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(4)病院にて

「もういいよ。目を開けて」


 耳元でそうささやかれて目を開けた。と、目に入ってきたのは、

白い部屋でいろんな機械に囲まれ、たくさんの管を繋がれ、ベッド

に横たわる自分の姿だった。頭に包帯もグルグル巻きで、ミイラじ

ゃないんだから! と言いたくなる程の有様だ。


 ここはさっきまでの薄闇の中とは違って現実感のある場所だった。

部屋を照らす明かりは勿論、たくさんの機械が放つ、色とりどりの

光や低いうなり声が部屋中を包んでる。それに病院特有の消毒液の

匂いがする。ベッドの脇の、落下防止用の柵の一部がハゲてるコト

にも真実味がある。


「ホ、ホントだ。あれ、ワタシだ」

 こうして実際に自分で確認すると、納得するしかないよね。部屋

の外ではお母さん、お父さんが深刻な顔でうつむいてる。コレって

テレビドラマでよく見る場面とおんなじだ。ワタシはふとそんなコ

トを思った。でも、すぐにコトの重大さに気がついた。これはドラ

マじゃないし、ワタシたち一家の身に起こったコトなんだ。ただで

さえ心配性なお母さん、お父さんはどんな気持ちでいるんだろう、

それを思うと胸が痛くなった。


「ね、ワタシは大丈夫って言ってきてもいいでしょ? ほら、こう

して大丈夫なんだから」

 すぐ近くで二人を見ると目が赤い。きっと沢山泣いたんだろう。

安心させてあげなくちゃ。


 振り返るとハジメ君はため息をつき

「無駄だよ」

と一言言った。

「何よ! いいもん。ワタシ、勝手にやってみるから。ねえ、お母

さん、お父さん、ワタシ大丈夫だから。ねえ!」

 二人のすぐ目の前で大声を張り上げても二人には分からない。第

一、ワタシの存在に気づかないみたいだ。二人に抱きついても二人

とも知らんぷりしている。こっちにはちゃんと抱きついてる感触だ

ってあるのに。わざと無視されてるみたいで段々腹すら立ってきた。


「だから言ったろ? 無駄だって。今のキミは魂なんだから、普通

の人間には見えないし感じない。もしキミに気づく人間がいるとし

たら…」

「え? 分かってくれる人もいるの?」

「うん。霊感が強い、いわゆる霊能力者だね。数的には少ないけど。

他には今にも死にそうな人、コレにも見える。だけど、コレは問題

外だよね。あ、ちゃんとした人間にも見えるんだった。もっともま

だ物心がつかない子供限定だけどね」

「ホント?」

「ああ。そうだな。ほら、ちょっとついて来なよ」


 ハジメ君は廊下を先に歩いてゆく。ワタシは黙ってそのあとに続

く。途中で看護師さんとすれ違ったけれど、彼女は特にワタシたち

を気にするわけでもなかった。

 しばらく行くと、壁の色が白からピンクに変わり、ハジメ君も立

ち止まった。

「ここはもう小児病棟なんだ。あ、ほら、あそこにちょっとしたス

ペースがあるだろ?」


 指さすその先には、ソファとテーブル、絵本やぬいぐるみなど、

子供が遊んだり出来る、ちょっとした場所があった。車椅子に乗っ

た三歳くらいの男の子が、お母さんから絵本を読んでもらっている

のも見える。


「ほら、あの子に挨拶してごらんよ」

 そう言うとハジメ君はソファに座った。ワタシは言われた通りに

男の子に近づくと、男の子の目をじっと見て

「こんにちは」

と挨拶した。

 男の子はワタシを見返し

「コンニチハ」

と少しはにかみながらも言ってくれた。ああ、ワタシ、本当に今こ

こにいるんだ。そう思うと嬉しくなった。けれど嬉しさはそう長く

は続かないモノなんだよね。そんな男の子に気づいて

「みっちゃん、どうしたの?」

 お母さんが突然男の子にそう尋ねたんだ。

「だって、今おねえちゃんがコンニチハって」

「え? どこのおねえちゃんが?」

 お母さんは周りをキョロキョロ見回していたけれど、一つため息

をついて

「みっちゃん、ウソはいけないわ。あなた時々そんな風にありもし

ないことを言うけれど、それはいけないコトなのよ」

「ホントだもん。ウソじゃないもん」

男の子の目には涙がたまり始めた。


「ほら、もういいだろ? いくよ」

 ハジメ君がちょっと怒ったようにそう言った。

「みっちゃん、ゴメンね。ワタシのせいで泣かせちゃったね」

 ワタシは男の子に頭を下げてから、ハジメ君のあとに続いたんだ。

 こうしてハジメ君の言っているコトがホントかも知れないと、ワ

タシはやっと気づいたんだ。


「でもさ、どうしてワタシ、こんな風になっちゃったの? つまり

さ、死ぬなら死ぬでちゃんと死ななかったの? これじゃ中途半端

だよ。ねえ?」

 包帯でグルグル巻きの、自分の姿を見ながらついグチが出た。今

