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(6)死のある家

 ハジメ君の後について入って行くと、布団が一組敷かれてあり、

おじいさんが寝ていた。そのすぐ側におばあさんが座って、緑色の

サヤエンドウのスジを取っていた。看病と言うよりも、自分の作業

に夢中になっているように見える。

「ああ、この人は主さんの連れ合い。おばあさんだね。ふうん、今

晩のおかずはサヤエンドウか。美味しいだろうな」


 ハジメ君はいかにも食べたそうに、おばあさんの手元を見ている。

「あ、あ、あ」

その声でワタシは寝ているおじいさんの方を見た。と、おじいさん

はワタシを見上げながら言葉にならない声を出し、手をワタシに向

けて振っている。

 ああ、見たところ、二人ともやっぱり日本人だ。ここは日本なん

だな。ワタシは少しほっとしていた。


「何ですの? おじいさん? のどが渇いたんかの?」

 寝たままでも飲ませることの出来る小さな急須みたいなモノで、

おばあさんはおじいさんに何かを飲ませようと試みたけれど、おじ

いさんはだだっ子のように、イヤイヤをしてそれを振り払った。

「あ〜あ、おじいさんダメでないの。ほらほら、こぼれちゃった。

ちょっくら待っててな」


 おばあさんは拭くものを取りに、急いで台所に向かったようだ

った。

「ふうん、おばあさんにはホントにワタシたちが見えないみたいね。

でもおじいさんには分かるんだわ。今ワタシに手を振ってくれたも

の」

 おじいさんの枕元に座り込むと、隣りにハジメ君も座り

「そう言ったでしょ。それよりほら、今のうちにしっかりご挨拶、

ね?」

 ハジメ君にそう促されて、

「あの、こんにちは。断りもなくお邪魔してすみません。あの、ほ

んの少しの間ですのでよろしくお願いします」


 頭を下げると、おじいさんは目で挨拶をしてくれた。おじいさん

にはワタシたちが確かに見えている。と言うことは、旅立つ日もそ

う遠くないってコトなんだろうか。

「おい、じいちゃん、今日はしっかりしてるな。でもね、ばあちゃ

んにわがままばかり言ってちゃダメだよ」

 ハジメ君はそう言うと、おじいさんの手を取って、ニコッと笑い

かけた。

「あ〜ああ」

 おじいさんは目に涙を浮かべながらハジメ君の手をぎゅっと握り、

離したかと思ったらその手を合わせ、おがみはじめた。

「な、何だよ。やめてよ、じいちゃん。縁起でもない。今は、お迎

えじゃないからね」

 ハジメ君はおじいさんの耳元でそう言うと振り返り、恥ずかしそ

うに続けた。

「私は担当も部署も違うんだけどね。まあ、じいちゃんにはみんな

同じ『お迎え役』に思えるんだろうね。さあ、これで挨拶は終わっ

たと。じゃあ、部屋の隅、そこにしばらく座ってようか」


 こうしてワタシたちは、しばらくこの部屋にとどまるコトにした

んだ。

 落ち着いてこうしていると、ここは実にいい所だ。部屋の東側と

南側に窓があり、障子がはまっていて、柔らかな光が部屋中を満た

している。きっと縁側もあり、中庭へと続いているんだろう。時々

にわとりの声が聞こえる。


「ここはね、この家の中でも一番いい場所なんだよ。一日中陽はあ

たるし、静かだしね」

 そう言うとハジメ君は大きなアクビをひとつした。

 おばあさんは直ぐに帰ってきて、おじいさんの世話を細々とやい

た後、サヤエンドウを手にまた部屋を出ていってしまった。

「あれ? おばあさん行っちゃったね? おじいさんの面倒は見な

くていいのかな?」


 ワタシには一人きりで寝ているおじいさんが可哀想に思えたんだ。

「大丈夫だよ。それに他の自分の役割だってあるからね。そろそろ

お夕飯の支度に取りかかる時間だ。でも直ぐに代わりが来るさ」


 ハジメ君がそう言い終わらないうちにふすまが開いて、元気そう

な男の子が入って来た。見たところ、小学生になったかならないか

という年の頃だ。

「ねえ、この子にワタシたちの姿は?」

「見えないさ。ほら、ちょうど世間の智恵ってヤツがつきはじめる

頃だからね」

 なるほど。世間の智恵か。科学的だ、非科学的だとかいうアレの

コトね。言われてみれば、ワタシも随分と小さい時には、オバケや

妖精さんの存在を信じていたっけ。


「ただいま、じいちゃん」

 男の子はおじいさんの枕元に寝ころぶようにすると、お話をはじ

めた。

「聞いてよ、じいちゃん。今日ね、オイラ、先生にほめられたんだ

ぜ。この前もってった宿題の絵があったろ? あれね、うまく描け

てたって。もしかしたらなんとか賞を取るかもって」

 男の子は一生懸命、おじいさんに説明を続けている。絵の話の後

は、今日あった学校での出来事を話し始めた。どうやら友だち同士

の揉め事らしい。

「でね、オイラ言ってやったんだ。それはヒロ坊が悪いって。な、

じいちゃんもそう思うだろ?」


 おじいさんは時折うなずきながら、男の子の話を聞いてやってい

るようだ。会話の掛け合いが無くても、二人の間にはコミュニケー

ションが成立しているに違いない。

 ふうん、コレって、男の子がおじいさんの面倒を見ているようで、

逆におじいさんが男の子の面倒を見ているようだなってワタシは思

った。

「お〜い、ちょっくら手伝って!」

 ふすま越しに、おばあさんの声がした。

「じゃあな、じいちゃん、また後でな」

 男の子は急いで台所に向かったようだった。ハジメ君も立ち上が

