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半分の天使と赫赫の盗賊王が作る空の色は?  作者: SIRO
第五章 赫赫の盗賊王と褐色の娼婦
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第一三一話 「鎌軍師」

 その後も特に大きな戦闘は無く、シュトローの言った期日となった。マルブル軍にまだ大きな動きはなさそうである。


 やはりシュトローの言ったことは自分が助かりたいだけの狂言だったか、と判断したアッシェはシュトローを連れてくるように命じた。全身の皮を剥いで見せしめにするためだ。

 その直後、風向きが西よりに変わり、南にいる謎の勢力の存在が希薄になった。そのため、キメラはすぐに動けるようにそちらへ意識を集中し始めている。


 すると、マルブル陣営が騒がしくなり、じりじりと後退を始める。陣形を崩さないように慎重に下がっているようだが、あちこちに明らかな緩みが見えた。今度は誘いではなさそうだ。


 まさか本当に毒を盛っていたのか……?


 とにかく相手は退いている。今ならば陣形の緩みも見える。この機を逃すわけにはいかない。


「今こそ好機よ。キメラを先頭に全軍で突撃しなさい!」


 先陣のヒカイトにそう伝令を飛ばすと、そばに付いていたファイクが口を挟む。


「で、ですが領主様、後ろに何かが……偵察に行かせた歩兵もまだ戻っては……」


 言い掛けたファイクの頬を扇子で叩く。


「私に口答えするの?」

「い、いえ……」

「後ろの敵はお前の歩兵が既に排除しているに決まっている。お前はさっさと歩兵と傭兵を率いて奴らを蹴散らせばいいのだ!」


 もうファイクはなにも言わず、歩兵たちの方へ走っていった。


               ☆・☆・☆


 退くマルブル軍の、まぐさを積んでいた荷馬車の中で、ほのかに残る干し草の匂いをかき消すようなパルファンの香りを楽しみながら、ヌアージは後方のアッシェ領主軍の動きを注視している。


「やる気があって無能な味方というのは敵以上に厄介な存在じゃ」


 今は痛みにうめく負傷者を積んだこの荷馬車の中で、ヌアージは誰に語りかけるともなく一人でしゃべっていた。


「逆に、相手にそのような存在がいる場合、しかもそれが指揮権を持っている場合、これを有効活用しない手はないわな。ひぇっひぇっ」


 パルファンを人差し指と中指で挟み、手のひらで口を覆うように吸っている彼は、後方より迫るアッシェ領主軍に煙を吐き出す。


「さて、では頼むぞ。若き獅子よ」


 千載一遇の好機に沸き立つアッシェ陣営が、突撃を始めて少しすると、東からものすごい威圧感が襲ってきた。思わずアッシェが振り向くと同時に注進が入る。


「風下から騎馬隊が疾駆してきました! 間もなくこちらにやってきます!」

「なんですって? そんな馬鹿なことがあるわけないわ。回り込んだ奴らがここに来るまではまだ時間があるはず……」


 しかしアッシェの考えとは裏腹に、()側にある丘から土煙を上げながら騎馬が駆け下りてきているのが見えた。彼らの掲げる旗には勇ましい獅子の刺繍がされている。


「敵の指揮官は獅子将軍リオンです! リオンが騎馬隊を率いています!」


 アッシェは目と耳を疑った。

 では、今前方の敵陣にある獅子の旗はなんなのか。では、この前から後方にいた謎の勢力はなんなのか。


「馬鹿な! リオンは前線にいるのではないの!?」


 見栄と自尊で化粧したアッシェも血の気が引く。

 戦事に疎いアッシェでもリオン騎馬隊の武勇は聞いたことがあった。


 マルブルでは獅子将軍や鎧袖一触と評されるリオンだが、カタストロフでは畏怖と恐怖を持ってこう呼ばれることもある。

 死神の鎌、と。

 死神レージュがその武器を振るえば、瞬く間に大勢の命が刈り取られ、この二人が組んでいる戦場ではカタストロフは全敗しているという。


 マルブルのみならず、大陸全土でも最強と称されたリオンは、その個人の強さを囁かれることが多い。だが、彼の真骨頂は鍛え抜かれた騎馬隊を率いた時にこそあるとかつてレージュはこう評価した。


『獅子の群れの前に敵は無い』


「すぐに兵を戻しなさい!」


 アッシェは前線に向かう兵たちに戻ってくるように指示を飛ばす。

 しかし、一旦突撃を始めた軍は容易に動かせない。味方がここに戻ってくる前にリオンが到達するほうが早いのは火を見るより明らかだった。


「それならキメラよ。キメラを呼び戻しなさい!」


 遮る物の無い平原で獅子と相対したとき、人にどれほどの抵抗ができるのであろうか。


 ほとんどの兵が前線に出ている今、自分の周りを守る者はわずかしかいない。これでは防ぎきれるはずがない。

 青ざめて腰を抜かしそうになるアッシェの横を通り抜ける騎馬の一隊があった。


「領主様、ここは私が時間を稼ぎます! その間に撤退を!」


 突撃の命令を無視してヒカイトが戻ってきていたのだ。

 ヒカイト自身も、遠く離れた謎の勢力を怪しいと思っており、シュトローの帰還も妙だと感じていた。そこで、もし敵の陣が乱れて全軍突撃の号令があったとき、必ず領主の下へ戻ることを決めていたのだ。一度レージュと戦い、そのときのやり口を学んだヒカイトだからこその判断である。


 カタストロフの兵としてあるまじき行為だが、いかなる処罰も覚悟の上での推参だった。


 こういう仕掛けだったのか。

 こちらの意識を後ろにいる謎の勢力に向け、こっそりとリオン騎馬隊を風下に回り込ませる。

 嗅覚の鋭いキメラでも、意識が別の方へ向いていたら、風に乗って匂いが流れてこなければ、気づくことはできない。

 しかし、そんなに都合良く風の向きが変わるものではない。不規則に変化する風の動きをどうして操ることができようか。まさか、気まぐれに変わる風の動きを事前に知っていたとでも言うのか。


 柳眉を逆立てて唇を噛むがもう遅い。

 こうなってはこちらの敗色は濃厚であった。またも天使の軍勢に遅れを取ることになってしまったが、今ならまだ撤退できる。撤退できれば立て直せる。

 そのためにはまずあの獅子の突撃を止めなければならない。

 部下の半分を領主の護衛につけ、ヒカイトは残りを率いて後方のリオンへ向かった。

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