は小児病棟からワタシが入ってる集中治療室に戻って、ワタシのホ

ントの体を見守ってるって格好だ。

 ハジメ君は

「うん。まあ、理由は沢山ある。でもね、そんなコトはキミの知る

限りじゃない。大切なのはチャンスがあるってコトなんだ」

と、ワタシを見つめた。

「チャンス? どういう意味なの?」

 ハジメ君のまっすぐな目を見ていると、何だか気圧される気がし

て目を反らしてそう訊ねると

「う〜ん、そんなコトも分からないんだね。これは重傷だぞ。あの

ね、第一キミ、死ぬのが怖くないの?」

 反対にそう質問された。

「死ぬのが怖くないかって?」


 そう聞かれて、初めてそのコトを考えた。

 確かに今のワタシは死ぬコトがそう怖くはなかった。あの時、真

っ暗闇の中でハジメ君の声が聞こえなかったなら、ワタシは闇と一

体になっていた。もし死ぬコトがそういうコトならば、ワタシは死

は怖くはない。あの時の闇との一体感。暗闇の中をたゆたうカンジ。

幸福感すら感じていたかも知れないんだもの。


「うん、分かった。キミは死ぬというコトが分からないんだね。だ

から怖いかそうでないかも分からない。当然生きるってコトもよく

分からないんだ」

 なかなか答えを口に出せないワタシに代わってハジメ君が答えた。

「うん。決めた。私、こと、魂の審判役はこれからいくつかの経験

をキミにさせてあげる。総てはそのあとで決定しよう。まずは死ぬ

ってコトを理解した方がいいね」

 そう続けると、ハジメ君はワタシのおでこに手を置いて目を瞑る

ように言ったんだ。


 ワタシは言われた通りにしようと覚悟を決めていた。というのも、

包帯だらけで、色んな管を繋がれて横たわる自分の姿を見ていたら、

一つの考えが沸き上がってきたからだ。

 そもそも前にも言ったコトがあるように、ワタシは論理的な方だ。

夢物語や魔法なんて信じないし、神様がいるってコトも信じてない。

それが今ではそれらを総て覆す様なコトが起きてる! 事実ワタシ

が経験したコトだから、これは夢物語じゃない。


 でも、こんなコトが普通あるわけがない。あるとすれば、幻覚だ。

聞こえる気がするのは幻聴だ。

 前にこんな説を読んだコトがある。人間を含めた動物は、実に良

く出来ているそうな。例えば、ものスゴく痛いとそれ以上感じない

ように気絶しちゃうし、余りにもイヤな思い出は、記憶自体がスコ

ーンて抜けちゃうんだって。ほら、ドラマなんかで主人公が突然記

憶喪失、そんな場面があるでしょ?

 つまりね、体をコントロールする脳は、体に必要以上に影響があ

りそうな情報を、自分の意志とは無関係に操作する場合があるって

訳なの。まあ、コレはその本人を守る為なんだけれどね。

 中でも究極は死の間際らしいの。もう死が確実な時、本人を守る

為と言うよりも、ごほうびの為なんだろうけど、その直前には恐怖

を感じないように、脳の中に特別な成分が分泌されるように出来て

いるんだって。

 そう、簡単に言うと、動物は死ぬ直前、ありもしないコトを見た

り聞いたりするモノらしいってコト。

 まあ、これが本当かどうかはよく分からないけどさ、ホントに神

様のお使いが降りてくるってコトよりは、こっちの方が信じられる

気がするんだ。


 とにかく、ワタシは今、そんな場面に直面しているに違いない。

そういうコトならば、総てが納得できる。ハジメ君が突然現れたコ

トも、彼がワタシの審判役? と言い張っているコトもね。もしそ

うならば、この状況を面白がってもいいんじゃない? せめて死ぬ

前に平凡じゃない面白い経験が出来るならばねって、そう思ったん

だ。


 ハジメ君はワタシの顔をじっと見て

「コラ、薄目を開けてちゃダメじゃないか。しっかり瞑ること。そ

れに何で少し笑ってるのさ。真面目にやってよね」

 そう言うと、おでこにあててる手に少しだけ力を入れたようだっ

た。

「ゴメンなさい。今度こそ言われた通りにするわ」

「よろしい。じゃいくよ」

「あ、ちょっと待って」


 ワタシはハジメ君の手をのけて、もう一度お父さんとお母さんに

駆け寄って、

「悲しませちゃってゴメンなさい」

 耳元でそうささやきながら抱きついた。コレが幻覚でも幻聴でも、

両親はやっぱり両親なんだから。

 でもやっぱり二人は何の反応も示してはくれなかった。

「ほら、行くよ。こっちに来て、目を閉じて!」

 ハジメ君の手が、ワタシのおでこに再び触れるか触れないかのう

ちに、体が浮かび上がるカンジがした。

 そうしてワタシたちは、不思議な旅を始めるコトになったんだ。

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