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半分の天使と赫赫の盗賊王が作る空の色は?  作者: SIRO.P.コンパドリー
第一章 半分の天使と赫赫の盗賊王
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第一一話 「生肉軍師」★

 彼らの行軍は一週間の予定だ。身軽で、長距離の移動に慣れている彼らは、ペースを落とすことなく順調に山道を進んでいった。小さな子どもたちは、行軍に音を上げるどころか楽しそうだ。鎧をまとった兵士たちでは、いくら訓練されていてもこうはいかない。


 その行軍中の一幕にこんなことがあった……。


               ☆・☆・☆


 濡れた金髪が月明かりを反射してきらめいている。川で水浴びをしている褐色肌の天使は、年代を感じさせる十字架のサークレットのみを身につけ、気持ちよさそうに水浴びをしていた。流れる水を蹴り、手で掬って太陽の髪と琥珀色の体にかける。十字架のサークレットを芋を洗うようにザブザブと水に通し、遊ぶように髪と体をおざなりに洗った後、純白の片翼を広げて手と布きれで丁寧に洗い始める。翼だけは手を抜かないらしい。


 少女は、自身の身長程もある片翼をしっかりと洗い終わると、何度か羽ばたいて水気を飛ばし、乾いた布で羽と体を拭く。そして、川辺に脱ぎ捨てた白いワンピースとパンツを拾い上げて鼻歌まじりに焚き火へと近づいていく。


 焚き火の近くにはヴァンが団員たちと車座になって談笑しており、周りにも火がいくつか焚かれてそこにも人が円形に集まっている。


「おお、鹿じゃん。しかも生きてる」

「おう。見事な物だろう」


 縛られてもがく鹿を見たレージュの驚く声にヴァンは笑って振り返るが、焚き火に照らされた全裸の天使を見ると顔が少しひきつる。


「天使は全裸で歩く習慣でもあるのか? 服ぐらい着たらどうだ」

「はいはい。で、これは焼いて食べるの? それとも血で煮詰めるの?」


 パンツを履きながら質問するレージュに、縛られた鹿の側にいる立派な髭をたくわえた猟師風の男は豪快に笑って答える。


「どうやら蒼天の軍師様は鹿の一番美味い喰い方をご存じねえようだ」


 ヴァンの団には、国を捨て、国に捨てられた様々な人間が集まっている。この元猟師の男も、その一人だ。


「……なんだろ? 蒸す? 揚げる? ゆでる?」

「俺たちゃ猟師はそんな上品な物は喰わねえな。まあ、今作ってやるからもう少し待ってな」


 まだ時間がかかるらしい。そう考えたレージュはそのままどこかに行こうとする。


「どこに行くんだ?」

「まだ話してない人と話してくる」


 レージュはこの行軍中はだいたい誰かと話をしていた。何を話しているのかと聞き耳を立てたこともあるが、取り留めもない話しかしていなかった。

 彼女が言うには『その人を知るには、まず話してみることが大事だからね。まあ、あたしが話好きってのもあるけど』らしい。

 白いワンピースに袖を通しながらレージュは別の焚き火のグループの中に入っていく。


 自分たち義賊団に、敢えて一人でさらわれてきた勇気と度胸を認められたレージュは、義賊団の仲間たちから好まれる人物となっている。貧民だろうと奴隷だろうと、誰とでも親しげに話す彼女に馴れ馴れしいという言葉は似つかわしくない。レージュこそ、真に差別も無く人と接することができる存在なのではないだろうか。

 それは、彼女が人とは違う羽を持つ天使だからなのだろうか。


 ヴァンはレージュから貰った白詰草の冠を持って眺める。あの日からずっと頭の上に乗せている花輪は大分ヘタってきたが、それでもあの白詰草の原での語らいは今も印象深く心に刻まれていた。


『差別が無く苦しみの無い世界を作りたい』


 それが俺の夢だ。レージュもそれに賛同してくれた。しかし、それがどれほど困難な道かは嫌になるほど分かっている。だが、それでもやらねば何も始まらないのだ。レージュとの出会いは、まさに運命というものかもしれない。


 そんなことを考えながら片翼の天使をずっと見ていると、レージュと話している団員たちが笑いながらこっちを指さして彼女を軽く叩いて立たせる。するとレージュも笑って彼らに手を振ってこちらへ小走りに近づいてくる。


