第四八話 「信頼軍師」
舞台は再びレージュたちに戻る。
夜になって作戦会議は終わり、各々は自分の仕事に戻っていった。新月が近いせいか月明かりは地上にほとんど届かない。蝋燭を立てた簡易ランタンを持ったヴァンはレージュと揃って夜の暗い廊下を歩いている。
「この砦にキメラがいたでしょ。あれは本来、リオンが脱走した時に使う予定だったんだろうさ。武装した兵士が五百人いても、リオンなら、素手で全滅させることはともかく、脱走だけならやりかねないからね。今回の戦いでも、奇襲させたらたぶん一人で敵の大将首を取って来るだろうさ。彼はそれほど優秀な人材なんだ。だから、いの一番にデビュ砦を攻略した。後回しにしてリオンを隠されたり殺されたら困るからね」
「とんでもないな。しかし、あの戦いぶりを見ると納得もしてしまう」
ヴァンが調練でリオンにボコボコにされた傷はだいぶ癒えてきたようだ。結構叩かれたと思うのだが、痛いのはそのときだけで、傷が後に響かないのはリオンの卓越した技量のおかげだろう。
「うん。今まで色々な人に出会ってきたけど、一対一で正面から正々堂々とリオンに勝てる人間はほとんどいないと思っている。白き翼にいる極東のサクヤは良い勝負してたけどね。マルブルの御前試合で戦ってたんだけど、二人とも人間の動きじゃなかったよ、あれは。
まあ、いくら大陸最強だからといっても、単騎突撃させるのはリスクがでかいし、御前試合と違って戦場は一対一じゃないんだ。ただ勝つだけなら馬鹿にもできる。でもあたしたちは、勝って次に繋げないといけないんだ」
「なるほどな」
「それに、リオンは意外と兵たちへの情は厚いから、五十人の兵士を見捨てて突っ込むなんてことはしない。言ってみれば兵士五十人は獅子を繋ぐ鎖だ。兵士の使い方は敵を倒すだけじゃないんだよ」
こういう柔軟な発想が、彼女を蒼天の軍師と呼ばせるのだろう。
「あっ、そうだ。オンブルに特別にやってもらいたい事があるんだけど良いかな」
「今度の作戦のことでか?」
「今度っていうかその次だね。ちょっと外にお使いに出てもらいたい」
「何をさせるんだ?」
「オルテンシアに潜入してもらう。中にいるレジスタンスたちと連携を取ってオルテンシア奪還を進めやすくしたい」
「オルテンシアか」
レージュは、今回の戦いが始まる前に既に次の戦いを考えている。その次の次も考えているだろう。もしかしたら最後の最後まで考えているかもしれない。しかも、その一案に捕らわれることなく、常に変化する状況に合わせて、不利と見れば即座に前の考えを捨て、好機と見れば後がより良くなるように動くだろう。そうしてできた無数の選択肢の中で最良の選択を選び続けられる。
チェスで勝てないわけだ。義賊団の中で一番チェスの強いオンブルですら完膚なきまで負け続けているのもうなずける。
「しかし今オルテンシアはカタストロフの占領下だ。危険じゃないか?」
「はっきり言って危険だ。でも、オンブルなら大丈夫だと判断した。というより、オンブルにしかできないことだ。もちろん彼一人じゃない。数人の仲間は付ける。そして、その活躍如何でオルテンシア奪還時に出る犠牲の数が大きく変わる」
「オンブルは了解したのか?」
「賭けの負け分で約束は取り付けてある。後はヴァンの了解を得たい」
「あいつはまた負けたのか」
ヴァンの闊達な笑い声が廊下に響く。
「レージュが決めてオンブルが了解したなら俺は文句ない。存分にこき使ってやってくれ」
「にひひ。ありがと。そう言ってくれると思ったよ」
レージュは悪戯っぽく笑った。
「ところでさっきの会議で言われなかったが、俺は今回の戦いでどこの部隊に配属させられるんだ?」
そんなことを聞くと、レージュがため息を吐いて、付けてもいない眼鏡を指で上げる動作をして答える。
「『……殿下は戦場に出ないでよろしいです。万が一があったらどうなさるのですか』って言うだろうねビブリオなら」
「似てるな」
「にひひ」
レージュは人真似をすることがあるが、その真似が本人の特徴をとても良く捉えているのは、彼女の優れた洞察力の賜物だろうか。はたまたクレースの真似っこの能力の影響かもしれない。
「でも、今回はあたしも同意見だよ。ヴァンはあたしと一緒にお留守番。こんなところで死んでもらっちゃ困るからね。王様は椅子でふんぞり返っているから王様なんだよ」
「なんだ、王様というのも案外退屈なものだな」
「そのかわり書類仕事は山のようにある。ヴァンの配属先は執務室で、武器は判子と羽ペンで、相手は紙の束だ。忘れたとは言わせないよ」
「おいおい、そこまでビブリオと同じことを言わなくてもいいじゃないか」
戦場で剣を振るっていた方が気が楽だ、とヴァンはため息をつく。
「レージュの言う通りです殿下」
「げっ」
「あ、本物」
通路から現れたのはいつものローブに身を包んだビブリオ本人である。細くて長身の彼は貧弱な肉体しか持っていないが、頭脳明晰で説教の多い、ヴァンの苦手とする相手だった。
ビブリオは眼鏡を指で上げて呆れたようなため息をつく。
「声が聞こえたから来てみれば、殿下、そう露骨に感情を顔に出してはいけませんと申し上げたでしょう。兵や臣下の志気にも関わりますし、他国との会談の際には相手に感情を読みとらせないように常に……」