「いい機会だから、私たちもちょっとだけ見に行こうか。さあ、立

って」

 ワタシも興味津々で、この家の台所に向かったんだ。



 そこは思ったよりも薄暗い所だった。明るいダイニングキッチン

しか知らないワタシには、ビックリする部分が沢山ある。

 何よりも驚いたのは、土間にカマドが備え付けられ、しかも薪を

使って煮炊きするというシステムだ。換気扇が無いところを見ると、

外に煙突がついているんだろう。

 おまけに水道もない。代わりに裏庭に井戸とポンプがある。包丁

だってまな板だっていつの時代のもんなの? って思えるほど時代

掛かってる。

 そう思って見ると、ザルやお鍋、お箸やお茶碗、みんな大昔のも

のに見える。電子レンジやガステーブル、瞬間湯沸かし器、ミキサ

ー、ジューサー、トースター、等々。ワタシたちの所にならごく普

通にあるこれらの器機は、見るコトが出来ない。つまり電気ガスを

必要とするものがまるっきりない。木製の小さな冷蔵庫らしきモノ

があるけれど、アレはきっと氷を入れて使うものだ。いつかテレビ

で見たコトがある。

 ワタシが何か言いたそうに見えたんだろう、ハジメ君は

「だって、ここは田舎だからね」

そう先手を打ってきた。


それにしても、水道もガスも無いなんて。ホントにここは日本のど

こなのよ?

「ばあちゃん、今日のおかずナニさ?」

 そんなワタシの前で、おばあさんと孫は会話をはじめた。

「ん? サヤエンドウと卵の煮た奴。それにみそ汁。後はコウコウ

だな」

「ふ〜ん。あ、そうだ、ばあちゃん、オイラさ、今日学校でほめら

れたんだぜ」

 少年は余程それが嬉しかったんだろう、繰り返し自慢をした。お

ばあさんも嬉しそうに

「はんまか。よし、それじゃ、お祝いをしねえとな。ひとつツブす

か」

「うん、でもさ。次はオイラが一番好きなチビの番だろ。今度でい

いよ」

「ナニいっとる。お前のお祝いならチビも本望じゃろ。じゃ、ちょ

っくら待ってろよ」

「ばあちゃんって!」


 おばあさんの後を追って少年も外に出た。

「ねえ、何が始まるの? つぶすって何をつぶすの?」

 イヤな予感がした。ドキドキするような、胸が痛くなるような、

変な予感だった。『自給自足』。その言葉が頭に何度も浮かんだ。

「私たちも続くよ」

 そう言ったハジメ君の顔は随分と引き締まって見えた。


 裏庭に出ると、おばあさんはにわとり小屋に近づき、一番大きい

雄鳥を捕まえようと試みた。ところがこいつが素早くて、うまく捕

まえられない。よろけそうになって辛うじて踏ん張り、また後を追

うけれど、雄鳥も捕まってなるものかと必死に逃げ回る。

「よしきた! オイラが捕まえてやる」

 心配そうな顔をしておばあさんを見守っていた少年だったけれど、

決心をしたんだろう、さっと行動に出た。その目は輝いてすら見え

る。彼は逃げ回る雄鳥をぱっとつかむと、大切なものを抱くように

して何かを呟いている。

「ゴメンよ。チビ。お別れだ。次は人間に生まれてこいな」

「よし、こっちによこせ」


 おばあさんは雄鳥の足をつかむとぶる下げるようにして、井戸の

側にある作業台につき、慣れた手つきで雄鳥の首を一息にはねた。

鮮血が、下で受けてるブリキのバケツに徐々に溜まりはじめた。

「チビ、成仏しろよ」

少年が手を合わせて祈っている。目には涙がうっすらと浮かんでい

た。


「風野はるかくん。残酷だと思うかい? でもね、コレが現実なん

だよ。食べる為に飼ってるにわとりだからね。あの少年はにわとり

の世話係だから、あのチビも、彼がひよこから大切に世話をして大

きくしたんだ。誰よりもにわとりを大切に思ってるのは彼なんだよ」

 ワタシにも分かった。彼を見ていると、命を食べるという意味が

理屈抜きで理解できる。頭でしか理解できていなかったワタシは、

自分が恥ずかしくなった。にわとりが可哀想、殺すなんて残酷だ、

少しでもそう思った自分が情けないくらいだ。


 ワタシだって今までに何十羽と、にわとりを食べてきた。フライ

ドチキンが好物だからだ。でもにわとりに感謝をしたコトはない。

直接は、フライドチキンを買ってくれる両親に感謝をする程度だっ

た。だから平気で食べ残しもしてきた。ワタシの友達もきっとそう

だろう。ワタシたちにとって、フライドチキンはフライドチキン以

外の何物でもなかったからだ。

 ワタシたちが知っているのは、初めからフライドチキンという命

のない食べ物。でも、本当は違うんだ。元には命がある。世の中の

みんなが、フライドチキンの為には、にわとりを肉にするという現

実をもっと知るべきだ。勿論にわとりだけじゃない。命を食べると

いうコト、そのイヤな部分、目を背けたくなる部分から逃げずに、

正面から受け止めるべきだ。お金を払ってイヤな部分を省いてしま

う。そのやり方が、心まで省いてしまう。それに早く気づくべきだ。

そうすれば、食べ残しなんてとんでもないコトだと気づくだろう。

命に感謝もするだろう。命を食べるコト、その重大さに。


「ハジメ君の言った『死』のある家って意味、このコトにも関係が

あるんでしょ?」

「うん。風野はるかくん、キミ、いい顔付きになったよ。頭だけじ

ゃなく心で理解できたんだ。ひとつ心が利口になったね」


 そう言われてワタシは顔を上げた。自分でも、何かが少し変わっ

たような気がした。




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