「『ヴァンが寂しがっているみたいだから戻ってあげな』だってさ」

「……あいつら」

「にひひ。ここは本当に居心地が良いね。これがヴァンの目指す理想なのかな」

「まあ、そんなところだ。ところで、鹿の一番美味い食い方は分かったか」

「いや、さっぱりだ。あたしは焼いて塩をかけた奴が一番好きだけどね」

「間違いなくそれよりうまいと断言できる。賭けても良いぞ」

「へえ。それは楽しみだ」


 レージュはヴァンの横にちょこんと腰を下ろす。顎に手を当てて十字架のサークレットをクルクルと指で回している。彼女がそうやってサークレットを回すのを何度か見たことがあるが、どうやら思考する時の癖のようだ。


 猟師の男は鹿を木に吊して短剣で首に切り込みを入れ、そこから落ちる血を大鍋に受ける。血が流れきると、実に手際良く鹿を解体していく。皮をぎ、四肢を切り落とし、内蔵を取り分け、肉を切り分けていく。それを短剣一本で行ってしまうのだから、なるほど、大した腕だ。猟師の男の傍らでは女性たちが兎をさばいている。鹿だけでなく兎も取っていたようだ。そこには、レージュがあの焼け落ちた古城で料理を褒めたエプロン姿の似合う女性もいる。

 捌かれた兎は内臓だけ取り除き、肉は皮が付いたまま焦げるぐらい焼かれ、保存しておく。皮をつけたまま焼けば、火に長く当てられるし、食べるときには皮を剥ぐので味も問題ない。


「どうぞ、レージュちゃん。団長もどうぞ」

「ありがと」

「おう」


 エプロンの女性から受け取った椀には鹿と兎の内蔵を血と酒で煮込んだスープが入っている。香草や木の実なども一緒に煮込まれており、野性味の溢れる美味そうな匂いを立てている。あまりにも美味そうなので、レージュはほとんど無意識に一口啜すする。


「おお、うまい! 今まで食べた鹿料理で一番うまいよ」


 血を煮詰めた汁は、血の適度な塩味が効いていて、調味料が貴重なこの時代ではよく料理に使われる。新鮮な血は血生臭くないのだ。そこに野草や木の実を入れて味を調えるのだが、このスープはその塩梅がとても合っている。


「いや、これも悪くないが、本当にうまいのは次だ」


 あっという間に内臓のスープを平らげると、猟師の男が自信満々に葉っぱの皿を持ってくる。



「さあ、軍師様よ。食ってみな」


 猟師の男が出してきた葉っぱの皿に乗っているのは、乾燥させた穀物の粉を水で溶いてこねた団子の様な物と、とても薄く切られた鹿の生肉が三枚である。


「……え、生で?」

「そうだ。これが最高にうまいんだ」


 ヴァンが声を弾ませながら自分の皿の肉を一枚取り、小壷に入った黒い液体を付けて口へ運ぶ。不安げなレージュをよそに、二度三度噛むとヴァンの顔が自然に綻んでいく。


「うまいな」


 しみじみというと猟師の男は豪快に笑う。


「おうよ。この世にこれ以上うまいもんはねえぜ」

「早く皆にも配ってやってくれ」

「おう。軍師様も早く食っちまいな。取られちまうぞ」

「う、うん……」


 今まで生の肉など食べたことがない。何の肉であろうと、食べるときは火を通してきた。その方が安全だしおいしいからだと思っていたが、ここに来て彼女の常識をぶち壊す物が出てきた。


「生肉なんて食べたらお腹壊すんじゃない?」

「こいつを五年は食っているが、今まで腹を壊したことは一度もないぞ」


 そんなことを言っているうちに、ヴァンは自分の肉を全て平らげてしまう。


「……」

「いや、食わないならそれで良い。俺の分が増える」


 そう言ってレージュに分けられた生肉を一枚奪ってタレを付けて食べてしまう。あんまり美味そうに食うので、レージュも決意を固めたようだ。


「うー、分かったよ。食べるよ」


 レージュは不安そうな顔で二枚になってしまった生肉を一切れ摘んで眺める。焚き火に透かしてみると向こうの火が見える程に薄い生肉だ。


「食うときはこのタレをつけて食えよ」


 ヴァンが、どす黒いドロドロの液体が入った小壷を差し出してくる。


「このタレもまた独特な匂いだね」

「猟師の秘伝のタレらしいぞ」


 聞けばこのタレは、酒に鹿の生き血を混ぜ、木の実を搾ったり香草を漬け込んだりと、色々と入っているらしい。おまけに大きな壷に一年以上寝かせてあって、こうして新鮮な鹿が穫れたときは血を継ぎ足し、脳味噌もすり潰して布でしてあるので、トロリとした濃厚なタレとなっているようだ。