「ああ、わかったわかった。小言を言うためにわざわざ俺の所にきたのか?」
「小言ではありません。これも殿下がご立派な王となるために必要な……。いえ、本当はレージュを探していまして」
「あたし?」
レージュは、もしかして自分にも小言を言いに来たのではと少し身構える。隠れてパルファンを吸っていたことがバレたのだろうか。それとも食料をつまみ食いしたことだろうか。だが、レージュの予想と反してビブリオの口からは意外な言葉が出てきた。
「おかしな事をと思うかもしれませんが、一つ質問してもよろしいですか?」
「おかしな質問? 良いよ。答えられるかわからないけどね」
いつもと少し様子の違うビブリオの物言いにレージュは真剣に耳を傾ける。
「先日、リオン将軍と古代遺産を使って調練をしたあと、殿下に抱えられて寝室まで真っ直ぐ運ばれましたよね?」
「そうらしいね。あたしは寝てたからよく分からないけど」
「なんだビブリオ、俺が寄り道をしたりしていないかを疑っているのか」
「いえ、殿下の事ではなくてですね。レージュの方でして、その、何と言いますか……」
ビブリオの様子がおかしい。こういう歯切れの悪い質問をビブリオは滅多にしてこない。
「レージュ。あの時、貴女は本当に寝ていましたか? 運ばれている最中に起きて歩いたりしませんでしたか?」
「……本当におかしな質問だね。あたしがクレースを使ったあとは時間が来るまでは何があっても起きない。ビブリオも知ってるでしょ。あの時も日が沈んでからベッドの上で起きたからね」
「……そうですか。やはりあの姿は見間違いですか」
「見間違い? レージュをか?」
「ええ。殿下と別れた後、私の後ろをレージュが通り過ぎたような気がしたのですが、やはり気のせいでしたね。変なことを聞いて申し訳ありませんでした。レージュもこの事は気にしないでください。――それと殿下、書類に間違いがありました。今すぐに書き直していただきたいので部屋に行きましょうか」
目で同行を求めるビブリオにヴァンは無理矢理話を戻そうとする。
「いや待てビブリオ。今の話はもうちょっと考えた方がいいんじゃないか? もしかしたら敵がレージュに変装しているのかもしれないぞ」
「結構無茶な事言うねヴァンも。大方、ビブリオの眼鏡のレンズに反射したとかじゃないの? それなら後ろのあたしの姿が見えたとしてもそう不思議じゃない」
「まあ、そんなものでしょう。殿下、時間稼ぎはこれぐらいにして早く部屋へ向かいましょう」
「くそっバレたか」
ヴァンがふざけた調子で言うとレージュはにひひと笑う。
「じゃあ、あたしは先に寝るよ。お仕事がんばってねー」
後ろからヴァンの助けを求める声が聞こえるが、振り向きもせずに手だけ振ってレージュは暗い廊下を立ち去る。
☆・☆・☆
夜天には銀砂をまいたような星空が広がっている。明後日は新月なので、やせた月はすでに西の山に差し掛かっており、星たちの輝きを邪魔することはない。
そんな夜空を自室で一人見上げながらレージュは小さくつぶやく。
「ローワ、あんたは、今どこにいるの?」
星空は答えてくれない。
「ちゃんとあんたの跡継ぎを見つけてやったんだ。約束を一つ、果たしたんだよ」
赤い光が落ちた日に交わした約束。その内の一つが彼の息子を見つけることだった。
「あんまり似てないけどね。目の色は同じだけど、思慮深そうなあんたと違ってヴァンはがさつだし。いや、そうでもないかも。結構鋭いところをついてくるしね」
夏の虫の声が聞こえる。夜風が気持ちいい。砦近くの川から流れてくる夏の風は艶やかだった。
「でも、心の奥はあんたと一緒だ。優しくて、他人のことを想うことができる。『階級の上下で虐げられるものがいてはならない。』あんたはそう言ってたよね。ヴァンはもっと凄いことを言っている。早く会って聞かせてやりたいよ」
星たちに話しかけることに飽きたのか、レージュは十字架の眼帯を指で掻いてワラの簡易ベッドに倒れ込む。
「必ず、助け出してみせるからね」
生きててくれなんて祈る必要は無い。彼は必ず約束を守る男だ。だから、絶対に生きていると信じている。絶対に再会できる。おそらく彼も同じことを思っているだろう。
「それに、あんたに預けた天使の羽、早めに返してもらわないと。翼が一枚になったあたしには、マルブルの冬はちょっと寒いからね」
レージュは大きなあくびをして身じろぐ。ちらりと八重歯が見えた。
それにしても、さっきのビブリオの話が少し引っかかる。ビブリオは、不明瞭な事を言って周りを混乱させるような性格じゃない。あの日に自分がビブリオの後ろを通り過ぎたと言っていたが、自分は完全に眠っていて動けるはずがないのだ。しかし、彼は見たという。おそらくはメガネの反射か義賊団の子供の見間違いだと思うが、頭の片隅に置いておいたほうが良さそうだ。明日の見回りはそのことにも注意しよう。
明後日の夜には戦いが始まる。今はそっちに集中するべきだ。
寝付きの良いレージュは、ワラをしいた簡易のベッドの上で横になり、純白の片翼を掛け布団代わりにすると、すぐに眠りに落ちた。
16/12/28 文章微修正(大筋に変更なし)
17/02/10 キャラ名変更(ヤナギ → サクヤ)
17/03/28 文章微修正(大筋に変更なし)
17/07/13 文章微修正(大筋に変更なし)




