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(2)本当はハジメ君じゃないかも知れないハジメ君との出会い

 薄闇の中に立っているのは、学校で同じクラスのハジメ君だった。

鈴木一。一と書いてハジメという。一月一日生まれが彼の名前の由

縁だ。でもハジメ君はこの名前が好きじゃないらしく、ハジメ君と

呼んでも返事をしないコトで有名だった。幼稚園の時はワタシの呼

びかけに『なあに?』って笑顔で答えてくれたのにね。それが小学

生になってしばらくしてから、みんなに『今日からオレをカズって

呼んでくれ』と宣言して以来、ハジメ君はカズ君になった。


「ああ、キミだ。ええと、名前は…」

 ハジメ君はワタシをしげしげと見て、懐から手帳らしきモノを取

り出して、ワタシの顔と手帳を交互に見比べながら

「あれ? キミの名前なんだっけ?」

と、恥ずかしそうに笑った。これにはワタシもムッとした。幼稚園

も一緒で小学校に上がってからもずっと同じクラスだったハジメ君。

ワタシの名前を忘れちゃうなんて一体どういうつもりだろう。


「あのね、ハジメ君。ワタシはね…」

イヤミたっぷりにハジメ君の嫌がる呼び方をして、次にハッキリ自

分の名前を名乗ろうとしたとたん、言葉に詰まった。自分の名前が

出てこないんだ。

「あれ? どうしたの?ああ、名前が出てこないんだね。そうかそ

うか」

 いやに納得顔をされたから余計にムッとして

「そんなコトある訳無いじゃないの。自分の名前を忘れるなんてさ。

ほら、今まで真っ暗な中にいたからちょっと動揺してるだけ。ハジ

メ君だって分かるでしょ?」

 ムキになって答えるワタシにハジメ君はニヤッとして

「ふうん。キミにはこの私がハジメ君て子に見えるんだね。自分の

名前が分らないのにこの子のコトはハッキリと覚えてる、と。はは

ぁ、なるほど」


 ハジメ君は呟くようにそう言うと、スッと腰を下ろし、ワタシに

も座るようにと手で合図をした。

 そうされて、改めて自分の今の状況に気がついた。そう、薄闇の

中でワタシは突っ立ってた。さっきまでとは違って薄闇の中だから

辺りの様子も分かる。

 ワタシのカッコはいつもと同じ様に、学校に行く時のカッコだ。

ランドセルこそ背負ってはいないけれど、学校指定の白いブラウス

に紺のスカートとジャケット。白い靴下、白いスニーカー。その左

足、スニーカーのつま先が破れかかっているコトが今はやけに気に

なった。で、そのスニーカー越しにシバの感触がする。やっと五感

が戻ってきたんだ。ここは、薄ぼんやりとしているけれど、どこか

の芝生の上だということが理解できた。少し安心して腰を下ろすと、

ハジメ君が説明を始めた。


「そうだな、何から話そうか。う〜ん、まずは確認からだな」

 自分で納得したようにそう独り言を言うと、ハジメ君は続けた。

「あのね、キミ、この場所がどういう所だか分かるかな。ああ、こ

んな言い方じゃダメか。その、キミがなぜこんな所に一人でいるの

か、その、分かるかな?」

 ハジメ君はさっきまでとは違って、少し言いにくそうな、深刻そ

うな顔をしてそう尋ねたんだ。


「もしかしたら…ワタシ死んだの?」

何となく、ぼんやりと思っていたコトを素直に口にすると

「え? ああ、え〜っと…」

 今度はハジメ君、額に汗をかきながら、しどろもどろになった。

「そうか。やっぱりね。それならこれまでの総てが納得できるもの。

死んじゃったなら少しくらいおかしなコトが起こっても不思議じゃ

ないもんね。でもヘンね。どうしてハジメ君もここにいるの? 

あ! ハジメ君も死んだの?」

 コレを聞いて、ハジメ君は勢い良く立ち上がった。

「違う!キミは死んだんじゃない。それにハジメ君もね。第一、私

はハジメ君じゃない」

「ふ〜ん。そうなんだ。あ、この場合のそうなんだはあなたがハジ

メ君じゃないってコトだよ。だってハジメ君ならハジメ君って呼ば

れたら、絶対口をきいてくれないもんね。半分くらいは違うかなっ

て思ってたんだ」


 ワタシは地面の芝生を、手で確かめるようにしながら言った。芝

生は半分枯れかかってる。まるで手入れをされていない真冬の公園

のようだ。

「へえ、キミ、やけに落ち着いてるんだね。まあ、逆に騒がれても

困るんだけどね。でもちょっと調子が狂うな」

 そう言うと、自称ホントはハジメ君じゃないハジメ君はまた腰を

下ろし、手帳を広げ

「ええと、確か顔写真の他にも、細かい個人情報がプリントされて

いたんだけど…ああ、あった、あった。キミの名前は風野はるか。

小学四年生。住所は…」


 こうして彼はワタシのコトを説明してくれた。ワタシはそれを聞

きながら、なんだか他人事のように感じていたんだけど。それより

も彼が本当は誰なのかってコトの方に興味があったんだ。もし彼が

ホントにハジメ君じゃないとしたらの話なんだけどね。でも物事に

は順序ってモノがあるから、その件については黙ってた。


 本当はハジメ君じゃないかも知れないハジメ君は、うん、ちょっ

と呼びにくいから便宜上、ハジメ君で通すコトにするね。もう一つ

の呼び名『カズ君』は、使いたくないから丁度いい機会だと思う。

 その、ハジメ君は説明を終えると満足そうな顔で

「うん。これでキミのコトは一通り説明できたね。自分のコトだけ

ど、丸ごと思い出したかな? これまでは記憶が断片的で、変なコ

トは覚えていたのに肝心なコトは分からなかったんだもんね。まあ

無理もないか。半分くらいは闇になり掛かっていたんだから。ああ、

そうだ、コレを忘れてたよ。コレが一番手っ取り早いんだった」


 ポンと手を打ち、ハジメ君は懐から何かを取り出すとワタシに手

渡し、飲むようにと勧めた。

「え? コレ飲むの?」

「うん」

 それは小さなビンに入った透明な液体だった。薄闇の中で小ビン

自体が淡く光ってる。一瞬イヤな感じがしたんだけど、そうとは言

えない雰囲気に押され、言われた通りにした。口に含んだとたん、

あ、コレでいいんだという気がした。


 液体がノドを通り、胃の中に入っていくカンジがよく分かる。同

時に、光が体の中を駆け抜けたような感覚に包まれた。その光はワ

タシの体全体を回って、そうしてワタシは自分のコレまでの状況を、

まるで早回しのビデオを観てるように思い出していたんだ。


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