 その濃厚なタレに鹿の生肉を浸し、十分にタレが付いたところで持ち上げる。


「生肉……でも、一番うまい……。ええい!」


 意を決してレージュが一口に食べて咀嚼そしゃくして飲み込む。

 すると、不意に俯いて小さく震え始めた。


「……大丈夫か?」


 ヴァンがレージュの変化に心配そうに声をかけると、レージュは横に座っているヴァンの胸ぐらに掴みかかる。片翼の天使は俯いたまま小さく呟く。


「――返せ」

「なに?」


 焚き火の薪が爆ぜる音がする。


「――あたしの、――を、返せ」


 顔を上げたレージュの隻眼にはうっすらと涙が溜まっている。


「さっき奪ったあたしの肉を返せ!」

「食っちまったもんは返せん」

「何で食べた!」

「いらなそうだったからな」

「いるよ! バカ!」


 焚き火の光に照らされたレージュの夜天の瞳には本気で悔しがっている色が見える。


「ああ、何で見抜けなかったんだ。くそっ。鹿の生肉がこんなにうまいなんて知らなかった!」


 生乾きの金髪をかきむしるレージュを見ながら、白詰草の冠を乗せているヴァンはレージュの皿に残っている最後の肉にそっと手を伸ばす。しかし、機を逃さぬ蒼天の軍師は即座に反応し、十字架のサークレットがヴァンの手首に振り下ろされる。


「痛っ!」

「ふざけろ! 持たざる者からは何も盗らないんじゃなかったのか!」

「この鹿肉は例外だからな」


 笑うヴァンにレージュは舌を出してあかんべえをして最後の鹿肉にタレを付けて食べてしまう。


 口に含むと、まずタレの味が舌を覆う。鹿の生き血に酒やら香草やら脳味噌やらを漬け込んだタレは、複雑な味と芳醇ほうじゅんな香りで楽しませてくれる。そして一噛みすればタレの中にある薄く切られた鹿の生肉が主張を始める。鹿の生肉は、野性味溢れる肉々しい味を持ちながらも、極薄く切ってあるのでさらりとした触感だ。そして噛んでいけば、芳醇なタレと鹿の生肉が混ざり合い、溶けるようになくなっていく。


「本当に、おいしい……」


挿絵(By みてみん)


 こんなに美味いものは、文化の国マルブルでも世界を練り歩く傭兵団『白き翼』でも食べたことがない。内臓のスープもとても美味かったが、この生肉と比べてしまうとかすんでしまう。


「うまいだろ」

「……」


 あまりにも美味くて怒りを忘れそうになるが、そもそもこの怒りの原因はこの生肉を奪われたことなのを思いだし、再び怒りがこみ上げてくる。


 レージュは、肉を盗られた悔しさと口の中に残る美味さで緩む顔の、なんともいえない表情を作ってヴァンに向ける。初めての味に一度身震いし、小さく息をもらしたかと思うと、穀物の団子を口に含み立ち上がる。


「……おやすみ!」


 つっけんどんに言い放って、レージュは返事も聞かずに大股でヴァンから離れていく。そして木の陰に座り込んで片翼に包まってしまう。ふてくされてしまったようだ。

 普通の人間は外套がいとうに包まって寝るものだが、レージュには極上の羽毛があるので必要ないらしい。


 皆の食事が終わると、見張りの当番を残し、各々の場所で眠りについた。

16/09/15 文章微修正(大筋に変更なし)

16/09/19 生肉軍師の話を追加

16/12/27 文章微修正(大筋に変更なし)

17/03/27 文章微修正(大筋に変更なし)

17/05/09 文章微修正(大筋に変更なし)

17/07/08 文章微修正(大筋に変更なし)

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