還されたらその支配に穴を開けられることになるのだぞ。このまま死神を放置して東側を奪還され続けてみろ。カタストロフは西と東から挟撃されることになるぞ」
激するレシュティと違い、燕尾服の男の反応は冷ややかだった。
「そんなことは些細なことです」
「なんだと?」
「大陸最大の軍事力を有する我々カタストロフは、大陸中の国家を敵に回してもその全てに打ち勝てると開戦前に申し上げたはずです。たとえ、彼女がいくつかの城郭を取り戻し、周辺の国と結託して挟撃を仕掛けてこようとも、このカタストロフは塵一つほども揺るぎません。ご安心ください、レシュティ姫様」
力任せに燕尾服を振り払うとレシュティは苛立たしげにそっぽを向く。
「心配などしていない。手中に収めた物を取られるのが不愉快なだけだ」
「でしたら、気分転換に良いものをお見せしましょうか。こちらへ」
燕尾服の男が十字架を取り出して床に放ると、十字架は光をまとって形を変え、大きな卵の様な椅子に変化した。椅子には足が無く宙に浮いており、レシュティが乱暴に腰を下ろしても床に接することなく浮き続けている。燕尾服の男が歩き始めると、椅子も一緒に動き出し、そのまま宙を滑るように移動を始めた。
廊下の窓から射し込む夕日をその身に受けながら、空中浮遊する椅子の上でふんぞり返って足を組んだレシュティ姫は、先導する燕尾服の男に声をかける。
「どこまで行く。見せたいものとは何だ。貴様の悪趣味にいつまでも付き合っているほどあたしは暇じゃない」
燕尾服の男は何も答えない。
「死神が復活したと言うならばすぐに編成を見直せねばならぬし、さらにあの不愉快な勇者の奴が連合軍の結束をさらに強めているそうではないか。西の前線が止まっている。すぐに奴らを始末しないと――」
「姫様、こちらです」
レシュティの言葉を無視して燕尾服の男は階段を降りきると壁の前で止まる。すると、浮いている卵椅子から足が生えてきて地面にゆっくりと着地した。階段の先には石積みの壁しかない。それ以外には通路も階段も扉もなく、全く無駄な造りになっているのだが、古代遺跡をそのまま城郭にしたゲベーアム城は、このようなスペースがそこら中にあるのだ。
「私一人で楽しむのも良いですが、やはり自分の作品というものは人に見せたくなってしまいまして」
燕尾服の男は笑顔を張り付かせたまま壁に手を触れると、石組みの壁の一部が発光し、まるで意志を持っているかのように石が動いて位置を組み替え、壁に入り口となる穴が開く。
「……このような仕掛けがあるとはな」
「さあ、姫様」
燕尾服の男が先に中に入り、レシュティに手を差し伸べる。レシュティはその手を無視して中に入り込んだ。
入った部屋には窓が一つもないようで、闇のみが広がっている。そして妙にひんやりとした空気が満ちていた。出入り口の穴からしか光が入ってこないので、部屋の中を見渡すことができない。
レシュティと燕尾服の男が中に入ると、後ろの石壁が閉まり、部屋は完全な暗闇となる。そのとき、チャラチャラと軽い金属が床を擦れる音が聞こえた。
「何がいる? 灯りを持て」
「かしこまりました」
燕尾服の男が十字架を一つ取り出すと、それは空中に浮かび上がり、火もないのに発光して部屋を照らす。照明器具の古代遺産のようだ。
光が現れると、部屋の全容が明らかになる。壁も天井も床も全て石造りで、粗末なベッドが一つ置いてあるだけだ。あまりにも殺風景な部屋の奥には、何かが蠢いている。
「――なっ!」
その姿を見たレシュティは、首から下げている十字架を細長い銃へと変化させ、『それ』に向けて弾を撃ち出した。しかし、動揺したためか、弾は『それ』に当たらず床に弾痕を残す。次は外すまいと続けてもう一発撃とうとしたが、笑顔の燕尾服の男に止められてしまう。
「姫様、落ち着いてください。襲ってきたりはしませんよ。ああ、汗をかいておりますね」
肩で息をしているレシュティがふと我に返ると、全身に冷たい汗をかいていることに気づく。燕尾服のポケットからハンカチを取り出して顔の汗をふき取ろうとする手を、レシュティは眉をつり上げて払いのけた。
「コシュマーブル! どういうつもりだ。あれは何の冗談だ!」
コシュマーブルと呼ばれた燕尾服の男はやはり笑顔のままだ。
「冗談など。あれは私の理想を形にしたものですよ。イデアーと名付けました。ようやく部品が馴染みましたので、姫様にお披露目しようかと。可愛いでしょう。ご安心を、姫様には危害を加えないように作りましたので。なんでしたら、靴を舐めさせたり土下座させたりもできますよ。彼女にそうさせることは姫様の悲願でしょう?」
コシュマーブルが指を弾いて鳴らすと、イデアーは鎖をチャラチャラと引きずりながらレシュティの足下まで這ってくる。小さな赤い舌を出してレシュティの靴を舐めようとするが、レシュティはとっさに足を退いて距離を取り、イデアーに嫌悪の目を向ける。
「古代遺産でこんなものを作ったのか。本当に不愉快な奴だな。お前がただの変態ならば今すぐこの場で撃ち殺しているぞ」
「お気に召しませんでしたか。残念です」
コシュマーブルはわざとらしく肩をすくめるが顔は笑ったままだ。
コシュマーブルの有能さはレシュティが一番よく知っている。宰相としての手腕も素晴らしいものがあるし、自分の身の回りのことも全て一人でやってのけるからだ。
古代遺産については国内でも、いや、大陸全土でも一番詳しいだろう。あらゆる古代遺産の使用法を解明し、国の繁栄に大きく貢献しているのも、古代遺跡のゲベーアム城が消えずにいつまでも残っているのも、いつも笑顔を張り付かせている変態燕尾服男の成果である。世界を相手に戦争をしている今、国内の反発や秩序がそう乱れていないのも、この燕尾服の男が宰相として立って動いているところが大きい。
どれほど不愉快であっても、この男を失うわけにはいかないのだ。
「たまに抜け出して飛んでいってしまうのが玉にきずですが」
「なんだと。こいつは度々ここを抜け出しているというのか?」
「ええ。イデアーも彼女と同じように空が好きでして、暇さえあればどこかへ飛んでいきます。ああ、ご安心を。きちんと戻ってきますので」
「本当に不愉快な奴だな。それで、お前はこいつをどうするつもりだ」
「私が愛でるためだけに作りましたので、私が一人で楽しむだけですよ。たまにここへ来て、イデアーと話をしたり遊んだり一緒に寝るぐらいです。今日はちょっと姫様に自慢したくなっただけですので」
「……こいつを飼ってて国営や戦略的に意味はあるのか?」
「あまりありませんね」
価値無しと知ると、レシュティは再び銃口をイデアーに向けて発砲する。今度は外さない。軽い音とともに弾丸はまっすぐにイデアーに向かって飛んでいく。
しかし、弾丸がイデアーの夕焼けの隻眼に触れる瞬間、弾は目を貫くことなく眼前で停止し、光の粒となって消える。続けて三発撃ち込むが、いずれも結果は同じだった。
信じ難い光景に目を見開くレシュティに、コシュマーブルは涼やかな声で諭すように耳元でささやく。
「彼女に古代遺産は通じませんよ」
全身に鳥肌が立ったレシュティは即座に銃口を燕尾服の男に向ける。それでも彼は笑顔をはりつけたままだ。
「今すぐ処分しろ。不愉快だ」
「仕方ありません。そこまでおっしゃるのでしたら、カタストロフ帝国のために何か仕事をさせましょう。それならばよろしいですか?」
「こんなやつに何ができるというのだ。あたしの射撃の的にでもするのか」
「そこは考えます。少なくとも、姫様の大陸統一の夢に役立てますので、何も心配なさらなくても大丈夫ですよ」
そうにこやかに言われてレシュティは眉をひそめる。
「あたしは心配などしていない。ただこいつが足下にいるのが不愉快で気持ち悪いだけだ。貴様は気分転換などとほざいていたが、余計に気分が悪くなった」
「そうですか。それでは姫様、レージュと勇者の事ですね。勇者にはすでに手を打っておりまして、レージュに関してはこれから私がオルテンシアに行って手を貸してきましょう。それでよろしいですか?」
コシュマーブルが姫を促して石の壁を開ける。二人が出ていくと石の壁がひとりでに動き出し、部屋には再び暗闇が満ちた。
レシュティの自室へと戻る途中、彼女は卵形の椅子からやにわに飛び降りると、夕日と同じ色のドレスの背中側を指す。
「開けろ」
「はい」
コシュマーブルがドレスのひもを解くと華奢な白い背中が現れる。沈む夕日に照らされたレシュティの背中には小さな白い翼が生えていた。彼女の掌ほどの大きさの翼は、彼女が生まれたときから持っているもので、両親には無いものだ。それどころかカタストロフの歴史を紐解いてみても、過去にそのような子供が生まれた事例は一切無い。当時は天使の再臨と大変な騒ぎになった。
「誓え。あたしの体に流れる古の天使の血に誓え。必ず死神と勇者を討ち滅ぼし、この大陸全土を我がカタストロフの物にすると」
「仰せの通りに」
コシュマーブルが丁寧にひざまずいて忠誠を新たにすると、レシュティはとりあえず満足したのか、再びドレスを元に戻させて椅子に座った。
「喉が乾いた。部屋に戻ったら紅茶を淹れろ」
「かしこまりました」
「余計なものは入れるなよ」
「心得ております」
レシュティの心の奥底には常に不信の種がある。
こいつはいったい何者なのだろうか、と。
だが、こいつが悪魔であろうと化け物であろうと、お父様の悲願のためならばいくらでも利用してやる。そばに置いて使役してやる。もしもこいつがあたしに反旗を翻そうものならば、不愉快な死神と共に地獄へ送ってやるぞ、コシュマーブル。
二人が出て行った後、暗闇に残されたイデアーは、ここからは見えぬ夕焼けの右目をきょろきょろと動かして、耳に付いている十字架のピアスを揺らしながら床を這いずり回り、ギザギザの歯を見せて小さく笑い声を漏らす。
「……レー……ジュ? レージュ……。アタシ、ノ、ハン、ブン……。ニヒ、ヒ……」
16/12/17 ロゴ追加。
16/12/29 文章微修正(大筋に変更なし)
17/03/10 紅茶追加(大筋に変更なし)
17/03/29 文章微修正(大筋に変更なし)
17/03/31 文章微修正(大筋に変更なし)
17/04/04 文章微修正(大筋に変更なし)
17/05/30 文章微修正(大筋に変更なし)
17/07/13 文章微修正(大筋に変更なし)




